一欠けらのピースが足りない。それが織斑一夏の、いやIS学園の状態だ。それは依然として続いたかのように見えた。だが人はそこまで弱くはない。
IS学園第二アリーナで、赤と白が戦っていた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
両者の剣が一合二合と打ち合っていく。剣についての高い錬度が織り成す殺陣のような切り結び。フェイントや現代兵器を巧みに使い、両者のシールドエネルギーはお互いに目減りしていっている。
結果から見れば相打ちになっているのだろうが、実際にはそこまでの試合運びは違う。一夏が箒にかろうじて食い下がって相打ちにするのがやっと、といった感じだ。
そんな状態では結末はすぐにやってきた。
◆ ◆ ◆
アリーナのど真ん中にあお向けになって寝転んで息も絶え絶えになっている一夏がいた。
「…………一夏、無茶をし過ぎだ。」
箒に問われたことを無視してただ空を見ていた、一夏は大きなため息をついてゆっくりと立ち上がった。
「箒、練習に付き合ってくれてありがとう。」
「またもう一試合やるぞ。シールドエネルギーがたまるまで休憩していろ。貴様は根を詰めすぎだ。」
その言葉に一夏は少し黙って、考えた。ここ最近の一夏練習量は尋常ではない、寝る以外のすべてはIS操縦の技術や座学に費やされている。それを分かって自制を促したところで止まる訳がないことは火を見るより明らかだった。
「ああ、ありがとう」
最近ありがとうといった言葉を口にするのが増えたと箒は思った。強くなろうと焦っている、人の喪失が実感が焦燥を駆り立てる。
せめて、少しでも休めるようにと。自嘲気味に「べ、別にお前と一緒に鍛錬をしたいという訳じゃないからな!」と心の中で言って少し微笑んだ。
一夏は一呼吸おいて立ち上がり白式にシールドエネルギーを補給するべく歩みを進めた。
「もうちょっと、零落白夜の発動時間を短くしたほうがいいのかなぁ。」
と補給が終わるまで、唇を尖らせながらあーでもないこうでもないと首を捻り続けて、独り言を口元で言っていた。
一夏のそれが補給が終わるまで続いて、少し薄気味悪い様子だったが補給が終わったと同時に目を爛々と光らせて箒に向き直った。
「よし。それじゃ、模擬戦を始めようか」
「そうだな。」
「これから模擬じゃなくなるけどな。」
いきなり見知った声。いや、今絶対に聞こえてはいけない声が聞こえ、絶対的な暴力としてのISが二つ、その姿を現した。
二人は霞のごとく突然現れた『敵』に過敏に反応した。毒舌家にでも言わせれば、何回も敵に攻撃されてぽやっとできるほうが可笑しい、というだろうが。
自分たちに対抗できる武器をまだ『敵』は装備していないように見える。いってみたら丸腰の状態だ。
「あり?一夏、攻撃しないの?」
「ッ!?」
いつもの通りに、心の隙を自在につくような言葉を放つその『敵』はやはりそこにいた。
「ぼやっとしてると消されちゃうよ?凰のようにさ。」
世間話をするようにいったその言葉は一夏の逆鱗に触れた。唇をわなわなと震わせて、刀を握る力も強くなり、実際に後頭部を殴られたと思うほどに血が上っていた。
「康一ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!」
怒りの咆哮。それと刀が空を切る音がアリーナ内に響き渡る。
「あらら。少し情報をリークしようと思っていたのにさ。」
康一は、そよ風が通り過ぎたといわんばかりに涼しい顔をしている。それが火に油を注ぐ結果になり、刀を一振り二振りする。
