ちょっと暫く本編はシリアス続きそうなので挿話をぶち込みます。でも文字数がかなり多くなっちゃったので前編と後編で分けました。 今回は前編だけ投稿します。
「よっ……ほっ……とりゃ」
「イツキ煩い」
「えー……」
大小様々な石で構成され、非常に安定性の低い崖を登っているのだから、ロッククライミングの際の両手で掴む2点と足を乗せる1点の確認をしながら登る位は許してほしい。と、ブランさんに口に出して言ったが、声を出さなくても出来るだろと言われ封殺された。仕方なく無言で次の石を掴み、先陣をキープして再び登り始める。
……あ、因みに僕達が何故ロッククライミングをしているかと言うと、
ネプテューヌが武器を新調したことが判明
↓
慣れるまでネプテューヌがメインで戦闘
↓
ネプテューヌ調子乗って大剣を振り回す
↓
崖が崩れる
↓
崖の向こう側が目的の街
↓
ロッククライミング不可避←今ココ
と言う訳だ。詳細を知りたい人は第40話を参照してもらえると助かる。
「……う、うー……疲れたよあいちゃーん。休もうよー」
「馬鹿言ってないでさっさと手を動かしなさい馬鹿ネプ子」
「ちょっとー! そんなに馬鹿馬鹿連呼しないでよあいちゃん! わたしピュアなハートの持ち主何だからそんなに罵倒されたらストレスで死んじゃうよ!」
「どんだけアンタは豆腐メンタルなのよ……」
「ふふん。寧ろプリンメンタルと言って欲しいよ」
この状態の元凶と言えば何故かダメな方向の事を誇らしげにしている。休みたいと言ったはずだが、見ている限り体力はまだ大丈夫だろう。
寧ろ問題なのは……
「ちょっとコンパー?登るの遅いわよー?」
「だ、だってあいちゃん……もう疲れたですよ〜」
ネプテューヌとアイエフさんが並んで登っている更に後方に、いるオレンジ色の髪の少女は崖を登れず、一地点にしがみついて動けずにいた。
このパーティの戦闘要員兼衛生兵のコンパさんである。
彼女は看護学生らしく様々な薬を駆使し、僕たちが負った怪我を治したり、時にはそれはそれは大きな注射器を用いてモンスターに謎の液体を注入し、毒殺……もとい撃破をするという、敵には回したくない人物でBest3に入るであろう人物だ。つい先日、その大きな注射器に入れる液体って何処から調達しているか聞いたのだが、乙女の秘密ですとはぐらかされて少し僕は背筋がゾッとした。
さて、話を戻そう。戦闘をする際にモンスターに対してその可愛らしい顔にしては中々にエグいことをするコンパさんだが、あくまで彼女の本分は看護学生。 僕やブランさんの様に周りに比べれば環境の厳しい国に住んでいる訳でもなく、アイエフさんの様にゲイムギョウ界中を旅する様な人でもないので、体力はこのパーティの中で最も無いのだ。彼女にとってロッククライミングはかなりハードなものだろう。
「ネプテューヌもそうだけど、コンパも体力が無いわね」
僕の隣でブランさんがそうつぶやいた。まあ確かに、これぐらいで根を上げてたらルウィーじゃとても暮らせないと思う。
「……いや、確かにコンパの体力不足は深刻な問題ではあるけれど……」
僕たちの言葉を聞いて、アイエフさんは僕たちの方を見るために顔を上げた。
「アンタ達の体力もどうなってんのよー!!」
アイエフさんの叫び声がやまびことなって反響する。 ネプテューヌとアイエフさんのいる地点と、僕とブランさんのいる地点の距離は約20m程。大した距離に思えないだろうが、ロッククライミングでの距離となるとそれなりの距離だ。 それくらいネプテューヌ達は先頭を行く僕たちと差が出来てしまった。 ここまでの会話は全て叫び声に近いものであったりする。
「どうしてと言われてもアイエフさん……そりゃ僕たちはルウィー出身だから」
「あなたたちとは育ちが違うのよ。 育ちが」
「ブランさんそれ意味が違うよ!でも、言葉的には合ってる!」
ルウィーは山岳地帯が多く、それに加えて雪が降り積もっている。その雪が降り積もっている状態での断崖絶壁ロッククライミングをすることなどザラではない。 それを思えばこんな傾斜が大きくもない崖なんて、大した労力も使わないのだ。 僕も雪山ロッククライミングを初めて敢行した時はすぐに体力を失くしてしまったが、効率の良い登り方を覚え、慣れてしまえば楽なものだった。
「う、うぅ……もうダメです……あいちゃーん……」
気づけばコンパさんは大分体力を持っていかれてしまったようだ。 何とか休憩出来るような段差に辿り着き、崖によりかかって呼吸を整えていた。 時々むせるように咳き込みをしている辺り、結構無理をしたのだろう。
「ってコンパ大丈……夫じゃないわよね。 泣きそうじゃない」
「おーい! こんぱー! 頑張れー!」
