最近の柔道部の練習はかなりハードだ。その理由は前回の練習試合で主将以外のメンバーがあっさりと負けてしまったせいなのだが、連帯責任で主将の練習量も増えている。
「イタタ……体のあちこちが痛い」
「最近ハードだもんね」
あれだけの練習量をこなしているというのに、主将にはまだ余裕が感じられるが、他のメンバーは結構満身創痍っぽい。
「そういえば今、商店街で福引やってるよね。一等は温泉旅行」
「入りたーい」
「現実問題として、当たったところで出かける余裕がないよな」
一年生たちは温泉旅行の話題で盛り上がっている。
「実は私、福引券を持ってます」
私はポケットからタカ兄に貰った福引券を取り出して見せる。タカ兄の強運なら当たるかもしれないのに、タカ兄はこういった福引とかに興味を示さないので貰ったのだ。
「では、ちょっと行ってきます」
「何であんなに自信満々なんだ?」
柔道場から出発する時、後ろでトッキーが不思議そうに私を眺めながらそんなことを呟いていた。
「お願いします」
「はい、一回ね」
福引所に到着し、私は温泉と心の中で唱えながらガラポンを回す。
「おめでとうございます。温泉――」
「おぉ!」
私は景品を受け取り、意気揚々と学校に戻る。
「ただいま」
「あの表情!!」
「まさか――」
そこで私は当たったものを取り出して見せる。
「五等の温泉の素です」
「何で最初っから『これ狙ってました』的な雰囲気出してるんだ?」
「まぁまぁ。さすがに温泉旅行は無理でしたが、これでも十分だと思いますよ。使ってみましょうよ」
そう言って私はシャワー室にある簡易湯船に温泉の素を入れる。
「キレイな緑だね」
「いい香り~」
「どれどれ」
そこで主将が一歩前に出て匂いを嗅ぐ。
「抹茶の香りじゃないのかー」
「さては腹減ってるな」
どうやら主将は体の痛みよりお腹の減りの方が深刻な問題だったようだ。
「せっかくだから熱めのお湯にしたんだけど、熱すぎて入れない」
「お前がやったんだろ? てか、これくらい大したことないだろ」
そう言ってトッキーが右足を湯船に沈める。
「っ!?」
「右足に擦り傷あるの、忘れてたんだね」
何時ものドジっ子発動ということで、私はとりあえずツッコミを入れておく。私がツッコむなんて相当なことだけども、トッキーと二人きりの時は結構こういう光景が見られるのだ。
「トッキーは兎も角、入るか」
「だねー」
少しずつ熱さに慣れてきたのか、次々と湯船に入っていく。私も少しは慣れたので入ろう。
「そーだ! みんなで洗いっこしよーよ」
「スポンジが足りなくない?」
主将の提案を中里先輩が現実的な問題で却下するが、私はその解決策を知っている。
「大丈夫ですよ。プロの世界ではおっぱいを使って洗うらしいです」
「どこの世界だよ!?」
「どこってそりゃ――」
「言わなくていい!!」
どこって聞かれたから答えようとしたのに、中里先輩に口を塞がれてしまう。念の為言っておくが、手で押さえられたのだ。決して唇でふさがれたわけではない。
「それにしてもキモチーね。実際の温泉だったらもっと気持ちよかったのかな?」
「そうかもなー。全身の力が抜けてく感じがするよー」
「尿道口もゆるむ――」
私が冗談で言ったら全員が私から距離を取る。
「ジョーダンですよ。さすがにお風呂でお漏らしはしませんって」
「まるで他の場所ならするって言い方だな」
私の思わせぶりなセリフに、トッキーが鋭い視線を向けてくるが、さすがにこんな大勢の前でお漏らしする程変態ではないつもりだ。まぁ、見せて欲しいって大金を積まれたら考えるかもしれないけど。
コトミが当ててきた温泉の素のお陰で、主将たちは元気になっている。
「痛みふっとんだー」
「うんうん。やっぱり温泉は効くねー」
「ん?」
主将たちが話してる横で、私はコトミが当ててきた温泉の素の箱を拾い上げる。
「(温泉の素の、まだ残って――ん?)」
効能欄が目に入り、私は一瞬固まってしまう。
『効能 美肌効果』
「………」
箱に掛かれている効能に、痛みを取る効果など無い。だが目の前では体の痛みが無くなったと先輩たちが盛り上がっている。
「(プラシーボ効果を目の当たりにしてしまった)」
「そういえばコトミは何処に行ったんだ?」
「皆さん、お風呂上がりのマッサージは如何でしょう?」
「マッサージ?」
そう言いながらコトミは兄貴を引きつれている。あぁ、またあの人を巻き込んだのか。
「頑張ってる皆さんの為に、今ならタカ兄にマッサージしてもらえます!」
「半分はお前がやるんだからな? 柔道部のマネージャーはお前なんだから」
「分かってます……」
「ゴメンね、タカトシ君」
「まぁ、柔道部が頑張ってるのはこっちでも把握してるから、俺が手伝えることなら手伝うが――」
主将にそう言いながら、兄貴はコトミに視線を向けた。
「――こいつの仕事を奪ったら成長しないからな」
「これでも成長してるんだってば!」
「はいはい。だったら今後は自分一人で起きて、自分の弁当を用意して、自分の服は自分で洗濯するんだな」
「できるわけないでしょっ!?」
「いや、できろよ」
兄貴の言葉に、コトミ以外の数人も視線を逸らす。一高校生でしかない私たちが、そこまで自立できているかどうかなど、考えるまでもないから仕方が無い。
「(改めて考えると、それを当たり前のようにやってる兄貴ってスゲェんだな)」
何だか兄貴の凄さを再確認できたような気になり、私は心の中で兄貴に頭を下げたのだった。
やっぱり目立つタカトシの凄さ