超次元ゲイムネプテューヌ 雪の大地の大罪人   作:アルテマ

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大変長らくお待たせしました。

いやあ、今回気合入れすぎて2万文字オーバーしているので、3話くらい連続で読んでいるとでも思ってください。

※注意事項

激甘&エロ注意報。 苦手な方はご注意ください。

この話を読む際は、ブラックコーヒーを一緒に用意するのをオススメします。


バレンタイン特別編 あなたに贈る一途な思い

「……はぁ……」

 

ルウィー教会のとある一室、ルウィーの女神の自室でその部屋の主は目の前の机の上にため息をつきながら突っ伏し、傍に紙紐に縛られ積まれた締め切りの迫る原稿用紙(ノルマ)を肘でどつき落とた。 バサッと言う紙に傷がつく音が耳に入るが、部屋の主は気にもしない。

 

両手を重ねて即席の枕を作り、顔だけを横にして机に突っ伏す。 視線の先の壁にかけてある、縦に半分にされた折れ目のあるカレンダーの、上の紙のど真ん中にある数字は2であり、下にある紙のバツマークがついているのは13まであり、13の数字の隣の数字は、カレンダーの元々のデザインらしく、可愛らしいハートマークで囲まれていた。

 

部屋の主は今日が2月14日であり、バレンタインと呼ばれる日であることに対し、バレンタインデーと言う日を作った人は、何を考えてバレンタインデー何て作ったのかだろうかと思いながら、小さくため息を吐いた。

 

「失礼します」

 

扉が3回程ノックされた後、ゆっくりと扉が開き、この教会の侍従である証の制服を着た女性が、礼儀正しくお辞儀をして入ってきた。

 

「ブラン様、1つご報告したい事が……って、何だかダレていますねブラン様……」

 

「……何よフィナンシェ。 今わたしはバレンタインデーなる日をこのゲイムギョウ界に作った人物は何を思ってバレンタインデーを作ったのか考えていたところよ」

 

「……思考がバレンタインデーにチョコレートを貰えない男性と同一のものになっていますね、ブラン様」

 

仕える主に対して敬語を使いながらも、中々フランクな会話を主とする侍従フィナンシェと、それを全く気にしない様子の主であるブランの関係の深さに関しては、説明する必要はないだろう。

 

話が逸れてしまった。 ブランの口から出た通り、今日はバレンタインデーであり、女性が男性に親愛を込めてチョコレートをプレゼントすると言うものだ。 最近は友チョコや逆チョコと言い、同性同士や男性から女性にチョコレートをプレゼントする事もあるが、バレンタインの醍醐味と言えばやはり本命チョコという奴だ。

 

バレンタインとなると殆どの男性がソワソワするものだが、それはこのゲイムギョウ界にも通用するものであり、バレンタインになると外出する男性や、やたらと鏡と向き合い身だしなみを整えたりする男性が増える。 しかしその日に限って努力をしても、貰えるチョコはたった1つであり、チョコをくれた人はお母さんと言う現実に直面し、その日の夜に布団に篭り、泣きながらチョコレートを食べる男性がこの世の中には存在する。 残念ながらそれが現実なのである。

 

閑話休題。 忘れてほしくないのだが、この部屋でバレンタインデーアンチ発言をしたブランはれっきとした女性であり、本命チョコを貰う事を期待してソワソワする立場では無いのだ。

 

では何故ブランはバレンタインデーに対して否定的なのか、それはこの部屋にとある報告をブランへと伝えに来たフィナンシェの言葉を聞けば分かる事である。

 

「……で、フィナンシェ。 報告って何よ?」

 

機嫌悪そうに聞くブラン。 なんとなくどんな報告であるか予想はついていた。 そしてその予想を裏切らない報告をフィナンシェが1度廊下に出て、部屋の前に置いておいたのだろう、中に可愛らしくラッピングされた箱と手紙で一杯のダンボールを手に持ち、ブランの部屋の隅にそのダンボールを置くことにより報告された。 近くには、似たような中身のダンボールが既に2つ積まれていた。

 

「……えー、全てイツキさん宛てです。 これで3箱目ですね」

 

フィナンシェの言いにくげな報告に、ブランはその積まれたダンボールを見やりながら頭を抱えるしか無かった。

 

現在ブランが憂鬱に感じている原因は、自分の補佐官であるイツキに送られてきた、大量のチョコレートであった。

 

「……ハァ……」

 

ため息を吐きながら、ブランは今朝の出来事を思い返していた。

 

いつもの通り、締め切り間際の小説を徹夜で執筆中、かなり早くから寝落ちをしてしまったようで、イツキが朝のトレーニングを始める時間よりも早い時間に目覚めてしまったブランは、とりあえずシャワーでも浴びようかと、まだ寝静まり静かなルウィー教会を歩いていた時、教会の荷物受け取り口に、人がすっぽり入る位の大きさのダンボールがあり、ブランがその中を確認すると、中には様々な色や形、デザインでラッピングされた箱が詰まっており、その全ての宛先がイツキだったのだ。

 

ダンボールの中身に驚愕し、固まっていたブランは、朝のトレーニングに出かけるイツキに話しかけらた事により正気に戻ったが、同時に宛先の人物であるイツキが現れたことに焦り、イツキが気にしたダンボールの中身に関しては適当にはぐらかし、無理矢理朝のトレーニングにさっさと行くように強要した。

 

その後、ブランは少し申し訳なさそうにしつつも、ダンボールの中身を少し漁り、適当な物を手に掴み、ラッピングされた箱に直接書かれているメッセージに目を通した。 内容は身の回りで起きた事件をイツキが解決してくれたことに対する感謝のものであった。

 

イツキがお人好しなのは既にブランたちにとっては周知の事実だ。 困っている人を見つけたら、迷わずに手を差し伸べるイツキの姿をブランは容易に想像出来た。 そういった人たちから送られてきたこのチョコレートは、本命チョコや友チョコとはまた違う、感謝の意を表したものであった。 ブランがざっとダンボールの中身を見た感じ、ルウィーは勿論のこと、プラネテューヌやラステイション、リーンボックスからも似たような感謝の意を表すチョコレートは多く、ブランとしても、これらのチョコレートの送り主たちが感謝の意を伝えるためにこれらのチョコレートを送ってきた事に対して否定するつもりはさらさらない。 寧ろ良い事だと思っている。

 

しかし問題は、赤いハートの箱とハートのシールで止められた便箋に、これまた赤いリボンで纏めて装飾されている、ダンボールの中に幾つかある明らかに本命と分かるチョコレートに対して、ブランの心中は穏やかでは無かった。

 

これはブランの勝手な推理なのだが、これらのチョコレートをイツキに送った人物たちは、かなりロマンチックなシチュエーションで助けられた者たちなのだろうと推理した。

 

