桜才学園での生活   作:猫林13世

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対策必至ですから


酔い対策

 柔道部を取材に来ていた畑先輩が、かなり意外そうな顔で私の言葉を聞き返してきた。

 

「三葉さんが練習試合で負けたとな?」

 

「はい。それで主将、現在落ち込み中なんです」

 

 

 道場のすみっこで膝を抱えて座っている主将を見て、畑先輩は負けた理由を考察しだす。

 

「調子が悪かったんですか?」

 

「いえ、対戦校までの移動手段がバスでして――」

 

「あぁ、乗り物酔いですか」

 

「いえ、それを避けるために主将だけダッシュで現地に赴き、体力切れで負けました」

 

「阿呆の子かな?」

 

 

 畑先輩の容赦のない一言に、主将はさらに落ち込むが、柔道部一同力強く頷いている。おそらくは畑先輩が言ったことが柔道部全員の思いなのだろう。

 

「というわけで、いつまでも乗り物に弱いムツミをどうにかするために、乗り物酔いを克服するための特訓をしようと思う」

 

「別に無理して克服しなくても困らないよー」

 

「今後恋人ができた時、デートとかで困るぞ」

 

「で、デート!?」

 

 

 中里先輩の言葉に過敏に反応する主将。相変わらずのピュアっぷりに道場内にほっこりとした空気が流れる。

 

「でもまぁ、世の中にはゲロフェチの人間もいますし」

 

「くそフォローで水を差すな!」

 

 

 私の渾身のフォローだったんだけど、中里先輩に怒られてしまった。

 

「乗り物酔い克服するには、三半規管を鍛えるといいそうですよ。目を瞑ってまっすぐ歩くとか」

 

「よしムツミ、やってみろ」

 

「たぶんできないよ」

 

 

 そう前置きしながら、主将は目を瞑って歩き出す。宣言通り蛇行しているのを見るに、よっぽど三半規管を鍛えなければいけないのだろう。

 

「ダメっぽいですね」

 

「あぁ。だが嗅覚は確かなようだ」

 

 

 主将が向かった先には、タカ兄が用意してくれたお弁当が置いてある。見えなくても匂いでお弁当に向かえるあたり、確かに嗅覚は優れているようだ。

 

「『築賓』ってツボが乗り物酔いに効くらしい」

 

「へー、ちくひん」

 

「そう、ちくひん」

 

 

 トッキーが調べた知識を利用し、私は早速そのツボを刺激することに。

 

『キュー』

 

「ちくびじゃねぇ!」

 

 

 つねって刺激していたのだが、どうやら聞き間違えていたようだ。

 

「津田君に報告するからな」

 

「それだけは勘弁してください!」

 

 

 中里先輩とタカ兄はクラスメイトだから、私の愚行を報告するのは簡単だろう。そして今の聞き間違いは、相当まずかったようだ。

 

「だ、だったらバランスボールとかどうですか? 立てれば一番ですけど、まずは座ったまま上下運動するだけでも結構バランス感覚を鍛えられるそうですし。三半規管を鍛えるのにいいって聞きました」

 

「なんでバランスボールなんかがここにあるのか疑問だが、とりあえずやってみたら?」

 

「そうするよー」

 

 

 なんとか話題を逸らすことに成功したようで、私は誰にも見えない角度でホッと一息吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミちゃんの勧めでバランスボールの上に座って上下運動をしているのだけど、これが結構難しい。段々と気分が悪くなってくるし、油断するとボールから落ちちゃうし。

 

「白昼堂々誰の上でピ〇トン運動してるんだー!」

 

「へ?」

 

 

 何故か天草会長が怒鳴り込んでくるしで、乗り物酔い克服は一時中断となってしまうし。

 

「――で、言い訳はそれで終わりですか?」

 

「これからは真面目な生徒会長として、確認してから注意する所存であります」

 

 

 別行動だったタカトシ君が会長の怒鳴り声を聞いて柔道場にやってきて、天草会長が正座して謝っている。他校の生徒が見たら驚くのだろうけども、この学園では結構見られる光景なので柔道部の誰一人として驚いていない。

 

「それで、三葉はどうしてバランスボールなんかに?」

 

「実はね――」

 

 

 コトミちゃんが事情説明をしてくれたおかげで、天草会長の勘違いは解消され、もう一度頭を下げられた。

 

「確かに三葉は乗り物に弱いイメージがあるからな。それを克服しようとするのは偉いぞ」

 

「そういえば会長も高いところが苦手でしたね」

 

「なんとかしようとしたことはあるが、どれもこれも効果はなかったがな」

 

 

 コトミちゃんと話していた会長だったが、ふとこっちを見て考え込み始める。

 

「確かに三葉が乗り物に弱いままだと、桜才学園柔道部としては問題か。何か手伝えることがあればいいんだが」

 

「だったらちょっと津田君を貸してくれませんか?」

 

「チリ?」

 

 

 どうしてそこでタカトシ君を借りる流れになるのかわからなかったのだが、すぐに答えを教えてくれた。

 

「ムツミと津田君が手をつないでぐるぐる回れば、三半規管を鍛えるのにちょうどいいかと思ってな」

 

「た、タカトシ君とっ!?」

 

 

 男の子と手をつなぐだけでも緊張するのに、まさかその相手がタカトシ君だなんて……

 

「お、お願いします」

 

「あぁ、わかった」

 

 

 タカトシ君が手を伸ばしてくれたので、私はその手を握る。さっきまで運動してたから汗ばんでるかもしれないけど、タカトシ君はそんなこと気にせずに握り返してくれた。

 

「それじゃあスタート」

 

 

 チリの合図で回り始める。普段ならすぐに気持ち悪くなってしまうのだけども、何回回っても気持ち悪くなって来ない。

 

「おぉ! 三半規管が動じてない」

 

「すごい効果ですね」

 

 

 そういえば以前、タカトシ君と一緒にバスに乗った時も乗り物酔いしなかったっけ……つまりタカトシ君が一緒なら私は乗り物酔いを起こさずに済む。

 

「タカトシ君、私とずっと一緒にいてください」

 

「ムツミ先輩が公開プロポーズだ!」

 

「それは聞き捨てならないぞ!」

 

「あれ?」

 

 

 何か言葉を間違えたようで、会長からは怒られ、柔道部のみんなからはからかわれてしまったのだった。




ムツミにそんな意図はない

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