生徒会作業の息抜きでネットサーフィンをしていたら、以前三葉と戦った天才少女の津田ハナヨさんの記事を見つけた。
「何々、『天才柔道少女津田ハナヨ、世界大会に挑む』か」
三葉が見れば対抗心を燃やして練習量を増やしそうな記事だが、私は純粋にその記事に感動した。
「高校生で凄いな」
「本当だねー」
休憩中ということでタカトシも呆れた視線を送ってくることもないし、私は素直な感想をもらしたらアリアが相槌を打ってきた。
「私もいつか世界に挑みたいな」
「どんなことで?」
ちょうどお昼寝から目覚めた萩村が会話に加わって来る。睡眠聴取ができると知っているとはいえ、寝起きでバッチリ会話に混ざって来るのは驚きだ。
「ギネス」
「予想意外に夢がデカい……」
私が夢を語ったら、萩村が呆れた目を向けてくる。
「な、何だよ! 夢はでっかい方が良いだろ!!」
「そうですね。でも夢よりも現実に戻って仕事してください」
「おっと、休憩時間終わってた」
タカトシから冷や水の如きツッコミを入れられ、私はとりあえず残っている仕事を片付ける為にPC作業に戻るのだった。
シノちゃんの夢を聞いた翌日、生徒会室に入るとシノちゃんが逆立ちしていた。
「シノちゃん、何してるの?」
「その位置に立つと、アリアがマンぐり返ししているように見えるな」
「ちょっと恥ずかしいな~」
ボケてもツッコミが発生しないと気付き、シノちゃんが逆立ちの理由を説明してくれた。
「逆立ちギネスに挑戦中なのだ! 逆立ちは得意だからな! (便秘対策でやってるから)」
「そうなんだ~。あっ、じゃあ私が時間計ってあげるよ~」
携帯のタイマーを起動しようとしたタイミングで、メッセージが送られてきた。
「出島さんから? 『今晩のご飯は何が良いですか?』か」
「こらー! 早く計らんかー!」
出島さんからの質問に考えを巡らせようとしたけど、シノちゃんに怒られたのでとりあえず計測をスタートする。
「………」
「………」
ただただ逆立ちをしているシノちゃんを眺めているだけなので、お互いに暇を持て余している。遂にシノちゃんが退屈だと思ったのか、逆立ちしながら開脚を始めた。
「今の逆立ち開脚、凄いね~」
「そうか? だったらもっと見せてやるぞー」
「シノちゃん、凄い綺麗なY字だね~」
「そんな褒めるなよ。恥ずかしいだろ~」
そう言いながらもシノちゃんは満更でもない顔で開脚を続けている。
「そろそろ十五分経過。シノちゃん凄いね~」
「よーし、このまま一気に世界記録に――」
シノちゃんがさらに意気込んだタイミングで、Tシャツがずり落ち始めた。
「わ~!?」
女の子同士なのでそこまで恥ずかしがる必要無いと思うんだけど、シノちゃんはTシャツを直そうとして逆立ちを中止してしまった。
「シノちゃん、何で止めちゃったの?」
「だって恥ずかしいだろ?」
「シノちゃんの下着姿なんて見慣れてるって」
「だが、生徒会室で下着丸出しでいるなんて畑に知られたら――」
「やっ!」
「もう良いですか?」
恐らく外で聞き耳を立てていた畑さんを捕まえて入ってきたタカトシ君。その後ろではスズちゃんとカエデちゃんと横島先生が何か言いたげな表情で立っていたのだった。
見回りから戻ると、生徒会室の前で畑さんがスズ、カエデ先輩、横島先生に何か話しているのが見えた。
「どうかしました?」
「津田副会長。天草会長と七条さんが生徒会室内でハッスル中でして」
「ハッスル?」
「要するにチョメチョメ中でして」
「風紀が乱れてます!」
また曲解してカエデさんに伝えてるんだろうなと思い、俺は生徒会室内の気配を探る。
「(逆立ち?)」
シノ会長が生徒会室内で逆立ちしていて、アリア先輩がそのタイムを計っているようだが、何故生徒会室内で逆立ちなんか――
「(あっ、昨日の話か)」
確かギネス記録を狙うとか言っていたが、まさか昨日の今日で挑戦してるとは思わなかった。てか、何故生徒会室内で?
「まさか天草と七条がなー。てっきり津田狙いと思っていたんだが」
「この間再任したばかりだというのに、これじゃあリコール対象ですね」
スズまで畑さんの曲解を鵜呑みにしてるようなので、俺は畑さんの首根っこを押さえ付けて生徒会室に入る。ちょうど会長がギブアップして立ち上がった気配を感じ取ったから。
「もう良いですか?」
「タカトシ!? な、何もしてないからな?」
「逆立ちでギネス記録に挑戦してたんですよね? その心意気は尊敬しますが、生徒会室内ですることではないと思いますよ? 実際、畑さんが聞き耳を立てて曲解して広めようとしてますし」
「何だとっ!?」
下手人である畑さんを会長に突き出し、俺は恐らく放置されているであろう生徒会作業に意識を向ける。
「タカトシは分かってたみたいね」
「あぁ。気配で逆立ちしてることは分かったし、昨日の話を思い出したから」
「普通気配で逆立ちしてるかどうかなんて分からないわよ……ていうか、気配なんて分からないわよ」
「そうか?」
何だかスズに呆れられているようだが、とりあえず誤解は解けたようなので善しとしよう。
「だいたい畑はだな――」
会長の説教をBGMにし、俺はさっさと作業を済ませて帰ることにしよう。
「それじゃあ、お先に」
「お疲れ様。会長には私から先に帰ったって言っておくわ」
「お願い」
スズに挨拶をして俺は説教の邪魔にならないよう音を立てずに生徒会室を後にした。
勘違い誘発していくスタイル……