具体的に言えば、近道をしようとダンジョンを通っていたらモンスターに遭遇し、絶体絶命のピンチの所に颯爽とイツキが現れモンスターを拳だけで蹴散らし、モンスターを倒し終えた後、心配するように声をかけられ、せめてお礼が言いたいと名前を聞かれ、律儀に答えるイツキ。 去り際の後ろ姿に恩人補正が……と言った感じなのであろう。

 

ざっくりと言うと、『ただ近道をしようとしただけなのに、どうして……』→ピンチにイツキがカッコ良く登場→イツキによるモンスターの蹂躙劇→その後、襲われていた女性を心配する→『何かお礼がしたいので、名前を教えてください!』→一言自分の名前だけを言い、立ち去るイツキ→『やだ、イケメン……』

 

「……って、何のご都合主義だよ! 私の小説か!」

 

正にテンプレなシチュエーションを勝手に推理し、自分の推理したイツキに対して、自分の普段から養っている想像力によって、頭の中に再現されていたシチュエーションに怒り出しツッコミを入れたブランに、さしものフィナンシェも急なことに驚いていた。

 

「……はぁ……」

 

自分の妄想にツッコミを入れた後、僅かな間の後にブランは今日で何回目になるか分からない盛大なため息を吐きながら机に突っ伏し、突っ伏した机の上にポツンと置いてあるラッピングされた箱を見やった。 それはブランが昨日用意した、チョコレート。 勿論渡そうと思った相手はイツキだ。

 

ブランとしても、今日がバレンタインデーである事はよく知っていた。 色んな国を渡り歩いて共に行動したことは勿論、普段のルウィー教会内や補佐官としてもイツキには世話になっている。 しかしブランには『いつもありがとう』何て言葉を言える訳でも無く、素っ気ない態度を取ってしまう日もあった。 勿論その後にそんな態度しか出来ない自分に対して自己嫌悪してしまうのだが。

 

何はともあれ、これはマズイと思いブランは何か自然とイツキにお礼が言える方法を考え、ふとカレンダーを見て思いたったのが、バレンタインだった。 この日であれば、ガラでも無いかもしれないが、自然と感謝を伝えられるとブランは思い至ったのだ。

 

しかし、いざバレンタインデーになれば、この始末である。 ダンボールの中身の本命チョコレートたちはその殆どが手作り。 対する自分のチョコレートは安易に選んだそこそこ値の張った市販のもの。 どちらが喜ばれるかなんて一目瞭然だ。

 

「……どうしよう……このチョコレート……」

 

せっかく買ったのだから渡せばいいじゃ無いかと思う反面、いやいやバレンタインに渡すチョコが買った物って、女子力の無さを露呈するようで嫌だ、などと心の中で相反する意見を肯定したり否定したりを繰り返すブラン。 このままジレンマに陥れば、いつしか片っ端から困っている人を助けるお人好しのイツキが悪いという結論になりそうであったブランに、フィナンシェはブランが何故そこで迷っているのかを不思議に思うように意見をした。

 

「あの、ブラン様。 別にその買ったチョコレートを渡すか渡さないかの選択肢では無く、ブラン様も何か手作りのお菓子を作れば良いではないですか。 そちらの方がイツキさんは喜ぶと思いますよ」

 

フィナンシェのその意見に、ブランは顔を上げて1度フィナンシェの顔を見やるが、すぐにゆっくりとまた机に突っ伏してしまった。 今現在、イツキには町の警邏にブランは行かせていた。 特別な日であるために外出する人も多くなれば、怒る問題も多くなるためであり、律儀なイツキが帰ってくるのもそれなりに遅い時間であると予想しており、ブランとしても、手作りのお菓子をイツキに渡すと言う選択肢はあるにはあったのだ。 だが、その選択肢を選ぶ気にはなれなかったのだ。

 

「……作ればいいって、今日はもうバレンタイン当日よ。 間に合う訳ないじゃない。 それに、私お菓子作りなんてしたことがないわ」

 

「無理にチョコレートにする必要もありませんし、簡単かつ本格的に作れるお菓子は意外と多いですよ? そうですね……ドーナッツのフレンチクルーラーとか、シュークリームはいかがでしょうか? 勿論、私も作るの手伝いますよ」

 

「……でもそう言うの、私のキャラじゃないし……」

 

フィナンシェの意見を聞いても、ブランは中々踏み切ろうとはしなかった。 送られてきた手作りの本命チョコたちに、自分の女子力の無さを貶されているように思え、そんな女子力の無い自分の手作りのお菓子だなんて、とブランにしては珍しくネガティブな思考を展開していた。

 

「……そうですか。 ブラン様がそう仰るなら、無理強いをするわけでもありませんし、構いません」

 

残念そうに言うフィナンシェに対し、ブランに少し罪悪感が芽生えるが、その罪悪感から手作りのお菓子を作ると言うまでには至らなかった。

 

しかしお辞儀をしながら言った次のフィナンシェの言葉にブランは反応せざるを得なくなる。

 

「では、私は()()()()()()()()()これからバレンタインのお菓子を作ってきますので、失礼します」

 

「……え?」

 

フィナンシェの言葉、特にイツキのためと言う所に引っかかりを覚えたブランは思わず聞き返した。 今、フィナンシェは聞き違いで無ければ、イツキ個人のためと言っていた。

 

「……フィナンシェ、イツキ()()よね? 教会の職員たちに作るのよね?」

 

「いえ。 教会の職員の方々や、他の侍従の方々には既にバレンタインのチョコレートを渡しました。 イツキさんはブラン様の補佐官としての仕事は勿論、ギルドのクエストなどにも励んでいますので、私からのご褒美と言うことで」

 

「……なん……だと……?」

 

聞き違いであって欲しいブランはフィナンシェに聞き返したが、返答に間などなく否定され、渡す理由を質問する前に、既にフィナンシェは話してしまった。

 

フィナンシェが手作りのお菓子を、このバレンタインにイツキ個人のために渡すと理解すると同時に、ブランの心中は焦りで満たされる。 何せ、相手はフィナンシェなのだから。

 

ブランはフィナンシェの主であるだけに、その侍従としての能力の高さをよく知っている。 掃除、洗濯、配膳などの基本的な家事は勿論のこと、ブランに対して割とフランクに接しており忘れているが、侍従としての振る舞いや嗜みも、女神に仕えるだけあり完璧に近い。 ルックスも艶やかで美しい金髪の美女であり、プロポーションもボンキュッボンとまではいかないが、胸もそこそこある。 おまけに性格も悪くないと来ている。 これほどの良物件が他にあるだろうか? いや、ない。 少なくともブランは知らなかった。

 

対するブランは普段から仕事よりもどちらかと言えば趣味に没頭しており、完璧に近いフィナンシェがいるために、家事スキルはほぼゼロに等しい。 ルックスもプロポーションも子どもであるし、性格についても自分の悪癖は自覚しているつもりである、とブランはフィナンシェと比較してそう思ってしまった。

