学校とは学生・生徒・児童を集め、一定の方式によって教師が継続的に教育を与える施設だ。
まあ、それはそうとして、このIS学園も学校機関であるが故に、やはり授業というものが存在する。
授業は基本的に受けるものであり妨害するものではない。例えば居眠りをしていたり。
『寝るな相澤、このまま永眠させてやろうか?』
『先生、出席簿を俺の机にめり込ませながら言う言葉じゃないと思います。』
授業中に別のことをしていたり。
『相澤…………死にたいのか?』
『先生、今回は全面的に俺が悪いですが。頬から血を滴らせておきながら言う言葉じゃないと思います。』
とまあ、このように妨害するものではない。なのだが今回は勝手が違う。
少し時を遡り朝のショートホームルーム。つまりはSHRの時のこと。
女の園と呼ばれることもあるIS学園は、鬼が居ぬ間に洗濯のことわざ通りに、先生が居ない時は喧しいほどに雑談をしている。筈なのだが後ろ暗い空気が地を這うようにして教室に居る少女達を黙らせる。
キーンコーンカーンコーン
テンプレートのような学校のチャイムが鳴る。それは少女達にとって福音に聞こえた。一刻も早くこの異常な状態から抜け出したいのだ。
「SHRを始める…………ぞ。」
そこに、時間となったことで少女達の切り札、織斑千冬が召還される。だがこの状況を見て、千冬の脳内で緊急停止ボタンが押されることとなった。
「ねえ、Mちゃん、これ食べる?」
「……………」
「そっか、食べないか。あ、これは?」
「……………」
「やっぱりダメか。そうだ!何処かに遊びに行こうよ!」
「……………」
「んー……………おねむ?」
「……………」
自分に良く似た人間が、生徒に甲斐甲斐しく世話を焼かれながらもの手は撫でられ、肉体を弄ばれている光景を見て、多分、まともな神経を持っているような人であれば思考を放棄するには十二分だ。
だが、相手が相手だ。まさか自分に似たような人間はこの学園内には居ない。そして、それを教職としてその不審者に声を掛けなければならない。
「おい、相澤。」
「香でっす☆」
その問答に額に青筋が浮んでいるがそれを押さえ込んで、さらに質問を続ける。
「お前が今抱きしめているやつは誰だ?」
「んーっと…………。名前なに?」
「は!?」
「いや、Mちゃんって呼ばれていたらしいんだけど。よくわらないんだよねぇ」
「…………」
といって、話が通じない。ので。
「おい、M。」
「…………」
「幾つか質問するぞ。」
「…………」
Mと呼ばれた少女は黙り込んでいる。情報を漏洩させることは死に直結する。
「お前は、不当にこの学園内に侵入した。そうだな?」
「…………それしか考えられないだろうが。」
「喋った!」
「相澤、黙っていろ。」
「香でっす☆」
無視した。そしてMは撫でられている。織斑千冬は極めて当然な判断を下す。
「…………まあ良い、別室に連行する。」
「やだ」
拒否した、何の関連もない相川香が。
「なら、お前も一緒に来い。」
「ありがとー。良かったねMちゃん。」
「…………」
いや、気持ちは分かるけどどれだけ喋りたくないんだよ。
「山田先生、後よろしくお願いします。」
「はっ、はい!」
そうして別室に移動する。その間誰一人として口を開かない。沈黙の中一つの部屋のドアを開け、中にある椅子にMを座らせ、香は隣に立った。
異常だらけの事柄の中で、冷静に判断したものだ、香は絶対に見捨てない。
「…………お前ら、後で話は聞くそれまでここで待機だ。ホイホイと授業を妨害されてしまってはこちらもたまらん。」
「わーい!やったね、Mちゃんとの時間が増えるよ!!」
「……………」
香は満面の笑顔で少女を見つめ、少女は非常に苦々しい顔をしながら、千冬を睨みつけていた。と言うより、織斑千冬が教室に入ってきた時からそのような顔はしていたが。
「まあ、それはお前に任せる。こいつをここから逃がすことだけはしてくれるなよ。」
「あいあいさー。」
「…………」
といって、千冬はこの部屋を後にした。すると途端に、少女の体が脱力する。
「どうしたの?」
「…………して、やられた。と。」
初めて、少女が香にまともなコミュニケーションを取った。
「うっ、Mちゃんが。話してくれて嬉しいよ…………」
「黙れ。」
少女が刹那の速さでナイフを香の首元に押し付ける。殺して、ここを抜けようというのだ
「んもー全く、情緒不安定なんだから。」
だが、それを危機とも思わずにあまつさえ、引き寄せるようにその手を包み込む。優しく、やわらかく、微笑みながら。
「かわいいよ。」
「…………。」
好意を伝える。
「君の全てが愛おしい。」
「…………。」
「ねえ、君のしたいことはなんだい?出来る範囲だったら協力してあげるよ?」
悪魔の契約、心を売るような二律背反を平気で突きつけていく。ここから逃げ出させてくれといえば、香は少女を逃がすだろう。だが、絶対に付いてくる。
現状で身の安全は保障されている状態であることはすでに分かっている、それ故に動けないのだ。
「…………」
「僕が望むのは君のそばに居させて。」
「…………なら、目の前から消えろ。」
「それは…………望んでいること?」
「ああ。」
「分かった。」
といって、後ろに回り抱きついてきた。多分そうじゃない。
「…………放せ」
「やだ。」
会話が成り立たない。そして時間が来るまで抱きしめていた。
◆ ◆ ◆
「自白剤の投与も考えなければいけないのか?」
「…………」
「むっ、そんなことしたら香ちゃん許さないよ。」
康一の担任織斑千冬は、少女の口の堅さに辟易としながらそういった。
「しかしな、こっちも仕事なんだ。」
「いたいけな女の子に無理やり薬飲ませるなんて酷いよ!」
「だがなぁ。」
「…………」
「ここでいつまでも拘束させるしかないぞ?」
「だったらいつまでも居る!」
「駄々っ子かお前は。」
「いー、だ」
「…………まあいい明日から、相澤が監視していろ、特例として授業にも出させる。」
「え!?Mちゃんと学園生活をエンジョイできるの!?」
「むしろ、そのほうがいいような気がしてな」
「…………」
少女の顔が青ざめていく。それに比例するように織斑千冬の顔に嗜虐心が見て取れるようになってきている。
「ありがとう!先生!」
「うおっ、気持ち悪っ!?」
「さあ、Mちゃん。一緒にいこ!」
「…………」
といって香は、手を握ったまま寮の自室に引っ張り込んでいった。
「…………はぁ、これでも苦労したんだぞ。武装解除している以上、危険性はない。」
この話の総括。先生は大変。