会長に集合を掛けられてしまったのでいかないわけにもいかない。私は気が進まないがバッティングセンターにやってきた。
「スズちゃん、早いね」
「七条先輩。あまり気は進みませんけども、私だけ来ないわけにもいきませんし」
「待たせたな!」
「シノちゃん」
珍しくタカトシが一番最後だということにちょっと驚いたけども、アイツにもいろいろとやることがあるから遅れているのだろう。と言っても、まだ時間前だけど。
「お待たせしました」
「タカトシ君が最後って珍しいね~」
「そうですか?」
「あぁ。お前は何時も一番最初に来ているイメージだからな」
「洗濯物を取り込んで片付けていたので、その分遅れたのかと」
「なる程」
主夫はやることが色々とあるようで、私たちみたいに帰って着替えてすぐ出発というわけにはいかなかったようだ。それでも時間前に来られるのは、こいつの凄い所よね。
「早速だが打ってみようではないか!」
「シノちゃん気合入ってるね~」
「人に見られてると思うと気合も入るだろう?」
「そうなんですか?」
「人によると思いますけど」
見ず知らずの相手に見られてたら気が散るかもしれないが、知り合いに見られてると思うと、逆に緊張して力みそう……
「兎に角見ててくれ!」
そう言って会長は140キロコーナーに向かう。やっぱり遅いマシンにはいかずに140キロで勝負するようだ。
「今日こそ――」
『キーン』
「――玉を打つぞ! ……ここに来るとボールを玉って言っちゃうな」
「そんなこと無いと思いますが? あと、細かい様ですが玉ではなく球です」
「ニュアンスで私が思い描いている漢字まで分かるのか……」
タカトシの特殊能力がまた一つ判明したところで、会長が挑戦した。だが結果は以前と同じようで、ガックリと肩を落としてゲージから出てきた。
「やはり前に飛ばないな……当たってもボテボテだし」
「ボールをバットに乗せる感覚で振れば角度が付きます。次はそんなイメージで振ってみてください」
「分かった」
タカトシのアドバイスを受けて、会長が再チャレンジ。結果はさっきよりかは打球に角度が付いているが、それでもまだあまり飛んでいない。
「やっぱり難しいな……萩村、やってみてくれ」
「私ですか?」
「萩村なら出来そうだしな」
「そんな期待されても……ところで、あの的って何ですか?」
「あそこに当たるとホームランなんだ。だから狙ってるんだが、的を狙うよりも先にボールを打てるようにならないといけないんだよな……」
「そうなんですか」
せっかくだし狙ってみよう。そう意気込んで打席に立ったのだが――
『ペキン、ペキン、ペキン、ペキン』
「な、内野安打性の当たりが四発だから実質一点だし!」
――バットに当たっても私の力では前に飛ばなかった。
「うん、頑張った」
「何だか子供扱いされてる気がする」
「き、気のせいだ! とりあえずもう一回挑戦だ」
会長が意気込んでもう一度挑戦する。七条先輩はこう言うことはやらないのか見学だけだし、タカトシは会長に指導するだけ。私だけやらされた気がしてならないが、やってみて難しさは分かったわ。
「むぅ……」
「会長、もっとしっかりボールを見てください」
タカトシのアドバイスを受けて、会長が集中し直す。
「むっ!」
「どうしたの、シノちゃん?」
「ボールがパンツ被ってる顔に見えてきた」
「動体視力の無駄遣いしてるんじゃねぇよ」
タカトシのため口ツッコミが入り、会長から雑念が吹き飛んだ。物凄い集中力でボールと向き合い、そしてホームランの的にボールが当たる。
「やったぞ!」
「「「………」」」
「ん?」
打ち合わせしていたわけではないが、私たちはサイレント・トリートメントを実行する。敢えてよそよそしい態度をとってから盛大にお祝いする野球儀式だ。
「もしかして私の姿が見えていないのか? 主人公消失系〇Vごっこか?」
「浮かれすぎて昔の癖が出てるんじゃないですか?」
会長のセリフに対するタカトシのツッコミは、底冷えするような雰囲気が伴っており、会長だけではなく私と七条先輩も震えたのだった。
タカトシのアドバイスのお陰でスッキリすることができた。だが私は一つ気になることがあったので確認することに。
「アリアが打たないのは分かったが、何故タカトシは打たないんだ?」
「そうよ。せっかくなんだし打ってきなさいよ」
「私も、タカトシ君が打つところ見たいな」
「そんな期待されるようなもんじゃないですよ?」
これがタカトシの謙遜だということは分かっている。こいつが大した結果じゃないことなんてないだろうし、もしかしたら私たちを自信喪失させたくないから打たなかったのではないかと言うのが、私たちが導き出した結論だからだ。
「………」
「先に見なくて良かったな……」
「タカトシ君、すごーい」
「こりゃ野球部がスカウトしに来る理由がわかるな」
ほぼ全球ホームラン性の当たりで、何発も的に当てているではないか……私が苦労して一発当てたのを嘲笑うかの結果に、私も萩村も何も言えなくなってしまった。もちろん、タカトシにそんな意図はないと分かっているのだが……
自分は何故かすべて流し打ちになってしまう……