「壊滅か…………」
そこは葬式場…………ではなくIS学園の一室、そこにいた織斑千冬はそういった。ふと兎耳がゆらりと揺れて前に立った。
「ちーちゃん」
「なんだ?お前の子飼いの狐を自慢しに来たのか?」
「いや、あんな屑を子飼いにしていたら身の内まで食いつくされちゃうよ」
千冬はクククと笑い、そうだなと呟いた。呟くしかないのだ、いっぱい食わされ狐に化かされた者として、今度は眉に唾をつけようとして足元をすくわれるのが関の山だ。
「フォックスマン」
「どうした?」
「あの屑のコードネーム。キツネ男、あとは化け狐。」
「…………あいつにお似合いじゃないか」
友人として、それだけ聞けたらよかった。そして、彼女の予感か彼女の戦闘者としての第六感かは分からないが織斑千冬は振り向いた。その男はぺこりと会釈をしてこういった。
「おほめにあずかり光栄です。久し振りですね。」
在学していた時から変わらぬ笑顔、その裏に何があるのかは全く見えてこなかったそれは、今では薄気味悪さしか感じない。
「そうだな、まさかこんなにも早く私が動ける状態になるとは思わなかったぞ。」
ちょうど今だった、彼が攻め入るそのすきはこの瞬間しかなかった。織斑千冬は自身の戦闘力の高さから各国政府から戦闘禁止命令を下され、その身が危機に危ぶまれようと戦えなかった。ただの一つの例外は、IS学園の防衛と称し出陣するくらいだ。そこまでの危険人物と認識されながらも臨時の戦闘指揮権を持っている。それが相澤康一対策本部に指揮権が移ってしまうこの一瞬。まるで息を吐ききった一瞬、それか息を吸いきった一瞬をとらえる様な人の組織としての弱点が露呈する瞬間しかなかった。
「もう敬語はいいか?」
「私の生徒じゃない、好きにしろ。」
「ISをくれ、あんたとやるのは骨が折れる」
心からの本心だったが、俺の心なんざ路傍の石ころにも劣る。けれども、彼女とは腹を割って話さないといけないような気がしたのだ。
「相澤直接聞いてみたかったが、何でそんなことをする?武力としてこんなにも不安定な物を集めて何がしたいんだ。」
「開発者隣にいるのにまあなんたる言葉だ。そして分かってるじゃないか、武力として不安定だからこそ、こうやって集めている。だって、武力じゃない不器用な機械の心に突き動かされただけなんだから。」
「……………」
「俺の行動に篠ノ之束は関係ない、そこだけは安心してくれ。結局のところモノが望まぬ歪んだ認識によってISは人を傷つけ過ぎたんだよ、例えるならいたいけな女に強制スプラッタショーだ、数年間働いてきたんだ少しの休暇ぐらいは取ってやるべきだ。」
「…………それはISの深層自我だお前はそれを知っていたのか?」
「自己紹介してくれたよ、私はISの女王だってね」
「どうも、お初にお目にかかります私たちの憎むべき最たるものよ、私はISの女王ことエネだ。」
「…………束。」
「…………ちーちゃんそれ以上いけない。」
突然虚空から出てきたエネに驚くことなく千冬は束に目で牽制した。
「ぶっちゃけ、私個人ではISがどうなろうが知ったこっちゃない。」
「マジでか。」
「が、IS全体の意志として空に行きたいっていうのは本当だ。なぁ、初期開発者お前ならもうわかるだろ?こっちもいい加減にこの茶番も終わりにしたいんだ。」
「そうか、いや、この
そこで、いったん言葉をきった。伏せた目をまっすぐに康一に向けた。
「そのお前は、いったいそれを使ってどれほどの人を傷つけたんだ?」
「それは、仕方なかったといえないくらいの。俺の罪だ、だからこれが終わったら俺という負は完全に断ち切る。方法はわからないけど、手探りで探していくさ。」
「その時点で、お前にISを語る資格は無い!」
