超次元ゲイムネプテューヌ 雪の大地の大罪人   作:アルテマ

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第49話 約束

夜のリーンボックスの大陸を照らす三日月の月光が、小さな白と紅の影を導くように照らす。 月光が案内する先にいるのは、微かな光さえ遮り、巨大な影を作り出してしまう化物(モンスター)

 

空中から円を描くように跳び上がった白と紅の影は、落下速度と跳び上がった速度を、自らの得物(ハンマー)の威力へと上乗せして、その巨大な影の顔面にお見舞いする。 的が大きい故に避けられることもなかった。

 

ある程度空気の詰まった風船が割れたような、乾いた音が夜の森にこだまする。 まるで平手打ちをしたような音であった。 巨大な影の頭が少し垂れた。

 

しかし巨大な影に一撃を放った小さな影は疑問に思う。 確かに一撃を加え、当てどころも悪くなかった筈なのだが、当てたハンマーから帰ってくる感触は柔らかいものであり、まるで手応えを感じなかった。 言葉にするなら、一撃を加えたハンマーの衝撃を吸収されたような感覚であった。

 

そして先ほどの一撃なんてまるで応えていない様子の巨大な影は、頭の上の侵入者を邪魔なものを振り払うように頭を上へと突き出した。

 

「ッ!?」

 

空中へと投げ出される小さな影。 身動きの取れないそれに追撃を加えようと、頭頂部にある穴を投げ出された影に向ける。

 

そして穴から缶ジュースを開けた時のような軽い音と共に、緑の奔流が凄まじい勢いで噴出された。 その幅の広く当たりが広い水流が飲み込もうとするのは、当然小さな白と紅の影たる存在である。 身動きの取れないそれは、せめて受けるダメージを軽減しようと防御の構えを取る。 既にその緑の奔流は、目の前にまで迫っていた。

 

しかし、緑の奔流が標的に捉えていたその白と紅の影は、突如として現れた紫の機影によってかっさらわれ事により、水流は行き場を失くし、遠方へと緩やかに落ちて行った。

 

助けられた白と紅の影は、自分を抱えている紫の機影に顔を向ける。

 

「気持ちは分からなくは無いけど、1人で突っ込んだりしちゃダメよブラン」

 

「……ネプテューヌ」

 

背中のプロセッサユニットのウイングパーツを展開し、ゆっくりと地面へと降りて行く紫の機影であるネプテューヌは、既に女神化をしており、大人びた雰囲気とそれに合っている体の成長、そして自身の女神としての名である『パープルハート』の代名詞である紫のプロセッサユニットを装着していた。 ネプテューヌを見やる白と紅の影であるブランに、ネプテューヌは続ける。

 

「ここにいるのは貴方だけじゃない。 お兄ちゃんを助けたいって気持ちは、皆同じなのよ」

 

「……あぁ、すまねぇ……」

 

優しく叱咤するネプテューヌに、素直に謝るブラン。 地面へと着地したネプテューヌはブランを抱える手を離した。 ブランは短く礼だけ言うと、振り返り自分たちの標的を見やる。 嘲笑も、余裕の感情も浮かべることも無く、その巨大な影である『森クジラ』は静かに宙を浮きながらブランたちを見ていた。

 

「あのクジラは、このゲイムギョウ界に遥か昔からいた存在ですわ。 その体内で精製される、『森のエキス』と言われるものは、あらゆる毒や病気の特効薬の元となると言われていますわ」

 

背後から声がかけられたネプテューヌとブランは振り返り、声の人物を確認する。 いつの間に背後に立っていたベールは、振り返ったブランへと視線を向ける。

 

「ですから、ただ倒すだけではダメですわ。 ドロップアイテムとして確実にでる訳でもありませんし、生きている間にそのエキスを手に入れなければならないのですのよ?」

 

「……そういうことは、先に言えよ」

 

焦りを含めてか、ブランは口調を荒くして若干ジト目でベールへと反論するが

 

「あらあら? 話も聞かずに行ってしまったのは誰でしたかしら?」

 

「う……」

 

ベールのわざとらしい言い方に何も言えないブラン。 そうしているうちにベールの後方からアイエフとコンパが駆け寄ってきた。

 

「さ、流石ベール様……走るの速いですね」

 

「ブランさん、大丈夫ですか?」

 

駆け寄ってきたアイエフとコンパは軽く息を切らせていた。 大した距離を走ったわけでは無い。 ただネプテューヌとブランへと駆け出して行ったベールがあまりに早かったというだけである。 変身前と言えど、女神は女神。 基礎体力が違うのだ。