 

ブランはまるで、フィナンシェに『私の女子力は53万です』とでも言われたような気分であった。 これほどの高い女子力を持つフィナンシェが、もしも本気になってしまえば、イツキなんてすぐに悩殺されてしまうと危機感を抱いた。

 

 

〜〜 以下、ブランの脳内妄想 〜〜

 

 

ルウィー教会のとある部屋に、2人の男女が部屋のベットに腰掛け、お互いに向き合っていた。 1人は部屋の主である男のイツキ。 女性の方は、ルウィー教会に勤める侍従、フィナンシェだ。

 

『はい、イツキさん。 私からのバレンタインのプレゼントです。 あーん、してください』

 

語尾にハートマークが付きそうなくらい甘い響きを入れるフィナンシェに対し、イツキは少し恥ずかしげだった。

 

『え、フィ、フィナンシェさん? いくらなんでも、恥ずかしいよ』

 

『大丈夫ですよ。 今は誰も見ていませんし、そもそもここは貴方の部屋じゃないですか。 遠慮せずに、あーん』

 

『あ、あーん……』

 

フィナンシェは手に持つチョコレートをイツキの口の前にまで持っていく。 語尾の言葉の甘い響きにイツキは逆らえず、恥ずかしそうに目を閉じ、躊躇いながらも口を開けた。

 

フィナンシェがイツキの口の中にチョコレートをゆっくりと入れる。 舌先でそれを受け取ったイツキは口の中で味わうようにチョコレートを咀嚼する。 ビターチョコの苦味と甘味が口いっぱいに広がる。 溶けたチョコレートの中にあるアーモンドとのアクセントも素晴らしいものだとイツキは感じた。

 

『うん、美味しいよフィナンシェさん』

 

『ふふ、ありがとうございますイツキさん。 まだまだありますから、沢山召し上がってください』

 

『フィナンシェさんにお礼を言いたいのは僕の方だよ。 バレンタインにチョコレートを貰えるだなんて、義理でも嬉しいよ。 ありがとう』

 

イツキの素直な感謝に、フィナンシェは少し不思議そうにしていたが、やがてまた微笑むようにして、イツキに言った。

 

『違いますよ、イツキさん』

 

『え……?』

 

『最近は義理チョコと言うのは失礼に当たりますので、義理チョコではなく、友チョコと呼ぶのですよ』

 

『……そ、そうなんだ。 まあ、そうだよね……』

 

フィナンシェの思わせぶりな発言に、ついイツキは期待してしまったのだが、期待とは違ったフィナンシェの言葉に少しショックを受け、その後すぐに自分の中で変な期待をした自分を攻めた。

 

(……まあ、そうだよなぁ……何期待しているんだろ、僕……)

 

勝手に期待しておいて、勝手に落胆している自分を思い、また落胆するイツキ。 しかし、次のフィナンシェの言葉にイツキは驚かされる。

 

『そして何より……このチョコレートは義理チョコでも友チョコでもありません』

 

『え……』

 

驚きフィナンシェの顔を見たイツキ、そこには上目遣いでじっとイツキを見つめるフィナンシェがいた。

 

『フィナンシェさん、それってもしかしてーー』

 

ーー本命チョコ? と言うイツキの疑問の言葉が紡がれる前に、イツキの唇にフィナンシェの人差し指が添えられていた。

 

『うふふ……女の子の口から言わせようとするなんて、無粋ですよイツキさん。 大丈夫です、きっとイツキさんの思った通りのチョコですから……』

 

人差し指をイツキの唇から離し、フィナンシェは今度は両手をイツキの頬に添え、顔をゆっくりと近づけて行く。

 

『フィ、フィナンシェさん……』

 

『……さんはいりません。 フィナンシェと、お呼びください……』

 

お互いに吐いた息が当たる位置にまで、顔が近づいていた。そして2人が目を閉じるのも、同じタイミングであった。

 

『……フィナンシェ……』

 

『……イツキさん……』

 

そして、2人の唇は重なーー

 

 

 

 

 

「重なってたまるかぁぁぁぁあああああ!!!!!」

 

叫びながら突っ伏していた机から立ち上がり、思いっきり机を叩くブラン。 右手の位置にイツキのために買ったチョコレートがあり、叩いた勢いで箱ごとチョコレートが粉砕されたが、ブランは全く気にしない。

 

普段から小説を執筆している弊害で、無駄に妄想力が高くなってしまい、フィナンシェとイツキの逢瀬を鮮明に浮かべてしまったブランは、己の妄想に激しくツッコミを入れた。 しかし今日はバレンタインであり、バレンタインとは恋愛事に関しては女の子に勇気を与えてくれる日だ。 フィナンシェがその気になってしまえば、イツキなんてイチコロになってしまうと言う危機感は妄想のせいで、余計強くなった。 そして危機感故に、ブランは急に主が叫びながら机を叩いても、全く動じていないフィナンシェに挑戦状を突きつけるかのように言った。

 

「フィナンシェェェエエ!! お前の提案通り、何かお菓子作るから手伝えぇぇええ!!」

 

「かしこまりました、ブラン様」

 

ブランがもう少し冷静であれば、何故か笑みを浮かべるフィナンシェの思惑も理解していたのだろうが、妄想を現実にしてはならないと言う使命感のようなものに駆られているブランには、少し無理のある話だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

場所は移り変わり、ルウィー教会のフィナンシェの自室の台所。 現在教会の調理室は他の侍従が使用しているため、人目のつかずにお菓子作りが出来る場所が、フィナンシェの自室にしか無かったためだ。

 

ブランはフィナンシェから借りたエプロンを着用し、台所に立つ。 作るものはフィナンシェが提案した通り、シュークリームにすることにした。 既にシュークリームの材料はブランの隣に立つフィナンシェが用意してくれた。

 

「それではブラン様、始めましょうか」

 

「……えと、その……よろしくフィナンシェ」

 

先ほどは勢いであんな事を言ってしまったブランは、今にして考えれば、何かフィナンシェに乗せられたように思えてならなかったが、ここまで来てしまってはもう今更であると思い直し、フィナンシェに甘えてお菓子作りを教授してもらう事にし、調理を開始した。

 

今回ブランが手作りのお菓子を作るために、フィナンシェはブランに指示を出すだけだ。 だけとは言っても、フィナンシェの指示は的確であり、その通りに動けば変な失敗をする事もない。 ……筈なのだが

 

 

「ブラン様、溶き卵は数回に分けて入れて、木べらで生地と混ぜ合わせてください」

 

「こ、こう?」

 

「もう少し手早くです。 ブラン様」

 

 

と言うやり取りや

 

 

「それでは、シートに乗せた生地に、フォークで縦横に軽く押してください」

 

