雪の中からこんにちは、飼い主さん!   作:ものもらい

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15.好きな人の為なら頑張ります!

 

 

 

―――何を思ったのか、夜は咲の手から人間になれる(らしい)花の種を、ぱくっとごくっと胃に流した。……ちなみに、その時の顔は(´・ω・`)である。

 

 

美味しいとでも思ったのかと叱る声は何処かに吹っ飛んで、咲は何も無い手のひらをワナワナと震わせ、すり寄る兎にされるがままにもきゅもきゅされていた。

 

 

(……おい―――おいっ!どうすんだこれ、どうすんだこれ!?)

 

 

植えるどころかまず吐かせることから始まるのか。あんな性質の悪そうな自称神がくれる物なんて、碌な顛末を向かえないものだなとか、とにもかくにも咲の思考は滅茶苦茶だ。

 

しかも飲み込む―――体内で毒にでも変じてしまったら―――ああ駄目だ、これ以上考えるのも恐ろしい。

 

 

「よ…夜、…具合は悪くないか…?」

「(´,,・ω・,,`)」

「ああうん、好調なようで安心した………と言うと思ったか馬鹿!何で種を食うんだお前は!植物だったら何でもいいのか!?今までもそうしてきたのか!?」

「(´・ω・`)」

「訳分からん時に種を見せた俺だって悪い!悪いけどな、何で食うんだ。俺は前から言ってただろ、種は食い物じゃないから畑にやれって!俺が手を付けない物には手を付けるなって言っただろうが!」

「(´;ω; `)」

「泣くな!俺が泣きたいわ―――これで、やっとお前と一緒になれるって思ったんだぞ!舞い上がってたんだぞ!……くそっ」

「(´;ω; `)」

「…………」

「(´;ω; `)」

「………もういい。…怒り過ぎた、ごめん」

 

 

のほほんとした顔に苛ついて怒鳴れば、言葉の分からない夜は大きな瞳から涙をポロポロと零す。

 

ごめんね、ごめんねと咲の足に額を擦り付ける夜を見ていたら何だか怒る気も失せて、咲は抱きついて荒れた心と泣きそうな目を宥めた。

 

 

―――今、誰よりも不安だろう夜の前で、……いいや、夜を守る立場の人間が、こんな事で泣いていられない。

 

 

(あとで無理矢理吐かせるか。消化される前に何とかしないと…)

 

 

夜には苦しい思いをさせるが、しょうがない。我慢して貰おうとしょんぼり垂れた夜の耳を優しく擦る。

 

夜がオドオドと顔を上げ、咲がポンポンと頭を撫でると、……いや、撫でて数秒。またも辺りが暗くなる。

 

「…まさか、またモンスターとかじゃ―――」

 

 

 

―――正解です。

 

 

……と、言わんばかりに「どぉぉぉぉぉぉぉんんん」と夜よりも大きな音を立てて、二匹の獣が堅い雪に身体を突っ込む。

 

バチバチと鳴る雷に、咲が提げた太刀を抜く―――が、二匹の獣は小さな咲よりも目の前の相手にしか気が入っておらず、何をゴングにしたのかほとんど同時に相手に殴りかかった。

 

 

『―――ハンッ馬刺し女、アンタはこの程度なのぉん!?神獣ww様wwなんでしょwww』

『うるさいわよ卑猥な顔した失敗作が!私の雷で整形して差し上げましょうか!?』

『誰が卑猥じゃぁぁぁぁぁ!!ぷりちーきゅーとでしょうぉぉがぁぁぁ!!』

『アンタ達を狩る人間はみんな思ってるわよ!この…変態がッ』

 

 

お互い吠えて(咲には会話の内容は分からないが)は殴り付けるその乱闘は、女の醜い戦いを想像させるものだった。

 

荒々しい獣とグロテスクな獣が気付かぬうちにと、咲は静かに太刀から手を離し、夜の方へ振り返る。

 