「確かにこの俺に何がわかるか?何もわかってはいないし俺が何かを知っているのはご法度だ、けどやるしかない最初に罪を背負った者が、ISを収束させる必要がある。」
口に堰していたダムが一気に決壊したように俺はまくし立てた。人の気持ちを踏みにじり続けていた俺に自分の気持ちを理解しようとしてくれと声を上げること自体が間違っていたというのに、俺は言葉を投げていた。
それは伝わらないのは当たり前だった、けど何とかして最後のISだけは、最後のISぐらいは、戦わずに都合のいい大団円を夢見てもいいじゃないか。と高望みをしていたらしい。
「黙れ」
武力としてのISが展開された。もちろん織斑千冬のそれがだ。見たところ黒金の塊、けどその中にどれだけの技術が詰め込まれているかわからない。一刀のもとに両断されそうな空気をまとったそれをさっきと一緒に俺にぶつけてくれた。
「どこまで行ったって俺にできるのは悪役だ。」
蒼衣と言ったらかっこいいだろうが、そんな高貴なもんじゃない。青いジャージ今の俺の姿を現すならそれで十分だ、そしてなよなよしいでかい刀、織斑千冬は重厚そうな刀を持って俺に対峙していた。
「どこまで行ったって私に出来るのは刀を振ることしかできない。」
オウム返しのように千冬がしゃべった。
「だから、俺は悪いことをしてやりたいことをするしかなかったんだ」
「だから、私は悪の道を正すように生きていくしかない。」
オウム返しのように、いや、二人ともオウムのように何かの足跡をたどっているだけに過ぎないのか。それは俺には分からなかった。
「行くぞ!休暇前の最後の残業だ!」
俺だけ声を上げて向かっていた。
◆ ◆ ◆
「やっぱそうだよね」
俺は肩で息をしていた、始まって10分もしかしたら俺が織斑千冬相手に一番長く立っていられた人間じゃないだろうか?
「相性が悪すぎる。」
「なんだ泣きごとか?」
一夏と箒はエネとして相性が悪い相手であるなら、もうこれは俺本来から相性が悪い相手だと思う。
「うるせえ!」
どちらも一撃必殺。千冬は零落白夜を惜しみなく使い、康一はエネの力を十分に使っている。だが、エネの力にはラグがあるため元々戦闘用ではないデメリットが生まれてくる。鍔迫り合いに持ち込めるのであればエネの力を使えると思うのだが、そこはもう開示してある情報だ、千冬は一撃離脱を繰り返しその一撃は必殺で結果的に防戦一方となる。
俺は無手になる。脚を開き手は大きく広げ腰を落とす。そして近づき振り下ろす所を迎え撃つ康一はヒットの瞬間だけ刀を顕現させてまた無手に、そしてあいた手にまた顕現させてすかさず攻撃するが逃げられる。
その繰り返し。千冬もそれと似たような攻撃をする、なぜなら零落白夜は燃費が悪いヒットするその瞬間に発動そして逃げる。
「じり貧かよ」
「いやもう終わりだ。」
瞬く間に俺に距離を詰めた、相手はISに乗り俺はISこそ纏っているものの、背が足りないつまり小さい相手には上から下の攻撃しかないと思っていた。
「空振り……!?」
俺と同じことをしやがった刀を引っ込めて空振りさせ俺の足もとに突き刺し、地面ごと俺をひっくり返し、スケールの差で俺を超えやがった。そして、最初の悪手は悪循環を引き起こした。転移してしまった。
「クッ!?」
何度も何度もやってきた反射的な行動だが、やはり実に手の内をさらしすぎた。転移する時には確実に背後を取るのだが裏を返せば背後にしか転移しないということだ。当然対処はしやすく背後から攻撃しようとした俺を振り向きざまに切りつけた。
「グッ?ガァ!?」
手加減していた事がわかった、何せ俺の腕だけ切り抜けて蹴り飛ばした。何度やられたかわからない人体切断、なれないなこの痛みには。なれるわけがない頭が狂いそうな痛みが俺の脳髄を刺激してショックをカットしようと興奮物質がでろでろと流れ出している。
