タカトシ君とカップルという設定でスパ施設を利用しているので、私とタカトシ君は基本二人で行動する事になった。シノちゃんたちには悪いけど、こういう感じは悪くない。
「アリアさん?」
「ん~?」
「いや、なんだか楽しそうだなと思っただけですので」
「実際楽しいよ~? こういうところにあんまり来ないっていうのもあるけど、こうして二人きりでいられることが何よりも楽しい」
シノちゃんたちと行動してても楽しかっただろうけども、タカトシ君と二人きりだから楽しさはそれ以上に感じてしまうんだろうな。
「ところでタカトシ君」
「はい、何でしょうか」
「今はカップルの設定なんだから、敬語は止めてほしいかな」
「そこまで気にしなくても良いんじゃないですか? 年齢差は変えられないわけですし、そこから襤褸が出るとも思えませんが」
確かに、さっきからすれ違う他のカップルと見比べても、私たちは見劣りしていないという自信がある。それは私たちの演技力云々より、タカトシ君が自然体でいてくれるからだろうと私は思っている。でも、タカトシ君にツッコみ以外でため口を利いてもらいたいという気持ちはやっぱりあるのだ。
「確かにタカトシ君の雰囲気なら、普段から他の人の敬語を使っている人なんだろうと思わせられるけど、どうせならね?」
「何がどうせなのかは分かりませんが、後で面倒な事になりそうなので嫌です。なんかカメラ構えてこっちを狙ってる盗撮魔がいる事ですし」
「え?」
タカトシ君が睨みつけた先には、鉄柱のてっぺんからカメラを構えている畑さんがいた。いったい何処から上ったのか、何処で聞きつけたのかとかいろいろ気になることがあったけど、まず何よりも先にしなければいけないことは、畑さんをあそこから下ろす事だった。
「いや~、まさか見つかるとは思いませんでした。今回は距離も十分取っていましたし、いつも以上に気配遮断にも気を遣っていたんですがね~」
「気を遣う箇所が致命的に違うんですよ、畑さんは……」
「バレてしまったからには仕方ありませんね。普通にスパリゾートを楽しんで帰ります」
「そもそも、どうやって入ってきたんですか?」
「普通にお金払って入ったに決まってるじゃないですか。そう簡単に福引なんて当たりませんから」
「会長が福引で当てたなんて、学校で話してませんけど?」
「ではっ!」
タカトシ君が盗聴を疑い始めたのを感じたのか、畑さんは未だかつてない速度で人混みに紛れて逃げ出した。タカトシ君は追いかけるかと思ったけど、盛大にため息を吐くだけで追いかける事はしなかった。
「追わないの?」
「アリアさんをおいていくわけにもいきませんし」
タカトシ君の言葉に、どんな意味があったのか私には分からないけど、とりあえず私と一緒にいてくれるという事だけは分かった。今はそれだけ分かればいいかな。
思う存分リラックスした我々は、ホテルで食事をしていた。ちなみに、横島先生は早々に酔いつぶれた。
「空腹の状態であんなに呑めばすぐに回るわな……」
「まぁ、酔いどれ教師は放っておくとして、これで明日からまた頑張れるな」
「そうですね。マッサージなどで身体をリフレッシュしましたし」
ちなみに、まだカップル設定が残っているのか、アリアはタカトシにべったりで、私と萩村の心中は穏やかではない。
「何時までくっついてるんだ」
「えっ? だって泊まるんだし」
「そこはさすがに別室だろうが!」
「でも、カップルの設定なんだから、そこを分けちゃったら怪しまれるんじゃないかな?」
「学生証を提出しているんだから、一緒の部屋だと不純だろうが!」
「そっか……残念」
本気で悔しがっているアリアとは対照的に、タカトシは興味なさげに横島先生を眺めていた。
「どうかしたのか?」
「いえ……誰が部屋まで運ぶのか考えていただけです」
「最後の最後に疲れる仕事だな」
私たち三人では、横島先生を運ぶことは出来ない。いや、出来ない事はないが、横島先生を引きずってしまったりする可能性があるのだ。
「何処かの廊下にでも転がしておきましょうか」
「そうしたいのはやまやまだが、さすがにホテルに迷惑だろ」
「ですよね……そういえば部屋割りってどうなってるんですか?」
「私たち四人で一部屋、タカトシは一人部屋だが」
「そうですか……それじゃあ、さっさと運んで休みましょう。いろいろと疲れました」
スパ施設に来ていたというのに、タカトシの疲労度は来る前より増しているようだ。私と萩村は、そんなに疲れる要素があったかと首を傾げたが、アリアは何か思い当たる節があるようで、納得した表情を浮かべていた。
「アリア、何かあったのか?」
「この施設に畑さんも来てたんだよ~」
「あぁ、そういう事か……」
あいつがここに来ていたということは、またあること無いこと書くに決まっている。今からその事を考えて疲れているのだろう。
「タカトシ君と私の熱愛発覚! とかいう記事を書くつもりだったらしいから、タカトシ君が人気のないところで畑さんにお説教してたんだよ~」
「そっちか……」
既に疲れる事をしていたわけか……しかしまぁ、タカトシは何処に行っても疲れる運命なのだろうな……
その熱意を別の方向に向ければ、立派なジャーナリストになれるだろうに……