「プレリー、次は?」
『そこの角を左よ』
「了解──っと、はぁ!」
モデルVによって生み出されたと思われる警備ロボット達を斬り伏せながら、ヴァンは工場内に侵入していた。工場といってもほとんど一本道で、時々曲がり角があるかないかなので、迷うことなく進むことが出来る。内部も予備電源が生きているのか、明かりがついているので足を引っ掛けるという事もない。
とはいえ寒さのせいで氷の膜が張ってあるので通路を転ばないように気を付けながら走っていると、プレリーから念話が入った。
『ヴァン、モデルVの反応が強くなってきてる。もうかなり近いところにあるわ。すぐ傍に怪しい扉か何かはない?』
「……あった。それはもう厳重そうなのが」
ヴァンの見つめる先には、だいたいヴァンの身長の三倍はあろうかというほどの大きさを持った扉があった。そのすぐ隣には入る為のパスワードを入力するパネルが置いてある。とりあえずヴァンはそれに近づいてパネルについたシャーベット状の氷を削り、操作できるか試してみた。しかし、いくら押してもエラー音しか返ってこない。
「パスワードを入力しないと開かないようになってるな」
『そう……分かったわ、他のルートからその部屋に入れないか調べてみる』
「──いや、大丈夫だ」
壁を手の甲で軽く叩いたヴァンがそう言った。ドンドンと重厚な音を奏でる壁。この程度なら大丈夫だろうと見切りを付け、一歩半ほど扉から離れる。
そして懐から橙色のライブメタルを取り出して前に構えた。
『本当に?』
「ああ。この程度の壁ならぶち破れるさ──なぁ、モデルF?」
『やぁっとオレ様の出番か、待ちくたびれたぜ!』
ヴァンが魔力を込めるとモデルFが光を放ちだした。
その光にあてられて、周りの壁についた氷がだんだんと溶け出していく。
「ロック・オン!」
太陽のような暖かさを持った光が工場の廊下を照らした後、そこには紅蓮の戦士が立っていた。
橙赤色の鎧を身に纏い、頭には燃えるような赤色のクリスタルがついたヘルメット。
ヴァンはロックマン・モデルFXの専用武器である、巨大な手甲に銃口が付いた武器──ナックルバスターを二丁構え、片方に魔力をチャージする。
やがてチャージが最大まで溜まった時、ナックルバスターの銃口からゆらゆらと陽炎が生まれ、音を立てて炎を上げた。
ヴァンは燃え上がる銃口を、全身を使って扉に叩きつける!
銃口が当たった瞬間、扉は大きな音を立てて跡形もなく吹き飛び、ヴァン一人軽く入れる程度の穴が出来た。
扉の内側にいたのであろう防衛ロボット達が衝撃に巻き込まれてガラクタに変わっているのが見える。
「さて、ざっとこんなもんか……プレリー、ミッションを続行する」
『了解。気を付けてね』
ヴァンはナックルバスターを背中に背負うと、その穴の中に飛び込んでいくのだった。
※※※
「っと、ここは……?」
しばらく進んでいくと広い研究室のような場所についた。ずらりと敷き詰められている棚の中には、いくつものファイルがある。
これだけあれば何かモデルVについての資料があるかもと調べてみたのだが、そこにあった紙媒体の資料のほとんどは氷で凍っており、触れただけでボロボロになってしまい読むことが出来ない。そのかわりに見つけたのは、頭蓋骨の一部が割れている白骨化した死体だけだった。
白衣を来ていることから、ここの研究員だということも分かる。そしてそのだらりと垂れた左手の先にはデバイスが落ちていた。しかし胸のあたりに置いた手はしっかりと握り締められている。見てみると、どうやら何かのデータが入ったメモリのようだ。
ヴァンは死体からそっとメモリを抜き取る。
すると既に限界だったのか、その死体は音を立てて崩れ落ちバラバラになった。両手を合わせ黙祷を捧げつつ、ヴァンはデータをデバイスに差し込んだ。使えるかどうかわからなかったが、どうやらまだ中身は生きているらしい。
