桜才学園での生活   作:猫林13世

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敗北感凄いんだろうな


しめられない理由

 生徒会の作業中、アリアが何度も首を傾げては何かをやり直している。

 

「アリア、どうかしたのか?」

 

「私、フリーハンドで円を書くのが苦手なんだよね」

 

「私、得意だぞ」

 

 

 アリアから紙を受け取り、私は綺麗な円を書いてみせる。

 

「シノちゃん上手!」

 

「ふっふっふ、日ごろから乳輪をなぞっているからな」

 

「そうなんだ~。私もトレーニングしようかな」

 

 

 タカトシが生徒会室にいたら大目玉を喰らいそうな会話だが、タカトシは風紀委員と服装チェックの打ち合わせに出かけている。ついでに萩村もロボ研に呼ばれて不在なので、私たちは昔のような会話を楽しめているというわけだ。

 

「戻りました」

 

「失礼します」

 

「おぉ、タカトシと五十嵐か」

 

 

 打ち合わせが終わったのか、タカトシが生徒会室に戻ってきたのは分かるのだが、何故五十嵐まで一緒に来たのだろうか?

 

「ここ最近服装の乱れが目立つので、生徒会の方でも注意をお願いしたいと思っていたのですが――」

 

「何だ?」

 

 

 それだけならタカトシに伝言を頼めば終わったはずなのだが、五十嵐の視線は私に固定されている。

 

「天草さん、シャツのボタンをちゃんとしめてください」

 

「最近暑くてつい……」

 

 

 生徒会室の中だから良いだろうと油断していた。五十嵐に指摘されて私は慌ててシャツのボタンをしめる。

 

「七条さんもですよ!」

 

 

 どうやらアリアも油断していたようで、五十嵐に注意されてしまっている。

 

「胸がきつくてしまらなくて……ゴメンなさい」

 

「えっと……」

 

「何だこの敗北感……」

 

 

 私はすんなりとボタンをしめられたというのにアリアときたら……

 

「と、兎に角! 生徒の見本となる皆さんがだらしないと注意に説得力が出ないので、今後は気を付けてくださいね。七条さんは何とか解決策を見つけておいてください」

 

「はーい」

 

「分かった」

 

 

 とりあえず五十嵐は戦略的退散を決め込んだが、私はこの敗北感に打ちひしがれながら作業しなければならないのか……

 

「タカトシ、悪いんだがちょっと席を外す……外の風に吹かれて来ようと思う」

 

「はぁ……行ってらっしゃい」

 

 

 私の精神状態が不安定になっているとは分かってくれているようで、タカトシは素直にサボり宣言を見逃してくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近暑くてたまらないので、気分転換に髪型を変えてみた。何時もは後ろで束ねているのだが、今日は束ねずストレートで。

 

「(あっ)」

 

 

 一人で帰路についていたら、前方に見知った男の子を発見。気配で私がいることは分かっているだろうから、驚かせようとはせずに普通に話しかける。

 

「タカトシ君、こんにちは。こんなところで奇遇だね」

 

「あ、あぁ……」

 

「ん? どうかしたの?」

 

 

 私が話しかけて少し驚いた表情を見せるタカトシ君。彼のこんな表情は見たことなかったので、私は首をかしげてしまう。

 

「サクラがいることは気配で分かっていたし、声もサクラだって分かったんだが髪型がな……普段のイメージが強すぎて一瞬気配と見た目が一致しなかっただけだ」

 

「タカトシ君でもそんなことがあるんだね」

 

「前に三葉にも言われたことがある」

 

「そうなんだ」

 

 

 三葉さんと言うのは確か、桜才柔道部の主将だったはず。タカトシ君のことを意識しているのに、本人がそれを自覚していない子って魚見会長から聞いたことがあるような。

 

「でも、そんなに違うかな?」

 

「こっちの勝手な先入観の所為だからサクラが気にする必要はない。普段の髪型もだが、今の髪型も似合ってるから」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 そんなはっきりと褒められるとは思っていなかったので、私は思わず顔を赤らめてしまう。だがタカトシ君の方は何故私が頬を赤らめたのか分からないようで、不思議そうに私を眺めている。

 

「どうしたんだ?」

 

「容姿を褒められるのに慣れてないの」

 

「そうなのか? サクラは結構人気が高いって義姉さんから聞いてるんだが」

 

「下心満載の男の子に褒められても嬉しくないけど、タカトシ君に褒められるのは違うんだよ」

 

「そんなものか?」

 

 

 タカトシ君も意外と天然たらしなところがあるので気を付けなければとは思っていたのだが、これは不意打ち過ぎた。その後は少し気恥ずかしさを引きずりながらも、タカトシ君と楽しくお喋りできたので良かったのかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君と二人で生徒会作業をしていると、タカトシ君が話しかけてきた。

 

「シノさんのご両親ってどんな人なんですかね? 挨拶くらいしかしたことないんですが」

 

「付き合い長いけど、両親ってあまり会わないもんね~」

 

 

 ウチの両親とも会ったことが無いのではないかと思ったが、今はシノちゃんのご両親の話だ。

 

「お父さんは気さくな人だし、お母さんも着飾らない良い人だよ~。家では裸だし」

 

「はぁ」

 

 

 どうやらタカトシ君は興味がないらしい。普通親が家で裸なら娘のシノちゃんも――なんて妄想をするんじゃないのかしら。

 

「今私の話をしていたか?」

 

「タカトシ君にシノちゃんの両親について聞かれてたんだ~」

 

「え?」

 

「もう済んだ話です」

 

 

 そう言ってタカトシ君は黙々と作業を再開したが、シノちゃんは衝撃を受けている。

 

「どうしたの?」

 

「今、『もし住んだ話』って言った? 私と同棲したいのか!?」

 

「もう済んだ話、だよ~。また愉快な聞き間違いをしたね」

 

「だ、だよな……知らない間にゴールしてしまったのかと思った」

 

 

 シノちゃんには悪いけど、そう簡単にゴールさせるわけにはいかない。だって私以外にもたくさん、タカトシ君に想いを寄せている女子はいるのだから。




聞き間違いが凄すぎる

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