「リークしたところでこれじゃあまり意味はないか。」
一夏の突きを身をよじって避け、その機械腕伝いに背後に回った。まるで背中に何かを突き立てようとするかのように。
その意図が伝わったのか、一夏は過敏に反応しすぎたのだ。完璧な瞬時加速とは行かないまでの加速を見せ、取り残された康一に箒の刀が襲う。
「一夏、箒。今ここでお前らを殺す。」
二人を見据えながら康一の左手のみに灰色のISが展開される。
「背中から剣が生えないように気をつけてね☆!」
そういって康一は一夏に駆けた。二人の武器は主に刀剣の類で射撃武器は数える程しかない、この場合の康一の判断はフレンドリーファイヤを狙う時点でかなり有効だ。
(それに、一夏の性格上ここでばれなきゃ自分で決着を付けようとするだろうからな。…………突っ込んでくる。)
その読みどおりに、一夏は半ば捨て身で刀を大きく薙いだ。首を刈り取るような剣筋は。
「!?」
まったくそのとおりに首を刈り取った。首が刀の勢いそのままに斜め左上に弾かれ、その目は空ろな孔のようだった。想像を超えた結果に脳の処理能力が追いつかない、一夏は果てしない虚無を感じた。
「油断大敵だよ…………無理もないか。」
切り飛ばされた首の口は嫌におしゃべりで、その声にすべての耳を奪われた。康一は宙にある頭を掴み、確かな足取りで大地を蹴って一夏に肉薄する。
「ほら一人目」
康一が左手に大太刀を持って突いたが、それは一夏がバックステップ気味に避けた。
「あれ?脅しが効きすぎたかな?」
といって康一は首を自分の元あるところに戻した。
「殺れると思ったんだけど。」
「もう、たいしたことじゃおどろかねえぞ…………。」
そういって康一を睨む。相手は
「一夏!!」
箒が半分叫ぶように名前を呼び、退避したところで康一に遠距離攻撃を仕掛けた。仕掛けられた本人は意に介さず一夏を見つめていただけだ。その一瞬で着弾、白式の雪羅でさらに攻撃を加え、二人の攻撃は濃い土ぼこりを生み出すほどに苛烈な攻撃をした。
「あ?チキンじゃ勝てないと思うよ。」
ISを装備していない柔肌には百回殺してもおつりがくる攻撃は、そうであるはずなのに康一は生きていた。着弾の前に弾が掻き消えたからだ、何者かの仕業はわかりきっているはずだった、何者かもわかっているつもりだった。
だが圧倒的なまでの
「…………箒!!救援を呼んでくれ!」
「一夏!?それではお前はどうする?」
「康一を倒す」
しっかりとした意思を持って刀を握った。
「ナイス判断。…………それでも殺すと言わないんだね。それじゃお返しするよ。」
右手を一夏にかざす。そこに何かが生まれる。ただの光とも、歪んだガラス球のようなピンポン玉ほどの大きさの何かが右手に生成されていく。一夏は本能的にそれに親しみを感じていた、気配というべきなのだろうか?それが絶対的に身近にあるものだと感じた。
「そら!」
「箒早く!!」
それが一夏に発射される。避わすために大きく移動した。
「…………死ぬなよ。」
スペックは箒のIS紅椿のほうが全般的に上で、感情を無視した合理的な判断だった。そのことをわかっていたからこそ箒は一夏の判断を優先し、康一に背中を向けた。
箒の取った行動に横槍も入れずにただ、ぼーっとしながら気の抜けた攻撃を一夏に浴びせていた。
「ま、どうしても駄目だったら逃げればいいよ。」
「誰が逃げるか!」
避け続ける行動、射線予測、加速や減速のタイミングなど一種の単純行動の末に澄んだ思考が出来上がる。
(康一は本当に俺を、俺たちを殺す気があるのか?)
