超次元ゲイムネプテューヌ 雪の大地の大罪人   作:アルテマ

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第22話 人の思いは

僕とノワールさんはネプテューヌにプリンを奢る約束をし、あの事故を秘密にしてもらうように頼んだ

 

「……のはいいけど、今なの?」

 

「そう。今奢ってほしいの!さっきの鬼ごっこでたまごプリンとチョコレートプリンも落としちゃったしね」

 

せっかく用意したプリンを落としたと言うのに、上機嫌なネプテューヌ。用意してあったものより高いものを買わなきゃいけないのだろうか?今日のクエストで報酬は貰ってはいるが先のことを考えると懐のことが心配になって来た。

 

「……ま、プリンくらいならいいけどね。とりあえずその辺のコンビニとかで買うの?」

 

「うんそれでいいよ。それじゃ、これまた都合良くすぐ近くにコンビニあるしそこに寄ろうよ」

 

僕たちがネプテューヌを捕まえた場所から大して離れていない場所にコンビニがあったので、そこに移動することにした。

 

都合が良いのはご愛嬌。納得いかない方はネプテューヌがワザとこの辺で捕まったとでも思ってください。

 

「……イツキ?誰に説明してるの?」

 

「僕を含めたご都合主義を信じられない人」

 

 

 

 

 

 

 

「……で、どうして僕らはこんな所にいるんだろ?」

 

イツキたちは泊まっている街から離れた小高い丘に居た。おあつらえむきにあったコンビニでプリンを買った後(因みに全部イツキ持ち。ノワールも払おうとしたが、イツキは女の子に払わせるのは流石に悪いと感じたようだ)ネプテューヌがイツキとノワールさんを無理矢理引っ張って走り出し、ここについたのである。

 

「ふっふーん。お兄ちゃんは知らないと思うけど、プリンって外で食べるともーっと美味しくなるんだよ!」

 

ある程度走った筈なのだが全く疲れを感じさせないその胸の張り方は素直に褒められるものだ。しかし……

 

「行く場所くらいは教えてくれたっていいじゃないか。と言うか走る必要もなかろうに……」

 

「細かいことは気にしない気にしない!」

 

ネプテューヌはイツキたちの前に躍り出て振り返りながら空を指差した。

 

「ほら、夜空も綺麗!」

 

イツキたちは指された指に誘導されて空を見上げた。今は街の街灯は着いていて、少し見えにくくもあるが星々は確かな光を降り注いでいた。

 

「……ほんと。綺麗な夜空」

 

ノワールはその夜空を見て、思わずそうつぶやいていた。

 

「でしょー?この間、一人でたべた時に偶然外に出て気づいたんだ」

 

ネプテューヌはそう言うと丘の坂に腰掛けるように座り、イツキから受け取った、たまごプリンのフタを取り、付属のプラスチックのスプーンで一口掬い口に入れた。

 

「あ……。その、この間はせっかく誘ってくれたのに断って、その……ごめんなさい」

 

「気にしないでよー。私が強引に誘ったのも悪いんだしさ。それに、今日こうやってノワールと一緒にプリン食べられたから。……あ、お兄ちゃんもね」

 

「僕はついでなんだね」

 

「……まったく、あなたって人は……」

 

イツキとノワールもネプテューヌにならって座り、ノワールはチョコレートプリンを、イツキはコーヒープリンを取り出す。

 

3人は夜空の下の丘の上でプリンを食べる。ただ人数と場所が違うだけだが、各々は美味しそうにプリンを食べていた。

 

「……ねぇ、ネプテューヌ。ひとつ、聞いていいかしら」

 

唐突にノワールはチョコレートプリンを食べる手を止め、隣に座るネプテューヌの方に向いた。

 

「なに?預金残高以外だったらなんでもいいよ」

 

ネプテューヌはスプーンに少し残っているプリンの欠片を舐め取りながら、ノワールの方へと向いた。一応話を聞く気はあるようだ。

 

「……もし、もしもよ。あなたが、女神様だったとして、今のラステイションを見てどう思う?」

 

(……もしも?)

 

この言葉に反応し、コーヒープリンを食べる手を一瞬止めたのはイツキだ。どうしても聞きこぼしできない言葉が表れたのだ。

 

(……ネプテューヌには、自分が女神だと言う自覚が無いのか?)