 

……と言う訳では無く、ベールは魔力を消費して風を発生させ、その風に乗っただけであり、実際の基礎体力に関してはネットゲームばかりをやって部屋に篭っている時点でお察しである。

 

閑話休題。 コンパに怪我が無いか心配されたブランは、特に怪我は無いことを伝えると、今のやりとりで得た標的である『森クジラ』について自分の見解を述べた。

 

「あいつの頭に攻撃したんだけど、全くと言っていい程手応えが無かった。 皮膚がかなり柔らかいのだと思う。 だから、打撃はやるだけ無駄よ」

 

「だったら、私の出番ね」

 

ブランの見解に、ネプテューヌは虚空から武器を装備する。 女神化前に装備されていたその巨大なバスタードソードは、装飾が紫に変化しているだけであり、武器そのものの性能に大きな変化は無い。 しかし、女神化前のネプテューヌが装備しても、サイズが不釣り合いで似合わなかったものが、女神化した姿のネプテューヌが装備すれば、どこか様になっていた。

 

やる気満々のネプテューヌを確認したベールは、今度はコンパへと確認をする。

 

「ネプテューヌのやる気も感じられたところで、コンパさん。 そちらの準備は出来ていますか?」

 

ベールの問いに、コンパは両手に、いつもの巨大な注射器を掲げて答える。

 

「はいです! しっかり準備完了してますですぅ!」

 

コンパの掲げている注射器に中身は無く空っぽだ。 コンパの注射器の使用用途は基本的にモンスターへ針を突き刺して液体を注入することに使うが、何も注射器とは薬を注入するだけの物では無い。 献血に提供する際の採血のように、モンスターの中から何かしらの液体を採取することにも使えるのだ。

 

準備万端と言った様子のコンパを見やると、虚空よりベールは自分の武器を装備する。 現れたそれをベールはバトンのように片手でクルクルと回し、先端をもう片方の手で掴み取る。 森の影から零れ落ちてくる月光が、その槍の先端の刃の部分を光らせていた。

 

「わたくしとネプテューヌ、そしてあいちゃんとであのクジラを引きつけますわ。 その隙にコンパさんは、クジラからエキスを採取してください。 ブランはコンパさんの援護を頼みますわ」

 

ベールの作戦に、異を唱える者はいなかった。 唯一ブランは不満そうにしていたが、自分の攻撃が通用しないことを身を持って知った今、自分がネプテューヌたちと共に戦うことは出来ないことを理解していたので、コンパのサポートをするのが合理的であると不満を押さえつけた。

 

この場にいる者たちがベールへと注目する中、ベールは間違いなく勝手に飛び出したりしてこの場にいない者がいるか確認し、今度こそネプテューヌ達に言葉を伝える。

 

「コンパさんの採取が終わり次第、総攻撃をかけますわよ。 さっさと倒して、イツキさんの元へと戻りましょう」

 

ベールの言葉に返される言葉は無かったが、皆が皆首を縦に振り頷くと、それぞれが役割を果たすために動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハアアァァァァアッ!!」

 

1地点に集まっていた5人が散らばり、森クジラへと最初に攻撃を仕掛けたのは、女神化したことにより飛ぶことの出来るネプテューヌであった。

 

的が大きい分、多少初動モーションに隙があっても避けられることは無いと判断したネプテューヌは、大振りに構えた、刃にうっすらと紫に輝くオーラを纏うバスタードソードを、森クジラの顔面に叩きつけるように剣を振り下ろす。 刃渡りの大きいバスタードソードが、森クジラの柔らかい体に深々と突き刺さる。

 

「ーー!!」

 

今のネプテューヌの攻撃は確実に効いたようであり、僅かによろめく森クジラ。 聞こえないはずの苦痛の声が聞こえた気がした。

 

だが、それで戦闘不能になる訳でも無い。 森クジラはよろめきから立ち直ると頭を振り先ほどのブランのようにネプテューヌを振り払おうとする。

 

しかしネプテューヌは森クジラの振り払う動作を利用し、その反動で突き刺さっていたバスタードソードを抜き取り、空へと飛翔して森クジラから1度距離を取った。

 

実はこの際、ネプテューヌはうっかり力を入れ過ぎてバスタードソードが抜けなくなっていたのだ。 森クジラが自分を振り払おう頭を振り回す事を計算して力み過ぎた訳ではない。 なので、空に舞い上がったネプテューヌが森クジラへと何やら余裕めいた表情を浮かべているが、その心境は少し焦りを感じて冷や汗をかいていた。