「……こうかしら?」

 

「ブラン様、それでは押す力が強すぎます。 フォークの跡をつけるくらいで良いのです」

 

 

等と、お菓子作りは勿論のこと、作れるのは徹夜のお供のカップラーメンくらいしか無く、マトモな料理を作れった事の無いブランには、指示を聞ききながらでも、どうも上手く出来ず、まごついていた。 ただ、フィナンシェはそうなることは百も承知だったらしく、ブランが上手く出来なくても、どうすれば良いか丁寧に教えたため、どうにかシュークリームの皮はオーブンで膨らみ焼きあがるのを待つ段階にまで進めた。

 

「……」

 

現在ブランは無言でボウルの中の液体を泡立て器で泡立てている。 作っているのはシュークリームの中の部分であるカスタードクリームだ。 ボウルの底に合わせるように混ぜ合わせるようにでは無く、縦に往復するように泡立てて、ふんわりと仕上げるようにとフィナンシェに指示されたため、その通りにブランは手を動かしていた。

 

(……これ、本当に私が作ったと言えるのかしら……)

 

手を動かすだけと言う単純作業のため、先ほどのシュークリームの皮を作る際よりも余裕が出来たためか、ブランはふとそんな事を思った。

 

最初からここまで、ブランはフィナンシェの丁寧な指示により動いている。 失敗をしかけても、フィナンシェは文句の一つも言わずに根気良く付き合ってくれている。 しかし、自分はただ指示を聞いてその通りに動いているだけ。 これでは本当に自分が作った手作りのお菓子であると、胸を張ることが出来るのだろうか?

 

「……? ブラン様?」

 

そんなことを考えてしまったからだろうか、ブランの泡立て器を動かす手が緩くなり、フィナンシェに何事かと心配されてしまった。

 

「……ねぇ、フィナンシェ」

 

「はい、何でしょうかブラン様」

 

「……これって、本当に私が作った物って言えるかしら?」

 

ここまで指示を聞き続けて動いてきたブランは、その不安からか、フィナンシェについ心の内の思いを吐露してしまった。 つい勢いのままお菓子作りを始めてしまったが、店で買ってきた物よりも、手作りの方が喜ばれると言う事はブランでも知っている。 それでイツキが喜んでくれるなら、日頃の感謝の気持ちに応えられるのでブランとしても、もう自分のキャラでは無いとか気にしてはいない。

 

だからこそ、今オーブンで膨らみ始めているシュークリームの皮が、ボウルの中でかき混ぜているカスタードクリームの元が、本当に胸を張って自分の手作りであると言えるのだろうかと、ブランは不安だったのだ。

 

ブランの質問に、フィナンシェは少しキョトンとしていたが、少し上を見上げながら目を閉じて言葉を紡ぐ。

 

「……ブラン様は先ほど、鍋にかける火を強くし過ぎて、シュークリームの生地を焦がしかけましたよね?」

 

「? まあ、そうね……」

 

話が読めないブランは疑問符を浮かべつつも、フィナンシェの言葉を肯定する。 ブランの肯定した言葉を聞くと、次の言葉をフィナンシェは紡ぐ。

 

「生地をまとめるのに手間がかかってしまって、少し生地に水分が足りなくなってしまいましたよね?」

 

「そうだけど……回りくどいわね。 結局何が言いたいの?」

 

フィナンシェが中々自分の質問の答えを提示しないことに痺れを切らし、ブランは結論をフィナンシェに求めた。 フィナンシェ自身も、そろそろ結論を言う予定だったようで、特に口を止めることも無く次の言葉を言った。

 

「私が1から作ったら、そんなミスはしません。 ブラン様がお作りになろうとしているシュークリームは、失敗してしまった事を含めて、()()()()にしか作れなかったものなのですよ」

 

「……!」

 

ハッとしてブランは泡立て器を動かす手を止め、フィナンシェを見る。 フィナンシェはそこでブランの視線に気づいたのか、目を開けてブランを見据えると、自分の胸に手を当てて言った。

 

「大丈夫ですよ、ブラン様。 シュークリームが出来上がった時、ブラン様の気持ちも、その中に込められている筈ですから」

 

そう微笑んで、フィナンシェは答えていた。 フィナンシェの言葉に突き動かされるように、泡立て器とボウルをそっとテーブルに置き、自分の胸に手を当てた。

 

伝えたいのは、イツキへの感謝の気持ち。 イツキがここに来てくれたことにより、自分の考え方も、過ごし方も、多くのことが良い方向に変われた事。 いつも一緒にいてくれて、時には我儘にも付き合ってくれたこと。

 

そして、何よりも……

 

「……うん。 何か、自信ついてきたかも。 ありがとうフィナンシェ」

 

「いえいえ、私は大したことはしておりませんよ」

 

自分の気持ちの再確認をすることが出来たブランは、お菓子作りを再開する。 その顔に、憂いの表情は消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「で、出来た……」

 

最後のシュークリームの中にカスタードクリームを注入する作業を終え、ブランは一仕事終えたかのように安堵のため息を吐いた。 今日で何度目になるか分からないため息ではあったが、もうため息を吐くことも無いだろう。

 

「ふふ、お疲れ様ですブラン様」

 

「ええ。 ここまで付き合ってくれて、ありがとうフィナンシェ」

 

「いえいえ、私は大したことはしておりませんよ。 それではラッピングする箱とリボンをお持ちしますので、暫しお待ちを」

 

丁寧にお辞儀をし、部屋を出るフィナンシェ。 それを確認したブランは、クッキングシートの上にゴロンと置かれているシュークリームたちを見やった。

 

多めに生地を作り、皮も多くなるように生地を分けてシートに乗せたが、オーブンで膨らんでくれた皮は6つ程だけだであり、他のは全て萎んでしまっていた。 膨らんでくれた皮たちも大きさにバラツキがあり、歪な形であった。

 

しかし、ブランはそんな不恰好なシュークリームたちを愛おしげに眺めていた。

 

(フィナンシェなら、こんな失敗はしない。 一つも皮を萎ませないだろうし、形もきっと整っているわ……)

 

頭の中でフィナンシェの作り上げたシュークリームと、自分の作り上げたシュークリームとを比べてみても、差は歴然であった。

 

だからこそ、ブランは目の前の不恰好なシュークリームたちを、自分が1から作った手作りのものであると、フィナンシェのあの言葉を聞いた今なら、自信を持って言えた。

 

(……そう言えば、どうやってイツキに渡そうかしら……)

 

お菓子作りと言うのも、中々楽しいものだと思っていた時、ブランはふとそんなことを考えた。 初めて作った手作りのお菓子を、誰かに渡すと言うのは何だかブランには恥ずかしいと思ったが、そもそもイツキに渡すためにこれらのシュークリームを作ったのだ。 渡さないと言うのも変な話だろう。

 

