生きてるとは、何か考えたことはあるだろうか?
例えばその場で呼吸して、脳が活動していれば生きていると言うのなら、陽が届かず明かりのない地下洞窟に鎖で縛られた閉じ込めらても生きていると言えるのだろう。
たが、それは『生物的』には生きているだろうが、『人間的』には死んでいるだろう。
人が人である条件とは何なのか考えたことはあるだろうか?
人から産まれれば、その赤ん坊は人であると言えるだろうか?しかし、とある国では人から産まれて間もない頃の赤ん坊を野生の狼が育てた結果、その赤ん坊は姿こそ人であるが、歩き方や生活に至るまで全て狼と化していた。
果たして俺は『生きている』のだろうか?それとも人としては既に『死んでいる』のだろうか?俺は『人』なのだろうか?それとも『人の形をした何か』なのだろうか?
殴られ蹴られながら、そんなことばかり考えていた。
朝日がやっと姿を地平線から現れ始めたころの朝方のリーンボックスは、夕暮れとは似て非なる明るいオレンジの陽光が街を照らし、街そのものを起こするかのようにも見える光景だ。
そんな街もまだまだ寝ぼけ気味な時間に、昼間は店が開かれて人が溢れる筈だか、今は店は準備時間にも入っておらず、店が開けば狭くなる道を1人走る少年がいる。
「……はっ…はっ…ふー……はっ…はっ…ふー……」
一定のリズムの呼吸と、体勢をしっかりと作りランニングをしているイツキ。最近は怠ることが多かった朝のトレーニングを再開し、最近追加したメニューのランニングを今は行っていた。勿論イツキが走っているのはイツキ自身が泊まっているホテルの周りをグルグルと回るだけなので、迷うことは無い。
しかしこのランニングを行ったことによる誤算が1つだけあった。
「……ふっ…ふっ………暑い……」
イツキが最近追加したランニングを行った場所はルウィー、つまり雪の大地の中を走っていたのだ。イツキがランニングを朝のトレーニングに追加したのは運動によって温まった体に、走ることによって受ける風が心地良かった為だ。しかしここはリーンボックス。ルウィーという雪国と比べれば気温は高く、運が悪いことに今日は湿度もやや高かった。イツキの朝のトレーニング用の服は既に汗で浸っていた。
イツキは仕方なくこれで今日の朝のトレーニングを終わらせようと、丁度よく周回し終えたようで目の前に見えてきたホテルに直行すると、入り口で止まり膝を曲げて呼吸を整えた。
「ハァ、ハァ、ハァ……ふー……うわ、凄い汗だ」
走っていて感じたかなりの不快感から汗を相当量かいていることはわかっていたが、イツキが思っていたよりも汗をかいていたようだ。
「……確か、部屋に備え付けのシャワーあったよな……」
この時間はホテルの大浴場というのは開いていないのがほとんどだ。幸いにも部屋に備え付けのシャワールームは完備されている。イツキは一刻も早く肌に纏わりつく不快感を振り払いたかったので、すぐにそこから飛び込むようにホテルの入り口を開けると自分の泊まった部屋へと再び走りこむのだった。
◇
「……ふぃ〜……生き返る〜……」
浴槽は着いていないシャワールームの椅子に腰掛け、高い位置に固定されたシャワーから体温よりもやや低めのぬるま湯を浴びてジジ臭いことを呟くイツキ。さっきまでまとっていた皮膚にへばりつくような不快感を落とせれば気持ち良いことは気持ち良いが、湯船に浸かっているわけでもないのにこの手の発言はいかがなことかと思える。
「……ついでに頭とか洗っておこうかな」
誰に言ったのかも分からないその声はシャワールームにだけに響き渡る。その言葉を返す者はいないわけだが、そんなことは呟いたイツキ本人が分かっている。イツキは持参したシャンプーを手のひらに出すと、指を立ててやや乱暴に頭を洗い始めた。このように乱暴に洗うと髪が痛むと時々ブランに言われるが、本人的に優しく洗うと洗った気がしないのである。
「…………」
指を動かしながら、ワシャワシャとシャンプーの泡が立つ音しか響かないシャワールーム。まるで世界に1人しかいないとは良く言った物だ、なんて考えながらイツキは思いながら短めに頭を洗うのを終えて、ここまで洗ったならもうリンスとボディーソープも使おうかとイツキは考えたのだか
