桜才学園での生活   作:猫林13世

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何処も行きたくない……


合宿先

 そろそろ夏合宿の場所が発表される頃ということで、柔道部は練習という気分ではなくなっている。

 

「今年は何処だろうな」

 

「あんまり遠くだとお金かかるし、近場が良いかも」

 

「でも、近すぎると合宿って気分じゃなくないか?」

 

 

 先輩たちの会話を聞いて、私はトッキーに話しかける。

 

「トッキーは何処が良い?」

 

「何処でも良いだろ、そんなの。遊びに行くわけじゃないんだし」

 

「トッキーって変なところ真面目だよね」

 

 

 見た目ヤンキーなのに主将の次に練習熱心だし、こういった話題に乗ってこない。もう少しふざけて生きても良いと思うんだけどな……

 

「というか、お前は話し合いに参加しなくてもいいのか? マネージャーなら宿の手配とかいろいろあるだろう?」

 

「私にそんな大事なことを任せてくれると思う?」

 

「思わない」

 

「それが答えだよ」

 

 

 私が話し合いに参加していない理由は、まさにそれである。宿の手配とかは大門先生がしてくれるので、私が参加しても徒に話をややこしくするだけだと判断されてのこと。これがタカ兄だったら全部一人で決められるのだろうが、私にそれを期待するだけ無駄なのだ。

 

「てか、掃除もまともにできてないお前がマネージャーだって言われてもな」

 

「これでも成長してるんだよ! ただ、側にタカ兄というレベチがいる所為で目立たないけど……」

 

「まぁ、私も兄貴が基準になりつつあるからな……」

 

 

 タカ兄が基準になってしまったら、もういろいろと難しくなってしまうのではないだろうか。男としての基準もそうだが、家事能力がタカ兄基準になってしまったら、世のお母さま方の大半はできていないと思ってしまいそうだし。

 

「みんなー、合宿先が決まったよ」

 

 

 トッキーに同情的な視線を向けようとしたタイミングで、主将が元気よく道場に現れた。この人はタカ兄が基準になっても気にし無さそうだな。

 

「それでムツミ、今年は何処なんだ?」

 

「今年はね、山だよ!」

 

「山か……」

 

 

 先輩たちのテンションが下がったのが分かる。海だったら遊べるけど、山だとあんまり遊ぶ場所とか無いし、暑いし、虫とか出てきそうだし。

 

「何でわざわざ暑そうなところを選んだんだよ」

 

「涼しいよ? 滝行ができるから」

 

「精神修行かよ!」

 

 

 中里先輩のツッコミは、タカ兄程ではないけどなかなかのキレがあるよな……などと現実逃避をしていたのだが、ふと素朴な疑問が生まれたのでムツミ主将に尋ねる。

 

「それって私も参加なんですか?」

 

「もちろん! マネージャーも一緒に鍛えた方が良いって先生が言ってたから」

 

「うへぇ……」

 

 

 恐らく大門先生の背後にタカ兄がいるんだろうなと思い、私は抵抗を諦めた。だって、タカ兄に逆らったところで意味は無いし、下手をすれば家を追い出されるかもしれないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柔道部の合宿で山にやってきて早速、メインの滝行を体験することに。ここまで来る間は暑いとか思ったけど、滝の側って意外と涼しいんだな。

 

「それじゃあ最初はチリから行ってみよう!」

 

「ムツミじゃないのかよ」

 

「私は最後にしておくよ」

 

「主将が一番じゃその後が大変だと思いますよ?」

 

 

 コトミの言葉に先輩は納得したように滝へ進んでいく。確かに主将が一番だとその後はそれ以下の時間じゃ何を言われるか分からないって感じになりそうだしな。

 

「それにしても、凄い勢いだね」

 

「ドMにはご褒美なのかな?」

 

「ちょっと何言ってるのか分からないんだが」

 

 

 相変わらずコトミの相手をするのは疲れる。これを毎日相手取っている兄貴がどれだけ凄いのかよく分かるよ、ホント……

 

「あっ、中里先輩はここでギブアップみたいだね」

 

「結構頑張った方だと思うよ」

 

「ムツミ主将の基準は、他の人とは違うと思いますよ」

 

 

 確かに私たちから見たら、中里先輩はかなり頑張っていた方だと思う。だが主将の中ではまだ行けたのではないかという評価になっているらしい。

 

「うぅ、透けそう……」

 

「大袈裟だな~。水着付けてるんだし大丈夫だよ」

 

「流された……気を付けろ」

 

 

 先輩の忠告に、私たちはぞっとした。幾ら男がいないからって堂々と曝せる勇気など無いので、私たちは水着の紐をきつく結び直す。

 

「つまり、強制露出プレイも楽しめるというわけですか」

 

「お前は少し黙ってろ」

 

「それじゃあ、次はトッキー! 行ってみよう!」

 

「はい」

 

 

 主将に指名され、私は滝へと進む。どうせやらなきゃいけないんだから、さっさと済ませてしまおう。

 

「(確かに凄い威力だな)」

 

 

 滝に打たれながらそんなことを考えているのだが、これではあまり意味は無さそうだ。私は無心を心掛け、中里先輩と同じくらいの時間滝に打たれコトミの隣に戻った。

 

「そういえばトッキー、その数珠は自前?」

 

「あぁ、一応持ってきた」

 

「私はこの杖!」

 

「杖? 何に使うんだよ」

 

 

 いくら山道と行っても、ここまでそれ程険しい道ではなかった。杖なんて必要ないと思うんだがな……

 

「仕込み刀になってるんだよ」

 

「お前は何と戦ってるんだ?」

 

 

 自前ということは、また小遣いを無駄遣いしたのだろうと思いつつ、私はそちらへのツッコミは入れずにスルーすることに。どうせ兄貴に怒られた後だろうし、私が言っても聞かないだろうしな。

 

「不測の事態に備えた結果だよ」

 

「主将がいるんだし、大抵のことなら力業でどうにかなるだろ」

 

「まぁまぁ、せっかくの旅行なんだし、楽しみたいじゃん」

 

「合宿だっての……」

 

 

 コトミは旅行気分のようだが、私たちは合宿の為にここにきているのだ。遊び気分でいられるコトミが羨ましくもあり、こいつがマネージャーで本当に大丈夫なのだろうかという疑問が生まれたのだった。




トッキーは真面目だから

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