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千冬は息をのんだ気がついたら自分は宇宙にいて。なんだか行ったこともないのにここは宇宙だと認識していた。
ぼーっとしているだけで飲み込まれそうな黒。地からは点々としか見えなかった恒星もここではうじゃうじゃと、ISのスーパーセンサーの力もあるのだがくっきりと見えた。
涙が出そうになるほどきれいで、ISがなければ涙が出そうになるほど無力感が襲ってくる。厳しくも美しい世界に千冬は身を委ねていた。
自分をここに連れてきた元凶を探そうと意識を張り巡らせたそして見つかった。というか、すぐに見つかった。
「うああああああああああああああッ!!」
ひどく、悲しい慟哭している康一。人目がないこの世界で康一は泣いていた、こんな世界じゃないととてもじゃないけど泣けないといわんばかりに。
「……………おい、相澤」
「その名で呼ぶな!」
涙を流しながら、康一は、『康一』は言った。
「私たちは一人の純粋な気持ちすら奇麗なままにしておけない欠陥品だ!無限の成層圏など語るに値しない!!ただただ引きこもり少女の部屋の片隅に置いておく鉄くずでいればよかったんだ!!!」
「……………。」
「なあ!織斑千冬!私がひき起こしたのは自壊なんて生易しいもんじゃない、脳の崩壊だ!。」
その言葉は、ひとつ思い浮かんだことがあった、キメラ計画だ。その言葉は千冬も知っていたのだ。
康一は息を吸って吐いて吸って言った。
「死んだよ、相澤康一を構成した脳、その髄に至るまで思考するその細胞は焼き切れた。」
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「止めろ!止めろやめろやめてくれ!」
制止の声は届かない。自分の身を引き裂かれるようなその所業に恐怖し、そしてISとして物としてその任務を遂行されていく。
ダメだった。
どれだけ手をのばして、相澤康一を求めても彼はもういなくなった。そして聞こえる、聞こえるはずのない、本来なら奇跡を使っても起し得ることのないその声が。
「俺はお前らなんか大っ嫌いだ、俺の人生をめちゃくちゃにしてくれやがって。」
「出会ってからなにもいいことがない、この厄病神め!」
「根本からお前が居ること自体が間違っていたんだ、お前なんて生まれて来なければ良かった!」
「畜生……………お前となんか出会わなければ良かった」
手ひどい裏切りと共に、ふと頬を触れるような気軽さで
ISは脳のリソースを多量に使う、一人ひとつで十分だしそれ以上使っても意味がないから使わなかっただけなのだが。
もし、ISをその素体のまま大量に展開できるとするならば、話は別だ。ISのデータとりをパソコンのように説明したことがあるがそれに準じるならパソコンのアプリケーションを大量に同時起動させたようなものだ。当然クラッシュする。
ふわふわと、ふわふわと自分が浮いているような感覚。
後悔と懺悔と。
自分が自分でなくなるような。
自己嫌悪。
ふわふわしているのは宇宙空間だからだと言えない、いえるわけがない。
自分がいなければ、自分さえいなければ。
まずは悲しみ。生命活動すら放棄した肉の空の中に入って、愛した人の最後を悲しんだ。
次に憎しみ。対象は世界、親、そして自分、9割ほどは自分への憎しみだったが、それでも何かにぶつけないとやってられなかった。
今度は執念。康一を直そうとあがいた。そしてすぐに諦観と絶望に代わる。
◆ ◆ ◆
「お前は!!…………相澤はお前という存在がいるからこそこの方法をとったんじゃないのか!?」
「できるわけないだろ!!脳の修復なんざ!他人の脳なら物理的に壊れているなら幾らでも直してやるさ!だがな、そもそもがぶっ壊れていたのなら話は別だ!」
涙を流しながら、感情をぶつけながら。千冬が放つ残酷な問いを自棄になりながら答えた。
「今はもう、こいつに成り変ってこの肉体を崩壊させないようにするのが精いっぱいだ。私だって海の中にようやく足がつくような場所にいるんだ。こうやってしゃべれることが奇跡に近い。」
「だが!」
「無理なものは無理だ、康一と言うキャンパスに書かれてある絵に少し絵具をぬるのが私たちだ、それをあんなに絵具をぶちまけるたらもう康一はいなくなってしまう。」
全てにもう失望したように、エネは千冬を見て「鈴、オルコットは解放する。」千冬が康一を世界が康一を殺すに足る理由を殺した。
「……………あいつは、何がしたかったんだ?」
「知らないよ、別れ際には暴言を吐いて逝った。世界と私に恨みでも持っていたんじゃないかね。」
エネは乾いた瞳でそう言った。千冬はその顔をよく見たことがある、自分たち姉弟が親に捨てられた時のことで世界に絶望している目だったからだ。
その眼に射竦められた訳ではないが喉がひっつく程に次の言葉を躊躇わせた。だが、千冬は本来の仕事を思い出した。
「相澤康一、貴様を連行する。」
「今だけでいい、エネって呼んでくれないか?その名をあまり聞かせないでくれ……………。」
もうすでに、打ちのめされすぎて何も起こす気力がなく。一筋の涙を冷たく美しくそして物悲しい宇宙空間に残して、彼女たちは地上へと堕ちて行った。