浜辺でタカトシさんとスズさんに会い、ダイビングまでの僅かな時間を使って私の泳ぎの練習に付き合ってくれる事になった。この前もタカトシさんには教えてもらっているのに、またなんて恥ずかしいです……
「とりあえず、水の中で目が開けられるかどうかの確認をしましょう。いくらシュノーケルをつけるとはいえ、水の中で目を開けるのはなかなかの恐怖らしいですからね」
「はい!」
私は大きく息を吸って、勢い良く潜る。最初は何とか目を開けようとしたけど、どうしても恐怖心が勝ってしまい開ける事が出来なかった。
「タカトシ、アンタサクラさんの手を握ってあげたら?」
「手を? 別にいいけど……」
スズさんの提案で、今度はタカトシさんが私の手を握りながら潜る事になった。不思議な事に、タカトシさんに手を握ってもらっただけで恐怖心は消え去り、普通に目を開けて潜る事に成功した。
「この調子で慣れていきましょう。今度はバタ足の練習、もちろん目を開ける練習も並行してやって行きましょう」
「はい!」
タカトシさんに両手を持ってもらい、私は顔を水に着けながらバタ足の練習をする。誰にも見られる心配が無いのと、タカトシさんが側にいてくれる安心感からか、特に怯える事無く泳ぐ事が出来た。
「普通に出来るじゃないですか」
「タカトシさんがいてくれるからですよ。私一人なら、またパニックを起こして溺れてますよ、絶対」
「その卑屈さは何なんですか……とりあえず、今度は一人で泳いでみましょう。足が付く範囲ですので、落ち着いて泳いでくださいね」
タカトシさんは私が泳げると判断したのか、私一人で泳いでみろと言ってきた。いくら足が付く範囲とはいえ、まだ一人で泳ぐのは早いと思うんだけど……まぁ、何かあってもタカトシさんが助けてくれるだろうし、なによりタカトシさんが期待してくれてるんだから何とかして応えなければ!
「力み過ぎです。肩の力を抜いて、自然体で臨んでください」
「あっ、はい……」
力んでいたのがバレていたのが恥ずかしくて、私は俯いて返事をした。本当に、タカトシさんは良く見てるんですね……
サクラさんに泳ぎを教えている間、私は側で見ているだけだった。もちろん大きなハプニングは起こらずに済んだし、サクラさんも普通に泳げるようになっていた。
「ねぇスズちゃん、さっきまで何処にいたの?」
「別に。普通に遊んでただけよ」
「砂のお城を作って?」
「そんな事してないわよ」
ネネに子供扱いされたけど、ここで激昂した方が子供っぽいと思い、私は余裕の態度で返した。
「本当は何してたの?」
「だから普通に泳いだりしてただけよ」
「津田君と二人で?」
「タカトシは関係ないでしょ!」
砂遊びに関しては冷静に返せたのに、タカトシの事になると激昂してしまう……なんだろう、この敗北感は……
「まぁまぁ、確かに津田君はカッコいいし、人気も高いからね。スズちゃんが焦る気持ちは分からないでも無いよ。でもね、焦っても良い事は無いと思うな。焦らずじっくり仲良くなっていけばいいんじゃないかな?」
「ネネ……」
私は、ネネの事を誤解していたかもしれない。こんな風に私の事を思ってくれてるなんて……
「いきなりア○ル開発しても気持ち良くないし」
「何処から話題が変わってた?」
感動した途端にこれだ……やっぱりネネはネネなのかもしれないわね。
ダイビングを終えて、俺は少し風に当たる為に散歩に出た。
「何処行くの?」
「ちょっと散歩。少し疲れたからさ、風に当たってくる」
「ふーん……行ってらっしゃい」
部屋を出てすぐに萩村に声を掛けられたけど、特に何も無く一人で浜辺に出た。
「あれは……大門先生と道下先生? あぁ、さっき話してた星の砂か」
大門先生の手にぶら下がった小瓶を見て、俺はダイビング前に道下先生と三葉が話していた事を思い出した。なるほど、畑さんが狙ってたスクープってのはこの事だろう。
「まぁ、大人だし恋愛は自由だろう」
畑さんは強制帰京させたし、特に約束をしたわけでもないので、この事は俺の胸の中にしまっておこう。
「ん? 電話だ」
ポケットで携帯が震えだしたので取り出してみると、電話の相手は会長だった。
「はい、何かありましたか?」
『いやなに、今君の家にいるのだがな』
「はい? ……あぁ、コトミが何かやらかしました?」
『相変わらずの察しの良さだな。領収書計算でミスを連発、誤字脱字が多かったので昨日からコトミの勉強を見てやってるんだ』
「すみません、相変わらずのおバカな妹で……」
『それでなんだが、君の部屋にある辞書を借りたいとコトミが言ってるのだが、部屋に入っても構わないだろうか?』
「部屋に? 別に構いませんが」
何時も無断で入ってくるクセに、何で今回は会長に許可を取らせてるんだアイツ?
『ホントに良いのか? トレジャーとかしっかりと隠してあるのか? さすがに私も放置してあるトレジャーを見る勇気は……』
「何の事か分かりませんが、ちゃんと片付いてるはずですので問題無いですよ。辞書は机の上に置いてありますので、使い終わったら元の場所に戻しておいてください」
良く分からない事を言いだしたので、俺は早々に電話を切って散歩の続きを始める。それにしても、静かだな……
「「はぁ……ん?」」
同じようなため息が隣から聞こえてきて、俺はそっちに視線を向ける。丁度相手もこっちを見ていたようで、バッチリと目が合ってしまった。
「あっ、サクラさん……」
「タカトシさん……」
目が合ってしまい、互いに逸らす事が出来ずに、タップリ一秒ほど固まってしまった。別に恥ずかしいとかでは無いんだけども、最近サクラさんと目が合うと離せなくなるんだよな……これって何なんだろう?
実はまだまだ森さんのターンだったりして……