 

疑問符が浮かび上がるが現時点では材料が少なく、推理すらできないイツキはこの後の言葉に耳を澄ませることにした。

 

「大陸と守護女神戦争(ハードせんそう)。あなたなら、どっちを取る?」

 

「んー……わたし難しいことよくわかんないよ。おまけに女神様じゃないし」

 

ネプテューヌはスプーンを咥えながら、上を見上げたりしたりして答えた。まるでいきなり女神と言われても実感が湧いてこないような、そんな反応だった。

 

「……“もし”よ、“もし”」

 

ノワールは“もし”と言う言葉を強調してネプテューヌに質問に答えるように迫っていた。ネプテューヌからして見れば、突飛なことなので“もし”を強調していると感じたが、イツキには、ネプテューヌが女神であることを悟られないような念押しと感じた。

 

ネプテューヌは咥えていたスプーンを口から離し、指先でクルクル回しながら少し考えるような素振りをした。

 

「んー……。わたしなら、困っている人が目の前にいれば、まずは助けてあげたいかな」

 

ネプテューヌはスプーンを弄る手を止めてノワールの方へと向き直る。話し方こそいつも通りだが、言っていることはいつになく真剣だ。

 

「それが、えっと、ハード戦争だっけ?それが駄目だったとしてもわたしが女神様なら助けた人の笑顔があれば、それはそれで満足だもん。あ、あとおやつのプリンね」

 

ネプテューヌは最後にえへへーと笑う。本当に、ネプテューヌにとってはそれで十分なのだろう。

 

「ネプテューヌ……あなた……」

 

「……ん?どったのノワール?」

 

「……いいえ、なんでもないわ。それはそうと、あなたの卵プリンもちょっと美味しそうね。一口くれないかしら?」

 

「いいよ。じゃあノワールのチョコレートプリンも一口頂戴」

 

「えぇ、いいわよ。はい、あーん」

 

「あむ!んーっ!ほんのりビターなチョコがなんとも絶品な味わい!まさに、まいうー!」

 

「もう、あなたばかり美味しい思いをしてズルいじゃない。ほら、私にも。あーん」

 

「はい。あーん」

 

「はむ。んーっ。こっちのプリンも甘くて美味しいわ」

 

「でしょでしょ!1人で2つ食べるより、こうして食べたほうがずーっと美味しいんだよ」

 

「ふふっ、そうね」

 

2人は楽しそうにプリンの食べさせ合いをしていた。ネプテューヌもノワールも、本当に楽しそうだった。

 

「……ねぇ、ネプテューヌ」

 

「ん?」

 

「……ありがと」

 

ノワールは小さく呟いていた。

 

(ラステイションと守護女神戦争(ハードせんそう)。そうよ、答えは最初から決まっているじゃない)

 

ノワールのその瞳にはもう迷いはない。そう、最初から自分の心の中に、答えはあったのだと気づいたのだから。

 

「……あー……コホンコホン」

 

さて、ここで態とらしく咳払いをしたのはここまで完全に空気であった我らがイツキその人である。まあ空気であったのには2人のやりとりに耳を傾け、思案にふけっていたこともあるので自業自得でもあるのだが

 

「はっ!?」

 

「あ、お兄ちゃんいたの?」

 

「ああ、既にいなかった扱いにされていたよ……」

 

馬鹿正直に驚いたのは顔を真っ赤にしているノワール。本当に居たことに素で驚いているようなアクションをするのはネプテューヌだ。

 

「あのさ、別に百合百合するのは構わないけどTPOはキチンと弁えてくれないかな?」

 

「な、ななななななー!?なに言ってんのよイツキ!誰がネプテューヌ何かと百合なんかするのよ!」

 

ノワールはわたわたと両腕を上下に振り、顔を真っ赤にして言い繕うとしていた。

 

「かかか、勘違いしないでよね!これはネプテューヌが、どうしても私のプリンを食べたいって言うから仕方なく交換条件であげたのよ!勘違いしないでよね!」

 

大事なことなので2回言いました。と、アスタリスク付きのテロップがでそうな言い訳をするノワール

 

「ああ、これがツンデレか……初めて見た」

 

