目が覚めると窓の外から木漏れ日が教会の植物の間を縫って、こぼれ落ちていた。形容するならまさに爽やかな朝である。
「……一応加減はしてくれたのかな…」
昨夜ブランに殴られた後頭部をさするイツキ。たんこぶは出来ていなかったので(気絶させる程の威力で傷跡ない体の耐久力は放っておく)、それほど問題も無い。
と、タイミングが良くドアを開けて現れたのは昨夜被害者イツキ氏(年齢不明)を気絶させたブラン氏(年齢不詳)である
「おはよう。良い朝ね。昨日はよく眠れた?」
わざと言ってるのかこの人?
「……うん。別の意味で」
「それは良かったわね。そして昨日貴方は私とフィナンシェが出ていった後、ぐっすり眠ったのよね?」
事実確認のようには言っているブランだが、これは完全に忘れろという警告もとい脅迫である。それはブランの口調こそ抑え気味だが、胸の前で拳を握りしめているのが何よりの証拠だ。
「……
イツキ的にはジョークのつもりで言ったのだが、本当に触れないで欲しいことらしいとやっと認識した。昨夜の対応で分かりきっているはずなのだが
「ちっ……あんまり思い出さすんじゃねーよ。あんな黒歴史同人誌。今でも夏コミに出したの後悔してんだぞ」
「…あるんだ。この世界にコミ○…」
「…あら、貴方の世界にもあったのね。こっちの世界では毎年夏と冬にプラネテューヌで開催されるのよ」
「え?ブランさん行ったの?」
「何をいってるの?当たり前じゃない」
しれっと女神としての自覚があるのか疑いたくなるようなことをさも当然のように言うブラン。まあ、なんとも女神様らしくない女神様だなと思い、口には出さないイツキであった。
「じゃあ、とりあえず起きなさい。フィナンシェが朝食用意してくれたから、ついてきなさい」
「ん、分かったよ」
上体を起こして、少し体を伸ばす。身体中に刺激が染み渡り、残っていた眠気を覚醒させた。
昨日の段階で、歩くことに支障は無いので普通にベットから足を下ろす。
「傷はもう大丈夫なの?」
「とりあえず、走ったりとか激しい運動をしなければ大丈夫そう」
「そう、なら良かった」
気遣いを見せてくれるブランに、イツキは口は悪い時があるが、やっぱり優しい人だなと認識するイツキであった。
「それなら今日、私の女神としての実力を存分に見せることが出来るわね」
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◇
教会で食事をするんだから、豪華絢爛にシャンデリアとか高そうなテーブルクロスが敷かれている聖堂とかそんな物を想像していたイツキだったが、案内された場所は、日当たりが良く、外の景色がよく見えるテラスのような場所だった。
「おはようございます。ブラン様、イツキさん」
「おはようフィナンシェさん」
テラスのテーブルにはもう既に三人分の食事が用意されていた。余談だが、教会には決まった時間に教会の職員全員で食べるとかそんな規則は無く、割と皆バラバラに食事を摂るらしい
「それじゃ、いただきましょう」
テーブルのイスに座り、合掌。
「「「いただきます」」」
献立は割と質素なもので、ベーコンと目玉焼きにトーストと言う、所謂イングリッシュブレックファーストというやつだった。
「イツキ、そこのジャムとって」
「え?これ?」
「違う。それの隣のやつ」
ぶっちゃけ同じような瓶に入っているから見分けつかないんだが
「あ、これか、はい」
「ん、ありがとう」
ブランは受け取ったジャムをスプーン大さじ一杯程を落とした。甘いもの好きなのだろうか?
