今日は朝練があるのでマネージャーである私は部員たちよりも早く登校する必要がある。だが私一人では早起きなんて出来ないので、タカ兄に最悪の場合は起こしてと頼んでいるのだ。
「コトミ、起きろ」
「起きてます……」
我ながら信用の無さに呆れてしまうが、タカ兄に起こされるまで部屋から出なかった自分の責任だと割り切ってリビングへと下りていく。
「ほら。これが昨日の夜言っていたスポーツドリンク。こっちはお前の弁当だ」
「わざわざ申し訳ございません……」
本来なら自分で作らなければいけないのだが、見ての通り寝坊ギリギリだったのでスポーツドリンクの用意をしている暇は無かったのだ。だから昨日のうちにタカ兄に頼んでいたのだ。
「次からは自分で作るんだな」
「お、お弁当は無理です……」
「それは分かってる」
私の料理スキルは、柔道部マネージャーになったからといって成長していない。むしろ他が少しずつできるようになってきたから余計にひどく感じられるくらいだ。
「それじゃあタカ兄、行ってきます!」
「寝癖」
「あっ……」
タカ兄に指摘され、無言で寝癖を直されている間、私はこんな兄他にはいないだろうなと思っていた。
「(ほんと、お母さんみたいなお兄ちゃんだよなぁ……まぁ、私がこれだけできないからタカ兄のオカン属性が成長してしまったんだろうけども……)」
玄関でタカ兄に寝癖を直してもらい、私はダッシュで学校へ向かう。道場の鍵は私が持っているので、私が行かなければ朝練ができなくなってしまうからだ――まぁ、主将も持ってるから問題ないと言えば問題ないのだが。
「せ、セーフ……」
まだ誰も来ていないのを確認して、私は道場の鍵を開けて軽く掃除を始める。すると五分後にムツミ主将、その後トッキーや他の部員たちが続々とやってきた。
「おっ、今日は寝坊しなかったんだな」
「私だって何時も寝坊してるわけじゃないんですよ」
中里先輩にからかわれたが、一応自力で起きたので胸を張って答えておく。裏事情は知られないだろうし、タカ兄のように心が読める人がそうそういるとも思えない。
「それじゃあ練習始めるよー」
ムツミ主将の宣言で本格的に朝練がスタート。その間に私は部室の掃除や予備の道着の洗濯、その他諸々の雑務をこなさなければいけない。
「まずは掃除か……」
こまめに掃除しているとはいえやはり汚れてしまうもの。私は箒と雑巾を持って部室の掃除に励むことに。
「ん? どしたの、トッキー」
「いや、ちょっとあざができてな」
「見せて?」
部員の怪我の手当てもマネージャーの仕事なので、私はトッキーにあざを見せてもらう為に手を差し向ける。
「……なんだそれ?」
「あっ、これはちょっと炎の紋章を書こうと思って……失敗しちゃったから見ないで」
「恥じらいのポイントおかしくね?」
もっとうまく描けていればこんな思いをしなくても済んだのだろうが、あの模様は上手く再現できない。よってこんな風になってしまったので隠したかったのに……
「まぁいいや。それで、あざって何処?」
「あぁ、ここなんだが」
「うわぁ、痛そうだね……一応消毒しておく?」
「あざだから消毒しても意味ねぇだろ。まぁ、何かあったらまた相談するわ」
「分かった」
練習に戻っていくトッキーを見送り、私は洗濯籠に溜まっている道着を見てため息を吐いてしまう。
「毎日練習してるから仕方ないけど、どうやったらこれだけ汚れるんだろう……」
道着だけでなくアンダーなどもあるので結構な量がある。いくら洗濯機があるからといって、この量は憂鬱になってしまうだろう。
「でも、先輩たちが泊まりに来た翌朝って、タカ兄これくらいの量を洗濯してるんだよね……」
初めの頃は下着を洗濯されるのが恥ずかしいからと他の人が洗濯していたのだが、最近ではタカ兄が当たり前のように洗濯しているのだ。まぁ、その先輩たちが泊まりに来る原因は私なのだが……
「家事力だけでなく学力も足りてないからな……」
最近でこそタカ兄とお義姉ちゃんのお陰でテスト前に詰め込まなくてもある程度理解できるようになってきているが、それでもテスト前に勉強会を開いてもらわないとどうにもならない成績であることには変わりはない。なのでシノ会長たちが泊まり込みで勉強を見てくれているのだ。
「とりあえず洗濯して干しておこう」
今日は降水確率ゼロパーセントだし、いい具合に乾くだろう。そういえばタカ兄も、家で洗濯物を干していたっけ。
「ついでに私の服も洗濯しておこう」
以前汚してしまってずっと隠していたのだが、この機会に洗濯して家に戻しておこう。
「それじゃあ後はこれを干して――」
「精が出るな、コトミ」
「か、会長……それにタカ兄まで」
朝の見回りの時間だったのか、生徒会メンバーが道場周りにいた。まさか遭遇するとは思っていなかったので、私は洗ったばかりの道着たちを落としそうになってしまい――
「服の件は後でじっくりと聞くからな」
「い、イエッサー」
――タカ兄に洗濯籠を助けてもらった際に私服を洗っていたのもバレてしまった……
「た、タカトシ……」
「なんです?」
「殺気を出す時は先に言っておいてくれ……私たちまで背筋が凍る思いをするんだぞ」
「はぁ……別に出してるつもりは無かったのですが」
タカ兄に私が怒られている横で、シノ会長たちも怯えていた。相変わらずタカ兄の殺気は恐ろしいんだよな……
宣言してから出しても効果ないしな……