桜才学園での生活   作:猫林13世

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忘れてた……


カエデのお誘い

 コーラス部の部室から出て、私は廊下でさっきまで部員から頼まれていたことを思い返す。

 

『部長、男子部員の獲得を検討してください』

 

『テノールがいればもっとメリハリがつくと思うんです』

 

「はぁ……」

 

 

 確かに、男子部員がいればもっと選曲の幅も広がるだろうし、共学になったのだから男子部員が入部してきてもおかしくはないだろう。だが、私はタカトシ君以外の男子生徒との接触が苦手なのだ。

 

「男子部員欲しい……か」

 

 

 思わずつぶやいてしまったが、別におかしなことを言っているわけではないので構わないか。

 

「五十嵐先輩」

 

「あら、津田さん」

 

 

 背後から津田さんに声を掛けられた。タカトシ君がいる時は結構付き合いがある方だと思うけど、互いに一人の時に積極的に話した記憶は、私が注意してる時以外思い浮かばないわね……

 

「話は聞かせてもらいました。男子の陰部が欲しいんですね! ふたなり希望とは」

 

「ちょっと何言ってるか分からない……」

 

 

 この子は全く変わってないから、タカトシ君も苦労してるんだろうな……というか、どういう聞き間違いをしてるのよ。

 

「さっき部員から頼まれたのよ。男子部員の獲得を検討して欲しいって」

 

「男子部員ですか。でも先輩って確か、男性を見ると○される妄想を――」

 

「さっきから何を言ってるんだ、お前は」

 

「た、タカ兄……何でもないです!」

 

 

 津田さんの背後から現れたタカトシ君を見て、彼女は脱兎のごとく逃げ出した。廊下を走った件で、後で風紀委員会本部に出頭してもらわないと駄目ね。

 

「それで、コトミと何を話してたんですか?」

 

 

 せっかくだし、タカトシ君を誘ってみようかしら。運動部に参加する余裕はなくても、文化部ならそれなりに時間を作れるかもだし。

 

「コーラス部に興味ないかな?」

 

「コーラス部、ですか? 何故いきなり」

 

 

 事情を聞かれて、私は事の概要をかいつまんで説明した。

 

「――というわけなの」

 

「なるほど……」

 

 

 少し考えてくれているようだ。ここはコーラスの良いところをアピールしてもっと興味を持ってもらおう。

 

「コーラスは良いよ。歌は上手くなるし、肺活量鍛えられるし」

 

 

 タカトシ君は元々歌は上手だし、肺活量も多い方だけど、興味を持ってもらう為に私は利点を上げていく。

 

「? 畑さん、何をメモってるんですか?」

 

「風紀委員長が副会長に夜の誘いをしてる現場に遭遇したので」

 

「そんな事してません! というか、何でそんな風に曲解してるんですか!?」

 

「えっ? だって肺活量が多い男は夜の営みが――」

 

「新聞部は活動休止にされたいんですか? それとカエデさん、申し訳ありませんが、部活に参加出来るだけの余裕が無いのでお断りさせてもらいます」

 

「そう……分かったわ」

 

 

 やっぱりタカトシ君には部活に参加出来るだけの時間的余裕が無かったか……もし参加してくれれば、少しでもタカトシ君と――って!

 

「私はそんな邪な気持ちで誘ったわけじゃ――はっ!?」

 

「………」

 

 

 自分の考えを否定しようと声を出してしまい、私はタカトシ君と畑さんから白い目で見られてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は義姉さんが泊まりに来るそうだが、生徒会の業務が多くて夕飯の支度は俺がする事になった。まぁ、互いにバイトではないので、元々俺がするつもりだったから何の問題も無いが……

 

「ただいま。あー疲れました。おっ、これ美味しそうですね」

 

「いろいろとツッコミたいですが、つまみ食いは行儀が悪いのでやめてください」

 

 

 当たり前のように玄関からリビングを通ってキッチンにやってきた義姉さんに、とりあえず行儀が悪いとツッコミを入れる。今更自分の家のように入ってきた事を指摘しても響かないだろうし……

 

「たっだいまー! あっ、タカ兄特性のから揚げだ!」

 

「つまみ食いするな! そして手を洗ってこい!」

 

「はーい」

 

 

 義姉妹で同じようにつまみ食いをするとは……

 

「タカ君、私とコトちゃんに対する注意、随分と違うんだね」

 

「義姉さんも怒鳴られたいと?」

 

「いえ、そうではなく。長年コトちゃんのお兄ちゃんをしてるんだなと思いまして」

 

「そんな事で感心されたくないですが、義姉さんも手を洗って来て下さい。お茶の用意をしておきますから」

 

「分かりました」

 

 

 本当の家族のように接している部分もあるが、義姉さんはあくまでもこの家の住人ではない。だから俺も多少は加減するのだ。

 

「そうそうタカ兄」

 

「何だ?」

 

「さっき畑先輩から、五十嵐先輩に夜のお誘いを受けたって聞いたんだけどホント?」

 

「あの人は……今度みっちり絞る必要がありそうだな」

 

 

 誤解だと分かっていたはずなのに、何でそう言った誤りを流布しようとするかな、あの人は……

 

「そういえばコトミ、今日の現国の授業で小テストがあったんじゃないか?」

 

「……さーて、宿題を片付けてこなきゃ」

 

「逃げるな」

 

「だ、大丈夫だよ……ちゃんと70点は超えたから」

 

「あれだけ俺と義姉さんで説明してるのに、七割しか理解出来てないのかお前は……」

 

「これ以上高望みされても無理だからね! 後は前日の詰め込みでどれだけ拾えるかくらいだから!」

 

 

 必死になって弁明するコトミを見て、俺は思わずため息を吐く。七割理解出来ていると捉えるか、七割しか分かっていないと嘆くか、日ごろの苦労を考えれば嘆きたくなるのはコトミにも分かってるんだろうが、確かにこれ以上は無理なんだろうな……




畑さんは相変わらず……

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