お母さんに買い物を頼まれてスーパーに行き、無事に頼まれていたものを買って店を出ると、隣に見知った人がいた。
「た、タカトシ……同じスーパーに来てたなんて奇遇ね」
「そうだな。スズも夕飯の買い物か?」
「えっと……お母さんに頼まれたの」
「そうなんだ。せっかくだから途中まで一緒に帰ろうか」
そう言いながらタカトシが左手を差し出してくる。
「う、うん」
戸惑いながらも私はタカトシの手を握ると、彼は困ったような笑みを浮かべた。
「荷物を持とうと思っただけなんだが……スズがこっちの方がいいなら別に構わないが」
「ご、ゴメン!」
咄嗟に手を振り解いて、私はタカトシから距離を取る。本当はこのまま手を繋いでいたかったのだけども、こんな姿を畑さんに見られたら――
「相変わらず神出鬼没ですね」
「やっ! まさか萩村女史があんな行動に出るなんて思ってなかったわ」
「写真も動画も削除させてもらいます」
「えっー! もったいない」
既にタカトシが畑さんを確保して、画像も動画も削除してくれていたようだ。というか、この人は何でこんなところにいたのかしら……
庭の掃除をしていたら、私は橋高さんに感じ取った事を伝えた。
「雨が降りそうですね」
「分かるのですか?」
どうやら橋高さんは感じ取ってなかったようで、驚かれた。まぁ、私の特技のようなものですから、驚かれても仕方がないかもしれません。
「私は人一倍嗅覚が鋭いので、あらゆる臭いを感じ取る事が出来ます。だからお嬢様の健康状態を知る為におならの匂いを嗅がせて、ってお願いしましたが、NGくらいました」
「そりゃそうだ」
呆れられてしまいましたが、私としては割と本気だったんですけどね……おっと、そろそろお嬢様がお帰りになられる時間ですね。
「ただいまー。凄い降ってきたよ」
「お帰りなさいませ。ご連絡いただければお迎えに参上しましたのに」
「いいの。今日は歩きの気分だったから」
休日なのにお嬢様がお出かけになると仰られた時は、護衛を申し出たのですが断られていたのです。迎えくらい遠慮してほしくなかったのですが、こういう奥ゆかしいところもまた興奮します……
「おやお嬢様。スカートの裾が濡れてしまっていますね。すぐにお着替えくださいませ」
「はーい。あれ? そういう出島さんの裾も濡れてるよ?」
「あぁ。さっきまで咥えスカートたくし上げの練習をしていたので。こんなふうに」
お嬢様に証明する為、私はお嬢様の前でさっきまでしていたことを実践する。
「なんだ、涎か~……あれ? 橋高さんと一緒に庭掃除をしていたんじゃないの?」
「バレるかバレないかのギリギリを責めるのもなかなか……」
「刺激的だね~。あっ、後でシノちゃんたちが来ることになったから、お願いね」
「かしこまりました」
天草さんたちと仰いますと、タカトシ様もいらっしゃるのでしょうか? もしいらっしゃるのでしたら、精一杯おもてなししなくては。
「出島さん、お嬢様はどちらに?」
「少し濡れてしまったようでしたので、お着替えをお勧めしました。ですから、部屋にいるのではないでしょうか」
「なるほど」
納得したように頷き廊下を進む橋高さんの後をついていくと、重厚な扉が目の前に現れた。
「ここって何の部屋ですか? 広すぎて未だ把握出来てないんですが」
「こちらはレスキュールーム。非常時に隠れる部屋です」
「なるほど……」
私は営みの最中に別の相手が来た時の事を想像し、もしそんな事になったらこの部屋に隠れてもらえばいいと思いついた。
「そういう非常事態じゃないと思いますが? というか、何で全員女性なの?」
「何故私が考えている事が分かったのですか? まさか、タカトシ様に読心術を習ったとか?」
「いえ、普通に口に出てましたから」
「おや、そうでしたから」
てっきり心の裡を覗かれたと思ったのですが、まさか妄想が漏れ出ていたとは……
「出島さーん? シノちゃんたち来たからお茶をお願いね~」
「かしこまりました」
いつの間にか天草さんたちがいらしていたようで、私はお嬢様からのオーダーを受け、四人分のお茶とお菓子を用意する。
「お待たせいたしました」
「出島さん、お邪魔しています」
「いえ、私の家ではありませんので、私に対する遠慮は不要です」
天草さんと会話しながらカップを皆さんの前に出していると、タカトシ様が視界の端に映り、何もしていないのに動揺してしまう。
「ああっ!? お嬢様のティーカップがっ!?」
動揺からうっかり手を滑らせてしまい、お嬢様のティーカップを割ってしまう。
「申し訳ございません……」
「気にしないで~」
私は膝を突いてお嬢様に謝罪する。お嬢様はお優しいので許してくださいましたが、このままでは私が私を許せない。
「どうぞ、この駄メイドにお仕置きを」
「出島さん、なんだか興奮してない~?」
「滅相もございません! お嬢様にお仕置きしてもらえるのが嬉しいなんて、口が裂けても言えませんので」
「思ってるんじゃねぇかよ……アリアさん、この人を叱っても喜ばせるだけですし、そのままにしておきましょう。お茶はこのカップを使えば大丈夫ですから」
タカトシ様はご自分に用意された紅茶をお嬢様に差し出し、慣れた手つきで割れたカップを片付け始める。相変わらずの主夫力に油断してしまいましたが、私は慌ててカップの片付けを手伝う事にしました。ゲストにこんなことをさせてしまうなんて、後でお仕置きをしてもらわなければいけませんね。
出島さんは駄目だなぁ……