「む、無理ですよねぷねぷ……もうわたし限界です……うぅ……」
ネプテューヌの応援を受けても、動けずにいるコンパさん。 少し可哀想になってきた。 僕は隣を登るブランさんの方を見やった。
「……別に、好きにしていいわよ。 わたしここで休んでいるから」
「うん。 ありがとうブランさん」
ブランさんは登りながらチラッとこちらを見ただけで視線を戻すと、丁度辿り着いた段差に腰をかけた。
許可を得た僕は足元を確認すると、跳び上がり崖に出来ている大きめの出っ張りに体重をかけぬように着地し、また次の段差へと跳び上がり、崖を下っていく。
「あれ? お兄ちゃん?」
「イツキ?」
何度か跳び上がり、ネプテューヌ達を通り越して行き、僕はコンパさんが休んでいる段差へとたどり着いた。
「イ、イツキさん……?」
僕がどうしてここにいるのか疑問に思っているような顔をしていた。とりあえず僕は斜めかけのカバンからロープとカラビナを取り出してロープを腰にもやい結びで装着して、コンパさんにロープとカラビナをつけたものを手渡す。
「ほれ、コンパさん」
「? これをどうするんですか?」
「どこかにそのカラビナを装着して。 僕がコンパさんをおぶって行くから」
「え、ええ!?」
案の定コンパさんは驚いていた。 まあ急にそんなことを言われても驚くのは仕方の無いことだろう。 だが、このままコンパさんを放置するのは論外だし、コンパさんのペースに合わせるとしても日が暮れてしまう。 コンパさんを背負ったとしても僕のペースはネプテューヌ達と同等のペースになるだけだと思うので、それはそれで丁度良いのだ。
「で、でもイツキさん……そこまでしてもらうのは流石に悪いです……」
「でもコンパさん、体力がもう限界でしょ? 無理矢理動いてもらうのは悪いし、何よりもこんな崖じゃ危険だよ」
仮に落ちたとしても幾つか段差があるのでそこで留まれれば良いのだが、コンパさんは勢いを止められずそのまま崖下まで一気に落ちてしまいそうだ。
「……分かったです。 それじゃあ、お言葉に甘えるです」
コンパさんはまだ何か言いたげだったが、口を閉ざして僕の提案を受け入れてカラビナを受け取った。 本人にも色々考えることがあったのだろうが、自分のせいで日が暮れてしまうようなことにはしたくないのだろう。 そもそもの原因を作り出したのはネプテューヌなのだが
「そ、それじゃあ……失礼しますです」
コンパさんはそう言って僕の肩に手を通し、首の前で両手を掴んだ。 その時少し後ろを見ていて気づいたのだが、若干顔が赤かった。 なる程、見ている人は今のところネプテューヌとアイエフさんとブランさんだけとは言え……いや、だからこそ恥ずかしいのだろう。
僕は前に回した斜めかけのカバンから更にもう一つロープを上からコンパさんの後ろへと回し、腰の位置で再びロープを結ぶと、立ち上がり崖へと手を伸ばす。
「しっかり掴まっててね」
「は、はいです」
コンパさんにそう注意して、僕は片足を上げて出っ張りへと引っ掛けるのを初めに再び崖を登り始めた。 右手、左足、左手、右足の順で掴む、もしくは引っ掛ける場所の3点確認をしながら登っていく。 幸いコンパさんはそんなに重く (女性にこんな事を思うのはデリカシーが無いが) は無く、クライミングに支障は無かった。
「……」
コンパさんは無言で僕の肩にしがみき、両足は僕の腰に回していた。 確かに幾ら楽になったとは言え、ロッククライミングは怖いことであるし、それが自分が背負われている状態となるとかなり怖いだろう。 例えるなら自転車で二人乗りした際に、後ろに座る人間は自分で自転車を運転しない分、自転車がどんな動きをするか分からないせいで恐怖を感じるのと同じものだろう。 必然的にコンパさんのしがみつく力も強くなる。
で、しがみつかれる事による弊害が1つ
「う……うぅぅ……」
(せ、背中に二つの柔らかい山が……)
コンパさんの怯える声何て気にしてる暇がない位に僕は集中している。 コンパさんはこのパーティの中で一番胸が大きい (女神化したネプテューヌは除く)。 そして今僕はコンパさんを背負っている。 これ即ち『当ててんのよ』が成り立ってしまうのだ。 コンパさんの純真無垢な性格を汚すわけにはいかないと必死に煩悩を振り払っているのだが、その背中に伝わる温もりと柔らかさはそれを嘲笑うように僕の理性を蹂躙してくる
それに加えて
「ひゅーひゅー。お熱いね二人とも〜」
上から登ることをそっちのけてからかってくる言葉を放つネプテューヌ。 早く登ってよ。
「あらあら。 困っている女の子に颯爽と現れて助けちゃうなんて、かっこいいわね」
何故かネプテューヌに便乗して一緒にからかってくるアイエフさん。 勘弁してください。