そこで思ったのが、どのようにしてイツキにこれらのシュークリームを渡すか、と言うことだ。

 

(普通に手渡し……だけだと、何か無粋よね……かと言って、渡す時に何て言葉をかければいいのかなんて分からないし……)

 

ブランとしても、日頃の感謝を普段から言葉にすることが出来ないので、お菓子を手作りしたのだから、何か感謝の言葉も一緒に添えるべきだと思ったのだが、ブランのボキャブラリーではどう言葉にすべきか分からなかった。

 

(……何だか、緊張してきたわ……)

 

先ほどまでお菓子を作る事に集中していたために、そんなことを考える余裕など無かったが、いざ考える余裕が出来てしまうと渡す際にどうすれば良いかと緊張してしまうブラン。

 

その時、部屋のドアが開かれる音がした。 ブランはその時、フィナンシェがラッピングの箱とリボンを持ってきたのだと思い、それからふとフィナンシェに案を求めれば良いと考えた。 きっとフィナンシェなら、気の利いた言葉の一つや二つは思いつくだろうと考えての事だった。

 

足音が近づいてくるのを耳で聞き取り、近くまで来ていることを確認したブランは言葉にする。

 

「意外と早かったわねフィナンシェ。 ところで、聞きたいことがあるのだけど、いいかーー」

 

ブランの質問の許可を確認する言葉は、目の前に現れた人物の顔を見た事によって途切れてしまった。 その人物は予想したフィナンシェでは無く、ここに来るとは思っていなかった人物だったから。

 

「あれ、ブランさん。 どうしてここに?」

 

不思議そうに尋ねるイツキに、ブランは心臓が高鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡る……

 

 

 

 

「……はぁ……」

 

いつもより人通りが多いルウィーの街中を、僕はため息を吐きながら歩いていた。 周りを見回せば様々なお店が今日と言う日を祝うように、客や店員で賑わっている。 主に客の男女のペアで

 

今日は2月14日。 バレンタインである。 そう、男にとってこの日に笑うか、涙するかは自分次第なあのバレンタインである。

 

人通りが多いと言っても、その殆どが男女のカップル。 僕のように1人悲しく歩いている人間はかなり少数だ。 別に恋人が欲しいな羨ましいなだなんて思わないが、この集団の中では目立ってしまいかなり嫌だ。 ……嫉妬なんてしてないし。

 

しかし、何故僕はそんなカップルロードを1人で歩いているのかと言うと、実は先ほど街の外れで起こりかけていた暴動を止めてきたのだ。

 

思ったよりも暴動の規模が大きく、結構な人数が集まっていた。 ここまで大きい暴動ともなると、この集団を扇動しているリーダーがいると予想し探してみると、それらしき人物が集団に向かって大声で叫んでいた。

 

『確かに、1人1人の力はか細く弱い。 でも、これだけの人数が集れば、わた……おれたちは何だって出来るよ!』

 

マイクを使って演説していたその人物は、マスクとマントを羽織っていたが、その声から僕は誰だかすぐに分かってしまった。

 

『ーーチョコレートが欲しいかー!!』

 

この言葉の直後に、ウオオオオオオオオ!!!! と言う男どもの野太い声が辺りをこだます程響いた。 ……どうもこの暴動、今日のバレンタインでチョコレートを貰えなかった男たちが起こそうとしている暴動だったらしい。 ……ちらほらと死亡フラグを立てている奴らもいた。 馬鹿ばっかだ。

 

こっそりと僕はその首謀者の方に話しかけたのだが

 

 

『……ねぇ』

 

『んあ? 一体何……って、お兄ちゃん!? どうしてここに?』

 

『……なにやってんの?』

 

『何って、今日ってバレンタインでしょ? それなのに、こんぱ以外誰もチョコレートくれないんだよ……最近は友チョコとかあるのに……あ、そうだ! お兄ちゃんチョコレート頂戴! 最近は逆チョコって言うのもあるんだよね?』

 

『……』

 

 

言葉から察するに、チョコレートが沢山欲しかったので、チョコレート貰えなかった男たちを扇動し、どうにかチョコレートを手に入れて貰って、自分はそのお零れに預かろうとしたのだろう。 ……だからと言ってここで己のカリスマ性を遺憾なく発揮しないでもらいたい。

 

とりあえずその暴動の首謀者であるどっかの国の守護女神N氏の首根っこを掴んでトルネード投法でプラネテューヌの方へと投げ、アイエフさんにメールで報告をしておいた。 今頃こってりと絞られていることだろう。

 

首謀者がいなくなり、指揮する人間がいなくなって不穏な雰囲気を出す、集まってきた男たちには、適当に説得をしておいた。 それなりに納得の行く言葉を言い、少しづつだけでもこの暴動をやめてくれれば、群集心理が働いてやがて1人、また1人と家に帰って行ってくれた。

 

暴動を鎮圧し、ルウィー教会へと帰る途中なのだが、その近道をするとどうしてもこのカップルロードを使わなければならなかった。

 

早く帰りたければ、身体能力をフル動員して突っ走ればいいじゃん。 と思った人はいるだろうが、さっきも言った通りここは人通りが多い。 ぶっちゃけ僕が本気を出したら車にも負けない。 そんなスピードで人とかにぶつかったら、大事故確定だ。

 

だったら民家の屋根とかに飛び移りつつ帰ればいいじゃん。 と思った人もいるだろう。 でも考えてほしい。 ここは年中雪が降り積もる国、ルウィーだ。 民家の屋根は雪が積もっているし、降り積もった雪の下は氷だ。 そんな場所にそれなりのスピードで着地なんてすれば、スリップ確実だ。 赤っ恥もいいところである。

 

そんな訳で知り合いの傍迷惑な暴動を呆れつつも止めた僕はいつもの服装の上に黒いコートを羽織り、フードを深く被ってこのカップルロードを歩いているのだ。 コートを着ているのは防寒と言うより、変装と言う意味合いの方が強い。 何故かブランさんが最低でも街では変装して行けと命令してきたのだ。

 

「……おっと、ここまで来ればもういいか」

 

気がつけば周りに僕以外に歩いている人はまばらになっていた。 既にカップルばかりだったあの人通りを抜けていたようだ。 この時間から教会に訪れる人もいないだろう。 ならば、ここからは全速力で帰っても問題ない。

 

動きにくいコートを脱ぎ、軽く畳んで左手に背広が半分になるようにかけ、軽くストレッチをした後、スタンディングスタートでルウィー教会へと駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

特になんの問題も起こらず、無事にルウィー教会へと帰ってこれた僕は廊下をゆっくりと進み自室へと向かう。 少し考え事……と言うより、愚痴のようなものを心の中で呟いていた。 今日はバレンタインだと言うのにブランさんに命令されて暴動の鎮圧に行ってみれば、首謀者が知り合いだったとか最悪だろう? 誰も聞く人なんていないし、心の中で呟く位はいいだろう。