典型的すぎる反応を確認したイツキは知識の中にあった『ツンデレ』を引用し、それが目の前の少女に当てはまることを確認し、関心した。

 

「誰がツンデレよ誰が!」

 

これまた典型的な返しをしてほうほうと頷きまたも感心するイツキ。これがギャップ萌えの括りに入るツンデレか、と勝手に理解を深めていた。

 

「えー?そうかなー?私ノワールはツンデレだと思うよ」

 

ここで横槍を入れたのはネプテューヌだ。ノワールの後ろにたっていたネプテューヌは顔こそ真剣だが、ノワールと向き合っているイツキには確かに見えた。

 

(絶対ろくでもないこと考えた顔だよ……)

 

「ネプテューヌまでなに言ってんのよ!?」

 

案の定反応したノワール。振り返ってネプテューヌへと視線を移す。これは確実にネプテューヌの毒牙にかかったとイツキは確信した。

 

「だって、ノワール可愛いじゃん!」

 

「か、かわっ!?ななな、いきなり何言ってんのよ!?可愛いだなんて……」

 

「……って言うと顔真っ赤にして恥ずかしそうにデレるところ〜」

 

「な!?デレてなんかなないわよ!」

 

「……って言うとすぐにツンするところ〜」

 

「何なのよぉおおお!!」

 

完全にネプテューヌの土壇場であるこの状況、ノワールはどう足掻いてもネプテューヌの手中に収まってしまっている。

 

「そ、そうだ!イツキはどうなのよ?イツキは自分が女神だとしたらどう思う?」

 

「え?僕?」

 

何とか話を逸らそうとノワールはネプテューヌにした質問をイツキに振った。とにかくこれ以上ネプテューヌを調子に乗せるのは危険だと判断したようだ。イツキとしてもあまりいじめ過ぎるのも良くないと思い、考えたのだが……

 

「……ノワールさん、その、大変申し上げにくいんだけど……」

 

「え?な、何?もしかして私失礼なこと聞いちゃったの?」

 

イツキの急な萎れ具合にノワールは焦る。もしかして不躾な質問をしてしまったのかと思い、幾ら話題の急な転換とは言え、相手を不快にさせたのなら謝るべきかとノワールは考えたところで

 

「……僕、男なんだ」

 

「……え?」

 

「いや、だから僕男なんだって」

 

「そこ!?萎れてる理由そこなの!?」

 

「え?だってもし女神なら、って聞くってことは僕は女に見えていたのかと思って」

 

「出会った時から男って分かってるわよ!もしもよ!“もし”!」

 

 

イツキの天然ボケにツッコミを入れたことにより若干息切れをしているノワール。これではまだネプテューヌに弄られていた方が楽だったのでは?と考えるノワールだった。

 

「……女神、か……あんまり考えたことなかったな……」

 

イツキは少しネプテューヌたちから視線を外して、丘の上から見える街を見下ろした。

 

(……丘の上から街を見る、か……)

 

なんとなく、なんとなくなのだがあの日のことを思い出した。あの日見た景色とは街の形も、空の色も、大地の明るさも違うが、この丘の上から見た景色はブランが見せた、あの景色と似ているとイツキは感じた。

 

(………)

 

思い出すのはあの忌まわしい記憶。血を血で洗うような凄惨な光景。白い筈の雪が、赤く染まったあの映像。

 

そして何よりも……

 

(……僕は……)

 

「……イツキ?」

 

「……そうだね。国を統治する上では、僕は先に自国の方を取るけど……」

 

「……?取るけど?」

 

ノワールの発せられた問いに、イツキは振り返ってこう答えた。

 

「僕は女神には向いていないよ。少なくとも、今は」

 

そう言ってイツキは笑った。

 

どこまでも、自嘲的な笑みだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まただ。またこの景色だ。

 

どこを見ても赤い赤い、錆び臭ささえ感じられるこの深紅の光景。

 

壁も天井も床さえも、全てが赤で構成されている。

 

自分の夢を見ているはずなのに全く動かせず、僕は手のひらを見つめていた。

 

絵の具を塗りたくったように血がべったりこびりついていた。

 

まあ、特に気にしない。

 

そして勝手に動く僕の体は、手のひらから視線を離すと特に何もせずその場で立ちつくした。

 

それにしても不思議な話だ。自分の夢なのに自分自身で動けないだなんて。夢はあくまで自分の脳内で作られる現象だ。割と思っていたように動くものだとは思っていたが、そんなことはないのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意の違和感。

 

 

 

僕は今、動けずにはいるが、思考をすることは出来るし考えることは出来る。だからこそこんなことを考えているのだが

 

 

 

 

なら、何故僕は手のひらに血がこびりついていることを、本当に何の興味もない様子でいたんだ……?

