新学期が始まって大分たち、風紀委員会でも男子が活動する場面が目立つようになってきた。それ自体はいい事なのだけども、一つだけ問題がある。それは、私が男子から報告書を受け取る事が出来ないのだ。
「委員長、これなんですが……」
「ヒッ!? あ……そ、そこに置いておいてください」
「分かりました」
このように大袈裟に驚いてしまったり、時には逃げ出したりする所為で、風紀委員の仕事がスムーズに進まない事があるのだ。
「いい加減その体質、直した方がいいのでは?」
「……貴女、何処から現れたのよ」
「細かい事は気にしない。それより、このままじゃ風紀委員の仕事に支障が出るんじゃない?」
そうなのだ。何時までも男子生徒を怖がったり避けたりしていたら、伝達などがスムーズに行われずに問題が発生するかもしれない。間に誰かを挿むにしても、直接伝える時よりもやはりロスが発生してしまうのだ。
「そこで、津田副会長に協力を仰ぎました」
「えっと、よろしくお願いします」
丁度通りかかったタカトシ君にお願いしたらしく、タカトシ君は少し不思議そうな顔をしていたが、畑さんが事情を説明したら了承してくれた。
「まずはやはり、男子に慣れる事から始めましょうか」
「えっと……何をすればいいのでしょうか?」
「そうですね……まずは距離を置いて会話をしてみましょう。丁度あそこにクラスメイトがいますし、協力してもらいましょう」
そう言ってタカトシ君は彼のクラスメイトに話をつけて、私の特訓に付き合ってもらえるようにしてくれました。
「えっと……五十嵐先輩、こんにちは」
「こ、こんにちは……」
十分に距離は開いているのに、私は震えだしそうな身体に力を入れて何とか抑えている。その事が分かったのか、タカトシ君と畑さんが顔を見合わせている。
「どう思う?」
「ここまで重傷だとは思ってませんでした……」
二人の会話を聞き、私は何とか頑張ろうと一歩踏み出しました。だけど、それだけで全身を抑えていた力以上に震えだしてしまい、そこから一歩も動く事が出来ず、更には話す事すら出来なくなってしまいました。
「あの、先輩? 大丈夫ですか」
「いやー! 来ないでー!」
「その反応は傷つくぜ……」
「悪いな、柳本。先輩、一旦落ち着きましょう」
タカトシ君に引き上げられ、私は震えださない距離まで戻った。あれ? そう言えば今、タカトシ君に触られたし、真横に立たれたような……
「まずはこの距離から慣れましょう。これ以上離れると声が聞こえませんし、特訓になりませんからね」
そう言ってタカトシ君は再び私から距離を取り、畑さんの隣へ移動した。でも、やっぱりさっきまでタカトシ君は私のすぐ隣にいたのよね……でも、何でタカトシ君だけ大丈夫なんだろう……キスしたからかな?
「それじゃあもう一回……五十嵐先輩、こんにちは」
「こんにちは。えっと……柳本君?」
「はい! 津田の一番の親友、柳本ケンジです!」
「いや、親友じゃないから……」
横からタカトシ君のツッコミが入ったけど、柳本君には聞こえなかったようだ。それくらい距離があるのと、タカトシ君が小声だったのもあるんだろうな……
「えっと、勉強はどうですか? ついていけてますか?」
「いやー、最近は無理ですね。一年の頃は楽勝だったんですけども」
「ウソ吐け……補習になって人に泣きついてきただろ」
「ちょっ!? 本当の事を言うなよな!」
今度は聞こえるようにツッコミを入れたので、タカトシ君の言葉に柳本君が反応した。それにしても、どうして嘘を吐いてまで見栄を張ろうとするのかしら……
「何やってるんだ?」
「あっ、会長。五十嵐さんの男性恐怖症をどうにかしようと畑さんが計画した事です」
「何時までも怖がってちゃ、風紀委員の後輩に失礼でしょ?」
「そうだな。では五十嵐、もう少し近づいて抱きついたりしたらどうだ?」
「だ、抱き!? ……ふみゅ~」
天草さんの提案に、私は耐えきれず意識を手放したのだった。
会長の冗談にツッコミを入れようとしたら、横から空気が抜ける音が聞こえてきた。
「えっと……五十嵐さん?」
「気を失ってますね……そこの男子、風紀委員長に欲望をぶつけるなら今ですよ! ……あの、その拳はいったい?」
「殴られて黙るのと、今すぐ黙るの、どっちにします?」
畑さんに見せつけるように拳を作り大人しくさせ、柳本には一旦退場願った。さすがに気絶した五十嵐さんの介抱を頼むわけにはいかない。
「とりあえず会長、保健室に運んだ方がよさそうですね」
「だな……じゃあ津田、任せた」
「はい? 気絶させたのは会長の一言ですよ。会長が連れていくのが……」
「私では五十嵐を持ち上げられんからな。こういうのは男の役目だろ?」
こんな時だけそんな事言って……まぁ、確かに五十嵐先輩を持ち上げるのは会長には難しいだろうし、男がいるんだからそっちが運ぶのが筋だとは俺も思う。だが、気絶させたのは会長の不用意な発言なんだけどな……
「途中で意識を取り戻したりしないだろうな……」
そうなると色々と面倒な事になりかねないし……
「大丈夫だろ。完全に気を失っているからな」
「威張って言うな! 少しは反省しろ!」
まったく悪びれない会長を怒鳴りつけ、五十嵐さんのスカートの中を撮ろうとした畑さんを殴りつけ、俺は五十嵐さんをおんぶして保健室に向かった。途中で誰にも遭遇しなかったのは、日ごろから苦労している俺を神様が労ってくれたのだろう。これ以上面倒事は御免だからな……
「ん……」
保健室に到着して、五十嵐さんをベッドに横に寝かせたところで、何かを言いたそうに口を動かしている。
「なんです?」
「タカトシ君……好きです……」
「………」
これは、聞かなかった事にするのが良いだろう。本人だってこんな風に伝えたくないだろうし、俺もどう反応すれば分からないからな……
「とりあえず、女子を呼ぼう」
目を覚ました時、男子よりも女子がいた方が安心するだろうと思い、俺は会長に連絡を入れた。五十嵐さんの告白の所為で、若干携帯を操作する指が震えていたのは会長には秘密だ。
もたらしたもの、それは津田が好きだという気持ち……