滝行を終え、宿舎に帰ってきてご飯やらお風呂やらを終え、私たちは部屋で布団の準備をしている。
「しかし全員で雑魚寝か。いよいよ合宿っぽくなってきたよな」
「というか、今日普通の練習してませんよね?」
「今日はあくまでも精神鍛錬だったんじゃね?」
中里先輩とトッキーがそんなことを話してる横で、私は皆の枕を見て一つ娯楽を思いついた。
「布団の準備もできましたし、早速始めましょう。戦争を」
「枕投げのことか?」
「枕投げか。何だか合宿というか旅行っぽいな」
トッキーはあまり乗り気じゃないみたいだったが、中里先輩をはじめとするメンバーは意外と乗り気。
「あんまり騒ぐと大門先生に怒られないかな?」
「修学旅行じゃないんだ。少しくらい騒いでも怒られないだろ」
「そっか。じゃあやろう」
意外なことに主将も乗り気だった為、第一回柔道部枕投げ最強決め選手権が開催されることに。
「その前に、自前の枕の人は分かるようにしておいてくださいね」
「自前の枕のヤツなんているのか?」
「私はこの羽毛枕。フィットして寝心地が良いんだよね」
私は自慢するように羽毛枕を持ち上げる。だがトッキーはしきりに首を傾げながら私と枕を交互に見ている。
「お前、そんなのを買うお金あったっけ?」
「ギクッ……タカ兄にお願いして買ってもらいました」
睡眠の質を理由に勉強がはかどらないと言って、この羽毛枕を買ってもらったことを白状。だんだんトッキーの観察眼がタカ兄並に鋭くなってきてるよ……
「睡眠の質かー……それじゃあ私の勉強がはかどらないのも――」
「ムツミの場合は、勉強したくない気持ちが強すぎるだけだろ。私もだけど」
「てか兄貴やあのちっこい先輩を見てれば、睡眠の質云々より勉強の効率だと思うんだが」
「御尤も」
タカ兄もスズ先輩も、寝具に拘っている様子はない。スズ先輩はお昼寝などをしてるが、枕が無くてもとりあえずは寝れているし、タカ兄に関してはベッドじゃなくてもとりあえず寝れれば大丈夫という猛者なのだ。睡眠の質で勉強が疎かになっている様子など無い。
「でもまぁ、私たちのように集中して勉強ができない人間にとって、別のところで何とかしようと思うのは普通だと思うよ」
「てか、津田君とコトミを比べちゃダメだろ」
「ですよねー」
「コトミ、褒められてないからな?」
「それくらい分かってるよ」
中里先輩の言葉に照れていた私に、トッキーからのツッコミが入る。さすがに褒められていないということくらい分かっていたので、私はトッキーのツッコミに噛み付くふりをして、枕を投げる。
「戦いは既に始まっているのだよ!」
「きったねぇ!」
私とトッキーの開戦を合図に、他のメンバーたちも枕投げを開始する。これはこれでいい思い出になるだろうな。
コトミの提案で枕投げをしているのだが、これが意外と楽しい。やはり定番と言うのは馬鹿にできないんだろうな。
「意外と楽しいものだな」
「先輩もそう思います?」
「あぁ。だがあの膝枕みたいな枕を持ってきたのは誰なんだ?」
「さぁ……アレ当たったら痛そうっすよね……」
「というか、どうやってバッグの中にいれたんだ?」
確かに、あんなにかさばりそうなものをバッグの中にいれてきた人間がいると考えると、どうやって入れたのかが気になって来る。だがそんなことを聞いたところで、何の参考にもならないことは分かり切っている。
「とりあえず、続けましょうか」
「そうだな」
中里先輩と距離を取り、私は大きく振りかぶって枕を投げつける。
「何処投げて――」
私が投げた枕は大きくカーブして、部屋に置かれている花瓶に向けて飛んでいき――
「危なっ!」
「「おぉ!」」
――中里先輩が飛びついて枕に当たってくれたお陰で、花瓶を割らずに済んだ。
「相変わらずトッキーはドジっ子だなぁ」
「しみじみ言ってんじゃねぇよ!」
「うぼぁ!?」
コトミの顔面に枕を投げつけ、良く分からない悲鳴を上げた。こいつは相変わらず何かに影響されているんだろう。
「主将、勝負です」
「いいよ~」
枕投げでも無類の強さを発揮している主将に、一人の部員が勝負を挑んでいる。だがよく見れば主将の周りには枕がない。
「しまった、弾がない」
「今日こそは主将に勝てる!」
「状況の把握も必要な能力なんだね」
「いつの間に復活してたんだ?」
さっきまで布団の上に沈んでいたコトミが起き上がり解説を始めていたので、私はそれにツッコむ。兄貴やちっこい先輩がいない以上、私がこいつにツッコミを入れないといけないからな。
「主将、覚悟」
「こうなったら」
投げられた枕を躱し、主将が相手の腕を掴んで投げ落とす。綺麗な一本だが、これは枕投げではなく柔道では……
「普通の枕がないから腕枕を投げたんだね」
「いや、そう言うの良いから」
「てかムツミ、今のは反則だろ」
「だって、大人しくやられるのは嫌だったから」
「だったら飛んできた枕で反撃すれば良かっただろうが」
「そっか。そうすれば良かったんだ」
投げられた相手もちゃんと受け身を取っていたので大事にはなっていないが、枕投げの趣旨に反しているのは確か。結局主将は反則負けになったのだった。
「枕投げでは勝ったけど、見事に投げられちゃったよ」
「間合いの詰め方が凄かったよね」
投げられた人も、他のメンバーと主将の間合いの詰め方に興味を示しているので、とりあえずこれが原因で柔道部に亀裂が入ることは無さそうだ。
ムツミの一本勝ちですね