 

 

 

 

これは……ーーー……まあ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凄くヤバイんじゃあ……?ーーー…別に、気にすることでもない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

また眠れなかった。

 

ノワールさんとネプテューヌ達と別れてすぐにホテルへと戻ると、僕はすぐにベッドに直行した。昨日の悪夢のせいで全く眠れなかったのと、仕事の疲れが一気に押し寄せたのだ。眠りにつけば、またあのハッキリと覚えている凄惨な悪夢を見てしまうとは危惧していたが、睡眠欲の方が結果的に勝ってしまっていたようだ。

 

やはり前みた悪夢と同じ光景の場所に僕は立っていた。だが、そこからどんな内容だったのかがハッキリとしない。

 

それは何か、僕が何か違和感を抱いたような……?

 

「……う、うぅん…?」

 

頭を必死に掻いて、何とか記憶を呼び起こそうとするが、記憶のピースは途中までは組み上げられることは出来ても、残りのピースが見つからずに組み上げられた記憶のパズルは空中分解を引き起こしてしまう。

 

「……無理か……」

 

幾ら組み上げようとしても、どうしてもハッキリとは思い出せず、断片のような物しか浮かばない。

 

ここは諦めよう。確かに何か喉元に引っかかるモヤモヤしたものは気にはなるが、退き際は大事だ。

 

「……少し、外を歩こうかな」

 

今寝れば、モヤモヤは解決出来るかもしれないことは考えたが、あの場所の光景をそう何度も連続して見ようとは思えず、時間つぶしと心に引っかかる違和感を忘れるための抑圧も兼ねて、少しだけ散歩することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の帳が下りる時間、イツキはゆっくりとした足取りで歩道を歩く。

 

何となくイツキは人が居そうな通りを歩いていたが、時間が時間だけに人はまばらであった。

 

「……」

 

別にイツキは人恋しく、夜が怖いから不特定多数の人間が居そうな場所を目指したわけではない。別に歩くことさえできればどこでも良かった。好き好んで暗い路地裏に行こうとは思わないが。

 

イツキは顔を上げ、進行方向をまっすぐ見て歩んではいないが、俯ききりトボトボと歩いているわけでもない。

 

その中間とも言うべき、視線は進行方向の少し先の路面を刺していた。

 

この視線の位置はイツキは無意識のうちに考え事をしている位置なのだ。実際イツキは少し考えにふけっていた。

 

(……血、か……)

 

考えているのは直前まで見ていた筈の悪夢について。その場所の赤く赤く染め上げられた光景。

 

それは果たして何を暗示しているのだろうか。自分の犯した罪の重さか?それとも狂った自分の本性の証と未来への暗示なのだろうか。

 

前者だったのならイツキはそれを受け入れるべきだと考えている。だが後者であったのなら……

 

(……はぁ……どうして気分転換の筈の散歩が気分の悪いものと化しているんだろう……)

 

結局、これではあまり散歩の意味が無いと感じ、イツキはすることもないのでホテルへと引き返そうとしたのだが

 

「お、イツキじゃないか。こんな夜に何してんだ?」

 

「……あ、こんばんはシアンさん。今はちょっとした散歩でもしているところ」

 

イツキの横から声をかけてきたのはシアンだった。手にぶら下げているビニール袋から垣間見える食品の缶詰やインスタント食品から察するに、工場での夜勤のお供たちを調達をしていたのだろう。

 

「散歩ねぇ……この辺歩いたって、あんまり面白いものはないぞ」

 

「いや、僕の場合の散歩は景色を楽しむと言うより、とにかく歩きたかったと言うか……」

 

「ははは!変な奴だな。でももう結構遅い時間だぜ?明日に備えて寝た方がいいんじゃないか?」

 