「……あ、ボディーソープもう無くなっている」
洗面用具を入れた袋に入っていた透明のプラスチックの容器には、底に僅かにボディーソープがあるだけであり、逆さにしてもゆっくりと流動するだけであった。そもそも全て取り出せたとしても体を洗えるだけの量は取れそうに無い。
「確か、バックに替えのやつ持って来てた筈……」
イツキはシャワールームのドアを開けて、濡れた体をタオルで拭き取らないまま居間へと向かった。水が床に滴るが、下はきっちり絨毯が敷かれているので急いで行けば特に問題は無いだろうと考えてのことだった。
バックの前に辿り着いてバックの中を探るが中々見つからず、よくよく考えたら替えのボディーソープの入った容器はバックの横についているポケットに入っていたことを思い出したイツキは、濡れた手で触った為に無意味にお湯をつけてしまったことにため息をついて、バックのチャックは開けたままにして横のポケットからボディーソープを取り出す。
「う、ちょっと寒……」
イツキは自分に付着しているお湯が冷め始めたのを感じてさっさとシャワールームに戻ろうと、これ以上無駄に部屋を汚さないようにお湯が滴った位置を辿るようにシャワールームへと戻る。
実はこの時イツキはこの後起こるアクシデントの原因となることを2つほどしてしまっていた。そのうちの1つに、部屋の戸締りをしていなかったことである。これはイツキはトレーニングでかいた汗を一刻も早く流したかったことと、朝早くから誰かが自分の泊まる部屋に訪れるとは思っていなかったためである。しかもこのホテルの戸締りは普通の鍵で行う為に、外側からでも扉が閉まっているか開いているかのか一目瞭然なのである。
「イツキ。部屋の鍵が開いてい…る……わ………」
突然部屋の扉が開かれた。その瞬間、まず硬直したのはその部屋を借りた主であるイツキ、その後に続くように固まったのは突然の来訪者。
ここでイツキがやらかした2つ目の問題、それは前述した通りイツキは濡れた体をタオルで拭き取っていない為、当然タオルを持っていない。つまり、隠していないのだ。来訪者であるブランの視線は自然とイツキの下に向けられた。
そして2人の間に短い沈黙。そしてほぼ同時に2人は顔を真っ赤にした。ここまでは同一の反応を示したのだが、ブランの方と言えば顔に現れた羞恥の赤はすぐに引き、代わりに現れたのは瞳に浮き上がる怒りの赤であった。
部屋の主であるイツキがそれを見て、もう言い訳しようが逆ギレしようが何を言っても無駄と判断したためか、何故か胸を隠すようなポーズを取ると
「……きゃ、きゃー見ちゃいやー」
鉄拳制裁待ったなし
◇
「……あのねぇ……確かにノックもインターホンも押さずに扉を開けた私にも非はあるわ。だけど、何で誰が来るかもわからないホテルで無防備な姿でいるのよ。ここは自分の家じゃ無いのよ」
「……」
「次から気をつけなさいよ。分かった?」
「……はーい」
「『はい』は短く!」
「……はい」
「……ハァ……それじゃいいわよ正座崩して」
ブランさんに裸を見られてそれはもう朝からキレのいいコークスクリューを食らった後、とりあえずシャワールームで体を洗った後僕を待っていたのはブランさんによる説教だった。男の裸を見たと言う誰得展開に遭遇してしまったのだから怒る気持ちは分かるが、とりあえず裸を見られて恥ずかしかったのは僕なのだから多少は気を遣って欲しかった。……まあ、僕が余計なことを言ってしまったことも含まれるだろうし、仕方ないのかもしれない。
「それで、今日はネプテューヌ達と合流するんでしょ?何時頃に来るかイツキは聞いているの?」
そんなことを考えているとは梅雨知らず、ブランさんは部屋のお茶を淹れながら僕に聞いてきた。何故僕の部屋に来たのか分からなかったが、何かネプテューヌ達と合流するに当たってこの質問を含めて何か聞きたかったと言うことなのだろう。
僕はベットの傍に置いてある携帯電話を掴み、画面を呼び出すと、新着メールが一件届いていた。送り主はアイエフさんと表示されていた。タイトルは無く本文も今日の昼過ぎには到着すると言う素っ気ない内容だった。まあ僕に対してアイエフさんが絵文字ばかりのメールを送ると言うのは僕的にもアイエフさん的にも違和感を感じる。