映し出された立体映像には、大量の文字の羅列が浮かび上がる。どうやら日記のようなもののようだ。ヴァンは翻訳をデバイスに任せ、何が書いてあるのかを確認してみた。
『今日、私はあるロストロギアを見つけた。
それは危険な代物だと調べてみて判明した。管理局に保管すべきなのだろうが、研究者としての“さが”なのか、どうにもこのロストロギアの事が気になってしまう。幸い、これを見つけたのは私だけで他に見た者はいない。見つかればあの意地の悪い上司に手柄を取られてしまうだろうから、生命のいない次元世界を探して、そこで研究するとしよう』
『丁度いい次元世界を見つけた。私は運がいいのかもしれない。早速研究施設を作ろう』
『極寒の世界というのもなかなか不便なものだ。癒しとして連れてきたフェレットも、なんだか寒そうだった。可愛そうなので毛布をかけてあげたら嬉しそうに鳴いていた。とても癒される』
『ようやく本格的にロストロギアを研究できるようになった。あの上司が物分りのいい人物ならば、こんなことをしなくても調べられたのだが……机の角にでも足をぶつければいいと思う』
データを読んでいくと様々な事が書いてあったが、それらは全て管理局で既に調べてある事ばかり。流石に個人で調べられる限界があったのだろう、とヴァンはデバイスに表示される文字を読みながらそう考えていた。
そしてそのまま読み進め、半分を過ぎた時、内容が段々とおかしくなっていく。
『今日も今日とて、ロストロギアの研究だ。なんだかこれを見ているととても気分が良くなってくる。まるで自分に出来ない事は無いように思える事も不思議だ。試しにロストロギアを持ったまま、魔法を放ってみた。すると、今までではありえない威力の魔法を放つことが出来たのだ! もしかしたらこれを利用すれば、私は魔導師として更に上を目指せるかもしれない』
『動かない的に当てても面白くなくなってきた。フェレットはもう動かないし。そんな訳で警備ロボットを作ったのだが、どうにもおかしい。間違いはないはずなのに、いつも暴走してしまう。ロストロギアの影響だろうか?』
『ついに砲撃魔法も楽に撃てるようになった。魔力を使ったことによる疲労もありえないほど少ない。魔導師ランクも数ランク上がったのではないか? そうだ、この力を利用してあの上司を殺してやるのもいいかもしれない。いつもいつも私に嫌味を言ってきて、うんざりしていたのだ。殺したって誰も文句は言わないだろう』
『娘と妻からビデオメールが届いていた。それを見て、私は正気に戻る事が出来た。なんて恐ろしい事を考えていたのだろう。日記を見返してみて、私は自分が怖くなってきた。二人には申し訳ないが、死ぬしかない。これを見た人がいるならば、頼みを聞いて欲しい。どうか、どうかあのロストロギアを破壊してくれ』
「これは……?」
『モデルVの影響を受けた人間の末路……という事かしら』
全ての日記が読み終え、ヴァンは思わず眉を寄せる。念話から聞こえるプレリーの声もどこか恐ろしげだった。
それにしても、とメモリをデバイスから取り外しつつ、ヴァンは思案顔になる。この日記を見る限り、どうやらモデルVは人格に大きく影響を及ぼすらしい。簡単に人を殺そうとしたり、自殺を躊躇わなかったりすることからその影響力は凄まじいものだと分かる。
という事は、アルベルトも人格を──? いや、だとしても俺のやることは変わらない。
ヴァンはメモリを懐に仕舞い、プレリーに念話を繋ぐ。
「プレリー、モデルVの反応は?」
『すぐ真下に反応があるわ。隠し通路があるのかも』
そう言われ、ヴァンは研究室を見渡す。あるのは大量のファイルが入った棚や、アルミで出来た机だけ。特に怪しいと思えるところは見つからない。机の下や棚の後ろなども見てみたがまるで手掛かりは見つからなかった。