「ブラン様は、今日もクエストを受けにいくのですか?」
クエスト、と言うのは大陸ごとにあるギルドと言う組織が発行するものだ。素材集めや子供探しなどの様々なクエストがあるが、最近は専らモンスター討伐が殆どなんだとか
因みに、昨日出会ったデカイカニもどきは、[ビッククラブ]という名前で、危険種に登録されるほど危険なモンスターらしい。
「ええ。イツキも連れてね」
「え?イツキさんはもう怪我は平気なんですか?」
「大丈夫よ、本人も怪我はもう大したことがないって言ってるし」
「本当に大丈夫なんですか?イツキさん」
フィナンシェさんは僕をチラっと見て答える。包帯こそ巻いてはいるが、感覚的に傷は大体塞がっているし、僕が戦うと言うのであれば話は別だが、それは無いだろう
「大丈夫ですよ。無理な運動とかしなければ」
「なら良いのですが……」
食事の後、フィナンシェさんは紅茶も用意してくれた。その時も僕の怪我のことを気に掛けてくれていた。フィナンシェさんの淹れてくれた紅茶はとても美味しかった。やっぱりメイ……侍従さん=紅茶淹れるの上手いなのだろうか
◇
「ここがギルドよ。この先あなたも利用すると思うし、軽く説明するからよく聞いてね」
教会を出て向かいギルドにたどり着いたブランとイツキだったが、その中でイツキは不満気だった。
「……どうしたの?何か『求めている物とは違う』みたいな顔してるんだけど」
「おおよそあっていることに驚きだよブランさん」
ギルド=なんか狩りの時代を彷彿とさせる原始的な風景(と思うイツキ)であるはずなのだ。
しかしこのギルドの内装は誰もが思い浮かべるようなものではない。モンスターの剥製が飾ってあるだとかカウンターにクエスト嬢がクエスト受付の対応をしているとかが男、いや漢の求めるギルドだろう。
「それなのに!そうであるはずなのに!!こんなシステマチックなギルドは認めない!!」
壁に剥製は無いし、ギルド嬢はモニターでした。機械の方が便利なのは分かるが、それならそれでギルドなんて仰々しい名前はつけないでもらいたいと思うイツキであった。
「……本当にあなたは記憶喪失なのか、疑いたくなるわね」
呆れながらブランはモニターのタッチパネルを操作する。何度か指を動かした後、モニターの下から紙が発行された。紙の内容は今受けたクエストの詳細だ。
「それじゃ、ここにはもう用は無いし行くわよ」
「うぅ……受付した時にはクエスト嬢の励ましが相場なのに…」
最後まで不満だらけなイツキをブランは襟首を掴み、引きずっていくのだった。
◇
「アインシュラーク!」
ブランのハンマーがスカルフローズンと呼ばれるモンスターを捉え、振り下ろされる。まともに食らったスカルフローズンは断末魔の声をあげ、粒子となった。
ここはルウィー雪原と呼ばれる場所で、交易などの主要交通路として使われるとこが多々あるらしいが、ここ最近モンスターの被害が多いらしい。
「……ふぅ、雑魚はドンドン出るけど、肝心の目的のモンスターは現れないわね」
今回の目的は危険種、[ドリームドルフィン]の討伐だ。しかし現れるのはさっきのスカルフローズンや、ブロックの様な竜のコールドリザード、ギャルゲーの画面をそのまま引っ張り出した様なスネグアヨイコというモンスターばかりだった。
まあ、危険種とか言う物がそんなポンポン現れるのも困る物だが、ルウィー雪原に来てからそれなりに時間がたったのに、こうも見つからないと憂鬱にもなるものである。
「……」
イツキはと言うと、後ろでブランの戦いぶりを見ていたのだが、ブランがモンスターをものともせず、簡単に倒していく姿に素直に感心していた。
「……イツキ?どうかした?」
「いや、凄いなーって思って」
イツキは思ったことを口にした。ブランの戦いぶりは敵の隙を確実に見極めて、確実に一撃をぶつけるというものだった。敵の攻撃を最低限の動きで避け、一撃必殺とも言えるハンマーの力は圧巻だった。
「……何か、照れ臭いわね。あんまり戦い方とかで褒められたことは無いし」
ブランは頬を掻いていたが、どこか嬉しそうな表情だった。
「それじゃ、行きましょ。フィナンシェの昼食食べたいしさっさとターゲットを見つけて帰りましょう」
照れているのか、顔を隠す様に前に向き直り、ズンズン進んでいくブラン
ブランが女神であることは、モンスターと戦っているときに実力を見て認めたイツキだったが、それ以前にやっぱ女神って言っても、その辺の人とあんまり変わらないのかなと思うイツキだった。
◇
あれから一時間くらい探し回り、ようやくターゲットを見つけた。
それは雪の上に立つ…と言うより泳ぐ様に浮いていた。姿こそイルカだが、カラフルな色のしていて、[
「初めから本気で行くわ!」
ブランは光に包まれ、光が消えるころにはあの白いコスチュームの女神[ホワイトハート]となった