「……いてっ!」
何てからかわれながら登っている途中で額に小石が結構な勢いで落ちてきた。
「……?」
落ちてきた石に全く気づかなかった事が少し気になったので、石が落ちてきた方向を見上げるが、見上げて目に映ったのは崖と崖の段差で休むブランさんだけだ。
(……確かに助けることは許可したけど、おぶさる何て聞いてないわよ……この馬鹿イツキ)
「……?」
そのブランさんは僕が見上げてきた時、何故かそっぽを向いてしまった。 何か気に障るようなことをしたのだろうか? ……最も、距離が離れ過ぎていて表情が読め無いので、機嫌が悪くてそっぽを向いたとも限らないのだが
「……うおっ!?」
「わひゃあ!!」
考え事をしていたせいか、足をかける足場を踏み外してバランスを崩してしまった。 その事に驚いたコンパさんが更に強くしがみついてきた。
むにょん
(ふにょああああああああ!!! 背中のメロンの感触がぁぁああ!!)
必然的に背中に当たる果実の温もりと柔らかさの感触がダイレクトに伝わってくる訳で、僕の理性が容赦無くゲシュタルト崩壊していく。
「……う、うぅ……」
「……あ!ご、ごめんコンパさん……」
コンパさんの怯える声で何とか現実世界に帰還し、更にしがみついてくるコンパさんに謝る。 これは悪いことをした。 だが同時にコンパさんへの罪悪感が増されたことにより、本能の昂りを理性で抑え込むことに成功した。 今の心持ちのうちにさっさと登ってしまおう。僕は気を取り直して次々と石を掴んでは登って行った。
しかし、ネプテューヌ達の休む段差まで進んだ所で例にもよって奴に余計なことを言われた。
「ねぇねぇお兄ちゃん。 こんぱのおっぱい柔らかいー?」
「ブホッ!!?」
「ね、ねねねねねねねねねねぷねぷ!?」
ストレートすぎるその言葉に動揺を隠せる訳もなく、かなり大げさと思える程に吹き出してしまった。 コンパさんもかなり驚いているようで、表情は見えないがきっと顔を真っ赤にしていることだろう。
「ね、ネプテューヌ! 僕のこの行いは決して邪な思いからじゃなくて、純粋な善意から何だから余計なこと言わないでよ!」
「分かってるよそんな事〜。 で、柔らかいの? 温かいの?」
「そりゃどっちも……って、だから余計な事を……ハッ!?」
ネプテューヌに弁解をしようと会話をしていた途中、上から凄まじく、もう感じ慣れてしまったと言えるような殺気が僕の体を貫き、冷や汗を流し始めていることに気づいた。 僕は怖いものでも見るように、ゆっくりと上を見上げた。
「……イィィツゥゥウキィィイ?」
何とそこには両目を紅くギラリと光らせ、両手に人の頭よりも大きい石を今にも投げようとしているブランさんだった。
「ちょちょちょ!! 待ってブランさん! 不可抗力! 不可抗力だから!! だからそんな大きい石を投げないで! 今身動きロクに出来ないから! 」
距離の離れているブランさんに聞こえるように叫んで僕の無実を訴えるが、ブランさんは一向に止まってくれず、それどころか既に石を投げる準備が完了してしまっていた。
「NO! ダメだってブランさん! ここ崖だから! 落ちたらヤバイから! しかも今コンパさん背負ってるから!」
「……で……こ……い……」
「……?」
完全に石を上に掲げたブランさんの口が動いているのが僅かに見えたが、全く音は聞こえてこない。
「……ぶ、ブランさん?」
何かを確認するようにつぶやいたこの言葉は、距離の離れているブランさんには聞こえない筈だ。 だが、聞こえていたのか偶然なのか、この言葉の直後
「いっぺん死んでこいやこのド変態が!!!」
「ドアラッ!!?」
凄まじい勢いで落ちてきたその石は僕の顔にクリーンヒットし、その衝撃に耐えられずに僕は崖から手を離してしまった。
「うわぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
「きゃあああああああああああ!!!!」
僕とコンパさんはそのまま真っ逆さまに落ちていく。 咄嗟に僕は背中を地面に向けたままだった状態から無理矢理体を動かして、何とか自分が下になるようにしたがそう上手く行く筈も無く、地面に体が触れる頃には頭から地面に激突するという最悪の状態になった。
「ブホッ!」
頭に衝撃が走り、まるで世界そのものが回転するかのような感覚を覚えて地面に横たわった。
暫く地面に横たわっていたのだが、コンパさんのことも心配なのでクラクラとする頭を抑えて何とか立ち上がろうとする。 感覚的にだがどこも出血をしていないことから、運良く崖の段差に落ちて何とかその段差に留まれたようだった。 そのまま更に下に崖に落ちるなんて事にならなくて良かった。
(……?)