戻ろうにもここ以外他に部屋はない。まさに八方塞がりだった。
「うーん……分からないな」
『面倒だ、下をぶち抜いちまおうぜ!』
「おいおい、それは……いい手だな」
どうせここにはモデルVくらいしかいない。なら少し壊してしまっても問題ないだろう。ヴァンはモデルFの提案に頷き、ナックルバスターのチャージし──思い切り床に叩き付ける。
元々老朽化していたので、床はあっさりすぎるほど簡単に割れた。ヴァンは思いのほか大きく出来てしまった穴の下に落ちる。
壁を蹴りながら減速し凍った地面に降りると、そこは巨大な演習場のようだった。辺りを見渡し、演習場を薄く照らす蛍光灯の下で妖しげに光るモデルVを確認すると、ヴァンはプレリーに念話を繋ぎながらナックルバスターを片手に近づいていく。
「プレリー、モデルVを発見──!」
首元に殺気を感じたヴァンは、咄嗟に後ろへ飛び退いた。その瞬間、暗がりから半透明の刃が通り抜ける。避けていなかったら今頃、首から鮮血が飛び散っていたことだろう。
「チッ、外したか。なかなか勘がいいじゃあねぇか!」
「……今回は先回りしたと思ったんだけどな」
ナックルバスターを敵に向ける。そこにいたのは氷を纏った人狼だった。
その人狼は腕についた巨大な氷のブレードをこちらに向けながら、リズムを取るようにゆらゆらと揺れている。そして獰猛そうな笑みを浮かべて体勢を低くした。
「ガウウウゥ……待ちくたびれちまったぜぇ、アルベルト様に逆らう愚かなロックマンさまよぉ! 途中で雑魚にやられちまったんじゃねえかと思ってヒヤヒヤしたぜ?」
「なんだ、待っててくれたのか?」
「あぁ! なんでもテメェはオレ様たちレプリロイドを破壊しまくってるそうじゃねぇか! その強さ、確かめてみてぇと思ってよ!」
笑う口からは魔力と冷気が漏れ、腕の氷刃も研ぎ澄まされていく。
「こんだけ焦らしてくれたんだ……あっという間に参りました、とかはナシだぜ? もっとも……オレ様、フェンリー・ルナエッジのスピードについて来れる奴はそうそう居ねえがな! テメエがここでやられる事には変わりねえが……せいぜい死にもの狂いで抵抗してくれや! 期待してるぜぇ!?」
フェンリーはそう言い終わった途端、掻き消えるほどのスピードでヴァンに飛び掛かる。ヴァンはすぐさまナックルバスターの引き金を引いた。
魔力弾は真っ直ぐにフェンリーに向かうが、相手の移動スピードが速すぎてまるで当たらない。
思わず舌打ちをしつつ、ヴァンは両足に力を込めてどっしりと腰を据わらせながら、右手に持ったナックルバスターを使って魔力弾を放つ。
しかし相手は予想以上の速さで場を駆け回り、全ての弾を
「ガアゥ!」
「これで──どうだ!」
氷刃がヴァンの喉元を貫こうとしたその瞬間、ヴァンは
まるでガラスが割れたような音が演習場に響き渡る。ヴァンはハッとなり、自分が殴ったのが何かを理解する。
「氷の分身か!? いつの間に──」
「ほらほら、どうしたどうしたぁ! もうギブアップかぁ!?」
気が付けば数体のフェンリーがヴァンに襲い掛かってきていた。
それら全てが本体と同等のスピードを持っている。一発の威力が高いものの、連射性や速攻性が低いモデルFXでは辛いと判断したヴァンは、モデルZXに変身しようと懐に手を伸ばす。
しかし、それを遮る声がヴァンの頭で鳴り響いた。
『おい、ヴァン! まさかオレのケンカを途中でほっぽり出すなんてこたァねぇよなぁ!?』
「そんなこと言ったってな……」
『うるせぇ! 最後までやらせろ!』
「ああ、分かった! 分かったよ!」
頭の中で怒鳴り声が鳴り響くというのはなかなか辛いものがある。ここは素直に従うことにしたヴァンは、引き金の近くにあるパネルである操作をする。
