普段横島先生の相手は津田君に任せている。だが職員室に用事の無い津田君に職員室でも横島先生の相手を任せるわけにはいかない。なので基本的に職員室では私が横島先生の相手をしているのだが、これが精神的にかなり疲れるのだ。
「はぁ……」
「お疲れですか?」
「つ、津田君……恥ずかしいところを見られちゃったわね」
職員室を出てため息を吐いていたところを津田君に見られてしまい、私は誤魔化すように笑ったけども効果は無さそう……だってこの子は読心術を使うらしいから。
「横島先生の相手は疲れますか」
「そうね……あの人加減を知らないから」
「散々こっちでも注意してるんですけどね……改善されないようでは処置無しです。後は学園の判断を仰ぐくらいしか」
「そこまでしなくても良いけど、もう少し加減してくれればって思うことは多いかな……」
あの人の尻拭い的な感じでヨガ同好会の顧問にもなったし、私に横島先生関係の仕事が流れてくるのがデフォルトみたいになってるのもどうにかしたい。でもこれは津田君に相談してどうにかなる話ではない。
「そういえばヨガ同好会ですが、割と順調なようですね」
「まだあれこれ調べながらやってる段階だけど、それなりに成長してるわ。私も同好会のお陰で足のむくみとかが取れてるし」
職権乱用のような気もしないではないけども、同好会に参加することによって日頃の疲れなどが解消されているのも確か。これは同好会の顧問の話を振ってくれた津田君に感謝しなければいけないわね。
「肩こりくらいなら俺でもマッサージできますけど、足となると俺がやると問題になりそうですからね」
「津田君にならマッサージされたい子、たくさんいるんじゃない?」
「どうなんでしょうね。まぁ、素人にマッサージされるよりちゃんとしたお店に行った方が確実だと思いますが」
「その時間が無いのよね……まぁ、忙しいのは横島先生の所為だけじゃないんだけど」
「あの人にはこちらからもう少しきつく言っておきますので、それでも改善されない時は言ってください。俺から上に報告しておきますので」
「その時はお願いね」
私が報告するよりも津田君が報告した方が効果はあるだろうし、横島先生も私から報告されるより津田君に報告される方が嫌だろう。
「(でも、生徒に頼りっきりってのもね……)」
この子が凄いということは私も知っている。でも津田君はあくまでも生徒なのだ。あんまり頼りにし過ぎるのも問題だと考え、私は気合いを入れ直すことにして、職員室に戻り早速挫折しそうになるのだった。
パリィが漢字の読みを勉強していると、何故かムツミまでそれに付き合っている。さすがにムツミでもパリィが勉強しているレベルの漢字なら読めるのね。
「日本語は難しいなぁ……」
「当たり前のように使ってるから分からなかったけど、確かに難しいんだね。そんな読み方があるなんて私も知らなかったし」
「何の話?」
聞こえてきた内容に興味があったので、私はパリィとムツミの会話に加わることに。
「朝公園で子供が砂場で遊んでたんだけど、『穴掘り』って開発って意味だよね?」
「? ……ネネっ! パリィに余計な知識を植え付けたわね!!」
私は犯人であろうクラスメイトを問い詰めるが、ネネは終始ニヤニヤしている。
「何よ、その顔は……」
「だってスズちゃん、開発の意味が分かったんでしょう? つまり、スズちゃんもこっち側ってことだよね? ムツミちゃんはさっぱり分かって無さそうだけども」
「わ、私だって分からないわよ!? でも、そういう余計なことを教えるのはネネくらいなものでしょうが!」
「でもどうしてそういう意味の開発だと思ったの? 普通に発展させる開発という意味だってありそうだと思うけど?」
「そ、それは……」
普段からネネや会長たちと行動を共にしていた所為で、そっちの開発だと思えなかったなんて言えないわね……私の思考が毒されてるなんて思いたくないし。
「それとも、スズちゃんも『開発』してるのかなー?」
「し、してないわよ! というか、こんな所で変なこと言わせないでよね」
教室を見回せば、男子生徒がニタニタと笑ってるように見えるし、女子生徒は視線を逸らしている。つまり私はネネの同類だと思われているのか……
「何、この空気?」
「た、タカトシ!」
次の授業の資料を運んでほしいと頼まれていたタカトシが教室に戻ってくると、教室の空気が一瞬にして変わった。
「スズちゃんが開発してる疑惑が出てきたんだよ」
「開発? 何か作ってるのか?」
「そっちの開発じゃなくて、後ろの開発だよ」
「後ろ? ……後で説教されたいみたいですね、轟さんは」
「わ、私は別に何もしてないよ?」
「パリィに嘘を教えたんだろ? それでスズをからかって遊んでたんだから、十分に怒られる対象だと思うが」
「今後は十分に気を付ける所存ですので、どうか平にお許しを……」
「判断はスズに任せる。一番の被害者はスズだろうからな」
そこでタカトシが教室内に視線を向けると、男子生徒はすぐに視線を逸らし、女子生徒は私に謝罪するような視線を向けてくる。やっぱりタカトシが一睨みすれば万事解決ね。
「ねぇねぇタカトシ君、後ろの開発って何?」
「三葉は知らなくて良いことだ。出来れば俺も分かりたくなかったが、コトミや義姉さんがそんな事言ってたから分かっただけだから」
「?」
最後の最後までムツミは意味が分からなかったようだが、できれば私だって分かりたくなかったわよ。
まぁ分かりたくないよな……