 

それはさておき、先ほどの攻撃が動きが鈍くなったりする程のダメージを受けた訳ではないが、ネプテューヌは森クジラに自分へと注目を向ける程には効果があったようであり、森クジラの視線と頭頂部の水流の発射口は、空を舞うネプテューヌへと向けられていた。

 

「----!!」

 

森クジラの叫びと共に、頭頂部の発射口からプシュッ、プシュッと小刻みに何度も音が響く。 発射されたそれはブランへと向けられた奔流では無く、塊ごとに発射された。

 

発射されたその緑色をした巨大な水の塊は、かなりのスピードで射出されているために空気抵抗を受けて、一つの塊は幾つかの水球へと分裂し、機銃の掃射の如くネプテューヌへと襲いかかる。

 

「やあっ!!」

 

襲いかかってきた逃げ場を作らせないように広範囲に襲いかかる水球を、ネプテューヌは敢えてその場から動かずに、自分へと襲いかかる水球をバスタードソードで叩き切り、撃ち落として行く。 かなりスピードがあるとは言っても、銃から放たれる弾丸よりは遅い。 女神化前ならともかく、女神化したことにより、動体視力や反射神経などの身体能力が全体的に向上したネプテューヌに、見切れない攻撃では無かった。

 

「----」

 

小賢しいとでも言いたげな森クジラは、尚もネプテューヌへと水球を放つ。 今森クジラの心中は、空を優雅に浮かぶ紫の機影(ネプテューヌ)を叩き落とすことだけであった。

 

「あらあら? ネプテューヌばかりに目を向けてもいいのかしら?」

 

だから森クジラには、自分が宙を浮く真下に、潜り込んでいる人物がいることに気づかなかった。 当然、潜り込んで来た人物のつぶやきにすら気づいていない。 森クジラの懐へと踏み込んだベールは槍の切っ先を向け、森クジラへと突進する。

 

「行きますわよ! レイニーラトナビュラ!」

 

懐へ素早く潜り込んだベールは自身の技である『レイニーラトナビュラ』を放ち、槍で森クジラの腹に槍の連撃をお見舞いした。

 

突き刺し、あるいは切っ先を剣のように振るい、森クジラの青い皮膚を切り裂いていく。 その攻撃で切り裂かれた傷は森クジラに取っては深い傷にはならかいが、完全にネプテューヌへと向かれていた森クジラの注意は逸らされ、ベールへと向けられた。

 

まるで煩わしいと言いたげに、苛立つような素振りを見せる森クジラ。 体を捻り、ベールへと視線を向けて、その巨大なヒレで森の巨木ごと薙ぎ払った。 しかしベールはそれを後ろ跳びでかわし、後方に優雅に地面へと着陸する。

 

追撃を加えようと森クジラはベールへと突進する。 しかしその度にベールは横へ、後ろへ、ある時は森クジラを飛び越えて攻撃を躱す。 森クジラが動き回るたびに森を囲う巨木は倒され、倒された巨木の枝葉が遮っていた月光が、ポツポツと辺りを照らして行く。

 

ベールがあちこちへと動き回る度に、苛立ちを募らせてベールへと突進を繰り返す森クジラ。 まるで闘牛のようであったが、闘牛たる森クジラをいなすベールには、闘牛士以上の優雅さがあったように見えた。

 

先ほどまでのネプテューヌへと注意を完全に失くし、今度はベールへと向けている森クジラ。 隙だらけである森クジラに、待ってましたと言わんばかりに森の茂みから現れ、その巨体の背中に飛び乗る影がいた。

 

「……」

 

その影たる人物は顔を隠すように腕を交差させ、段々と腕を交差させたまま下ろして行き、やがて胸の前で止める。 瞳を閉じているアイエフは、クロスしていた腕を解放するように腕を振る。 その瞬間アイエフの両手が軽く光り、小さな光の粒子が少しだけ、小さく拡散するように散る。 そのアイエフの両手には、彼女が愛用するカタールが装備されていた。

 

そして瞳を閉じたままアイエフは片膝で立ち、両手を地へと添え、一つ深呼吸をした。 僅かな間の後、閉じていた瞳をカッと見開いた。

 

「オアシス・ロード!!」

 

