柔道部の合宿から帰ってくると、丁度お義姉ちゃんたちも旅行から帰ってきたところだったらしい。
「コトちゃん、お帰りなさい」
「ただいまー。お義姉ちゃんたちもお出かけしてたんですね」
「ちょっとダイビングをしに」
「海に行ってたんですか~。私も行きたかったな」
「コトちゃんは山に行ってたんでしょ? 少しは精神修行できたの?」
「私は滝行してませんから」
あれはあくまでも柔道部の合宿っであって、マネージャーである私は参加していない。大門先生はやった方が良いと言っていたけども、主将が頑張ってくれたお陰で私がやる時間が無くなったのだ。その点は主将に感謝しなければ。
「まぁコトちゃんの場合は、わざわざ滝行しなくても精神を鍛えられるもんね」
「どういうことですか?」
お義姉ちゃんが何を言っているのか分からなかったので、私は素直に尋ねる。まさか家で精神を鍛えられるとでも言うのだろうか?
「だって、タカ君に睨まれれば精神的に堪えるでしょう? そうなれば精神を鍛えられる」
「わざわざタカ兄に睨まれてまで精神を鍛えたくないですよ……というか、鍛える前に参っちゃうでしょうし……」
確かにタカ兄に睨まれれば精神的に強くなれるかもしれない。だがそれと同時に廃人になる可能性だってある。むしろそっちの方が可能性が高いだろう。
「まぁコトちゃんの精神鍛錬は兎も角として、早い所残りの宿題を片付けちゃった方が良いんじゃない?」
「な、ナンノコトデスカ?」
「恍けてもダメ。コトちゃんが終わったって言い張ってても少しくらいは残ってるのはお見通しだよ」
合宿前に一応終わらせたのだが、こまごまとした箇所は残してあるということはバレているようだ。まぁ私が自力で終わらせたわけではないし、分からない箇所は調べろとタカ兄に言われていたので、そこをやっていないとお義姉ちゃんも分かっていたのだろう。
「タカ君からは放っておけと言われているけども、コトちゃんのことだから放っておくとやらないだろうから」
「仰る通りです……お義姉ちゃん、分からない箇所を教えてください」
「それじゃあタカ君が帰ってくる前に終わらせちゃおうか」
「そういえばタカ兄は何処に?」
さっきからタカ兄がいないことに気が付いていたが、聞くタイミングが無かったので聞けなかった。だがこのタイミングで聞いておかないと、帰ってきたタカ兄に直接聞くしかなくなっちゃうので聞いておこう。
「タカ君なら晩御飯の買い出しに行ってるよ。私たちも泊りがけだったから、冷蔵庫の中が心もとないって言って」
「そうだったんですね」
さすが主夫と言われるだけはあるなと感心しつつ、私はタカ兄がいない今こそお義姉ちゃんに質問しながら宿題を片付けられると意気込む。だってタカ兄がいると教えてもらえないし……
コトちゃんが残していた宿題は、思っていたほど多くなかったのでタカ君が戻ってくる前に終わらせることができた。
「終わったー!」
「コトちゃんだってやればできるんだから、もうちょっと頑張ったら?」
「これでも十分頑張ってるんですけどね……そりゃタカ兄やお義姉ちゃんから見たら当たり前なレベルなのかもしれませんが」
「でもコトちゃんにだってタカ君と同じ血が流れてるんだから――」
「じゃあお義姉ちゃんはタカ兄が私と同じくらい思春期全開になると思いますか?」
コトちゃんに切り返されて、私はお説教を中断するしかなくなった。だってタカ君がコトちゃんと同レベルになるとはどうしても思えなかったから。
「前会長か誰かにも言われましたが、タカ兄と私は確かに兄妹です。でもだからといって同じくらいできるようになるとは限らないと思うんですよね」
「そうかもしれないけど、だからといって勉強を頑張らなくてもいいってことにはならないよ?」
「そ、それはそうですけど……頑張ったところでたかが知れてるわけですし、最低限でも赤点じゃなきゃいいかなーって思っちゃうのは仕方ないことですって」
「いろいろと危ないんだから、もうちょっとは頑張ろうね?」
「はい……」
コトちゃんが危ないのは成績だけではない。赤点を採って補習、そのまま退学若しくは留年になればこの家から追い出されることになっている。そうなればコトちゃんは一人暮らしをしなければならなくなり、家事が苦手なコトちゃんはいろいろとアウトな状況に陥ることになる。
以前から家を追い出されたら生きていけないと言っているのだから、もうちょっと危機感を持って勉強に取り組んでもらいたいと、以前タカ君がボヤいていたのだ。
「コトちゃんに料理を教えるのはもう諦めてるから、勉強くらいは頑張ってね」
「タカ兄はやると言ったら絶対にやるでしょうから、赤点なんて採った日には……」
「提出物や遅刻、授業態度でもいろいろと問題ありだからね、コトちゃんの場合は」
普通なら赤点を採ったくらいで退学にはならないはずなのだが、コトちゃんの場合は別のところでも問題がある。なのでそこに赤点まで加われば最悪の場合だってあり得るだろう。それを自覚していないのかは分からないが、コトちゃんにはイマイチ緊張感が無いのだ。
「最悪の場合はこの身体を売るしか――」
「そんなこと言ってるからタカ君に怒られるんだよ?」
「分かってます……」
ガックリと肩を落として、コトちゃんは休み明けにあるテストに向けて勉強を自発的に始める。これで少しはタカ君の苦労も報われるのかな?
怒られても反省しないからなぁ……