シアンは夜であるので控えめに笑うが、それでも少しばかり声が響いていた。イツキの言動を楽しんでいるのが分かる。

 

「……眠りたくなくて、散歩してるんだけどね……」

 

イツキは目を伏せ、ついポロっと呟いた。再びイツキの脳にあの悪夢がリフレインする。鉄のような錆び臭さ、粘りつくような感触、そして視界を凌辱する赤。

 

「……イツキ?」

 

気がつけばイツキの伏せた顔を覗き込むような姿をイツキは確認し、ハッとした。

 

「あ、ごめんなさい、何でもないよ。それじゃ、シアンさんおやすみなさい」

 

イツキは口早にそう言うとすぐにその場を離れようとしたが、右腕がその場に引っかかるように動かせなくなった。

 

「……シアンさん?」

 

「イツキ。ちょっとウチまで来いよ」

 

「え?あの、その『ちょっとツラ貸せやコラ』みたいなセリフは一体何?」

 

「まあまあ気にすんな。とにかく来いって」

 

「え?え?」

 

有無を言わさないシアンにイツキは困惑し、ズルズルとシアンに引きづられて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イツキがシアンに連れて来られた場所は、夕方にネプテューヌ達と食事をした食堂の隣、つまりシアンの工場だった。

 

周りにはハンマーや金具、ペンチやらドリルやらが整然と並ばれていて、イツキはそれらを物珍しく見ていた。イツキはその中の手頃な鉄の塊を見つけ、椅子代わりにした。

 

「悪いな。ちょっと埃っぽいけど我慢してくれ。こう言う工場を見るのは初めてか?」

 

「いや、初めてだけど……どうして僕をここに?」

 

そのイツキの質問にシアンは、そう言えば言ってなかったと反省し、作業台に工具などを準備しながら話を始めた。

 

「イツキさ、何か悩みあるだろ?……って、この質問は変か。大小はあるけど、誰にだって1つや2つはあるもんだからな……でも、何と言うかお前の顔を見ると、その辺の変哲もない普通の悩みとは思えないんだよな。多分お前だけの悩みなんだと思う」

 

「……」

 

イツキは無言だったが、自分の散歩をしていた理由の根源のシルエットを掴んだようなシアンの洞察力に驚いていた。一応イツキはイツキなりにあまり表情には出さないようにしていたのだが、漠然とではあるがあっさり見破られたことにイツキは内心舌を巻いていた。

 

そんなイツキの思考を他所に、シアンは暖炉に炭と着火燃料を置き、チャッカマンで火をつけた。

 

「俺にはその悩みが何の悩みなのかは分からないし、話してもらっても確実なアドバイスは出来るとは限らない……けどな、上手く言葉に出来ねぇんだけど、もしかしたら話すだけ話したら、何かある程度気が楽になったりはするんじゃないか?……あ、いや別に話す相手は何も俺じゃなくてもいいんだぞ?」

 

「……」

 

イツキを励ますシアンだったが、イツキはそれについてはどちらかと言うと否定気味だった。元々、自分の問題と決め込んだとのは自分で解決し、他人に迷惑はかけたくないと思う性格故のことだった。

 

(……でも、このアドバイスは自分を心配してのことだ。お礼だけは言っておこう)

 

「ありがとうシアンさん。それは少し考えておくよ」

 

「……そうか」

 

イツキのその返答に、シアンは少し寂しげに反応したが、作業台から少し離れた位置にいるイツキには、その小さな反応は分からなかった。

 

「……なあ、イツキ」

 

「何、シアンさん?」

 

「他人の性格とか、本質とか、そう言う判断する材料の、1番簡単だけど深く出来るものって何だと思う?」

 

「……?」

 

「ちょっと言葉が変だったか。要するに、他人を知り、分かり合えるために必要なことだよ」

 

「……やっぱり、コミュニケーション、とか?」

 

イツキは少し自信なさげに語尾に疑問符をつけた。それには質問の意図がよく分からないのもあるが、イツキ自身考えたことも無いことだったからだ。

 

シアンはそれを聞いてから、少し移動して1つの刀を取り出した。イツキにはそれは見覚えのあるものだった。それもその筈だ。その刀はネプテューヌが今日のクエストで使っていた刀だったからだ。

