生徒会室に入ると、会長たちが何か資料を見ていたので、俺は声をかけてその資料を見せてもらった。
「何々『桜才学園寮取り壊しにつき、寮内に残っている備品の運びだし――』ウチに寮なんてあったんですか?」
素朴な疑問を口にしたら、背後から返答があった。
「昔な。入寮者少なくて一時閉鎖していたんだけど、結局取り壊しが決まってな」
「OG横島先生は寮生だったらしい」
横島先生と会長の説明を聞いて、俺と萩村は納得したように頷く。
「じゃあ懐かしの凱旋ですね」
「全然懐かしくないよ。そんなに時間経ってないし、昨日の事のようだし――」
「アピール必死過ぎませんかね……」
横島先生が卒業したのは確か、七年前だし、懐かしいと表現しても差しさわりは無いのだろうが、女性はそういう事を気にするらしいからな……とりあえず、これ以上年齢に関係するような話は止めておこう。
とりあえず元桜才女子寮にやってきた我々は、建物の外観を見て少し驚いた。
「いやー、すっかりボロくなってんなー」
「横島先生が生活してた頃は、まだそれほど古くは無かったのですか?」
「さすがにこれほどじゃなかったかな。だがそれなりに古かったのには変わりないが」
外観の感想を聞いてから、私たちは寮の中に入ることにした。
「人が住んでない建物って、独特な雰囲気がありますよね」
「あぁ。何かでそうだな」
タカトシと私の会話を横で聞いていた萩村が、少し早口で会話に割り込んできた。
「何を言ってるんですか。架空のモノを信じて良いのは小学生までですよっ」
「やはりそうなのか」
「会長?」
私が萩村の言葉に反応を示すと、タカトシが不思議そうに私の顔を覗き込んできた。
「実はちょっと前まで、やおい穴があると信じていたんだ……」
「何ですか、それ?」
「タカトシ君は知らなくても仕方ないものだよ。BL小説の中だけの物だから」
「はぁ……」
アリアのフォローのお陰で、私は恥ずかしい説明をしなくて済んだが、結局恥ずかしかったんじゃないか、この告白は……
「それにしても、随分と埃が溜まってますね」
タカトシが棚の上の埃を指でスッとする。それにつられて私とアリアも棚の上に視線を向けた。
「確かに溜まってるな」
「誰も生活してないと、埃もすぐ溜まっちゃうんだね~」
これは運び出す前に一度掃除した方が良いのではないかと思う程の汚れだが、どうせ取り壊すのだからという事で、各自マスクをして運び出す事に決まったのだった。
家具などを運び出していると、横島先生が懐かし気に壁を眺めていた。
「お、懐かしいなこのキズ。寮生の皆と大きさを競ったっけ」
「へぇ」
私も家の柱にキズをつけて、目標に届いたかどうかを確認してるなんて言えないわね……
「ところで、何故ここのキズは横に伸びてるんでしょうか?」
「そりゃ胸の大きさを競ってからに決まってんだろ。高校生にもなって、身長なんて競わないだろ」
「ハハッ、ソウデスネ……」
私がカタコトになっているのに気づいたタカトシが顔を引きつらせているけど、横島先生はその事に気付いていない。
「ん? これは昔の写真……これって横島先生ですよね?」
「おっ? こんなの残ってたのか」
横島先生が写真を手に取り懐かしんでいる。私たちも覗き込み、仲良さそうに肩を組んでいるのが印象的だと感じた。
「肩組んじゃって、仲良しさんですね~」
「いや……あの時私は肩を組んでなかった。つまりこの手は――」
「うわーん!」
横島先生の言葉に私はたまらず逃げ出した。
『生徒で遊ばないように』
『いやー、面白いくらいに信じるからさー』
背後から聞こえてきた会話に、私はからかわれたのだと理解したのだった。
家具を運び出した翌日、さっそく寮の取り壊し工事が開始した。
「………」
「横島先生、少し寂しそうですね」
「思い出が詰まった寮だったんだろう。そっとしておいてやろう」
解体工事を寂しそうに眺めている横島先生を見て、スズたちがそんな会話をしているが、横島先生が思っている事はそんな事ではなかった。
「(当時の寮生の子らに連絡取ったら、みんな結婚して苗字が変わってた……)」
高校卒業から七年も経てば、そりゃ結婚してる同級生がいても不思議ではないが、どうやら横島先生の周りでは結婚していない方が少なかったようだな……
「こうなりゃ自棄だ! 生徒会役員共! アルバイト代としてこの後飯に行くぞ!」
「横島先生の奢りですか? それは珍しいですね」
「といってもファミレスだがな。あんまり高いものは奢れないし」
「そんなの期待してないから別に良いですよ。それじゃあ各自、私服に着替えてから集合な。横島先生は先に店に行って席を確保しておいてください。場所はメールで知らせてくれれば行きますので」
「教師に場所取りさせるのかよ……」
「生徒会役員である我々が、校則違反をするわけにはいきませんので」
シノ会長の言う通りで、俺たちは制服なので一度帰らなければいけない。従って横島先生の誘いを受けるためにも、一度帰って着替える必要があるのだ。先生は渋々了解し、俺たちは一度家に帰ってから、横島先生からのメールに書いてある店に向かう事にしたのだった。
横島先生の歳なら、結婚してない方が多いと思うんだけどな……