アイエフは叫んだと同時に走り出した。 その走り出すフォームはいつもの上半身を低く保って走る時よりも、更に低いものであり、両手を地面へとつけて走っていた。 すなわち、森クジラの皮膚へとカタールを突き立てて、森クジラの頭上方向へとラインを引くように走り出したのだ。

 

「----!!?!」

 

このアイエフの攻撃は森クジラに効果覿面であったようであり、森クジラは苦痛の声を上げていた。

 

突然だが、日常生活の中で紙で指が切れてしまい、皮膚がぱっくり割れて傷口が出来てしまった経験があるだろうか? あるのなら、その時その痛みをどう知覚したのか思い出して欲しい。 それは傷口全体が急に痛んだとかでは無く、初めに切れた所から、水が流れるように痛みを感じた筈だ。 それと似たような事が森クジラに起きているのだ。

 

背中から頭へとかけて、ビリビリと痛みが激しい川の流れのように伝わり、背中が痛いと思えば、気づけば頭へと痛覚は移り変わっており、痛覚の感知にラグが発生しているのだ。 痛みの移り変わりが終わる頃には、森クジラの背中は大きく切り裂かれたかのような傷が出来上がり、痛みからか体を仰け反らせ苦悶していた。

 

体の上体を逸らした森クジラに合わせて、アイエフは垂直になりかけていた森クジラの背中を蹴り、突き刺していた両手のカタールを無理矢理抜いて空中へと脱出した。 バックスピンをかけ、慣れた動作で足を抑えていた両手を離し、地面へとスタッと着地した。

 

そのアクロバットなアイエフの動きを見たベールは、アイエフへと駆け寄って労う。

 

「凄い動きですわあいちゃん。 あんなに身軽に動けるなんて凄いですわ」

 

「べ、別に大した事でも無いですよ。 あんなのは、ベール様でも出来ますし」

 

「そんな謙遜なさらなくても。 かっこよかったですわよあいちゃん」

 

「あ、ありがとうございます……えへへ」

 

最初こそ謙遜していたアイエフだが、ベールにかっこよかったと言われて満更でもなさそうな顔でデレデレしていた。

 

そんなまたしても2人だけの空間が出来上がろうとしている中、これ以上話しかけづらくなる前に話しかけようとする人物が1人。

 

「イチャラブしている中悪いんんだけど、あいちゃんに1つ聞きたいことがあるの」

 

「なななななぁ!? 何言ってるのよネプ子!? わ、私がベール様とイチャラブなんて……」

 

アイエフの後半の言葉は何かボソボソと恥ずかしそうにしているその反応に既視感(デジャヴ)を感じながらも、空中に浮きながらアイエフへと話しかけたネプテューヌは目標である森クジラを指差し問う。

 

「あのクジラ、あいちゃんが攻撃してから何だか動きが鈍っているように見えるのだけど、何かしたの?」

 

ネプテューヌの指差す先にいる森クジラは、ネプテューヌ達の方へ向き、突進しようとしているように見えたが、何か動きづらそうに体を震わせていた。

 

「だ、だから私はそんなベール様と……あ、あぁそれね! 大丈夫、すぐ説明するから!」

 

ネプテューヌの質問に、取り乱して状態から立ち直り、ネプテューヌの質問に分かりやすく答えるために現物を目の前に掲げた。

 

「……? いつものあいちゃんの武器……あら、何か刃に塗られているわね」

 

アイエフの掲げたカタールの刃をよく見ると、薄く黄色い粘液のような物が所々に付着していた。 説明しようとしていた箇所に素早く気づいたネプテューヌにアイエフは意外そうであった。

 

「意外と気づくのが早かったわね。 これ、コンパから頼まれて貰った麻痺薬よ」

 

アイエフはコートのポケットからプラスチックのボトルを取り出し、キャップを取り外して中に並々と注がれている黄色くドロリとした液体をカタールへと大雑把にかけた。 やがて全てひっくり返して空っぽになったそのボトルをアイエフは投げ捨てる。 余談だが、アイエフが投げ捨てたボトルは薬品保管専用のボトルであり、プラネテューヌの科学力で開発された生分解性でもあるボトルのため、環境にも優しい。

 

「成る程。 だからあのクジラの動きが鈍っているのですね」

 

「はい。……と言っても、まだ動けるには動けるようですね」

 

ベールの納得した言葉にアイエフは森クジラを指して答えた。 先ほどまで動きづらそうにしていた森クジラは、ネプテューヌたちの方へ向き、臨戦態勢を取っていた。 麻痺薬は効いているようだが、まだまだその巨体故に薬が動きを完全に止めるまでには至っていないようだ。

