いい夢を…………見た気がする。
そこでは名前も顔も知らない親と心置きなく雑談をしている自分。普段の俺であれば考えもしない、屈託のない笑みで親と話している。こんな未来があったのなら、まだ救いようがあったかも知れないのに。
吐き気がするくらい幸せそうだ。ここに、お手伝いさん。大高秋音でも登場していたら覚えていた時点で自殺を覚悟するほどに。
それにしても皮肉な夢だ。俺が俺の理想を見て、近くして絶対に届かない現実という名の薄皮一枚隔てたお預け状態を喰らっているのを、皮肉と呼ばずしてなんと呼ぼうか?
そんな物に特段何かを感じるわけじゃない。さて、夢から覚めよう。辛くなってしまう前に。
どっちが良かったのだろう。夢は精神的に危なかったが、これは……………。
目の前にあったのは打ちつけてあったコンクリート。俗に言う、むしろ俗に言わなくても俺の知らない天井だ。
「は?」
俺は多分、寝起きドッキリを仕掛けられた芸人のようなリアクションをしていただろう。ともかく早く起き上がろうゆっくりとだ。
「どこ?」
そんな呟きにも答える人はいない。居てくれとも対応に困ったのだが。と考えながら回りを見渡したが、状況の最悪さを再確認させる効果しかなかった。
なんで扉に鉄格子の窓が付いているんですかねぇ…………。
少し、顎がしゃくれた。城之内レベルでしゃくれた。
「起きたか。」
突然声を掛けられた。聞き覚えがありすぎる声。普通3年間はずっと聞くであろうその声に、電撃のようにさまざまな思考が脳裏に走りわたる。
「…………担任殿?」
「なんだ?起き抜けに一発ぶん殴って欲しいのか?」
そんな趣味は無い。起き抜けに放たれた担任殿こと織斑千冬の声にはまぎれもない怒気が混じっていた。というか、この状況に心当たりがありまくる。
中国に渡った時も、フランスに渡っていた時も、むしろ幼少期から、心当たりがありまくるまあ、ベットぐらいだったらアレだけど。
「…………俺、なにやらかしたんですか?」
「記憶が無いのか、まあ良い、こちらで下した結論を言う。お前を無期限にここで拘束する。」
ただの監獄だった。多分もう出られないだろう、ここからどうなるか…………。
「と、言いたい所なんだがな。お前が暴れまくってたからな、ここでおとなしくさせていただけだ。」
「マジですか?」
「偉くマジだ。」
溜息を付きそうな口調でそういった。
「ったく、業務外にも程があるぞ。」
「お疲れさんです。」
労った。出席簿が飛んできた。それは眉間に突き刺さり出欠していた。
「あーすっきりした」
こんなんですっきりされても困る。確かに危険は未然に処理しておかないと後々めんどくさい事になるからな。
「すっきりしたじゃないですよ。出来ることならここから出して欲しいんですが?」
まあ、まて。此方にもやることは沢山ある。といって。拳銃を取り出した。
「ホールドアップ」
「しなくても撃つぞ。麻酔弾だから」
バン!!
そりゃないよ。と心の中で言いながら俺は今さっき覚醒させたそのまぶたを再び閉じた。
◆ ◆ ◆
次に目を覚ましたのは、保健室のベットだった。周りには誰も居ない。いたらまあ、健全な少年であればR-18な想像をするような所だった。
『普通でもそんな妄想はしないだろ。』
「ですよね~」
久々に。ひっさびっさにエネが話しかけていた。物理的に話掛けているわけではないこの会話法、非常に気持ち悪いのだ。実際に話しかけられた訳ではないのに、思考を言葉をして伝えられるというのは、思考がごちゃ混ぜになる。
それで何で自分の思考は保てるのかというとそれは慣れとしか答えられない。
『ほら、暇だったからな調べてきたぞ。』
「あざっす」
声に出して話す。これはかなり重要だったりじゃなかったりする。
そうそう、調べてもらった内容は……………まあ、今俺の置かれている状況だ。
情報を直接頭にぶち込まれるような感覚。若干の情報酔いを起こして。俺は今置かれている状況を理解する。
「んでまあ、俺の処分は特になし、か。
まあ、仕方ないことだけど。疑念をこうもまざまざと見せ付けられるとは。」
『お前にスパイ容疑をかけるのに十二分な根拠はあるからな。』
十分って訳でもないんだが。まあ。少し文化祭時に発信機を取り外していたって言うことぐらいか。
「勘のいいやつは気が付いているかも知れないがな。」
