お腹を何度も蹴られた。足を抓られた。髪を嫌と言う程抜かれた。
どれだけたっても俺のイジメは止まらならなかった。
先生は最初のうちは止めてくれたりしたが、いじめる奴らはしたたかで、一目につかないところでいじめられることが多くなった。
誰も救ってはくれない。こんな事を親に言って心配かけたくなかったから、自分で解決策を考えた。
頭によぎったのは、図書室で読んだ学習漫画の最後のページ。
「……あは、あははは……」
いじめている奴らはギョッとした。そして気味悪がった。
俺のささやかな抵抗、それは笑うことだった。
痛みを快感と感じるようにした。
[
この事が、俺の歯車の齟齬の始まりだった。
「まさかこんな所で、こんなにタイミングよく現れるとはなぁ……運は私に向いているようだ」
突如現れたその魔女は、僕らを一瞥してそう言った
「ブ、ブランさん!大丈夫!?」
ブランさんは身体中が切り裂かれていた。服が所々破れ血が染み付いているそれを見る限り、深い傷もあるはずだ。
「だ、大丈夫だ……心配すんなよイツキ…」
どう聞いたって弱々しく、今にも倒れそうなそんな声だった。ブランさんは僕に心配をさせないように、気丈に振舞おうとしていた。
「……ブランさんに、何でこんな事を…!お前は何者なんだ!」
僕は怒りを感じ、ドスの利いた声で魔女に向き直る。
その魔女は僕の怒りを気にも留めず、変わらない口調で答える
「別に、私とお前達は知らない仲ではないさ……そうだな、分かりやすいようにしてやろう。優しい私に感謝するんだな」
魔女はローブを取り出し、それを被った。その藍色のローブを身につけた姿には見覚えがあった。
「……!あんたは…!」
「……コンベル……サシオン…!テメェ…」
そう。ルウィーの宣教師、コンベルサシオンだった。
「おっと、コンベルサシオンは一応仮の姿なのでな……この姿では……」
そう言葉を区切り、ローブを脱ぎ捨て、さっきまで身につけていた黒い服に、悪趣味なメイクを施した魔女の姿に戻った
「……マジェコンヌ、そう呼んでもらおうか」
コンベルサシオンもとい、マジェコンヌは悪意の込められた笑みを浮かべた。
「コンベルサシオン……いや、マジェコンヌ!私はお前を信用していたんだぞ!」
「当たり前だ。そこにつけ込んだのだからな。信用してもらわなくては困る」
ブランさんの叫びは、すぐに一蹴される。興味もないようなその返しに、ブランさんは歯噛みをした。
そしてマジェコンヌは手に大鎌を装備し、こちらに歩み寄って来た。
「さて、時間も惜しいのでな……ブラン、手早く済ませてやろう」
「……テメェ、私が、目的なのか…」
「そうだ……いや、厳密には目的の1つ、と言えるだろうな」
マジェコンヌはゆっくりとブランさんに近づいていく。
僕のことなんて目にもくれていない。それとも、逃げたければ逃げればいいとでも言っているのだろうか?
ブランさんを見捨てて?出来るはずがない。
だったら僕のすることなんて1つだ。
僕は倒れているブランさんと近づいてくるマジェコンヌとの間に割って入った。
「……イツキ…」
「何だ貴様は。邪魔だ、そこをどけ」
「ブランさんに近づくな!この時代遅れの悪趣味ババア!」
「悪趣味は余計だ!」
「ふーん。じゃあ時代遅れのババアって点は認めるんだ?」
「…貴様!そんなに先に死にたいのならお望み通り殺してやるぞ!」
挑発が功を得て、マジェコンヌの標的は僕になった。
マジェコンヌは鎌を上段で構え、僕に肉迫してきた。その早さは今まで戦ってきたモンスターたちよりも、ずっと速いスピードだった。
だけど…
「見える!」
「何!?」
僕は振り下ろされた鎌を避けると、避けられたことに驚いていたマジェコンヌに肘打ちを当てる。
「クッ!」
前屈みになったマジェコンヌに追撃を加えようと足払いをかけようとするが、マジェコンヌは素早く立ち直り、足払いを避けて僕と距離をとった。
「成る程……白の女神の補佐を任命されるだけの実力はあるようだな……正直見くびっていたよ」
「それはどうも。そっちこそ、年増のくせに中々できるね」
「…その減らず口もすぐに開けられないようにしてやるぞ」
マジェコンヌが動き出した瞬間僕も飛び出した。僕がマジェコンヌの鎌の間合いに入った途端、横薙ぎに振るわれた鎌の刃が、僕を捉えようとする。それをしゃがんで避け、反撃しようとしたが
「甘い!」
「ガッ!」
マジェコンヌの蹴りが僕の顔に直撃した。堪らず地面を転がり、何とか体勢を立て直すが、そこに鎌の追撃が来る。
「死ね!」
「クッ!」
振り下ろされた鎌をどうにか避ける。が、体勢の立て直しが不安定だったために、浅くだが胸のあたりを斬りつけられて、傷を負ってしまう。
「……グッ」
胸のあたりを触り、手のひらを見ると確かに赤い血が張り付いていた。
「……ほう、その様子では、殺し合いの場には立ったようがないようだな」
その様子を見てマジェコンヌはニヤついた笑みをこぼした。その笑みの中でも確かな殺意をハッキリと感じた
改めて認識した。今自分は、
「来ないのならこちらから行くぞ!」
詰め寄るマジェコンヌの鎌を僕は避け、隙を伺った。さっきまでの攻防で分かったが、鎌と言う武器の特性故か、マジェコンヌは大ぶりな攻撃しかしてこない。冷静であれば避けることは難しくはなかった。
