海に行って帰って来てから、俺は殆ど家から出る事無くコトミの勉強を見ていた。少しでもまともな学校に進学して、少しでもマシなところに就職してもらうのが、一番の親孝行になるだろうと考えたからだ。
「コトミ、また同じ間違えしてるぞ」
「………」
「コトミ?」
間違えを指摘しても反応が無い、不審に思って目の前で手を振ってみたがまったく反応しなかった。
「お~い」
「……は!」
「あっ起きた」
「今お花畑が見えてたんだけど」
「………」
何で死にそうになってるんだよ……
「タカ兄、少し休憩しようよ」
「休憩? あぁ、もうこんな時間か」
時刻は午前十一時過ぎ、勉強を始めたのが九時前だから、もう二時間は経っていた。
「それじゃあ飯でも作るか。何食べたい?」
「さっぱりとしたものがいいな~」
「それじゃあ蕎麦か饂飩が良いかな」
「ブッカケ蕎麦が良い~……あっ! ブッカケと言っても……」
「あ~はいはい、分かったからお前は大人しく頭を休めてるんだな。その間に買い物に行ってくるから」
余計な事を考える余裕があるのなら、もう少し詰め込んでも平気だな。
「アイス買ってきて~」
「アイス? 昨日お母さんが買ってきてただろ、もう食べちゃったのか?」
「だって暑いし頭使ってるしで甘い物を欲してたんだよ」
確かに甘い物は脳に良いしな。仕方ない、一緒に買ってくるか。
「俺が居ない間におかしな事するなよ」
「大丈夫だよタカ兄! タカ兄の部屋でトレジャーハンティングなんてしないから」
「? 何だそれは」
「えっ!? 健全な高校生男子なら持ってるでしょ?」
「だから何を?」
「「………」」
お互いが沈黙してしまった。コトミは俺が言ってる事が信じられなくて、俺はコトミが何を言ってるのかが分からなくてだ。
「とりあえず部屋から出ずに休んでるんだな」
「つまりお漏らしプレイを……」
「トイレは行って良いぞ」
「は~い……」
何不貞腐れてるのかは知らないが、コトミはつまらなそうに返事をした。まったく何がしたいんだこの妹は……
近所のスーパーで必要なものを買って家路に着いた。今日は両親共帰りが遅いので、夕飯も俺が作る事になっているのでまとめて買ってしまった。
「ふう、結構重いな」
「あら、津田副会長」
「ん?」
知り合いの声が背後からしたので振り向くと、そこには五十嵐さんが立っていた。
「こんにちは。五十嵐さんもこの辺なんですか?」
「ええまぁ、それで津田副会長は……」
「普通に君付けで良いですよ? 海ではそう呼んでましたよね?」
「それじゃあ津田君は此処で何を?」
「見ての通りです」
俺は手に持ったエコバッグを五十嵐さんに見せる。
「エコバッグですか、津田君も環境に気を使ってるんですね」
「見て欲しかったのはそっちじゃないんですがね……買い物です」
「わ、分かってます!」
「両親が共働きで妹は家事出来ませんからね。俺がやってるんです」
「えっ、津田君て料理とか出来るんですか!?」
「まぁそれなりに……そんなに驚かれるとさすがに傷つくんですが」
「ち、違っ! 意外とかそう言った意味じゃ無いからね」
「語るに落ちてますよ……」
そりゃ男子高校生が料理が出来るなんて思わないよな……中学に上がる頃には親の手伝いでかなりやってたし、てか手伝いじゃ無くて居なかったんだけど……コトミにやらしたら散らかすだけ散らかして完成しなかったしな……
「それじゃあ俺はこれで。妹が変な事をしだす前に帰らなければいけませんから」
「そう……それじゃあまた」
ちょっと寂しそうな感じがしたような気がしたけど、これ以上待たせるとコトミが変な事を仕出かしそうだからその事は指摘しないで五十嵐さんと別れた。
タカ兄が居ない間に、少しでも発散しておかなければ本当に死んでしまう。タカ兄には変な事はするなと言われたけど、具体的に何が変な事なのかは言ってなかったんだから、オ○ニーくらいは良いよね。
「さっきまでタカ兄が座ってた椅子……」
このままペロペロしたいけど、それはさすがにタカ兄にバレるから止めておこう。でも良い匂い……これがタカ兄の匂い……
「タカ兄ぃ……」
「ただいま」
「!?」
玄関から今まさに思い描いていた人の声がして焦った。タカ兄は買い物早いんだったの忘れてた。
「お、お帰り!」
「おう……?」
「如何したのタカ兄?」
「いや、何か顔赤くないか?」
「!?」
しまった! まだ興奮が冷めてなかったんだった。
「大丈夫! ちょっとオ○ニーしてただけだから!」
「……飯作るな」
「あ、あれ?」
何時もならツッコミが来るはずなんだけど……ツッコミが来なかった事が不満で、私はタカ兄を追いかけてキッチンに行った。
「タカ兄! 何で無視するのよ!」
「お前を見てると心配になってくるんだよ」
「心配?」
「中学での酷さは聞けたから良いけど、このままだと高校でどんな酷い事になるか如何か」
「それじゃあタカ兄と一緒のところに行くから大丈夫だね!」
「は? お前桜才受けるの?」
信じられないものを見るような目でタカ兄が私を見てくる……ちょっと興奮する。
「だって制服が可愛いし、家が近いから」
「そんな理由でかよ……」
「それじゃあタカ兄は何で桜才にしたの? タカ兄ならもっと高いレベルの高校でも行けたでしょ?」
この前気になった事を直接聞く事にした。丁度タイミングも良かったしね。
「進学率の高さとその後の就職率の良さ。それから近所だから交通費も気にしなくて良いし運動も兼ねての通学だから体調面でも丁度良かったんだよ。英稜でも良かったんだけど、あっちはさすがに歩いては行けないからな」
「うへ~……そんな事まで考えてたんだ」
「でも最近は、萩村みたいに卒業したら留学するのも良いかもと思ってるけどな」
「留学? そんなお金無いよ?」
「だから大学に行ったらバイトしながら資金を貯めようと思ってる。今からでも良いんだけど、お前が家の事全然だからな」
「えへへ~」
「褒めてないから」
「でもタカ兄、タカ兄は英語なら既に結構話せるでしょ?」
中学の弁論大会でも日本語と英語の両方で学校一位になってたし。
「それでも本場に勉強しにいくのは良い事だと思うんだ。もちろんお金が用意出来なければ諦めるけど」
「奨学金とかは?」
「あれは後で返すんだぞ? それだったら自分で工面した方が良い」
タカ兄はしっかりと自分の事を考えてるんだな~。お母さんたちが信頼してるのが納得出来るよ、うん。
「タカ兄は良い男の人だね!」
「は?」
「結婚相手が羨ましいよ」
「何言ってんの?」
「この際近親○姦でも良いからタカ兄の……」
「黙って部屋に戻って勉強するのと、今すぐ意識を刈り取られるの、どっちが良い?」
「勉強してきまーす!」
タカ兄の一撃は本気で痛いから嫌なんだよね。痛さの中に気持ちよさが無いんだもん。こうしてタカ兄に聞きたかった事は聞けたし、私の目標を知ったタカ兄はより厳しく勉強を見てくれる事になった……余計な事言わなければ良かったな。
この話が後に例の展開の伏線に……