桜才学園での生活   作:猫林13世

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芸術には興味はないな……


芸術の秋

 ボアの散歩をしているのだが、特に気を付けることもないので私は周りの景色を眺めている。

 

「(すっかり秋めいてきたな。食欲の秋なんていうけど、食べ過ぎには気を付けないと)」

 

 

 食べた分が身長に行けばいいのだが、私の経験上そんな展開にはならないだろう。タカトシのように普段から運動をしている人間が多少食べ過ぎたくらいなら良いが、私はろくに運動はしていない。だから食べた分だけ体重に比例してくるだろうから、そう決意したのだが――

 

「わんっ!」

 

 

――雌犬を見つけてそっちに駆け出そうとするボアを制御できずに、少しくらいウエイトを増やそうと思わざるを得ない状況になってしまった。

 

「や、やっと大人しくなった……」

 

 

 暫く引きずられていたが、雌犬が視界から遠ざかったからなのか、全く相手にされていないと分かったからかは分からないが、漸く大人しくなってくれた。

 

「あっ……」

 

 

 周りを見る余裕が出てきて漸く気付いたけど、この辺りで幼稚園の写生大会が行われているようだ。その中に知り合いの子もいる。

 

「邪魔しちゃ悪いから移動しようか」

 

 

 ボアにそう話しかけて移動しようとしたのだが――

 

「あっ、お姉ちゃん動いちゃダメ」

 

「被写体にされている!?」

 

 

――いつの間にか知り合いの女の子であるあすかちゃんの絵の被写体になってしまっていたようだ。

 

「えっと、何時まで動かなければいいの?」

 

「絵が完成するまで待っててね」

 

 

 私はそれが何時くらいになるのか尋ねたのだけども、やっぱり幼稚園児相手にはちゃんと省略せずに会話しなきゃダメね……

 

「スズ、何してるの?」

 

「タカトシっ!? こっちに来ちゃダメ!」

 

「えっ?」

 

 

 私の忠告も虚しく、あすかちゃんのテリトリーへ入ってしまったタカトシ。彼も被写体にされてしまったようだと、あすかちゃんの視線から理解した。

 

「絵のモデルをしてたのか」

 

「ちょっと成り行きで……」

 

 

 大人相手ならタカトシも警戒してたかもしれないが、幼稚園児相手にまで警戒心を懐いてるわけではない。なのでそのままタカトシも被写体として参加することになってしまったのだ。

 

「私も移動しようとしたんだけど、いつの間にかね」

 

「まぁ、今日は時間的余裕もあるし、これくらいなら付き合うよ」

 

「そうなの? そろそろコトミが定期試験の件で泣きつきだす頃だと思うんだけど?」

 

「今日は朝から義姉さんが来てるからね。今頃義姉さんにこってり絞られてる頃だろうよ」

 

「魚見さん、またいるんだ」

 

 

 遠縁とはいえ頻繁に津田家を訪れすぎじゃないだろうかとも思うが、あの人は一人っ子で「きょうだい」というものに憧れていたという話を聞いたことがある。まぁ私も一人っ子だし、天草会長や七条先輩もそうだ。だから魚見さんの気持ちも分からなくはないのだが――

 

「(コトミみたいな妹は勘弁願いたいわね)」

 

 

――あの子が自分の妹だと思うと、果たして胃が痛い思いだけで済むのかどうか疑わしい。

 

「なに?」

 

「いえ、ちょっとね……」

 

 

 私が同情しているのに気付いているのか、とても苦々しい表情を浮かべているタカトシ。でもそれ以上の反応を見せないということは、言われ慣れているのだろう。

 

「(こんなのと慣れたくなかったでしょうけども)」

 

 

 そんなことを考えていたその時。強風が私たちを襲い、スカートがめくれてしまう。

 

「……見た?」

 

「何を?」

 

「いや、見てないならそれでいい」

 

 

 真横にいるのだから見えるわけ無いし、タカトシが無遠慮に覗き込むなんて思えないので心配はしていなかったのだが、年頃の女子として確認せずにはいられなかった。

 

「ちょっとあすかちゃん!? 私の今日の服にピンクは無いぞぉ!?」

 

「でもお姉ちゃんのp――」

 

「そう言うことは言わないの!?」

 

 

 あすかちゃんが暴露しそうになったのを必死に止める。その所為で私が何で焦っているのかタカトシ以外にもバレた気がするけども、そんなことを気にしてる余裕も無い。

 

「もうすぐ完成するから、お姉ちゃんもお兄ちゃんももう少し待ってね」

 

「早くして……」

 

 

 肉体的疲労度はそれ程ではないけども、精神的疲労度は限界に達している。さっきの強風がトドメとなったのだろうか。

 

「そういえば、タカトシはこんなの所に何しに来たの?」

 

「時間に余裕ができたから、エッセイのネタを探しに来ただけだったんだけどな」

 

「真面目ね……時間に余裕ができたなら休めばいいのに」

 

 

 普段から働き過ぎなタカトシなのだから、コトミの相手を魚見さんが請け負ってくれた時くらい休めばいいのにと思い、率直な感想が口から出た。

 

「畑さんの収入源になってるのはあれだけど、楽しみにしている人が大勢いるからね。手を抜くわけにもいかないだろ」

 

「ほんと真面目ね。どうして妹のコトミのその真面目さが無いのかしら」

 

「何でだろうね」

 

「できた!」

 

 

 漸く完成したようで、私たちは動いていい許可を得た。そしてあすかちゃんの絵を見て――

 

「この周りのハートはいったい!?」

 

 

――私たちの周辺に描かれている模様が気になってしまった。

 

「落ち葉だよ」

 

「あぁ……」

 

「それ後であげるね」

 

 

 まず先生に見せる必要があるのでそちらへ持っていき、被写体の報酬としてその絵を貰った。

 

「良かったね」

 

「いる?」

 

「俺は良いよ。スズがもらったんでしょ?」

 

「そうだね。ありがとう、あすかちゃん」

 

「お兄ちゃんも、モデルしてくれてありがとー」

 

「どういたしまして」

 

 

 膝を折って目線を合わせてそう答えるタカトシ。やっぱりこいつは、年下の扱いになれているんだろうなと思う瞬間だった。




立派なお兄ちゃん

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