迂闊に俺の足跡を残し過ぎた。本来なら浅く情報を掻っ攫ってそこから推測して数種類の意図を構築する方がデメリットは少ない。
だが、エネが居る分比較的深い所まで情報を探ってこれるだから。エネの存在を隠匿するには持っている情報を開示できない。
浅い情報でも、情報を流して危機感を煽り他人に突っ込ませるという状況も作りにくくなった。
そして、自分が動くとさらに情報を得るという悪循環。
『まあ、何処かで断ち切るかが問題だ。』
「まあ、そうだな。俺もいつ死ぬか分からないし、何処かには移して置いた方が良いとは思うんだけどね」
まあ個人的な身よりは居ないし。最悪の手段としては…………。
『円卓の騎士達に渡す』
「まあ、場合によっては世界が滅ぶかも。」
その状況が自身の子供に危害が及ぶようなことがあれば、子煩悩を飛び越えて人とは違う全く別の何かになり、そして世界を滅ぼしに掛かるだろう。
『どんな魔王だよ。』
「俺を1000000000000000000000000回殺してまだ有り余るくらいには。」
紳士は「これは鞭ではない…………ビンタだ。」とか良いそうだな。この前「良いか相澤君。真のSとは指と口先一つでどんな苦痛をも与えられるのだ。」とか言ってたし。
『そのおかげで君は拷問ギリギリの苦痛を味あわせる術も手に入れたしな。』
「全うに生きていたら得ることの無い技術だった。」
まあ、それは置いといて。
俺にしかれた処分は「ばれないように経過観察」だ。今、俺の手元に、いや足元に無意味な足枷は無い。今、当面は「相澤康一を泳がして様子を見ろ」ということしか分からない。
「…………こっちも潜んでいるか。といっても何にもやることは無いんだがな。」
『君は動かなさ過ぎるんだ。』
そう心配されるいわれは無いが、臆病過ぎる俺にはこれぐらいが一番良い。
「ま、当面の目的は再度ファントムタスクの襲撃に備える。といったところか現状それぐらいしかやることが無い。」
ワンパターンに、ファントムタスクはIS学園の行事に示し合わせたかのように(というよりすでに示し合わせているのだが)襲撃しているからな、そこで色々と俺に利益が生じるよう策を講じていかなければならない。
『けど、めんどくさそうだから止めるんだろ?』
「止めはしないがな。」
今回ばかりは闇が深過ぎる。曖昧な場所に居て甘い汁を享受するだけでは、俺の目的は果たせない。
「月並みな言葉だが。俺にもヤキが回ってきたな。」
『君にはヤキが入りすぎているんじゃないかね?』
一瞬俺の喉から、俺の言葉とは思えないそれも膨大な言葉が競りあがってきた。
【俺は、エネを信用しているし、親愛を抱いている。最初は本当に俺の頭の中に出来た欠陥かもしれないと思ったが、それにしては辛辣すぎた。
その次に思っていたのは、諦めだった。俺の全てが見透かされる存在が、俺以外の誰かが担当するとは思わなかったし、その上で。
俺から出て行かなかったのはおどろいた。口では色々といいながらも世話を焼いてくれていた、俺の肉体が幼い頃からの相棒。
だから改めて言わせてくれ。ありがとう一緒にいてくれて、ありがとう親友。】
それは俺を困惑させるのには十分だった。それを俺は。
「……………この言葉は俺の胸に閉じておくよ」
いえる人間が、言える人が居るのだろうか。真に俺の腐りきった心の内をさらけ出せるような。
『いると、いいな。』
エネの言葉に俺は自嘲的に返す。これは俺の悪い癖だ。ハハッ年寄りだから伸びるのも精一杯だ。
「ああ、いれば。な。」
分かってる分かってるのさ。このままではダメだって。このままでは、このままでは。
ウィン、ウィン
突然芸人のショートコントのような自動ドアの音が鳴る。それは保健室への来訪者、一夏だった。あれ?一夏がここにくるのはいつ振りだったか?そして、邂逅一番こういった。
「なに独り言を言っていたんだ?」
そんなことを言った。なぜだか、俺はこう返していた。
「あ?ああ、なんでもない。ただの捻くれた独り言さ。」
なんで、この言葉が出てきたのか分らない。それでも、こういわなければならないような気がした。
俺は心の中に作られた妙な消失感を抱えながら、一夏と談笑した。
……………その一夏の表情がなぜかおかしかった。微量の憎しみを手持ち無沙汰にしているような、そんな違和感を覚えた、のだが。
まいっか。