「今日の昼過ぎにはここに着くって連絡が来てるよ」
「そう。なら、昼過ぎまでは適当に暇を潰して過ごしましょうか。とりあえず朝食を食べに行くわよ。もう朝食の時間だし」
言われて気づいたが、部屋の時計を見ればフロントでチェックインする時に聞かされた朝食の時間だった。普通のホテルよりもやや早いものだの感じたものだ。
既に立ち上がったブランさんを追いかけるように、携帯電話をポケットに突っ込み、財布と部屋の鍵を持つとすぐに部屋を出て、しっかりと鍵を閉めた。
◇
「えーと……確か、この辺が待ち合わせ場所だったと思う」
「……何だか曖昧なんだけど、大丈夫なのイツキ?」
時は飛んで昼過ぎ。リーンボックスの中央公園の噴水エリアで集合と言うメールがアイエフさんから届いたため、僕たちはリーンボックスの中央公園の噴水エリアに来ていた。中央公園と言われるだけあって、その公園は広く、植えられた植物や遊具なども充実していて、昼過ぎということもあり人も多かった。とりあえず僕とブランさんは噴水の水の溜まる淵に腰掛けた。吹き上がる噴水の霧雨状となった水が風に流れて僕たちに降りかかり、雪国から来た僕たちにとって少し暑いと感じていた体を冷やしてくれた。
「多分大丈夫。リーンボックス中央公園の噴水エリアって1つしかなさそうだし」
「……そう、ならいいのだけど……」
……どうもブランさんは落ち着きが無いように見えた。時々髪を弄るようにクルクルしたり、何か小さく呟いたりしていた。
……恐らくこれから会うであろうネプテューヌの事を気にしているのだろう。ネプテューヌは記憶を失っているとは言え、ブランさんがこれから会うのはこれまでずっと戦ってきた宿敵とも言える者だ。僕についてくることによってネプテューヌと会うことは既に離しているし、ブランさんもそれを了承して僕に同行した。だけど、いざもう少しで会うということになると複雑なのだろう。
「……ねぇ、ブランさん」
僕は今もずっとキョロキョロと周りを見回したり、指を合わせたりしているブランさんに話しかけた。
「……あ……な、何イツキ?」
僕の言葉に反応するのが少しばかり遅かった上に、少し声が上ずっていた。
「……ブランさんさ、これからネプテューヌと会うことが複雑と言うか……なんて言うのかな、何か不安なことでもあるんじゃないのかな?」
「……イツキって、そう言うのには妙に鋭いわよね……」
……ちょっと引っかかる言い方だけど、あっていたようだ。ブランさんはそれから噴水に腰掛ける足を組換えて話し始めた。
「そうね……不安と言うより、これは私以外の女神達に対しても言えることなのだけど、私たちは
ブランさんはまた足を組換えて、空を見上げた。この大陸の上に存在する、天界のことを見上げているように見えた。
「大陸の覇権を争う
だからこそ、と区切ってブランさんは空から視線を落として
「互いに譲れない物があって戦ってきた相手に、どう接すればいいのか……そもそも、私自身がずっと戦ってきた敵と同じ場所にいて、自分を抑えてられるのか分からないのよ。こうやって、いざ会おうとすればね」
ブランさんはどこか不安と言うより、困惑しているようだった。
後々ネプテューヌ達に聞いた話なのだが、何でもラスティションでノワールさんと始めて出会ったのはとあるダンジョンで、急に戦いを仕掛けられたらしい。多分ブランさんも、戦いを仕掛けたりはしないだろうし、相手は記憶を失くしているネプテューヌだが、これまで戦ってきた相手と言うことに代わりは無い。そんな相手を見てブランさん自身の中に眠るどうしようもない黒い感情のような物を抑えられるか心配なのだろう。
俯き気味なブランさんに僕は気づけば口を動かしていた。
「……あのさ、僕にはこれまでブランさんが他の女神達とどんな戦いを
「……?」
「ほら、ちょっと喩えの規模が小さすぎるけどさ、喧嘩をしても手を繋いで仲直りって出来るでしょ?それらをする時に必要なことって何だと思う?」
「?わからない……」