 

「―――夜、…夜。静かに動けるか?」

「(´;ω; `)?」

「おま…もっふもふだな!?」

 

 

怯えてしまったのか―――元々もふもふしていた毛をもっふもふに、毛玉のように丸まって動かない夜に、咲は一瞬めちゃくちゃにもしゃもしゃしたくなったが、……我慢する。

 

なるべくもふもふを意識しないようにそのふかふかの頬をぺしぺしと叩き、向こうのエリアへと指を指す―――毛玉兎は数秒きょとんとした後、のっそのっそと指示通りに動きだした。

 

 

「静かにな。静かに…」

 

 

かつて、夜が狩りを初めて数カ月目にリオレウスと遭遇した時のように、咲がモンスターの動きを見、夜が恐る恐る後退した。

 

度々二匹の暴走を心配そうに振り返る夜だが、咲の身も危ない事に気付いたのか逃げる歩みを速める。

 

 

あと少し、という所で咲も静かに下がり―――ドンっと夜の尻にぶつかった。

 

 

「おいっどうした…?」

「……」

「夜?」

「……ッ…」

「夜!?」

 

 

痛みに耐えるようにぐっと丸まり、ぷるぷるどころかぶるぶると震え、……夜はそこから一歩も動かない。

 

苦しそうな「きゅ。きゅっ」という弱弱しい声だけが聞こえて、咲は荷物の中の解毒薬で効くだろうかと焦りながら(夜の為にと入れた食料やらの中から)目当てのモノを引っ張り出す。

 

蓋を開けて夜の口に付けようと腕を伸ばせば、毛並みの良いそれに触れる事も無く―――夜はどすん、と横に倒れた。

 

「よ、よる…っ」

 

 

小刻みに震える夜に何とか解毒薬を飲ませようとしても、夜は珍しく暴れて嫌がる。

 

 

(……こんな所で夜を失う訳には……!)

 

 

いかない、と意気込んで、咲は無理矢理夜の口を開けた。

 

夜は前足をじたばたさせるが、決して咲の手に噛みつこうとはしなかった。ただ嫌だ嫌だと顔を振り、前足をじたばたと暴れるだけ。

 

赤子のような嫌がり方が逆に咲の涙を誘うも、咲は心を鬼にして解毒薬を流した。

 

 

「大丈夫、身体に、悪いもの、じゃ、ない。…苦いのは、我慢しろっ」

 

 

咽て戻そうとする口を身体を使って閉じ、夜がぐったりと暴れるのをやめてから身体を離す。

 

ぐったりとしてるが視線を合わせる事は出来るようで、咲は少し安心した―――ほっと息を吐く前の事だった。

 

 

 

―――バチバチバチと。雷が咲の背後で鳴り、喉を引き攣らせた咲は夜から離れて横に転がる。

 

雷は倒れる夜では無く咲だけを狙い、しつこくその身を貫こうと雷の柱を立たせた。

 

 

(…チッ。この馬と戦ってたフルフルは―――)

 

 

ゆっくりと鞘から太刀を引き抜いて辺りを見れば、フルフルは頭を岩に突っ込んで沈黙を保っている。

 

目の前のキリンは乱闘のせいかフーフーと息荒く、所々血だらけだ。……まったくキリンを倒す道具が無いが、地味に突けば倒せるかもしれない。

 

幸い、夜には興味すら持っていないようだし―――咲はそれだけ分かればもう十分と、落雷の合間を縫ってキリンに斬りかかった。

 

 

咲はキリンを狩ったのは昔。それも二回だけしか無い。避け方も直感だ。

 

(……確か、このお綺麗な角を折ればいいんだろ…!)