 

(……結局、0か……)

 

何の数かは言うまでもないだろう。 今日はバレンタインだと言うのに、だ。 僕だって男だし、女の子からチョコレートを貰えたら嬉しい。 だけど現実は非情なようであり、チョコレートの代わりにあったのは馬鹿ばっかの集団の鎮圧というお仕事。

 

……いや、馬鹿ばっかとは言ったが彼らの気持ちはよく分かる。 バレンタイン当日になると、もしかして1つくらいは……と期待する人は多いだろうし、期待した分貰えないと言うのは悲しい事だろう。

 

「……はぁ……」

 

その期待した人物たちの枠に僕も漏れなく入っていたのだから、あの場に集まっていた人たちの思いは馬鹿には出来ないな……。 馬鹿ばっかと言うのは訂正しよう。 首謀者が馬鹿だった。

 

「あら、重いため息なんか吐いて、どうしたのですかイツキさん?」

 

「……あ、フィナンシェさん。 ただいま」

 

若干暗い気持ちで1人愚痴りモードなっていて、廊下の向こう側からやってきたフィナンシェさんに気づくのに少し遅れてしまった。 僕は意識を現実へと引っ張り出し、帰ってきた証の挨拶をした。 フィナンシェはそれに対して、おかえりなさいませと丁寧に返してくれた。

 

「ところでイツキさん。 話は戻りますが何故ため息なんて吐ていたのでしょう?」

 

「あー……えーっと……」

 

正直、『チョコレートが貰えなくて悲しい気持ちなっているんです』なんてフィナンシェさんやブランさんには言えない。 それを言ってしまい、後からチョコレートを渡されたりなんてしたら、チョコレートを要求したようで嫌なのだ。

 

「……ごめんフィナンシェさん。 察して」

 

だから僕は顔を軽く背けながら、そう誤魔化した。 何だかこの言葉も意味が取れてしまえば、チョコレートをくれと言っているようだったけど、直接言うよりはマシだろう。

 

しかしどうもフィナンシェさんは僕の言葉の意味を捉えることが出来ておらず、少し首を傾げて困ったようにしていたが、やがて視線が下になるにつれて、何かに目が留まったように視線を固定していた。 僕のコートを見ているのだろうか?

 

「……あぁ、そう言う事ですか……まあ、イツキさんは今朝の事は知らないでしょうし、コートを着ていたのなら仕方ありませんね……」

 

「? フィナンシェさん、今朝の事って?」

 

「ああ、いえ、それは後で説明します」

 

フィナンシェさんは僕の言葉に納得を示していたが、どうも僕の伝えたかった事とは別の意味を捉えて納得しているようだった。 フィナンシェさんの呟いた今朝の事とは、ブランさんが何か変な様子だったことと何か関係があるのだろうか?

 

「それはさておき、ちょうど良かったですイツキさん。 貴方に何か渡したい人が居るみたいですので、今から私の部屋に行ってもらえますか?」

 

フィナンシェさんのその言葉に、別のことに疑問を感じていた僕の思考は強制終了し、驚いて聞き返していた。

 

「え……あの、それってもしかして……」

 

「それは来てからのお楽しみ、と言う事でお願いします。 これくらいのことはしないと、あの方は逃げてしまいそうですからね。 それでは私はこれで失礼します。 あ、コートも預かりますね」

 

フィナンシェさんはそれだけ言い、僕の手にかけてあるコートを受け取ると、丁寧に会釈をして僕の隣を通り抜けて行った。 その方向は、フィナンシェさんの自室とは逆の方向だった。

 

「……?」

 

フィナンシェさんの行動と、その言葉に疑問を感じる僕。 渡したい人がいると言っていたし、フィナンシェさん本人では無いと言うことなのだろうか?

 

「……考えても仕方ないか」

 

僕はそう呟き、フィナンシェさんの自室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、ブランさん? どうしてここに?」

 

思いもしなかったタイミングでイツキの顔が視界に入った時、私は何か隠し事をしているわけでもないのに、ドキリと心臓が高鳴ってしまった。 予想だにしない状況に、私はどもりながらイツキに聞いていた。

 

「な、なんで……イツキがこんな所にいるのよ!」

 

「何でって……さっき廊下ですれ違ったフィナンシェさんが、僕に渡したい物がある人が居るって聞いたから……」

 

焦りのあまり、少し声を上ずってしまった私に、イツキはそう答えていた。 フィナンシェ……心の準備もまだ終わっていないのにイツキを呼ぶなんて、後で覚えてらっしゃい……

 

「それで、ブランさんはどうしてここに?」

 

フィナンシェの偶然イツキと遭遇したからであろう実行した策に握りこぶしをつい作り上げてしまったが、イツキの質問に対して、更に焦ってしまう。

 

「あ、いや!……これは、その……な、何と言うか……」

 

自分でも何を言っているのか分からない。 心の準備もしないままイツキの顔を見てしまって、どんな言葉を発すれば良いのか分からないと言う事実さえ認識出来ず、ただあたふたと両手を何度も交差したり離したりしていた。

 

「ぶ、ブランさんどうしたの? 落ち着いて……あれ、シュークリーム?」

 

「あ……!」

 

前半の言葉は殆ど聞き取れなかったが、イツキが私の作ったシュークリームに気づいた言葉に反応し、もう逃げられないと悟った。

 

作ったシュークリームを、自分の手作りだと胸を張ることは出来る。 けど、いざ目の前にシュークリームを渡したい人が現れて、それが本当に美味しいかどうかが急に不安になって来てしまったのだ。 ここはフィナンシェの部屋だけど、フィナンシェがこんな歪なシュークリームを作り上げないことはイツキでも分かっているだろう。

 

「……ッ」

 

……もうこうなったら、野となれ山となれだ。 私はシュークリームの乗せられている皿ごと手に持ち、自分の顔を伏せてイツキへと突き出していた。

 

「これ! ……その、バレンタインの……」

 

……どうして私って、こういう時に限って気の利いた言葉の一つも言えないのだろう。 でも、他に言葉が浮かばない。 そんな自分のボキャブラリーが恨めしい。

 

「……もしかして、僕に……?」

 

おずおずと聞くイツキに、何も言わずにコクコクと首だけ動かし肯定を示す。 ……考えてみれば誰かにバレンタインのチョコレート(シュークリームだけど)を渡すのは初めてだった。 まさかこんなに恥ずかしいと思うとは思わなかった。

 

「……ブランさんが、作ってくれたの?」

 

「……変、だったかしら……?」

 

イツキの問いに、少しだけ顔を上げてシュークリームの乗せられて皿の境から様子を伺うような、私はイツキを見た。 やはり、キャラじゃ無かったのだろうか……

 