──まぁ、策が無い訳じゃないからな。
内心でそう呟きつつ、フェンリーに向かってバスターを撃つ。
「馬鹿の一つ覚えか! そんなもんがこのオレ様に当たるとでも思ってんのか!?」
「前しか向かない駄犬には充分さ」
ニヤリと笑ってヴァンがそう言った時、フェンリーの
まさか横から喰らうとは思っていなかったフェンリーは、思わず動きが鈍った。その隙を見逃さなかったヴァンは一気にバスターを連射し、氷の分身を全て消し飛ばす。
フェンリーは急いで後方に下がり、ヴァンから距離を取る。その時、ヴァンが撃ったバスターがある場所でカクカクと曲がり、変則的な動きをしている事に気づいた。それと同時に何故自分が当たったのかにも気付く。
「チィッ! ギリギリで避けていたのがアダになったか!?」
「このまま墜とさせてもらうぞ、駄犬!」
「オレ様は狼だ!」
フェンリーはそう叫ぶと身体を氷の膜で覆い、回転しながらバウンドしてヴァンに近づいていく。
ヴァンはナックルバスターで狙い撃つが、相手は回転することによって全ての弾を受け流してくる。それを見たヴァンはただのバスターでは意味がないと判断し、チャージを開始した。
頭上にきたタイミングでヴァンは腰を低くしてナックルバスターを後ろに引く。
そして魔力を込めて思い切り殴りつけた瞬間──爆炎が燃え上がりフェンリーを吹き飛ばす。
ライブメタルの中で随一の破壊力を持つモデルFの力は凄まじい威力を発揮し、フェンリーを守っていた氷の膜を粉々に破壊してそのまま壁に叩き付けた。その衝撃で壁には巨大な亀裂が入り、両腕のブレードも割れる。
──このまま、攻めきる!
ヴァンはナックルバスターを構え、チャージを開始した。
──満身創痍になりながら、フェンリーは人知れずに笑う。
最速を自負している自分についてくる攻撃の数々。油断すれば一瞬でやられるという緊張感。それら全てが、フェンリーにとっては快感になっていた。
もっと戦っていたいという自分の欲求が暴れるが、自分は命令に逆らえないという機械の宿命を持っている。そんな自分の身体に苛立ちを覚えながら、フェンリーは決着をつけるべく腕を前に突き出した。
「ぐ……へっ、やるじゃねぇかぁ! だがこいつは避けらんねぇだろ!」
雄叫びを上げるとヴァンを囲むように分身を出す。それと同時に両腕に膨大な魔力が集まり、先程以上に巨大な氷のブレードが現れた。フェンリーはそれを地面に突き刺すとその腕を力任せに振り上げる。その瞬間、腕から氷の斬撃が飛ぶ。
その斬撃は周囲の空気を凍らせて地面を割りながら、ヴァンに襲い掛かる。まるで鮫が背びれを出して急襲してくるような形をした氷の刃は、ヴァンを二つに裂こうと迫ってきた。
「確かにそれは避けられない……だけどな!」
ヴァンはナックルバスター同士を打ち合わせ、魔力を込める。
その魔力は炎へと変換されていき、周囲の温度を上昇させていく。
「俺の攻撃で吹き飛ばしてしまえば関係ない! O.I.S発動!」
そう叫んだ時、ヘルメットのクリスタルが赤く煌めく。そして燃え上がるような魔力がヴァンを覆い、銃口の輝きがさらに増していく。
O.I.Sとはオーバードライブ・インヴォーク・システムの略称で、適合者の意志でライブメタルのエネルギーを暴走させる事で本来の能力以上の性能を発揮させる、ライブメタルの機能だ。
これによってヴァンの魔力を著しく上昇させることが出来るが、ライブメタルと適合者自体にかかる負担も大きい為あまり多用することのできない、正に“切り札”なのだ。
「グラウンド──」
ヴァンはナックルバスターを上に掲げ、二つを重ねる。
周りを漂う魔力は螺旋を描いてナックルバスターに集まっていき、小さな太陽が出来た。
「ブレイク!」
それを思い切り地面に叩き付けると、そこから巨大な炎の波が現れる。