頭の揺れも収まってきたので立ち上がろうとしたのだが、何か上手く立ち上がることが出来ない。 何故か思い通りに体を動かす事が出来ないのだ。 寝起きの体を無理矢理動かすかのような感覚とはまた違う、まるで動くことそのものに慣れていないかのような……
それでも崖を支えに何とか立ち上がり、周囲を見回す。 どうやら思ったよりも下に落ちたわけではなさそうだ。
「おーい! こんぱー! おにいちゃーん! 大丈夫ー?」
上からネプテューヌの声が聞こえてきたので見上げると、先程の位置からネプテューヌとアイエフさんが顔を覗かせていた。 更に上を見ると、ブランさんが崖を下りていくのが見えた。 本人のやった手前でもあるし、心配してくれているのだろうか?
「うん。 こっちは大丈夫だよー」
とりあえず僕は大丈夫であることを伝える。 何だか何時もより声が高いような ……あ、いけない! コンパさんを探さないと!
崖と言うこともあり、コンパさんの事が心配になってきたので僕はコンパさんを探そうと再び周りを見回した矢先だった。
「そっかー。 それじゃ
「ん、りょうかーい。……ん?」
今、ネプテューヌ何て言った?
その物言いではまるで
しかし落下した際の衝撃によって生みだされた頭の眩みが引いていくにつれて身体の感覚もハッキリとなってくる。 そしてそれと同時に自分の身体の違和感が段々と浮き彫りになっていくようだった。 具体的に言うとある筈のものが無くなっていて、無い筈のものが現れている。
……猛烈に嫌な予感がした。 即座に自分の両手を眼前に持ち上げる。 そこにあるのは革のグローブを嵌めた両手とロッククライミングの際にパーカーを腰に巻き、袖を捲った黒いTシャツがある筈だ。
しかし視界に映ったのは白っぽいセーターの袖に覆われた、華奢と言える細い腕であった。 ……どうやら頭を打ったせいで幻覚が見えているようだ。 そうに違いない。
「……う、うーん……」
しかし僕の現実逃避を許さないかのように現実が突きつけられようとしていた。 僕の真後ろで聞き慣れた呻き声が聞こえてきたのだ。
「……うー……まだ頭がクラクラするです……」
その聞き慣れた声は普段からは想像できないような、気の抜けるような声を発していた。
「……」
振り返ってはいけない。 振り返れば確実に後戻りはできない……いや、多分もうこれ後戻り出来ないとこまで来てるだろうけど、確実に現実を突きつけられるだろう。
(……いや、まだだ。 まだこれが幻想である可能性はまだある!)
ならば、こんな幻想はさっさとぶち殺して、現実へと戻ろう。 そして僕はヒーローになる!
「うおおおぉぉぉお!! その幻想をぶちこーー」
意を決して思いっきり振り返る。 そうすれば、幻想は消えて現実が……
「…………」
「……あれ?……何でこんな所に鏡があるです?」
そこに立っていたのはいつも朝方に洗面所の鏡で見ていた顔が、不思議そうに僕のことを見つめていた。 しかひ僕は驚いたような顔をしている筈だから、目の前にあるのは鏡どころか、幻想でもない。
「な、……なんじゃこりゃああああああああ!!!?」
そこにあるのは目の前に自分がいると言う現実であり、僕はヒーローにはなれず、強いて言うなら映画俳優になっていた。