でも、イツキの次の言葉は私のそんな心配なんてくだらないと一蹴するようなものだった。

 

「ううん。 意外とは思ったけど、それ以上に嬉しいよ。 ブランさんが僕に、バレンタインのお菓子をくれるなんて」

 

曇りない笑顔でイツキはそう言い、私の差し出したお皿にある歪なシュークリームの中でも、特に小さい物に手を伸ばし、一口で全て口の中に入れた。

 

「……」

 

イツキがゆっくりと味わうように食べている様子を、じっと見つめる。 多分、味がどうであるか問うような視線で見つめていたと思う。 イツキはそんな視線の私に気づいて、シュークリームを味わうのをやめて飲み込んだ。

 

「うん。 美味しいよブランさん。 皮もしっとりとしているし、クリームも適度な甘味で僕の好みだよ」

 

「……」

 

イツキの言ってくれたその感想は素直なものであり、私も嬉しかった。 けど、何か物足りなく感じてしまった。 どうしてだろう? 何に対して物足りなさを感じているのだろう? ……自分でも分からない。

 

「……本当に、美味しいの?」

 

「……え?」

 

「……だってこういうの、私は初めてなのよ? きっとフィナンシェの方が、上手く作れるわよ。 そっちの方が美味しいんじゃないかしら?」

 

……何が物足りないのか分からないのに、こんな質問で答えが導かれるのかも分からないのに、私はそんな質問をしていた。 自分でも意地の悪い質問だと思う。 だけど、何故か言葉に出てしまったのだ。

 

でも、意地の悪いと思っていたその質問にイツキは即答していた。

 

「いや、美味しい。 これの方が絶対美味しいよ。 だって、()()()()()()()()()()()()()()しょ()? 」

 

「……ッ!!!?」

 

私を見つめ、微笑むように笑いながらそう言ったイツキに対して、今日一番心臓が高鳴り、私はまた顔を伏せていた。 暖房が強い訳でもないのに、顔が湯気が出そうになる程熱かった。

 

「そ、そうなの。 な、なら良かったわ」

 

動揺しまくりな様子でそう言い、今の自分の顔を見せたくなくて、少しでもイツキから離れたくて、私は差し出していた皿を引っ込めて、勢い良く振り返り、大した距離でもないのに早足で歩いた。

 

「……〜〜ッ…あっ!?」

 

恥ずかしいような嬉しいような、そんな混ぜこぜな感情にとらわれていたせいか、足元に注意が及ばず床に足を引っ掛けて、後ろへとバランスを崩してしまった。

 

何とか咄嗟に倒れるのを防ごうと、左手を伸ばした。 でも、左手を伸ばしてせいでそこにあったボウルに当たってしまい、ボウルが中身ごと上へと跳ね上がった。

 

……ボウルの中に入っていたのは確か、大分余っていたカスタードクリーム。 そこから導き出される答えは……

 

後頭部に衝撃を感じた後、顔や身体中にべったりと何かが付着するような音がした。

 

 

 

 

 

 

 

ブランさんの作ってくれたシュークリームを食べた直後、凄い勢いで振り返って、僕から離れるように持っていた皿を下げようとしていた所を、足を引っ掛けて転び、転んだ拍子で上空に手元にあったボウルを飛ばしていた。 ベチャベチャ! と音を立ててボウルにあったカスタードクリームらしきものが、滑って転んだブランさんに追撃するように降り注いだ。

 

「……いつつ……うわ、最悪……」

 

後頭部をさすりながら上体だけ起こし、己の身体中にカスタードクリームがべったりと付着している惨状を見てブランさんは機嫌悪く毒づくように呟いていた。 エプロンを着けはいたが、カスタードクリームが付着した範囲は広く、着ているいつもの服は洗濯に出さないといけないだろう。

 

「……」

 

僕はそんなブランさんに対して、大丈夫かと気遣う訳でもなく、タオルを渡すなどと気の利いた事をすることもなく、ただブランさんをじっと見つめていた。

 

(……ブランさん……)

 

心の中で、そう愛おしむように呟いた。 最初この部屋に入った時、ブランさんは何やら焦るばかりで何がなんだか分からなかったが、僕に対してシュークリームを恥ずかしそうに顔を伏せながら突き出してきた時、何となくそのシュークリームが何の為に、誰が作ったのかと、フィナンシェさんの言葉の意味を察した。

 

ここがフィナンシェさんの自室であることと、今も台所のシンクとガス台の間の場所に、使ったまま調理器具と材料のゴミがそのまま放置されていたことと、シュークリームの皮の生地らしき物があった事から、目の前に突き出されている大小様々なシュークリームは、ブランさんが作ってくれたのだと。

 

それでもまさかブランさんから、それも手作りのお菓子をもらえるなんて思ってもおらず、自惚れでありたくないから一応僕に対して作ってくれた物なのか聞いたが、ブランさんは肯定の意を返していた。

 

だから、その直後の僕の質問はあまり聞く意味のない質問だった。 その質問をしていた時、ブランさんが他でもない僕に対して手作りのお菓子を作ってくれたことに喜びを感じ、感動さえしていた。

 

ブランさんは僕が言える義理でもないが、不器用な面もあり、初めてお菓子作りをしたとも言っていたから、フィナンシェさんにレシピを聞きながら、色々と失敗をしつつも作り上げたのだろう。 そうまでして、僕にそのシュークリームを作ってくれたかと思うと、ブランさんが愛しくてたまらなかった。

 

「……」

 

「……? イツキ……?」

 

黙ってブランさんを見つめていた僕は、ブランさんの顔がよく見えるように移動し、背を屈めてブランさんを見つめた。 何をしているのか、と疑問に思うように見るカスタードクリームだらけのブランさんを見て、僕は何を思ったのだろうか……

 

「……ごめんブランさん」

 

「え……何で謝って……え?」

 

僕の謝罪に対し、ブランさんが言葉を言い終える前に僕は、ブランさんの左手をガッシリと掴むと

 

 

 

 

ブランさんの左手の人差し指に付いていたカスタードクリームを、ブランさんの指ごと口に咥えた。

 

 

 

 

 

「……なっ……なっ……!」

 

ブランさんは驚いているようだったが、僕は気にも留めずに咥えたブランさんの指についているカスタードクリームを、吸い付くように目を閉じて味わった。 カスタードクリームの生クリームやバニラビーンズの甘味が舌に伝わるが、先ほど食べたシュークリームとは違う甘味も、口一杯に広がっていた。

 

指についていたカスタードクリームを全て吸い取った後、咥えていた指を離し、目を開けてブランさんの表情を見る。

 

案の定、ブランさんは僕の唐突な行動に驚き、口をパクパクしていた。 何が起こったのか理解し切れていない様子のブランさんから、何か纏まった言葉が出る様子は無かったので先に僕はもう一度謝った。

 

