思わず相手を投げちゃったけども、とりあえず怒られることは無かった。私が柔道好きだということはここにいるメンバーは全員知っているし、柔道部の合宿だから思わず技が出ちゃったのだろうということで納得してくれたみたい。
「だが主将、覚悟!」
「布団に沈んでいる今がチャンス!」
「えっ、ちょっと」
枕を持った後輩たちが私の上にのしかかってきて、私は寝技で抑え込まれているような気持になる。
「なる程。ここから抜け出す練習だね」
「少しは柔道に絡めないで考えられないのか、お前は」
チリは呆れてるようだけど、他のメンバーは楽しそうに私を抑え込んでいる。ここから抜け出すのは難しいけども、抜け出せた時は爽快感を味わえるんだろうな。
「な、何とか抜けられたよ」
「三人がかりでも主将を止められないなんて」
「さすが主将」
やっとの思いで抜け出すと、抑え込んでいた三人がちょっと残念そうに称えてくれた。でもまさか、三人で抑え込んでたなんて思わなかったな。
「って! 主将、解けてますよ」
「へ?」
コトミちゃんに言われて、私は何が解けているのかと確認する。すると確かに解けていた。
「あっ、髪が」
「帯だよ!」
髪が解けちゃってると思って直そうとしたら、チリにツッコまれてしまう。視線を下に降ろすと、確かに帯も解けちゃっているのが分かる。
「そんなに慌てなくても、ここには女子しかいないんだから――」
「お前ら、何時まで騒いで――」
「主将、危ない!」
大門先生が注意しに来たので、コトミちゃんが枕を投げて先生の視線を遮る。その隙に私は帯を直したのだが、その後に残ったのは枕をぶつけられた大門先生への説明……
「――というわけで、先生の視線を塞がせてもらいました」
「なる程な。だがそれにしても思い切りが良すぎなかったか? 日頃の恨みとでも思ったんじゃないのか?」
「そんなことありませんよ!?」
あらぬ疑いを掛けられてコトミちゃんが慌てて否定する。とりあえず誤解は解けたようだが、これ以上騒ぐのは良くないということで枕投げは終了になった。
「幕切れはあれだったが、意外と楽しかったな」
「こういうのがあるなら、また合宿もやりたいな」
「次はどこがいい?」
「海っ!」
コトミちゃんが元気よく答えると、他のメンバーもそれに同意している。
「確かに海でも鍛えられるしね」
「お前、ホントそういうことばっかり――」
「寒中水泳とか」
「冬かよ!」
「だって合宿だし」
「夏で良いだろ! 夏だって十分海で鍛えられるんだから」
何とか私を説得しようとしているチリだけども、寒中水泳だって気持ちいいと思うんだけどな……
コトちゃんがいない津田家というのは、こうも平和なのだろうか。などと考えてしまうくらい、今日は平穏な気持ちで過ごせた。
「義姉さん、お茶でも飲みますか?」
「私が淹れるよ」
「気にしないでください。俺の方が近いですから」
タカ君がお茶を淹れてくれたので、私はそれで一服することに。普段は疲れた雰囲気が隠しきれていないタカ君だが、今日はそんな感じはしない。やっぱり、タカ君でもコトちゃんの相手は疲れるのだろう。
「このままコトミがいない間は平和に過ごしたいですね」
「どうだろうね。 私がタカ君の家にお泊りしてるのがバレて、シノっちたちが遊びに来るかもしれないよ」
「どうなんでしょうね。普通に遊びに来る感じならいいんですが、義姉さんとシノさんたちが合わさると面倒なことになりそうですし」
「また抜け駆けとか言われたらどうしましょう」
実際私は何度もタカ君の家に泊まっているので、抜け駆けと言われても仕方が無いのですが、それはあくまでも義姉として。決してタカ君の部屋に泊まっているわけではないので、抜け駆けと言われる程ではないと思うのです。
ですがシノっちたちからしてみれば、私の立場は非常に羨ましいものであり、お泊りしただけで抜け駆け扱いみたいなのです。
「そんなこと言いだすなら、私から見ればシノっちたちも十分抜け駆けしてると思うんですよね」
「何ですか、急に」
お茶を飲みながら尋ねてくるタカ君に、私は如何にシノっちたちが抜け駆けしてるかを熱弁する。
「だって私はタカ君と通ってる学校が違います。だからタカ君と学生生活を共に過ごすことができていないのです。それなのにシノっちたちは同じ学校に通い、生徒会活動で同じ時間を過ごしているんですよ? ちょっとのお泊りくらい大目に見てくれてもいいとは思わないですか?」
「はぁ……学校が違うのは最初からですし、そこを抜け駆けと言われるのはシノさんたちも不本意なのではないでしょうか」
「それでも、羨ましいって思っちゃうのは仕方ないと思うんですよね」
「そんなものですかね?」
タカ君はイマイチ理解していないようですが、私からしてみればシノっちたちは羨ましい限りなのです。タカ君と学校で同じ時間を過ごしているのですから。
「同じ時間って言っても、シノさんたちは先輩なんですが」
「つまり、一番の抜け駆けはスズポンっ!?」
「何なんですか、いったい……義姉さん、お風呂に入って落ち着いてきては?」
「そうだね。タカ君、一緒に入る?」
「入りません」
呆れてるのを隠そうともしないタカ君の表情にちょっとだけ罪悪感を覚えながら、私は脱衣所に移動した。
「タカ君だから誘いに乗ってこないだけで、私の身体は魅力的だと思うんだけどな」
鏡に映る自分の裸体を見ながら、タカ君の鋼の心を揺り動かすにはどうすればいいのか。そんなことを考えていたらちょっと逆上せてしまったのだった。
平穏な時間は終わりを迎える