 

「なら、まだまだ私達の仕事は終わっていないようね」

 

臨戦態勢の森クジラに対し、バスタードソードを軽々と片手で掲げる。 刃先が指すのは、今にも襲いかかってきそうな森クジラ。

 

「そうみたいですわね。 それじゃ、もう少し頑張りましょうか」

 

「はい! ベール様!」

 

ベールとアイエフも各々の武器を構え、ネプテューヌと共に並び森クジラと睨み合う。

 

「みんな、行くわよ!」

 

ネプテューヌの開戦の叫びと共に、アイエフとベールは勿論、森クジラも動きだし、戦いは再び幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こそこそです」

 

「……」

 

「……こそこそですぅ」

 

「……」

 

「……こそこーー」

 

「それ、言う必要あるのかしら?」

 

堪らず言ってしまった。 ブランは先程からコンパが繰り返しコソコソと言う擬音語をつぶやきながら、森の茂みを突き進み、その後にブランが続いていた。

 

「ブランさん。 しー、です。 あんまり喋ると、敵さんに気づかれちゃうです」

 

「……」

 

何故か叱咤されたブランはコンパに対して言いたいツッコミを抑える。 色々と言いたいことは山程あるが、今はそんなことをしている場合では無いし、何よりもツッコミをいれたら負けな気がしたからだ。

 

「……あ、いたですよブランさん。 あそこに敵さんがいるです」

 

茂みからコッソリと覗き見て、コンパは先程からやたらと動き回っていた森クジラを指差して答える。 ブランも茂みの影から森クジラの様子を見る。 森クジラはネプテューヌとベールとアイエフに夢中と言った様子で、攻撃をひらりとかわし続けるネプテューヌたちに苛立つように、登頂部から水球を射出していた。なにやら動きも先ほどブランが見た時より鈍いものだった。

 

「……動きが鈍っているようね。 採取するなら今よコンパ」

 

「はいです。 それじゃ、行きますです」

 

分かっているとばかりに注射器を取り出し、茂みから姿勢を低くして、森クジラの後ろから忍び寄る。 ブランは不測の事態の時のために、茂みに待機してコンパをじっと見つめていた。

 

「……」

 

大した距離では無かったためか、コンパは気づかれずに森クジラの背後へと辿り着いた。 コンパはしゃがみこんで森クジラの真下へとくぐり、腹のあたりで上を見上げて注射器を構える。

 

「……ごめんなさいです」

 

1度だけ謝罪し、針を森クジラの皮膚へと刺した。 巨体故に針が刺さらないことを危惧して、コンパは頑丈で大きな注射器を選択したのだが、思いのほか針は簡単に皮膚へとささり、コンパはゆっくりと注射器のピストンを引く。

 

森クジラは注射針を刺したことに気づいていない。 実はここでコンパがアイエフへと渡した麻痺薬が関係してくるのだ。 コンパは森クジラの動きを鈍らせるためだけではなく、注射針を刺したことを悟られないためにもアイエフに麻痺薬を渡したのだ。

 

「……」

 

十分な量だけエキスが注射器に満たされるのを横目で見たコンパは、念のためにゆっくりと針を抜き、悟られないようにする。

 

「……ふぅ……です」

 

一仕事を終えたとばかりに1つため息を吐くコンパ。 後はこれを持ち帰り、解毒薬を作るだけである。

 

コンパは注射器の針に専用の蓋をし、来た道を再び戻って行く。

 

それで済めば良かったのだが、コンパは仕事を終えたために油断したか、とあるミスをする。

 

「……あう!」

 

突然しゃがんで来た道を戻っていたコンパが倒れこんだ。 注射器は両手でしっかり持っていたために無事だが、コンパは今石につまづいた訳ではない。

 

森クジラが浮く後ろの部分、浮かぶようにフワフワと一定のリズムで動く尾ひれに頭をぶつけたのだ。

 

「ーーー!」

 

驚いたように振り向く森クジラ。 その視線の先にいる、頭を押さえながら顔を上げたコンパと目が合った。

 

「ーーーー!!」

 

コンパが何をしたのかは知らない森クジラだが、気づかないうちに背後に回り込まれていて敵意を感じない訳が無い。 森クジラは標的を切り替え、コンパへと突進する。

 

「!? こんぱ!!」

 

地にいるベールとアイエフは気づかなかったが、空中を飛んでいたネプテューヌがコンパが襲われそうとしていることに気づいたが、既に森クジラは動き出している。

 