「それはね、自分の悪かったことを自分自身で認識し、認めて、それらのことを相手に謝ることさ。お互いにね」
「…………」
ブランさんは黙って僕の言葉に耳を傾けていてくれた。僕は言葉を続ける。
「でも、自分自身で間違っていたことを認めると言うのは意外と難しい。人は自分の間違いを認めたがらないしね。だけど、ブランさんは少なくとも、
「……何と無く、その言葉の意味は分かるけど、どうしても他の女神達のことを、憎悪のような感情を抱きそうなのよ……」
ブランさんはまた空を見上げて、組んだ足を開いていた。僕は当事者では無いからであろうが、少しブランさんは難しく考えすぎに思えた。
「……ブランさんはさ、
「?まあ、そうね」
「そして他の女神達も、自分の守護する女神として戦ってきた」
僕はブランさんの方を見る。ブランさんも僕のことを見つめていた。
「ならさ、ブランさんはルウィーの女神である『ホワイトハート』としてじゃなくて、『ブラン』という1人の少女として接すればいいんじゃないかな?」
幸い、ネプテューヌも『ネプテューヌ』として接してくるだろうしね。なんて付け加えたこの言葉に、ブランさんは1度僕から視線を外して考えるように
「『ホワイトハート』としてではなく、『ブラン』として……女神としてではなく、私として……」
「……難しいかな?」
「……そうね。少なくとも簡単なことではないわ」
だけど、と区切ってブランさんは僕の方へ向き微笑んで
「イツキは、私を励ましてくれたのよね?ありがとう」
「……どういたしまして」
ブランさんのお礼を僕は素直に受け取った。これでネプテューヌと会った時、ある程度緊張がほぐれてくれればいいのだけど……
ブランさんは噴水の淵から立ち上がり、決意するように僕に言った。
「イツキの言う通り、私が私らしく接することができるように、頑張ーーー」
と最後の言葉を言いかけた瞬間、ベチャと言うアニメで聞くような音が聞こえた。その音の音源を探ると、ブランさんの顔にやや溶けた白いアイスクリームが広がっていた。
「あー!?私の15段アイスタワーの12段目のリーンボックス特産リンゴ味が1人でに旅に出たー!?」
そして聞こえてきた忘れようもない声に僕はそちらに視線を向けると、薄紫色の髪にゲームの十字コントローラーの髪留めをし、白と薄紫のパーカーを着た少女が自分の身長よりも高いアイスクリームのタワーを持っていた。そしてその少女、ネプテューヌは僕の視線に気づくと
「あ!お兄ちゃん発見!おーい!おにいちゃーん!」
と、その今にも崩れそうなアイスタワーを持ちながら僕の方へと駆け出した。当然走ったりなんてすればアイスタワーはバランスを崩すわけで、頭頂部3つの色とりどりのアイスクリームは崩れ落ちていく。ベチャベチャベチャ!と音を立ててアイスは落ちた。
……何の因縁か全て硬直中のブランさんに降りかかっていた。
「いやーお兄ちゃん私がいなくても元気してたー?お兄ちゃんはわたしと言うボケがいないとツッコミが出来なくて大変じゃないー?ってねぷっ!!またまたアイスクリームがなくなっている!?しかも今度は3つが家出!?」
ブランさんに全てそのアイスがかかっているが、ネプテューヌは素で気づいていないのか、全く気にしていない。
「ネプテューヌ!とりあえず今は挨拶はいいから逃げーーー」
と言いかけた時には忠告が遅かったようで
「ん?逃げるってお兄ちゃん何かロバッ!?な、何何!?」
ブランさんは自分にひっついているアイスを拭き取らないままネプテューヌの頭を摑んでいた。僕はブランさんの顔に広がっていたアイスが溶けて見えるようになってきたブランさんのその時の表情を見て、いや見てしまった……
「……ネプテューヌ……」
「……えーっと、目が赤くてとっても怖いんだけど、どちら様でしょうかー……?」
「……よーし、決めたぞ。私は私らしくお前に接してやるよ。そう……私らしくなぁ!!」
「ねぷぅぅぅぅぅ!!!!!???」
そして始まるブランさんのお仕置きの蹂躙劇。ネプテューヌの悲鳴がリーンボックス中央公園に響き渡った。
「……ネプテューヌの空気の読めなさは異常」
気づけばそう呟いていた。
テストが近くなって来ました(絶望)