それは至極単純な問いだった。IS学園内のセキュリティをばれずに突破するほど巧妙にここまでこれるのであれば、こちらの不意を突きこの命を刈ることも出来たはず、それをやらないのは何か不自然だと思ったまでだ。
「考え事かい?操作が単調になってきているよ。」
挑発というよりはなぜか諭すような口調になっている。何か引っかかる。
「何を待っている!?」
その問いには康一は答えなかった。えもいわれぬ気色悪さが追求を阻んだ。
「救援さ。……………最も、もう目的は果たしているといっても過言ではないけどね。」
手の平からガラス球のようなものを打ち出しながらそういった。
「箒に呼ばせたのは間違いじゃなかったな。」
「ああ、本当に間違えてなかった。」
敵意がない純粋な笑みを浮かべてそういった。
一夏は心の奥底にある漠然とした不安が掻き立てられるような気分になった。
(何か、引っかかる。)
一夏は常に考え、思考の刃を研ぐことを忘れてはならないことを、皮肉にも鈴の消失によって学習していた。それは自身への戒めのようなものだったが、それを意識しているかしていないかはかなりの違いだ。
(もっと、俺を殺したいなら能動的に動くはずだ。何かを待っていると考えるなら…………)
「こっちも待つ必要はない!!」
それは、自信による判断だった殺されはしないだろうという判断。そして、どこまでも織斑一夏は甘かった。
「それはそれは嬉しい事さ。」
一夏は一直線に康一に向かいあって加速した。ただの加速ではない瞬時にトップスピードにまで上る瞬時加速だ。それを白式の切り札、零落白夜を出現させた。
「ほいほい来てくれるなんてね。」
康一は迎え撃つ。歪なガラス玉を手の先から肩までを半径とした球を作り出した。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」
康一は拳を作り体を引き絞る。体のすべての力を拳のみにこめるように。
対して一夏は気負わずに、ただ上から下へ切るのみ。
両者の攻撃が激突する。
その攻撃の勝敗はあっさりと付いた。ガラス玉の消滅だ。康一の顔は競りあがってくる焦りを抑えきれないような顔をしていた。
「!?」
そのまま、零落白夜を康一の脳天に…………振り下ろさずに逆手に持ち替えて地面へ突き刺した。同時に零落白夜の光刃は霧散し、永遠にも近いように感じた5秒間の沈黙が訪れて康一の心を蝕んで行く。
「何で殺さなかった?」
一夏は答えない。まるで彫刻像のように黙しているだけ。
「答えろ」
追い詰められているはずなのに、それを理解していないような口ぶり。でも、一夏はもう迷わない。
「座れ。和解ができるはずだ。」
顔を上げてそう言い放った。目には確固たる意思が見て取れていて決して気が狂った訳でもないと感じさせる。
「やめろ。」
「座れ。」
康一が一夏の行動を咎めるがそれを良しとしない。繰り返し一夏は対話を求めた。
その姿勢は康一の何かを動かしたのだろう、大きく深呼吸をして言った。本心かどうかはわからないが、その言葉には確実に心が篭っていた。
「……………俺たちは戦うしかないんだ。もうその状態まで進めてしまって、絶対に後戻りはできない。それに、お前はいまだに日和見な考えでいるようだがそれは捨ててくれ、お前のためにも。それに。IS学園上部はすでに裏切り物がいるということは予想しているだろう。この対話自体も、もしかしたらお前も裏切るかも知れないという可能性を浮かばせる。自分の命を削るようなことはするな。もう、俺は敵になったんだよ」
「だから、敵と戦え。剣を取れ。その切っ先を敵に向けろ。目の前は友の仇だ。殺せ。そうじゃなきゃ人は守れない。無駄になるんだ。」
どれだけ言葉を投げかけても頑として意思を変えなかった。それにあきれたように康一は大きく深呼吸をした。
「それでも、だめか。戦わないならここに来た奴をお前以外すべて…………殺す。」
脅迫だった、だが何故か懇願するように優しく諭すように言った。
「やめろ。」
「そう思うなら戦え。」
「やめてくれ。」
「動け。動かなければ世界は変わっていく。」
「…………わかった。」
「ああ。」
二人とも戦う状態になる。一夏は腰を上げて刀を構えなおし、康一は距離をとって右手にガラス球を生成した。
「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」」
拳を、刀を、相手に食らわせようと振り上げる。二つの雄たけびが重なった。
康一の右腕が飛んだ。血液が中に詰まっているような肉。それは耐性のない者にとっては吐き気を催すものだがそれを一夏は気にも留めずそのまま両足を切った。