「……っ!!」

 

コンパは注射器を抱きしめ、うずくまるように森クジラから視線を外した。

 

(……イツキさん、ごめんなさいです……)

 

心中で、イツキへと謝るコンパ。 せめてこの注射器にある解毒薬の元だけはと、必死に抱きしめた。

 

「……?」

 

しかしコンパが予期した衝撃はいつまで経っても来ることが無い。 恐る恐るコンパは瞳を開け、視線を逸らしていた森クジラの方へと振り返った。

 

 

 

「----!」

 

そこにいたのは、何か障害物にぶち当たり、進めずに体を震わす森クジラと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……ッウ……!!」

 

森クジラの巨体を、その小柄な体で押さえつける、障害物たるブランであった。

 

 

「ぶ、ブランさん!」

 

助けてくれたことへの感謝と、そのあまりに大きさが比較するのも馬鹿らしい違いがある中で、森クジラの巨体と鍔迫り合いをするブランに対して心配する感情が混じった声をかける。

 

「----!!」

 

そんなコンパの心配通り、ブランと森クジラの鍔迫り合いは、森クジラがブランごと頭を振り、ブランが上空に吹っ飛ばされた事により終わってしまう。 女神と言えど、女神化をしなければ真の力を発揮することは出来ない。 ブランは最初に鍔迫り合いに持ち込めただけで精一杯だったのだ。 飛ばされるブランを見逃さず、頭の射出口をブランへと森クジラは向ける。

 

「! ブラン!」

 

それを見たネプテューヌは、ブランを助けようと、プロセッサユニットのウイングを動かそうとしたのだが

 

「……え?」

 

ネプテューヌが見つめるブランの口元が、動いていた。 『心配ない』と

 

「…………」

 

空へと投げ飛ばされたブランは無言だ。 心中にあるのは今も苦しんでいるイツキのこと。

 

「……もうこれで、3度目なのよ……イツキ……」

 

1度目は、ルウィーでボロボロになりながらも狂気に目覚めてまでブランを守ろうとしたこと。

 

2度目はラステイションで、関係無いはずの下町や下町の住人達を守ろうとしたこと。

 

そして今度はこのリーンボックスで、自らの体を犠牲に誰かを守ろうとした。

 

自分は苦しんでまで誰かを助けようとし、その行動を実行するイツキは、お人好し何て言葉で済ませられるような人では無かった。 少し目を離せば、本当に死んでしまうようにブランは思えてならなかった。

 

本当はそんな命に関わるような無茶をして欲しくない。 だが、それを言った所でイツキが無茶をしないだなんて、そんなことは無いということはもう知っていた。 だからこそ、無茶をしたっていい。 そう約束をした。

 

そして無茶をして、イツキが苦しんでいるのなら

 

「……私はあなたを助けたい」

 

自身を犠牲にして人を助けて苦しむイツキを、自分が助けてあげたい。

 

「……だから、こんな所で時間をかけてられない」

 

空中に上がっていくのが止まり、重力に従い落ちて行くタイミングでブランは森クジラを見据える。

 

既に森クジラの射出口から、水流が発射されていた。

 

「……だから」

 

ブランは全身に力を込め、水流と向き合い、心の中でルウィーで2人と交わした約束を()()()()()を謝罪した。

 

そして全身全霊をかけ、水流へと、森クジラへと吠える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー邪魔を、するなァァアアアアア!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブランが森にこだます程叫んだ瞬間、彼女が爆発的な光に包まれる。

 

その光はブランに襲いかかってきた水流を押し退け、凄まじい勢いであった筈の水流の抵抗を完全に無視するようなスピードで森クジラへと迫り、森クジラの体を突き抜けた。

 

「----!?!!」

 

驚愕するような声を上げる森クジラ。 強烈な光が迫ってきたと思えば、既に森クジラの一部は何も感じる事が出来ずにいた。 丁度感覚を感じる器官ごと、貫通していたのだ。

 

何が起こったのか、理解が追いつく前に森クジラは体を大きく仰け反らせ、ガラスの割れるような音と共に、霧状になり消えた。

 

「い、一体何が……」

 

森クジラが消えたと同時に、ネプテューヌは何が起こったのか検討もつかず、森クジラを貫通したものを視線で追った。

 

「……」

 

森クジラであった、霧状の物質の中に立っているのは、既に包まれていた凄まじい光は消えていた、いつものブランの姿であった。

 

 

ここに、戦いは終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 


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