 

 

―――転がりざまに角を斬りつけて、不意を狙って迫るキリンに雪の塊をぶつけて。

怯んだキリンの喉元を鞘で横殴りにし、下から輝く角を穿った。

 

 

(フルフルのおかげでだいぶ弱ってるな…)

 

 

パラッと角の欠片が散るのを見たキリンは甲高く吠えると、前足を高く上げ、その蹄で咲の頭をカチ割らんと振り下ろす。

 

「―――やべ、そろそろ研がないと…」

 

難無く避けた咲に苛立ちの声を上げるキリンから一旦大きく距離を開けて、ポーチから砥石を取り出すと雷を避け、数秒で研ぐ―――光る刃を握り直し、キリンに身構えた―――

 

 

『こんんのぉぉぉぉクソガキゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

「…ッうるさ…!」

 

 

咲には分からない獣の言葉で、フルフルは勢いよく岩から顔を引き抜く。

 

耳に手を当てながら倒れる夜の方を見遣れば、まだ震えはあるものの、蹲るように少しずつ起き上がっている。

 

(そのまま向こうのエリアに行ってくれれば―――)

 

 

だが良くも悪くも優しい夜が、自分を見捨てるような真似が出来るかと言われると……それに、この二匹の興奮状態によっては動かない方がいいかもしれない。

 

 

―――咲はフルフルの方から夜の方へ視線を向けるキリンに思いっきり雪玉をぶつけると、案の定キレたキリンから太刀を仕舞って逃げる。

 

キリンは苛立たしげな声を上げて雷を飛ばすが、咲の身のこなしに負けたのか疲れに負けたのか、雷の命中率が下がっている―――フルフルからもだいぶ離れたし。……何となくフルフルに目を向けた時だった。

 

 

(真っ白―――いや、これは……!)

 

 

 

――――最悪な事に、フルフルが雷を乱発していた。

 

それも怒りのあまりに常のストッパーが外れたのか、届かないだろう距離にまで雷を飛ばしている。

 

咲もキリンもこれを同時に受けたが、転がって痺れて動けない咲に対し、キリンはよろめいた後に高く吠えた。

 

 

手から離れた太刀に手を伸ばす頃には、キリンの痛めつけられた角は青く輝き。

 

誇りだっただろう美しい角を傷つけた人間に、動けない内に痛めつけてやると、雷を、落とす―――

 

 

 

 

 

 

ずざざざざざざざざざッ。

 

ドンッ

 

 

「なっ―――!?」

 

 

凶暴性を隠さぬキリンをふっ飛ばし、咲目掛けて突っ込んで来た、『彼女』。

 

吹っ飛ぶ咲の目の前で、雷に打たれて。そのまま横に転がって。小さく口を動かしたかと思えば、耐え切れずに血を吐いていた……。

 

 

 

「よ、夜ッ夜―――!」

 

 

無様に転び、這いずりながら、咲は重症の夜に近づいた。抱きしめた。脈は―――あった。

 

「きゅう」とも鳴けないで、夜はボロボロになりながら、咲にすり寄った。首筋に鼻を押し当て、ふすふすと彼の匂いを嗅いだ………多分、もう、目が見えて、なかった。

 

 

咲は健気で馬鹿で愚直で、そんな夜にどう反応すればいいのか分からなくて。身体が芯から凍って、「夜の前で弱い姿を晒さない」と決めた事も忘れて、涙で雪を溶かしながら血が溢れる夜に抱きついた。抱きつくくらいしか何も考えられなかった。

 

 

(……待って、くれ)

 

 

母親に縋りつく子供のように。解毒薬を嫌がった夜のように。全てを無くした女のように。ふるふると頭をふって、ガンガンと殴り付けるように痛い頭を夜に擦り付けた。

 

 

(あと少しで、俺は)

 

 

手に落ちた涙を舐めていた夜の頭が、だんだん力無く落ちていって。

 

 

(やっと、もう―――)

 

 

何て言おうとしたのか分からない。「何か」を夜に伝えたかった咲の口は、二匹の雷獣による極限の雷に飲まれて、何処かに溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

一途な女の子に恋したら、雷に引き裂かれたお話でした。

 

 


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