その海上プラントは現在、奇妙な閉鎖空間になっている。
さまざまな思惑を、鍋に入れてそれをストレスで煮込んだような、そんな奇妙な空間。
誰一人として、口を開かず圧倒的な生殺与奪権を持った誰かに居ないのにも関わらず媚びへつらっている。
ゆっくりとゆっくりとその不安は伝播していく。
だが、それも今回で終わりになった。
某所では、例の海上プラントに救出作戦を展開する
「今回の救出作戦は、あの海上プラントだ。二部隊に分け中のIS捜索、人質の救出。」
「相手は複数のISを所持している以上、失敗したら核が飛ぶかも知れん。以上だ、何かほかに質問はあるか。」
一人の隊員が手を上げた
「現段階で何人生存しているのでしょうか。」
「ISスーツからの情報と衛星からの情報だが、全116機パイロット全員生存している。とみて大丈夫だろう。」
ただ釈然としない隊長風の男は、続けてこういった。
「これ以上無いなら会議を閉めるもう質問を受けついけないぞ。」
「隊長」
「何だ副隊長」
「まず助けたときには一発、女共の顔をぶん殴ってもいいですよね。『敵の拷問の後です』でオールオッケイだ。」
「皆しょっぴく奴が一人増えるが気を張っていけ。以上!」
兵士の士気をあげるには軽いジョークが必要だ。それを踏襲したのだろう。蜘蛛の子を散らすように兵士は走っていった
◆ ◆ ◆
ヘリコプターが海上プラントの上空に止まった。続々と人が降りてきて施設内部に入った。
「ヘイ俺たちとランデブーとしゃれ込もうぜ。」
そう言った男は殴られて、別の男が避難誘導のごとく女を先導した。
「おかしいな…………」
10分後、全員が脱出した。
「嫌な予感がする。さっさと逃げるぞ!」
うまく行き過ぎている。彼らには正直上の考えていることはよくわからない、軍も一枚岩ではない訳だし自分たちが捨石として使われていることは彼ら自身は否定できない。次の瞬間このヘリも撃墜されている可能性もあるのだ。
「妙だ。」
「ですね。」
まるで、どうぞお引取りくださいといっているような物だ。ザル。ザルもザル。全く警備なんてものはなかったし、監視カメラの一つも作動している気色はなかった。
「本当に大丈夫だったんでしょうか?」
その目は本気で、副隊長はヘリに乗っている女達に目を移した。身体的に苦痛を味あわせた訳でもなさそうな健康的な体だった。
「何がだ。」
「こいつらを助けてですよ。」
一つの言葉だけで氷つかせた。
「大丈夫だ。戦術的には全く間違っていない。」
「ほう。」
「今回の作戦は敵の偵察もかねているからな。」
「?」
「つまり、こうやって逃げ帰れていること自体が。相手の状況を物語っている」
「で?隊長。国連のお偉方は今回の作戦で何を確認したんですか?」
「たぶん、これ単独犯だ。」
一つ一つと開示していく真実、どこかの誰かには劇薬だった。そんな存在は命を載せて帰っていった。
◆ ◆ ◆
「海上プラント救出作戦は成功しました。」
すでに国際連合軍は構成されている。それは、ファントムタスクとしての宣戦布告が始まった時には結成していた。康一がファントムタスクとして働いていたときはそれなりに、効果はあったそうだ。
「そうか、ご苦労だった。」
だが、少し前から変わった。ファントムタスクは見なくなったのだ。その証拠に、前なら多面的にファントムタスクは襲ってきたため作戦の報告はこれだけではすまなかったはずだ。
数多の戦いの指揮を執った国際連合軍のトップはため息をついた。
全くわからない。もし叶うことならこれをやろうと思ったあの男性IS操縦者に話を聞いてみたい。
「……………ふう。」
「やあ。」
「!?」
サラリーマンが着ているようなスーツを着た男がいきなり現れた。見たことがある、そう見たことがある。今では気狂い野郎として名をはせている、相澤康一だ。
自衛用の銃を抜き、撃った。乾いた破裂音が響き渡る。
「ひどいな。」
「っ!?」
確実に当たるはずの弾道をみても、身じろぎ一つせずに両手を上げてこちらを真っ直ぐ向いていた。腹からは血が滴り落ちていた。
「あなたは、ここのトップですよね?」
「ああ。」
「一つ頼みがあります。そのためにここにきました。」
「何だ?そのためだったら死んでもいいと言うのか?」
「もちろん。…………まあ、死なないことに越したことはなかったですけど。」
「死んだ後なら聞いてやってもいいな。」
「本当ですか!」
康一は心底うれしそうに目を輝かせながら、肩をつかんでいた。信奉とも呼べるその行動、恐怖しか感じなかった。まるで聖戦を叫ぶテロリストのように盲目な信仰を間近で見たのは初めてだった。
「お願いします!ISを宇宙に届けてやってください!」
「は?」
ぐるぐる、ぐるぐると思考が回っていく。メリットが存在しえない。何を根底にして動いているのかが全く見えない。夜の海を泳ぎ回っていると錯覚しそうなほどに。
「死んでからと言っただろう!?」
「とっくに死んでますよ。お願いします!」
「死ね!!」
堪忍袋の緒が切れたように、突発的にこの緊張に耐え切れず引き金を引いた。
「…………。」
ふう、とため息を付きながら康一は悲しそうな目で撃たれたところを見た。
「そうですか。」
そう一言だけいってその場から消失した。しばらくして、電話が鳴った。
「どうした?」
「ご無事ですか!?」
「いや、取り逃がした所だが」
「無事なら!やられました、ISが全部なくなっています!」
「は!?」
◆ ◆ ◆
「うんうん、まさかここまで上手くいくとはねぇ。」
「あたぼうよ。と言うかお前の協力あってこその話だけどな」
後ろでギャーギャーと騒いでいる音を聞きながら、楽しく俺は歩いていた。
「ああ、もうこれぐらいしか一気に取れる機会はないかなぁ。」
「後は常に肌身離さず持っている専用機を引っぺがすしかないか」
残り100前後。もううじゃうじゃありすぎて何があるか分かったもんじゃねーや。
ちまちま、やっていきましょうかね。
「出方みて、そこから決めるか。」
正直中国に行ってすべてのISを掻っ攫ってこれたのは僥倖だった、それかロシアだったらよかったんだが、まあ、高望みはできん。
分散させられるほうが厳しい。正直俺のファントムタスクの離反は結構痛手だ。
それに、まだファントムタスク側にはMのサイレント・ゼフィルス、いや今は黒騎士か。それとオータムのアラクネはまだ回収していない。あれらが少ない手ごまをどうやって回していくのか注意はしないといけない。
「ああ、康一IS学園には行ってくれるなよ。」
「…………わかってる」
今は、まだこのことを考えるべきではないとわかってはいるが少し、憂鬱になる。
「いま、織斑夫妻、姉弟は俺の天敵と化しているから」
深く深く吐いたため息が、騒がしさに溶けて消えていった。