波はなんの障害もなかったように氷の斬撃を溶かし、フェンリーさえも一瞬で飲み込んだ。
ナックルバスターを背中に戻し、ヴァンはO.I.Sを解除する。その時思わず膝をついた。
「ふう……流石に、まだ慣れてない……かな」
『おいおい、大丈夫かよ?』
「……ああ、大丈夫だ。まだ身体が出来上がってないだけだと思う」
『無理はすんじゃねぇぞ? お前が倒れたらオレ様がケンカできなくなっちまうからな!』
「主に原因はお前なんだがな……」
なんとか立ち上がりモデルFの言い草に苦笑していると、何かが起き上がる音が聞こえた。
ナックルバスターを構えそちらを向くと、右腕と両足が大破しボロボロになっているフェンリーがこちらを見て嗤っていた。
「ガルルゥ……オレ様もこれまでか……だがなぁ、ロックマン! あの方の計画は……お前には止められねぇ! 今から守れなかった時の言い訳でも……考え──と──け」
そう言うとフェンリーは音を立てて崩れ、目から光が失われていく。どうやら機能を停止したらしい。ヴァンはそれを聞いて何か言いたげに口を動かすが何も言わず、そのままフェンリーの横を通ってモデルVの元へ向かう。そしてナックルバスターにチャージし、モデルVを叩き割った。
『……ヴァン、終わったの?』
「プレリーか」
『ええ、モデルVの反応が消えたから。転送もできるようになったからちょっと動かないでね』
ヴァンの足元に魔法陣が生まれる。
そして次の瞬間、薄暗い景色がガーディアンベースの司令部に変わった。ヴァンは変身を解除すると、思わずといった感じで近くにあった誰も座っていない椅子に座る。
「ヴァン、大丈夫? なにかいつも以上に疲れているように見えるけど」
「まあ、ただ久しぶりにO.I.Sを使っただけだから。プレリーが心配するほどじゃないよ」
様子を見に来たプレリーに、椅子に浅く座りながらだらけてそう呟く。
その姿を見たプレリーは眉をひそめて腰に手を当てると、呆れたようにため息をついた。
「ヴァン。あなたって隠しごとがあると鼻の穴が大きくなるの、知ってた?」
「マジで!?」
「嘘よ」
あっさりとした感じでそう言うプレリーに、ヴァンは思わず口元を引くつかせる。その様子を鼻で笑いながら、プレリーは腕を組んでヴァンを見た。
「あなたの隠しごとくらい、簡単に分かるわ。もうかれこれ三年近い付き合いよ?」
「ああ、そうだったな……」
ヴァンは諦めたように頭を掻くと、椅子にもたれかかり上を向いた。
そして「さっきの戦闘でなんだけどな」と話し始める。
「相手のレプリロイドが言ってたんだよ。お前に計画は止められない、今から守れなかった時の言い訳でも考えとけってさ」
「……なるほど、それで?」
「計画がなんにせよ、俺は必ず止めてみせる。でももし、俺が失敗した時の事を考えると怖いんだ」
思い出すのは殺されかけている両親の姿。あの時、自分は二人を助けることができたと思っていた。しかし実際はそんなことはなく、結果として二人は重傷を負うことになった。
ヴァンはその時、自分の力の無さを嘆いた。そして望んだ。護れる力を。
歳相応ではないヴァンの強さの理由はここにあった。あの時、二人を護れなかった後悔。その後悔がヴァンを突き動かし、そして強くした。
しかしそれでも、とヴァンは思う。
自分はまだ弱いのではないか、また護れないのではないか──そう考えてしまうのだ。
「失敗して、俺の友達が傷つくなんてことがあったら俺は──」
「相変わらず馬鹿ね、ヴァンは」
呆れたように肩を竦めるプレリーにヴァンは思わずカチンとくる。
「あのなぁ、俺は真剣に──」
「失敗した時の事を考えてどうするのよ」
仁王立ちでヴァンを見下ろすプレリーの眼には怒りの色が浮かんでいた。
ヴァンはその視線に少し動揺する。