「……………ISを装備しろ。生き残れるはずだ。」
「ん?まだ勝ってる気でいるのかい?」
「何をいって!?」
突然一夏が膝から崩れ落ちるように地に伏した。それを確認した康一は手早く手足を回収した。
「何をした?」
「一酸化炭素中毒になったんだ」
右手を左手でくっつけた。それを当然と思っている。
「何でISの絶対防御を抜けられた!?」
一夏が意識はあるのかプライベートチャンネルで会話をしてきた。
「あのエネルギー体はISのエネルギーなんだよ。」
「それは零落白夜で消去したはずだ!」
「違う。あれはエネルギーそのものを消去、無効化している訳じゃない。いわば原液に戻しているだけなんだ。」
「なに?」
「自動で動くものにはほぼすべて燃料が必要だ。さて、ISの燃料に必要なのはなんでしょう。」
「超高度精製された原油だろ?何を当たり前なことをいってる?」
「まあ、表向きはそうだが違う。本当は『何でもいい』んだよ」
「ISコアがホットドックとか食べるっていうのか?」
「食べるね、ただ原油が一番効率がよかっただけさ。人が食べ物を食べ、そして生きる糧としているように、IS生み出した動力源がこれさ」
「…………まさか、それを一酸化炭素に変換したっていうのか?ISが動かすときのように。」
「正解。まあ、まだわかってないことだし。知らないのは無理ないさ。それに、そろそろタイムアップだ。」
「一夏ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
一夏に背を向ける。そうして見据えたのは箒の怒りの形相と金色に輝く紅、見るものをすべて畏怖にたたき落とすと思うようなそれを笑顔でそれを迎え入れた。
「箒…………来るな」
「チッ邪魔が入るか!」
康一は半ばわざとらしく挑発をした。冷静であったのならば『何かある』と考えてもおかしくはなかったが、箒は怒りによってまともな思考能力が働いてなかった。
怒号をアリーナに響き渡らせて、康一との距離をつめたがあっさりと逃げた。
「何だ消してやろうと思ったのに。」
さらに挑発を繰り返す。
「絶対に…………絶対に貴様を許さん!!」
箒にとって目の前の相手は唾棄すべき相手、そして許してはいけない『悪』だと断じて想い人を守るために、先ほどまで振るった刀をさらに握りこんだ。
「箒…………止めろ」
その想い人の言葉にすら耳を貸さなかった。先ほどまであった焦りという感情が怒りにとって変わっていたのだ。
ISは人の思いを汲み取りそれを具現化する。
紅から放たれる金色がさらに輝き、刀、銘は空裂。それを少し引いてタメを作った。まるでこの一撃にすべての力をこめて目の前の敵を絶対的にぶっ殺すように。
「死ね!!!」
タメを開放し空裂を振るう。空裂は斬撃に合わせて帯状の攻性エネルギーを放つ武器。それは、箒の専用機紅椿の
「止めろ!!」
康一はそれを避けないでただ見ているだけだった。最初に力の差を見せ付けることで、精神的優位を持たせようという腹だろう。
だが一夏はそれを知ってか知らずか、その攻撃を止めるため零落白夜を盾代わりにして康一と箒の間に割ってはいる。そして、転機は訪れる。
「!?」
一瞬だが確実に実の入った驚愕を康一が見せたのだ。それからの行動は早くすぐにカゲアカシを展開し手で防御行動を取った。そして防ぎきる。
「はぁ、本当に冷や汗だらだらだ。末恐ろしいねまったくこの化け物どもが」
それは一仕事終えた後のような安堵しきった呟きだった。
「くそっ。もうだめか。」
康一は視線をずらして、少し赤みを帯びた空にゴマをばら撒いたようにISが存在した。
「逃がすか…………。」
「逃げないと駄目なんだよ。ここで逃げれなければ死んでも結果は同じだ。」
律儀に答える康一にすべての敵意が集約されていく。ピンと張った糸のようにそれが大きくなっていくが、康一は気にも留めずただ指で銃を作りそれを上に向けた。
「バーン」
子供のように幼くそういった。
むしろ煙のほうが視認できるのではないかというぐらいに康一は忽然と消えていた。
少しなんともいえない間があったが、箒がふと思い出したように一夏に向き直って、今の状況をどん底に陥れるような一言を言った。
「一夏少しまずいことになった」
「どうした?」
「ここにいる専用機持ち達が昏睡状態になっているらしい。」
「何だって!?」
「詳細は管制塔で話す。早く行ってくれ」
「箒はどうするんだ!?」
「私のことは気にするな!状況が変わらないうちに早く!!」
「箒死ぬなよ!」
箒は何も言わずその場から去った一夏に向けて親指を立てた。