タカ兄が外泊すると聞いて、私はお母さんに喰いついた。
「お母さん、あんなに簡単に許可しちゃって良いの!?」
「良いも悪いも、タカトシだってもう高校生なんだから大丈夫でしょう」
「そうじゃなくて!」
「何よ」
私が言いたい事が分からずに、お母さんは眉をひそめて私を見てきた。
「タカ兄が大人の階段を上ったら如何するのよ!」
「帰ってきたら赤飯かな」
「お母さん!」
「心配しなくてもタカトシなら大丈夫だ! あの子はちゃんと段階を踏んでからする子だろうからね」
お母さんのタカ兄への信頼感はハンパ無いものだと私は思ってる。普通女七人に男一人の状況で何も無いと核心が持てるほど息子を信頼出来る親がこの世に何人居るのだろう。
「アンタも馬鹿な事ばっか言ってないで少しは勉強しなさい」
「タカ兄が心配でそんな事出来ないよ」
「そんな事ってアンタ、来年高校に通えなくなっても知らないからね」
「そうなったら身体売ってでも稼ぐから大丈夫!」
「ハァ……誰に似たんだろうねこの子は……」
これ見よがしにため息を吐かれたが、私はお母さんに似たんだと思ってる。お父さんが言うにはお母さんも昔は私みたいに思春期真っ盛りだったらしいし。
「ほれ、さっさと部屋に戻って勉強しなさい! タカトシはもう宿題終わらせてるって言ってたよ」
「えっ? だってまだ夏休み始まって二週間も経ってないよ!?」
「あの子は出来る子だからね。毎年アンタの相手をしてなかったらこれくらいには終わってたんだろうよ」
タカ兄ってそんなに出来る人だったんだ……じゃあ何でもっと高いレベルの高校を受験しなかったんだろう……
「ねぇお母さん」
「今度はなんだい」
「タカ兄って如何して桜才を選んだの?」
「そんな事私に聞かないで本人に聞きな。私は知らないよ」
「聞いてないの?」
「アンタと違ってタカトシはちゃんと考えて選んでるでしょうからね」
「兄妹なのに、何だこの信頼の差は……まさか仕組まれた世界の理だとでも言うのか!」
「そう言った馬鹿みたいな事を言ってるからアンタは信頼されてないんだよ」
お母さんに冷たい目で見られて、ちょっと興奮してきた。
「その目、もっと私を見て! お母さん」
「タカトシが年々ツッコミ上手になった理由が良く分かるわ……今度あの子が欲しいものを買ってあげるか」
「え~! お母さん、私には~」
「アンタは昔から好きなものを買ってやってただろ」
「そうだっけ?」
昔の事は思い出せないけど、そんなにお母さんに物を買ってもらった覚えは無いんだけど、覚えてないだけなのかな?
「偶の休みに相手してやろうとしてもタカトシは私たちを気遣って『せっかくの休みなんだから無理しなくて良いよ』って言ってくれたのに、アンタはねぇ……」
「私だってそれくらい言えるよ」
「アンタは余計な仕事を増やすばっかりじゃないか」
「そんな事無い。この世に無駄な仕事など存在しないのだ」
「はいはい……馬鹿な事してないで勉強しなさい。そして少しでもマシなところに就職してお母さんとお父さんに還元しなさい」
「就職などせずとも生きていける。私は型にはまった生き方はしたく無いのだ」
「……本当に、誰に似たんだかねぇ」
これ見よがしにもう一回ため息を吐いたお母さんだったが、追い払うように手を振って私の相手をしてくれなくなった。お父さんも相手してくれないし、しょうがないな。
「部屋でオ○ニーでもするか」
「「勉強しなさい!」」
「うおっ!」
まさか両親にツッコまれるとは思わなかった……でも興奮する~!
帰りの車中、如何やら俺はずっと寝ていたらしいんだが、途中で何かツッコんだ気がするんだよな……覚えて無いけど。
学園前で解散した俺たちは、それぞれの家路についたのだった。
「ただいまー」
「おう、お帰り」
「お母さん? 珍しいね、こんな時間に家に居るなんて」
普段は共働きで朝早くに家を出て夜遅くに帰ってくる両親が、この時間に家に居る事は年に何回あるか分からないくらいなんだが、本当に珍しいな。
「アンタが家に居ないんじゃ、あの子一人にするのは心配でね。早めに帰らせてもらったんだよ」
「そっか……何かゴメン」
「アンタが謝る必要は無いよ。元々は私たちがアンタにあの子の世話を押し付けちゃってるんだから」
「ありがとう」
俺は何時かこの両親に恩返しが出来るのだろうか。
「タッカ兄ぃ~お帰り~!」
「ただいま」
階段を駆け下りてきたコトミを見て、お母さんがため息を吐いた。また何かやらかしたんだろうな……
「宿題はやったの?」
「保健体育はバッチリ!」
「……ハァ」
「コトミ、明日から付きっ切りで宿題見てやるから覚悟しろよな」
「そんな!? さすがの私もタカ兄の前で絶頂するのは……」
「普通の勉強だからな。それ以外な事をしようものなら……分かってるよな?」
「は、はい!」
睨みを利かせコトミを黙らせる。普段からこうすれば大人しくなるのだが、あまりやり過ぎるとおかしな展開になるのでこれは本当に最終手段なのだ。
「もうじきご飯だから、タカトシも手を洗ってきな」
「分かった。コトミ、ご飯が終わったら勉強見てやる」
「ええ~! 今日くらい良いじゃん~」
「アンタは昨日もやってないだろ」
「出かける前にちゃんとやれって言ったろ? 何でしてないんだよ」
「えっ? あれってオ○ニーしてろって意味じゃなかったの?」
「「……ハァ」」
お母さんとため息がハモった。本当にこの妹は……
「今からご飯が出来るまで説教だ!」
「そんな~……」
ろくに寝てないけど、この妹だけは何としても説教しなくては……
家に帰って来ても外泊してても、何で俺の周りにはこう言った人ばかりなんだろうな……呪われてるんじゃないだろうか……
原作ではほぼ出番の無かった両親を登場させました。
ちなみにタカトシは親に興味が無いからあんな事を言ったわけでは無く、純粋に休んで欲しかったからああ言いました。