 

「俺はな、人の本質を知る物は『手』。つまりはその人と『握手』することだと思ってるんだ」

 

シアンは自分の手の平を掲げ、表裏を見つめて言った。その眼差しは真っ直ぐであった。

 

「ほら、初対面の人とかと挨拶したりする時は握手するだろ?逆に仲の良い奴と喧嘩した後の仲直りの時も、握手をする。手にはさ、言葉にしなくても相手に思いを伝えられる以心伝心みたいな力があるんだ」

 

そしてシアンは作業台に置いた刀を持ち、その柄を手に取り滑らかに鞘から取り出す。刀身が暖炉の火に反射し光を放っていた。

 

「それは刀鍛冶だって例外じゃないんだ。思いを胸に……いや、手に込めて作れば、作り手の意思はその刀に伝わり、刀はきっと答えてくれる。刀の強さってのは材料とか、硬さかそんなもので出来ちゃいない。俺は作り手の意思の強さだと思ってる。……それを否定して機械にしか頼らないアヴニールには、負けたくない……って、これはちょっと話が逸れちまったな」

 

「……」

 

イツキは静かにそのシアンの言葉を聞き、自分の右手の手の平を見つめた。蛍光灯が照らす部屋の中、ハッキリとそれを見ることができる。その手の平は傷ひとつ無い、普通の手の平。

 

だがイツキは、自分の手の平にこびりついて離れない赤い血が付着しているようにしか見えなかった。

 

それは過去の呪縛なのか、未来の警告なのかは分からないが、ただ1つイツキには言えることがあった。

 

(……僕は、碌な人間では無いってこと……)

 

自分を嘲るように思うイツキはそこでも少し自嘲気に笑った。

 

「……なぁイツキ」

 

「……?何シアンさん?」

 

思考を遮ったシアンの呼びかけにイツキは問い返す。そこでイツキは気づいたがシアンは真剣な眼差しでイツキを見つめていた。

 

「実はさ、夕方お前のことをアヴニールの関係者じゃないって判断したのは、何もあの観察眼のことだけじゃないんだ」

 

「……え?」

 

「あの時、お前と握手しただろ?その時のお前の手、暖かかったんだ。それがお前の本質を表しているんだと思う。それはアヴニールの奴らとかの冷め切った機械の手とは逆の、優しさに満ち溢れた手だった」

 

それからシアンは少し頭を掻いて、刀を作業台に再び置くと、イツキの元へと近づいて行く

 

「……ちょっと遠回しすぎたな。まあ、何が言いたいかってのはだな、お前が何で悩んでいるかどうあれ……」

 

シアンはイツキの前に立つと、手の平をイツキの頭に置きくしゃりと撫でて

 

 

 

 

「お前は良い奴だよ。俺が保証する」

 

 

 

 

 

それからシアンはイツキの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。無骨な撫で方ではあるが、彼女なりに労わろうとしてのことだ。

 

「……クスッ」

 

「あっ!笑ったな!?そりゃ自分でも結構クサイセリフだとは思うけどよ、笑うこたねーだろ?」

 

「いや、そういう意味の笑いじゃないよ。ありがとうシアンさん」

 

「……おう」

 

イツキにシアンの思いが伝わったのかは分からない。だが、シアンの言ったことが本当で、イツキがシアンの話を信じているのなら、きっと思いは伝わっているのだろう。

 

「ねぇシアンさん。ここにもう少しだけ、いてもいいかな?」

 

「ん?別にそれはいいけどよ、さっきも言ったが見ても面白いものでもないぞ?」

 

「いいの。僕は見ていたいんだ」

 

「……そうか」

 

シアンはそれだけ言うと、作業台に戻り作業を始めた。真剣な眼差しで刀に触れ、暖炉の中に火に刀を入れる。刀身が太陽のように輝き出し、それを見逃さずシアンは刀を取り出しハンマーで打ちつける。

 

カンカンと響く工場の中、無言で集中して作業に没頭するシアンを、イツキは意識が途切れるまでずっとみつめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ブラン「……?」

フィナンシェ「どうしました?ブラン様」

ブラン「……何か、私の存在意義を揺るがすフラグが立ったような……」

※立ってません


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