「こっからが本番だ!覚悟しやがれ!」
言うや否やブランは駆け出し、ドリームドルフィンまで間合いを詰めると女神化によって、ハンマーから変わった戦斧を横に構え、ドリームドルフィンをなぎ払うように吹き飛ばした。
突然のことに対応出来なかったドリームドルフィンはマトモにブランの奇襲を受けてしまう。が、まだやられはしないようだ。
お返しとばかりに尾ひれのビンタがブランを捉えようとするが、ブランは戦斧でそれを防いだ。
「オラオラ!そんなもんかよ!」
ブランは戦斧を横に構え、なぎ払うように戦斧を振った。ドリームドルフィンはそれを避けることが出来ず、まともに食らってしまい、決定的な隙を見せてしまった。
それを皮切りにブランの怒涛の攻撃が発動。ドリームドルフィンは反撃をしようとするが、反撃をしようにもブランのパンチと戦斧を組み合わせた連撃の前ではどうしようも無く、ただただ攻撃を受け続けるだけだった。
「フォルシュラーク!」
連続パンチからのトドメと言わんばかりに、戦斧を振り下ろす。
ドリームドルフィンは小さく唸り、粒子となった。
「ふん。こんなもんかよ」
余裕綽々な様子で、自分の体と同じくらいの戦斧を担ぎ上げるブラン。
「……」
その様子に呆然とするイツキ。それもそうである。彼が傷一つつけることが出来なかった危険種相当のものを倒した後でも、余裕であるブランに驚愕を隠せないのだ。
「イツキ、これで私が女神だって認められるだろ?」
「……え?あぁ!うん!危険種をあんな簡単に倒すなんて凄いよブランさん!」
「だろだろ!何て言ったて、私は女神の中で一番強いんだからな!」
褒められることは本当にあまり無いのだろう。イツキに実力について褒められて、調子に乗り始めるブランことホワイトハート。しかしイツキは嬉しそうなブランに、ついつい調子付けに拍車をかけてしまう
「うんうん!女神の中で最強なら、危険種をあんな簡単に倒しちゃうブランさんにも納得出来ちゃうよ!」
「だろだろ!このゲイム業界は、ルウィーが中心で世界一の国家だぜ!」
「ルウィーが世界一!」
「胸も四女神の中で、私が一番大きいぜ!」
「……え?」
「ん?」
「…凄い!女神様の鑑!」
「……」
「……」
突然沈黙するブラン。そして女神化を急に解いた。
そして一言
「……ごめん。ベールには負ける」
「……ブランさん…」
胸に関する話題はあまり触れてはいけないような気がしたイツキだった
◇
「こちらが、今日からイツキさんのお部屋です」
教会に帰ると、フィナンシェさんが昼食を丁度用意されていたので、有難くいただいた後、フィナンシェさんが僕の部屋を作ってくれたそうなので、案内して貰った。
中には机と椅子に、ベッドやランプなどの家具が揃っていた。
「必要な物がありましたら、私に申してください。それでは、この後仕事がありますので、私はこれで」
ぺこりと頭を下げ、部屋を出て行ったフィナンシェさんを見届けた後、僕はベッドに飛び込んでいた
「……ぶへぇ…」
今日……と言うか、昨日からかなり濃密な時間を過ごした気がする。まあ、異世界移動→記憶喪失→襲われる→助けられる→異世界人という事実→実力拝見という名の見学、のコンボは誰でも疲れるとは思うが
と、そこで控えめなノックが響いた
「ん、どうぞー」
「入るわよ」
入るように言うと、入って来たのは、手に原稿用紙を持ったブランさんだった。
「ブランさん?どうしたの?」
「……これ」
これとブランさんが指し示した物は、彼女が持っていた原稿用紙だった
「あの、これは?」
「…今書いている、学園異能バトルハーレム小説」
「……え?何で僕に?」
「読んでみて、感想を教えてちょうだい」
つまりは、投稿する前のチェックを僕にしてもらいたいのだろう。しかし、何故僕なのだろう?フィナンシェさんの方が適任なのではないだろうか?と聞いてみたところ
「……恥ずかしいから、見せたくない。あなたは私の作品を勝手に見たことだし、これ位の事に付き合ってくれてもいいんじゃない?」
あれは勝手に見たんじゃなくて、シーツの下にある事が問題だった気がするけど……まあ、大した負担にもならないし承諾することにした。
「……じゃ、早速読んでもらってもいいかしら?」
「うん。分かった」
原稿用紙を受け取り、その内容を読んでみる。
「どう?これなら雷撃文庫の新人大賞も狙えると思うのだけど」
自信ありげなブランさん。……しかしこの小説、ブランさんの書いたあのプロットとそんなに大差無い気がするのだけど……
「……?どうかした?」
根本的な問題として、ブランさんは厨二病なのが問題なのかもしれない
……その辺のことも、小説も少しづつ直していくしか無さそうだな。
「えっと、ここの主人公の設定なんだけど……」
こうして僕とブランさんは感想と訂正点を議論した。
……何も夜通ししなくても…