夏休みということで家でのんびりしていたらタカトシが尋ねてきた。
「どうしたの?」
「図書館に行くついでに借りてた本を返しに来た」
「別に急がなくてもいいのに」
タカトシが探していた本を偶々私が持っていたので貸していたのだが、もう読み終えたみたいね。
「ん? タカトシが図書館って、何か探し物?」
「どうやったらコトミの集中力を高められるか、何か良い本が無いかどうか探そうと思って」
「切実ね……」
コトミの集中力の低さは私も知っている。タカトシが本に頼るということは相変わらずなのだろう。
「それだったらウチに『集中力を高める』って本があるけど、読んでみる?」
「何でスズの家にそんな本が?」
「母が持ってるのよ。理由は分からないけど」
本当に何で持っているのか謎だけど、あの母のことだからろくでもないことに使うのではないかと思って追及はしていない。
「そうだね。お言葉に甘えようかな」
タカトシをリビングに通して、私はちょっと席を外す。タカトシなら何をする為に席を外したか分かってるんだろうけども、それを堂々と言う勇気は私には無い。
「ん? 何処から水の音が?」
「あぁ、雨が降ってきたみたいだから」
「図書館に行ってたら危なかったわね」
てっきりトイレが壊れたのかと思ったけど、どうやら外で雨が降っているようだ。
「一応折り畳みは持ってたけど、それでしのげる量じゃなかったな」
「ついでだし、部屋にある本も読んでく? 持ってないのがあれば、だけど」
「何だか雨宿りさせてもらってるみたいで悪いね」
「構わないわよ、これくらい」
意図せずタカトシと二人きりになれるのだ。これくらい安いモノである。
「そういえばスズの部屋に来るのも久しぶりだな。コトミの勉強を見てもらって以来か?」
「かもね。大抵はアンタの家だし、最近は会長たちもまともになってきて、業務が滞ることも減ってきたし」
それでも偶に業務が滞るのは、タカトシが別件で生徒会室を空けることがあるからだ。こいつがいればふざけられる空気じゃなくなるのに。
「お茶淹れてくる。好きにしてていいよ」
他の男子だったらこんなこと言えないだろうけども、タカトシだったら安心して自室に残すことができる。むしろタカトシの部屋に一人残された方が緊張してしまうだろう。
「男の子を部屋に連れ込んで『好きにして良いよ……』なんて。スズちゃん、大人の階段を昇るのね! 今晩は御赤飯炊かなきゃ!」
「最悪のタイミングで入ってきた!」
「お邪魔してます」
お茶を持ってきた母が愉快な勘違いをしているのに対して、タカトシは冷静に一礼してお盆を受け取る。私が再起動するまでここに母が残っていては邪魔になると考えて、さっさと用事を終わらせてくれたのだろう。
「ありがとう」
「どういたしまして、でいいのか?」
タカトシはあまり気にしてない様子で腰を下ろし直し、私が持っていた翻訳前の小説を読み始める。
「(まぁ、タカトシなら問題なく読めるでしょうし)」
実は翻訳後の小説も持っているのだが、タカトシなら何の心配もない。私も何かして時間をつぶそうかしら。
「ん?」
先程母と一緒に部屋にやってきたボアが、何も無い壁をじっと見つめている。
「(確か動物には人には見えないモノが見えるという話を聞いたことが……)」
「隣にお母さんがいるみたいだね。ボアにはそれが分かってるんだろう」
「あっ、そう言うこと――私、何も言ってないよね?」
「心霊的な勘違いをしてるってことは表情から分かったから」
タカトシが私の勘違いを訂正してくれたお陰で、私は自分の部屋に何かいるのではないかという恐怖から解放された。
本に集中していたら、正面から小さな寝息が聞こえてきた。顔を上げるとスズがテーブルに突っ伏して寝ている。
「もうそんな時間か」
生徒会業務中でも仮眠をとるスズだから驚きはしなかったが、結構長い時間居座ってしまっていたんだなと実感し申し訳ない気持ちになる。
「夏とはいえ寝冷えしたらマズいな。何かかけるものを――」
「わん!」
タオルケットか何かをかけようと探したら、ボアが萩村にのしかかる。
「確かに温かそうではあるが、重いんじゃないか?」
実際規則正しかった寝息が乱れ始めているので、スズもボアの重さを感じているのだろう。だがボアが退くつもりが無いのは理解できるので、無理に退かそうとはしない。
「さて、どうしたものか」
雨は上がっているので、家に帰るには問題ない。だがスズに黙って帰るのも礼儀に欠ける。
「ん?」
そんなことを考えていると、シノさんからメッセージが送られてきた。
『来週の始業式の件で打ち合わせしたいんだが』
確かに最終確認はしておいた方が良いだろう。
『OKです』
『萩村にも送ったんだが反応無くて』
『スズなら寝てますよ』
そう返信したら何故かシノさんから電話がかかってきた。
『何でタカトシと萩村が一緒にいて、寝てるんだ! まさかベッドイン!?』
「何時もの昼寝ですよ。偶々スズの家に本を返しに来て、雨宿りさせてもらっていたんです」
『そう言うことか。それじゃあ打ち合わせの件、タカトシから萩村に伝えておいてくれ』
「分かりました」
スズがいなければ盛大に怒っていたところだが、今日のところは見逃しておこう。だが俺の怒気はシノさんにも伝わっていたようで、電話を切る際に謝られた。
皆さん、良いお年を