桜才学園での生活   作:猫林13世

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一日戻って大晦日の話です


カエデの回想

 津田君の家に天草会長たちが押しかけてきた前日、私は街で偶然津田君と出会った。

 

「あら、津田君」

 

「五十嵐さん。奇遇ですね、こんなところで」

 

「津田君は買い出し? お正月の準備かしら」

 

「そうですね。両親ともに外国に出張中でして、今年もコトミと二人で年越しになりそうですからね」

 

 

 津田君のご両親はかなりの頻度で出張に行かれているようで、家事一切は津田君が担当していると前に畑さんから聞いた事がある。

 

「良かったら私が手伝いましょうか?」

 

「本当ですか? でも、五十嵐さんって男性恐怖症じゃ……」

 

「津田君なら大丈夫よ。同じ部屋に泊まったりもしてますし」

 

「まぁ……じゃあお願いします」

 

 

 何となく納得はしていない感じだったけども、これからの大変さを考えて津田君は私の申し出を受け入れてくれた。

 何度か来た事はあるけども、やっぱり津田君の家に来るのは緊張する。何時何処で畑さんが現れるか分からないから……

 

「タカ兄、おかえりー! あれ? 五十嵐先輩じゃないですか」

 

「こんにちは、コトミさん」

 

「どうしたんですか? はっ!? まさかタカ兄がお持ち帰り!?」

 

「手伝ってくれるそうだ。お前が家事出来ない事は五十嵐さんにも知られているらしいからな」

 

「出来ないんじゃなくてやらないんだよ! だってタカ兄に任せた方が早いし確実だし」

 

「……偏見かもしれんが、そんなんじゃ嫁の貰い手が無いぞ」

 

「あの……玄関で兄妹喧嘩はちょっと……」

 

 

 喧嘩じゃないのかもしれないけど、第三者から見たら結構大変なやり取りなのだ。

 

「そうですね。じゃあコトミは宿題をしてろ。俺と五十嵐さんで終わらせるから」

 

「えー! 私だって手伝うよー!」

 

「じゃあバスタブの掃除と排水溝と換気扇、それから……」

 

「部屋で宿題してるね!」

 

「あっ、逃げた」

 

 

 津田君が掃除する個所をコトミさんに伝えようとすると、さっきまでヤル気満々だったコトミさんは部屋に逃げて行った。

 

「仕方ありません。五十嵐さんはだし汁をお願いします」

 

「だし汁?」

 

「年越し蕎麦と、明日の出し巻き卵に使うので」

 

「津田君が作るの?」

 

「コトミをキッチンに入れるわけにはいきませんので」

 

 

 何があったのか気になるけど、津田君が遠い目をしていたので聞けなかった。おそらくはコトミさんが仕出かしたんでしょうけども、何をすればあんな目をされるのかしら……

 津田君に頼まれてだし汁の準備をしていたのだけど、気づいたら結構な時間が経っていて、そろそろ帰った方がよさそうな時間になってしまっていた。

 

「どうしよう……このまま帰ったら結局なんの手伝いもしてない事になっちゃうし……」

 

 

 おそらく帰ったとしても、津田君は私にお礼を言うだろう。彼は律儀で、そしてしっかりと感謝の気持ちを伝えられる人だから。でも、私はお礼を言われるような活躍は出来ていないのだ……

 そんな事を考えていたら、私の携帯から着信を告げるメロディーが流れだした。えっと、相手は……

 

「お母さん? はい、どうかしたの?」

 

 

 滅多に掛けて来ないお母さんからの着信に、私は首を傾げながら応対する。

 

『悪いけど、お母さんたち出かけるから。留守番よろしくね』

 

「え、でも……今私も友達の家なんだけど……」

 

『そうなの? じゃあそのまま泊まらせて貰えないか頼んでみて。一人で年越しは寂しいでしょ? じゃあね』

 

「ちょっとお母さん!? 切れちゃった……」

 

 

 あの年になってもお父さんと仲が良いのは娘としても嬉しいけど、その娘をそっちのけでデートに行くのはどうなのだろう……それも年末年始に娘を置いてどこかに出かけるとは……

 

「五十嵐さん、何かあったんですか?」

 

 

 おそらく私の声が聞こえたのだろう。津田君がキッチンにやってきた。

 

「実は、お母さんたちが何処かに出かけるようで、私が友達の家にいるって言ったら、そのまま泊めてもらいなさいって、一方的にそう言って電話を切っちゃったんですよ……」

 

「そうなんですか? 今すぐ帰れば間に合います?」

 

「いえ、おそらくはもう出かけてるでしょうし……」

 

 

 お母さんは結構時間ギリギリにそう言った事を伝える人なので、多分準備も終わって出かけるってタイミングで電話を掛けてきたのだろう。

 

「じゃあどうします? 家の鍵を持ってるのなら問題なさそうですけど……」

 

「年越し、年明けを一人で過ごすのはちょっとさみしいですね……」

 

「じゃあ本当に泊まって行きます? 幸いな事に、ここ最近は泊まる人が多いので布団も準備出来ますし、着替えは一日くらいならコトミのを借りれば大丈夫ですよね?」

 

「そうね……それじゃあ、お世話になります」

 

 

 こうして私は、年越し・年明けを津田家で過ごす事になったのだ。もしかしたらお母さん、私が本当は友達の家じゃない所にいるのを見越してたのかも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 年明けの挨拶をしにタカトシ君の家を尋ねたら、まさかのカエデちゃんがお泊りをしていたと聞いてかなり驚いた。あの男性恐怖症のカエデちゃんが、私たちのライバルとして君臨してきたのだから……しかもチャッカリと抜け駆けしてるなんて……

 

「(このままじゃカエデちゃんにも後れを取っちゃう……ただでさえ、最近タカトシ君とサクラちゃんが仲良さげなのに……)」

 

 

 前のスキーの時だって、シノちゃんが原因だけどキスしちゃってたし……

 

「ねぇタカトシ君」

 

「なんですか、七条先輩」

 

「それ。『七条先輩』じゃなくて『アリア』って呼んで」

 

「……学校で誤解されそうなので」

 

「じゃあ学外だけで!」

 

「はぁ……しかし何故?」

 

「だってサクラちゃんやカナちゃんの事は名前で呼んでるでしょ?」

 

「苗字で呼ぶ時もありますけど……まぁ分かりました」

 

 

 何か納得してない感じもあるけども、タカトシ君は私の事を名前で呼んでくれる事になった。

 

「それでアリアさん、何の用です?」

 

「ううん、もう用件は済んだから」

 

「はぁ……」

 

『アリア! コトミの勉強を見るぞ! 私とカナと一緒に!』

 

「は~い! それじゃあ、タカトシ君も後でね」

 

 

 カエデちゃんがお泊りしてたと言う事で、私たちも今日は津田家にお泊りする事になった。着替えは出島さんが用意してくれたし、最悪タカトシ君が洗濯してくれるでしょうしね。




カエデの母親は、娘の恋心に気づいているのだろうか……

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