母が買ってくれた耳当てを付けて登校すると、結構見られた。そりゃイヌ耳の形をした耳当てを高校生の私がしていたらさすがに見られるよね。
「(あの子コスプレ? 高校生の格好してる)」
「………」
すれ違った他校の女子高生の会話が耳に入り、私は回れ右をしてその女子高生の脛を蹴ろうとして――
「スズ?」
「あっ……」
――後ろからやってきたタカトシと目が合って気まずい感じになってしまう。
「何か忘れ物でもしたの?」
「いや……」
「……気にするだけ無駄だと思うけどね」
「えっ?」
答えに窮していた私の視線で何かを察したのか、タカトシはそんなことを言った。
「スズのことを知らない人間が何を言おうが、スズはれっきとした高校生だろ? 見ず知らずの人の言葉に一々反応していたら疲れるだろうし、確か轟さんから何かのデータをもらうって言ってなかったか? 時間に遅れると轟さんに心配されるだろうし」
「そうだった」
今日はネネからレポートの添削をして欲しいと頼まれていて、そのデータを受け取る約束をしているのだ。同じ学校、同じクラスなのだから後でも受け取れるのだが、約束した時間はそろそろなので、急いで学校へ向かわなければいけない。見ず知らずの相手の暴言にキレている時間は、無かったのだ。
「ありがとう、タカトシ」
「どういたしまして、で良いのかな?」
首を傾げながらも笑みを浮かべるタカトシに、一瞬だけ見惚れてしまったが、私は急いでネネとの約束の場所へ向かった。
「遅かったね」
「そう? まだ時間前のはずだけど」
「うーん……スズちゃんはノリが悪いな~。まっ、それがスズちゃんっぽいんだけどね」
「待って、何の話?」
どうやらネネはアニメか何かのネタをやったようだけども、私には分からなかった。とりあえず今後の話に影響はないので、ネネのネタを追求することはしない。
「これ、レポートのデータが入ったUSB」
「確かに預かったわ。……でも、このストラップは?」
「可愛いでしょ?」
「可愛いけど……」
USBメモリーには犬の尻尾のストラップが付いていた。私がしている耳当てはイヌ耳……このUSBをスカートのポケットに入れたら、尻尾が生えたように見える……まんまイヌのコスプレをしているように思われるかもしれない。
「そういえばスズちゃん、その耳当て可愛いね」
「母が買ってくれたのよ。愛犬とお揃いだって言ってね」
「ボア君か~。また会いに行っても良い?」
「構わないけど、ネネってそんなに犬好きだったっけ?」
「ううん、ボア君とは話が合いそうな気がするんだよね」
「………」
「今、犬の言葉が完全に分かる機械を開発してるから、ボア君に協力してもらいたくて」
「素直に協力したくないわね……」
犬の言葉が分かる機械ができれば確かに嬉しいと思う飼い主は多いだろう。だが、何となくだけどもボアとネネが会話をするとろくなことにならないと思ってしまい、私はネネの提案を素直に受け入れられなかったのだった。
昇降口に向かう途中で、萩村が横から現れた。
「コスプレ?」
「あっ、やっぱりそう思われたか……これはUSBに付いているストラップです」
「なる程」
萩村自身もコスプレだと思っていたのか、私が疑問を呈したらすぐに答えてくれた。
「その耳当て、可愛いな」
「ありがとうございます」
「私も耳当てしてきました!」
「おぉコトミ、今日は遅刻せずに――」
振り返った私が見たコトミの姿は、耳が長いエルフのコスプレをしているようだった。
「よく作ったな……」
「お義姉ちゃんに教わりながら、何とか作ることができました」
「だが、何故エルフ耳? 普通の耳当てを買った方が楽じゃないか?」
「私の財布事情では、これが精一杯です」
「なる程な……」
コトミの散財癖は私も知っている。まぁ、その御蔭で新たな趣味に目覚められたので、その点では感謝しているのだが……
「おはよ~、あっ、コトミちゃんの耳当て、なかなか可愛いね~」
「おはようございます、アリア先輩」
「それってお手製?」
「はい!」
合流したアリアがコトミの耳当てを褒めている横で、タカトシが呆れ顔を見せているのが印象的だった。
「タカトシ的には、コトミのお手製耳当てはどうなんだ?」
「どうもこうも、普通に耳当てを買えるくらいの小遣いは渡してるのに、どうして手作りしようと思ったのか謎ですよ……」
「だが、コトミの手芸スキルが上がったと思えば――」
「型取りから綿入れなど、殆ど義姉さんがやったようですけどね」
「………」
カナが手伝っていたのか。まぁ、コトミ一人で完成まで持っていけるかどうか確かに疑問だったが、まさか殆どカナの手作りだったとは……
「というか、何時までもこんなところで固まっていたら邪魔ですし、そろそろ校内に入りましょう。幾ら防寒具をしているとはいっても、寒いのには変わりないんですし。風邪でも引いて休むことになったら大変ですしね」
「そうだな」
「あっ……お弁当忘れた」
「………」
耳当てを自慢していたコトミだったが、鞄の中にお弁当が入っていないことに気付きショックを受けている。その横でタカトシが鞄からコトミのお弁当を取り出し、軽くお説教をしているのを横目に、私たちは校内へ向かうのだった。
よく作ったよな、ウオミーが……