「あなたは強い。それは私が保証する。だからあなたが失敗を恐れる必要はないの」
「でも、考えちゃうんだよ! 仕方ないだろ!?」
「大丈夫よ。私があなたを信じてるから」
「はぁ!?」
思いがけないプレリーの言葉にヴァンは目を見開く。
その時、ふわりと微かな甘い香りがヴァンの鼻腔をくすぐった。一瞬何が起こったか分からなかったが、すぐにプレリーに頭を抱きしめられている事に気付いた。
思わず離れようと顔を引くが、思いのほか彼女の力は強くて抜け出せない。そんな中で、プレリーはそのまま言葉を続けて言った。
「私があなたをどれだけ見てきたと思っているの? そんな私があなたを信じているんだから、大丈夫」
「……プレリー」
そっと身体を離しこちらを見る優しげな彼女の眼差しに、ドキリと心臓が跳ねる。呆然とプレリーを見ていると、彼女はほんのりと顔を赤くしながらプイッと顔を背ける。
恥ずかしかったのか、その赤みは首筋にまで達している。ヴァンはそれをキョトンとしながら眺めた後、プッと吹き出した。
「……っく、くく」
「ちょ、笑わないで!?」
くつくつと笑うヴァンに、プレリーはポコポコとヴァンを叩く。痛くないそれを受けながら、ヴァンは「ごめんごめん」と謝りつつ、すっと目を閉じて深呼吸をする。そしてゆっくりと目を開けた。
──まだ完全に悩みを振り切った訳じゃない。自分の力に自信がないと思う部分もまだある。失敗した時を考えれば、今だって目眩が起きそうだ。だけど、そんな弱い心を持つ自分を信じてくれる人がいる。なら、俺は自分を信じてくれる彼女を信じて戦えばいい。そう考えた時、ふと簡単な答えに気付いた。ヴァンは思わずといった様子で笑いが溢れる。
その時、船が大きく揺れた。
「ッどうしたの!?」
「敵レプリロイドが出現! ガーディアンベースの甲板で暴れています!」
オペレーターが画面を操作すると、甲板の画像が映し出される。そこには手から冷気を放ち、氷の角を生やしている鹿型のレプリロイドがいた。
『むふー、ここのやつらがあの方の邪魔をしているのかー。ならこのブリザック・スタグロフさまがお前らをぶっこわしてー。あの方に昇進させてもらうのだー。むふむふーッ!』
「甲板にある砲台が次々に凍らされていきます!」
「……ッ! ヴァン、お願いしていい!?」
「任せとけ!」
ヴァンは勢いよく立ち上がり、転送装置へ移動する。
その足取りは、先程までの迷いを感じさせないものだった。
「転送準備完了! 転送します!」
そして一瞬で景色が変わり、次元空間に囲まれた甲板の上に出る。ヴァンに気づいたブリザックがこちらを向く前に、ヴァンは懐からモデルⅩとモデルZのライブメタルを取り出して構えた。
魔力を込めるとライブメタルが輝きだし、青と赤の光が生まれる。
「──簡単な事だったんだ。悩む必要なんてない、恐れる必要なんてない」
「むふー、お前があの方の邪魔をしてるってやつかー。ならお前を倒せばさらに昇進だー!」
ブリザックがヴァンに向かって走ってくる。ヴァンはそれを不敵な笑みで見ながらライブメタルに魔力を込め続けた。
「ただ、俺の目の前に敵が現れたなら──」
「むっふー!」
一瞬の閃光。
ロックマン・モデルZXになったヴァンはZXセイバーを掲げ、魔力を込める。
普段のヴァンならば、相手が辿りつくころにチャージが完了している事はなかっただろう。しかしヴァンは、数秒もかからずにチャージを終わらせ、構える余裕が出来るほどの時間を作った。
それは今までヴァンがやろうにも出来なかった、チャージ時間の圧縮だった。
こんな簡単に出来てしまった事に内心驚くが、逆に何故今まで自分が出来なかったのか分かり、ヴァンは薄く笑う。
自分に足りなかったのは、覚悟。
その覚悟を剣に乗せ、思い切りブリザックに向かって振り抜いた!
「叩き斬る、までだ!」
※12月8日修正