本日は生徒会長選挙の投開票日。既に候補者たちは別室で待機しているが、私はその部屋にインタビューをする為に足を運んだ。
「天草さん。現職の会長として参加した選挙ですが、率直な今の感想をお聞かせください」
「前任の古谷先輩から会長職を引き継いで約二年、まさかもう一度会長選挙を戦うことになるとは思ってなかったな」
「ズバリ、最大のライバルは誰になるでしょうか?」
「ライバルは私自身だ。私が私に勝てなければ、より良い学園は作れないからな」
「なるほど……」
私は天草さんの答えを聞いて、一つの結論を導き出し他の候補者に告げる。
「つまり皆さんは敵ではないそうです」
「そういう意味で言ったんじゃなーい!」
これで天草さんの緊張を解すことができただろう。さっきトイレの個室で盗み聞きした限りでは、パンツを裏表に穿いていたようですし。
「コーヒー淹れましたよ。これで少し落ち着きましょう」
「カエデ、ありがと~」
五十嵐さんが四人分のコーヒーを用意し、四人でそれを飲んでいる。結果待ちとはいえ一緒に戦った仲なので、この辺りはさすがと言ったところか。
「妙な味がする」
「尿の味がする!? カエデ先輩、まさかこのコーヒーの中におしっこを……」
「そんなことするわけないでしょ!?」
「あっ、砂糖と塩間違えちゃった」
「ドジ~」
「緊張感が保てない空間になってきてますね」
この空間に津田君がいればまた違った緊張感が漂うのでしょうが、津田君は今不正がないよう目を光らせている所なのでこの場には来れない。コトミさんのおふざけが絶好調になってしまうのも仕方が無いかもしれない。
「ところで畑」
「はい?」
「出口調査をするとか言っていた気もするんだが、ここでのんびりしてていいのか?」
「それは他の部員に任せていますので大丈夫です。私は開票前の候補者たちの緊張感を取材しに来たのです」
「そうだったんですね~。てっきりタカ兄に睨まれることをして、ここに逃げ込んできたのかと思いましたよ」
「そんな事しませんよ。私だってまだ、命は惜しいですから……」
あの人に逆らえば本気で消されかねないので、会長選挙の投票箱に仕掛けを作り、コトミさんを会長に仕立て上げようなんて悪戯は考えただけで踏みとどまった。もし実行していたら、私は明日の朝日を拝めたかどうか……
「ところでコトミさん」
「何ですか?」
「もし本当に会長に当選したらどうするおつもりで? ノリで出馬したとはいえ、貴女には特定層の支持者がいますし」
「さすがにあり得ませんよ~。私はただのにぎやかし要員ですから」
「自覚してるなら、もうちょっと真面目になったらどうなんだ? タカトシに怒られるぞ?」
「頑張ったところで、私がタカ兄みたいになれるわけないですからね~。それに、こんなダメっ子を会長に選ぶような人ばかりじゃないでしょうし」
一部ふざけてる生徒が目立っているだけで、基本的に桜才学園の生徒は真面目でまともだと言われている。なのでコトミさんが言うようにふざけて会長を選ぶようなことは無いだろう。まぁ、何かあっても津田君が無効選挙にするだろうから問題ないが。
「そろそろ開票結果が出る時間ですね」
「会場に移動しよう」
「まぁどうせシノ会長の再選でしょうけどね~」
「そもそもカエデ以外本気でカイチョーを狙ってないからね~」
「パリィさんは思い出作り、コトミさんはノリで参加ですもんね~」
実質天草さんと五十嵐さんの一騎打ち選挙だったのだが、それでは盛り上がらなかっただろう。こうして一定の盛り上がりを見せたのは、お二人の力があったからでしょうが、そのことを二人は自覚していないようですね。
選挙結果が発表され、私は無事に生徒会長に再任した。
「天草さん、おめでとうございます」
「かいちょーおめでとうございまーす」
「シノ、オメデト~」
一緒に選挙を戦ったライバルから称えられ、私は足の力が抜けていくのを感じた。
「よ、良かった……」
「かなり緊張していたんですね」
「当たり前だろ! ただでさえ『お飾り会長』とか『津田副会長の操り人形』とか陰で言われてるんだ。ここで会長選挙に負けたらそれが事実みたいになってしまうじゃないか!」
「操り人形って、何だかエロいですね」
コトミのエロボケに、今の私では反応できない。それくらい緊張からの解放で自分の身体をコントロールできていないのだ。
「……ところで畑?」
「はい?」
「何故人の股にマイクを向けているんだ?」
「緊張から解放されたことで、尿道の緊張も解放されるんじゃないかと思って」
「するわけないだろ! そもそもさっきトイレで出したばかりだからな!」
「何バカなことを大声で言ってるんですか、貴女は……」
「おぉ、タカトシ」
緊張してへたり込んでいた私に手を差し伸べてくるタカトシ。その手を取って立ち上がろうとしたのだが――
「会長選挙の所為で生徒会業務が停滞しているんです。再任したのでしたら早い所仕事を片付けてくださいね」
「辞任したくなってきたー!」
――甘い空気に浸らせてくれること無く現実を叩きつけてきたタカトシに不満を零しながら、私は振り返った。するとコトミとパリィが笑顔で手を振り、畑は面白そうにシャッターを切り、五十嵐は同情的な目を私に向けている。
「というか、タカトシたちが片付けてくれたって良かっただろ!?」
「会長不在では、生徒会は機能しませんので」
「お前がいれば問題ないだろ?」
「そういう問題じゃねぇよ……」
最後の最後でため口ツッコミを入れられてしまったが、この後数時間は生徒会室に缶詰めになるのだった……本当に辞任しようかな。
再任早々仕事が大量に……