そしてマジェコンヌは僕に足払いを掛け、決定的な隙を生み出そうと画策し、蹴りが足元に来た瞬間、僕は逆にマジェコンヌの蹴りを掴み取り、思いっきり上空に投げ飛ばした。
「なっ!?」
驚愕するマジェコンヌだが、もう空中では身動き出来ない。
「だぁぁぁぁぁりゃぁぁぁぁ!!」
落ちてきたタイミングを狙い、渾身のストレートパンチをお見舞いする。
「グァァァァァ!」
確かにマジェコンヌの身体を捉えたそのストレートの威力は、中々効果を与えられたようで、マジェコンヌは叫び声を上げながら地面をバウンドしながら吹き飛んでいった。
「……これで、少しは効いただろ」
この程度であの魔女がやられるとは思えない。すぐに立ち上がり襲ってくるだろう。そしてその予想を裏切らない爆音が響いた。
「調子に乗るなよ貴様ァァァァァァ!!」
怒り心頭で突っ込んでくるマジェコンヌ。だが冷静さを先程よりも欠けているようで、大ぶりに鎌を構えていた。
横薙ぎの鎌の持ち手の部分に添えるように左手で触れ、軌道を上にズラし、捻るように左手でマジェコンヌの腕を掴み、重心を前にするような感覚で投げ飛ばした。
追撃を加えるように膝蹴りを入れるが、一度鎌を置いたマジェコンヌのクロスガードに阻まれ、足を掴まれてしまう。
「なめるな!」
「ぐあっ!」
そのまま地面に叩きつけられた。雪がクッションになっていたために大した衝撃は来なかったが、呻いてしまう。
立ち上がったマジェコンヌは手元の鎌を拾い、僕の首を狙い振り下ろす。首元を切断せんと刃が、断頭台の如く落ちてくる。
「このっ!」
とっさの判断で鎌の柄の部分を蹴り、その勢いのまま鎌を押し返す。
体勢を崩したマジェコンヌ。その隙に立ち上がり、マジェコンヌの元へと突っ込む。
僕が突進してきた事に気づき、反撃をしようと鎌を横に構え振るう。
僕はその鎌の刃を避けるように左手を通し、裏拳をマジェコンヌの顔面に突き刺す。
それだけでマジェコンヌは横に吹き飛んでいった。
「……?」
その様子を僕は妙に感じ、
今僕は裏拳は牽制程度にしか入れていないため、それ程力が入っていない。だがマジェコンヌは確かに裏拳が刺さった瞬間横に飛んでいった。
受け身をしたのかと考えたが、それにしては不自然と感じるオーバーアクションだ。
そして吹き飛んでいった張本人は
「……クククク……ハハハハハ!アーッハッハッハッハッ!!」
僕に殴られ傷つき、吹き飛ばされた時に巻き込んだ雪のせいで服が泥だらけな状況にも関わらず笑い声をあげていた。
まるで自分の勝利を確信したかのように
「……何を笑っているんだ?」
「いやなに、お前の実力を最後まで見誤っていたのでな……それを謝罪しよう……確かに、お前は
「……今の?それは何?あんたは何か力を隠していているもでも言うの?」
「何も力は隠していないさ……今の今までお前とは割と本気で戦っていたよ…」
「……じゃあなんで、あんたはこの状況で笑っているんだ…」
自分で僕より弱いなんて認めておきながら、目の前の魔女はニヤニヤと笑っていた。
「そうだな……お前にヒントをやろう。ヒントは私の目的と今のお前と私のいる位置だ」
そう言われ、数秒の思考ラグが生じ、気づいた時にはもう遅かった。
「!!しまった!!」
急いでマジェコンヌに突進し、止めようとするが、既にマジェコンヌは走り出していた。
どうして、こんなミスを!!最悪だ!!
相手の目的は、僕なんかじゃない!!
ブランさんなんだ!!
「……!きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ブランさんの目の前に現れたマジェコンヌは、青紫の光をブランさんに照射した。
叫び声をあげ、苦しむブランさん。その姿はあまりにも痛ましかった。
「ブランさんから離れろォォォ!」
咆哮をあげ、マジェコンヌに突っ込むが、振るわれた拳は空を切り、前のめりになる
倒れそうになるのを何とか踏ん張り、辺りを見回す。しかしマジェコンヌの姿は見つけられない
「う……」
「ぶ、ブランさん!」
「大丈夫だイツキ……今のでは大した怪我を負っちゃいねぇよ……けど」
「け、けど?」
言葉を区切り、続こうとするブランさんの言葉に耳を傾けるが
「アーッハッハッハッハッ!遂に、遂に私の悲願の第一歩だ!」
あの笑い声が後方から響き、振り返った。マジェコンヌは笑い声をを上げていた。
さっきの笑い声が、勝利を確信したか笑いだったのなら、さながら今は勝利宣言をしているような笑いだった。
「マジェコンヌ!今ブランさんに何をした!」
その問いにマジェコンヌは笑い声を抑えていき、それでもまだ愉快そうに答えた
「焦るなよ……そうだな、お前には大サービスで私の
ニヤニヤと、愉快そうで、楽しそうなその笑みを崩さないマジェコンヌに薄気味悪さを感じた。
そしてマジェコンヌは言葉を口にする。
「……え?」
その言葉を聞き、耳を疑ってしまった。だって、その言葉は……
「プロセッサユニット、装着」
光がマジェコンヌを包んだ。そして光はだんだん弱まり、その姿を目に入れることができた。
そっくりなんてもんじゃない。
その姿はブランさんが変身した姿、[ホワイトハート]そのものだった。
「さて、こちら側の準備は出来た。早速私と踊ろうではないか」
そのホワイトハートの姿をした、マジェコンヌの歪んだ笑顔に、背筋が凍った