「ご、ごめんブランさん。 その……クリーム、勿体無いなーって思って……」

 

咄嗟に思いついたように言い訳を言う僕。 勿論、これは思いつきで言った理由だった。 本当の理由が分かったのもブランさんの指のカスタードクリームを味わった時。 僕の為にお菓子を作ってくれたブランさんが、可愛く思えて、そんな可愛いブランさんかカスタードクリームでデコレーションされるのを見てしまったら、美味しそうだなんて感じてしまったんだ。 自分でも不思議な感性だと思う。 けどそうとしか僕には言えなかった。

 

そんな事は知りもしないブランさんは僕の言った言葉と行われたに顔を真っ赤にしながら

 

「お、お前は、クリーム零したからって、勿体無い、なんて理由で、人についひゃっ!?」

 

「ごめんブランさん。 嫌なら突き飛ばしていいから……もう少しだけ……」

 

つっかえつっかえなブランさんのセリフを遮るように、僕はブランさんの頬についたクリームを舐め取り、一方的な許可を得るような言葉を言って、ブランさんについている他の場所のカスタードクリームを味わった。

 

「ん……んあっ……」

 

吸い付くようにカスタードクリームを味わう度に、ブランさんは甘い声を漏らす。 その甘い声とあいまって、口の中の甘味も増しているような、そんな気がした。

 

首筋のカスタードクリームに口を付ける。 ブランさんの体が、ピクリと反応した。 そのまま甘噛みするように、カスタードクリームを舐めとり、吸い付く。

 

まるで猫が主人に甘えるように、僕はまだ何が何だか分からないと言った感じで流されるがままブランさんに、しばらくの間甘え続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほんっとうに、申し訳ございませんでした!!」

 

「…………」

 

カスタードクリームを舐め終えた後、急速に頭が冷えたと同時に事の重大さとそれを行ってしまった己の行動に僕は、凄まじい勢いでブランさんに謝った。 無論土下座である。 ブランさんは無言の後、静かに言葉を紡ぎ始めた。

 

「……変態」

 

「……その通りでございます」

 

「……ド変態」

 

「……返す言葉もございませぬ」

 

「……脱がし魔」

 

「……いや、そんなことは……」

 

「……レイパー」

 

「違うよ! それだけは絶対違うから!」

 

「うるせぇんだよこのバカイツキ! 変態! ド変態! エロ魔人!」

 

ガーッ! と目を紅く光らせて罵倒するブランさん。 正直僕はこの時点で既に死んでいてもおかしくない。 それがこの程度の罵倒になっているのは奇跡だろう。 ならば僕は続くブランさんの罵倒をせめて流さずよく聞いておこうと心がけた。

 

しかし、続いてブランさんの口から紡がれた言葉はしおらしいものであった。

 

「い、いきなりあんなことをされたら……その、恥ずかしいだろ……」

 

「……」

 

もじもじとした様子でそう言うブランさんが、可愛くてついつい見惚れてしまった。 視線に気づいたブランさんが、怪訝にして聞いてくる。

 

「な、何だよ……じっとみつめてきて」

 

「いや……ブランさん可愛いなーって思って……」

 

「……」

 

何故が無言になり、目を閉じたブランさん。 ……ブチッて何かが切れた音が聞こえたし、これは地雷を踏んだかもしれない。 ブランさんは目を閉じたまま、僕に命令をする。

 

「……正座して目を閉じろ」

 

「……えっと、何で」

 

「いいから、目を閉じろ!!」

 

「……はい」

 

怒鳴られて、絶対にこれは殴られるなと思いながら、大人しく正座をして目を閉じた。 何しろ、僕はブランさんが可愛かったからだとか、美味しそうだったからだとかそんな理由でブランさんについたカスタードクリームを……あんなことをしてしまったのだ。 寧ろ殴られるどころか、ハンマーをフルスイングで頭頂部から振り下ろされても仕方が無いよな……なんて、予想していたが

 

「……!?」

 

衝撃に備えようとしていた僕の頭に何かが付着した。 ハンマーのような固形物では無く、何かがベチャっと付着したような感じだった。

 

驚いた僕は目を開けて、指で頭についた何かに触れ、眼前に持ってきた。

 

「な、生クリーム?」

 

白色のそのクリームが、何故僕の頭についているのか疑問に思い、ブランさんの方を見ると、ブランさんは片手に出し切った後のホイップクリームの絞り袋を持ち、僕を見つめていた。

 

「……私はあれだけ恥ずかしかったのに、それなのにイツキは可愛いだとか言っちゃって、ズルイわよね?」

 

そう言いながらブランさんは片手のホイップクリームの袋を置き、両手を正座する僕の肩に置いて、ずいっと僕の顔に迫った。

 

「やられっぱなしは性じゃないのよ。 だから、イツキには同じくらい……ううん、私が味わった以上の恥辱を味わせてあげるわ」

 

「ぶ、ブランさん!?」

 

「ふふふ……泣いたって許さないんだから、覚悟しなさいよ……」

 

怪しげに、楽しそうに笑うブランさん。 その笑顔が怖い。怖いんだけど、それ以上に何故がドキドキしている。

 

「それじゃ、始めるわよ……」

 

「ちょ、ちょっと待ってブランさ……〜〜ッ!!」

 

……いつものことだけど、別の意味で今日は寝かせてもらえないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……バレンタインは女の子に勇気を与える日ですが……まさか、こんな事になるとは思いもしませんでしたね)

 

イツキとブランのやりとりを、部屋の扉の隙間から覗いている部屋の主は無言でそんな事を思っていた。 イツキもそうたが、まさかブランがあんなに思い切ったことをするとは思わなかったのだろう。

 

じゃれ合うようなイツキとブランを見て、フィナンシェは微笑ましいものを見るように

 

(それにしても……青春、ですね)

 

何てことを思いながら微笑みを浮かべ、部屋の扉をそっと閉じたのだった。

 

 

 













はい、バレンタイン特別編でした! イツキマジ裏山、爆発しろよ。

さて、今日はバレンタインですが、皆さんは何個チョコレートを貰いましたか?

え、私ですか? 0ですけど何か?

母親にすらもらえませんでしたよ……でもいいもんね! 僕が欲しいのはブランさんの友チョコだもんね!

残念ながら私の思い描くブランさんは、本命はイツキに贈るんですよねー……うーむ、何か複雑。

あ、どうでもいいけど、どっかの国の女神さんが首謀者の暴動のセリフは、ヘルシングの神父さんにしようかと思ったけど、長くなるしやめといたよ。

あ、あと、この話はあくまで外伝で、本編との時列系は読者様の解釈でお願いします。



そして、現在私は壁殴り代行サービスを実施しております。

壁殴りをご依頼したい方は、感想欄にご希望の壁の枚数と今日貰ったチョコレートの数をご記入ください。


ではでは、ではではでは! また来週!



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