全部の骨は軋み悲鳴を上げ、脳はもう立てないと泣き言を言う。それでも、それでもすべてのISを空に送りたかった、勝てる、いや、否定。空に打ち上げる事だけを考える。痛みで容量が少なくなって回転が速まっている脳にはろくでもなく、そして外道な方法が浮かんでくるにはそう時間はかからず。
「おい、もうこれ以上はやめろ!」
エネはその時間では康一の思考を止めることはできなかった。
エネ、IS、女王、亡霊、科学、研究、ランドル、研究、研究、さらった記憶を掘り起こし強制的な走馬灯が俺の頭の中を支配する。『キメラ計画』掘り起こしたのは。
「…………。」
たった、康一がたった。なぜ?と問われれば、何で?と返すように。立てない訳がないと言うかの様に。
切られていない右手を差し出した。
「俺の人生は、たぶん、この一瞬のために。この仁義のためにあった。」
激しい戦闘の後とは思えないぐらいの優しげな声。
「俺の前には何もない。」
「俺の後ろにも何もない。」
「隣を見ればすすだらけ。」
右手は大きな釘のような物体を持っていた
「道程何ぞありはしない、ならば掛け金は自分だけ。」
「全てを賭ける。」
釘の先端を自分の心臓に向け。
「ワン」
「オフ」
「アビリティー」
奇妙な祝詞。ノリでしか言っていない。だから、心臓に思いっきり突き刺したネジ。それもノリで突き刺した。
ワンオフアビリティーとは笑うだろう、確かにただ一回限りの能力、使い捨てカメラのようなそれ。
「I’Sアイズ《私、そして私》」このワンオフアビリティーはほかのそれとは違い、実態はただの能力。精神力で無理やり使ったエネの女王としての力の集合体だった。
エネの力で心臓にマーキング代わりの杭を打ち、体内にISのエネルギーを混ぜ込みISとの親和性を高めて直接脳からISを使える状態にする、そしてその脳の処理能力を最大限に使ってISを展開させる、それ一つ一つが実際を処理能力が追い付く限り自由に動かせる。
だが、そんなものは無理やり手足を200本ぐらい増やしたような物だまともに扱えるわけがないが、今は違う
「ががががががががががががががががが」
ああ、痛いだろう苦しいだろう。ファックスのような音が、人の口から零れ出ていた。
それを見た千冬の眼の前にあったのはISいや、搭乗者がいない大量のIS?違う?と千冬は頭で思考を打ち消した。何せ、すべてのISの意識が千冬に向いていたからだ。ざっと50はあった。この部屋に詰め込めるだけと思ったのだろうが。
「私もなめられた物だその程度の数で私を押し切ろうなどと。」
瞬時、爆発。それは芸術だとでも言わんばかりに爆発していた。そして、言葉を飲んだ。
マダガスカルではバッタが大量発生し農作物を食べ甚大な被害を及ぼし、農作物を荒らすバッタは旧約聖書にも書かれている。まさにそれ、空を色とりどりに染め上げて目が痛いモザイクアートのような光景がそこにはあった。まさか、どんなモザイクアートでもピースひとつひとつが世界の軍事力を担っているものは存在しないだろう。
すぐに千冬は逃げ出したが遅い。一瞬の隙、ISに詳しい者の一人だからこそ、この光景の代償を人一倍分かっていた。それに頭が追いついた時、一人の男の狂気に体が縛り付けられた。そこまでするかと
同時に見慣れた、自分が指導していた生徒の黒いカラーリングの専用機が眼の前を塞いだ。まるで煩いと喚いたかのようにAICの考えに答えが行き着いたとき、自分の敗北を悟った。
「空へ行くぞ!」
加速した黒色のISはそのまま音速を超えて、成層圏を突き破った。その後ろには無数の機械の兵隊が歓喜に打ち震えながら青い地球を背にした。