魔法少女リリカルなのはZX   作:bmark2

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第3話 崩し蝕む樹婦人

「ほらほら、速く動かないと当たるぞ」

「にゃー!」

 

 とある日の日曜日の早朝。

 自身が張った結界内で、ユーノはタラリと冷や汗を流しながら空を飛ぶ一人の少女を心配そうに見守っていた。

 その視線の先では迫りくる魔力弾の嵐に涙目になりながら、なんとか当たらないように避けつつ向かってくる弾を撃ち落としているなのはの姿があった。

 地上でZXバスターを構えるヴァンの狙いは的確で、なのはが一瞬でも気を緩めれば即座に墜とされてしまうだろう。それは傍目から見ているユーノにもよく分かった。

 そんな魔力弾が飛び交う空を眺めながら、ユーノはふとヴァンに目を向けた。

 自分と同じ年齢の彼は、一体どれほどの訓練を重ねたのだろうか?

 いくら彼のデバイスの性能が良いものだとしても、それだけではあのレプリロイドとかいう機械には勝てないだろう。きっと相当な努力をしてきたはずだ。

 もしも自分だったらあそこまでの技量を持てるようになるまで努力を続ける事は出来ない。何か明確な目的でもない限り──。

 ユーノがそこまで考えた時、場の空気が変わる。

 思考を中断させヴァン達を見てみると、訓練は終盤にかかっていた。

 

 魔力弾の嵐は暴風雨へと変わり、なのはの顔は涙目を超えてもはや泣いている程になっている。

 それを無表情で見つめながら引き金を引きつつ、ヴァンは少し思うところがあったため、片手で撃っていた銃にそっともう片方の手を添える。

 

 ──うん。ちょっと試してみるか。

 

 ヴァンはなのはの移動する場所を予測し、そこへ魔力を溜め込んで放つ攻撃──チャージショットを放つ。手加減をしているとはいえ、今までとは段違いの威力を持った攻撃に驚いた表情をするなのはは、咄嗟にプロテクションと呼ばれる半球状のバリアを目の前へ発動させる。

 その瞬間、魔力同士がぶつかる時に起こる独特な衝突音が辺りに一瞬だけ(・・・・)響き渡る。

 見ると彼女はチャージショットを受け止めることはせず、受け流すことによってそれを躱していた。ヴァンはチャージショットをバリアで受けきるかと思いながら撃ったのだが、予想以上になのはは魔法の扱いに慣れ始めているらしい。

 ヴァンはそれを見て頷くと、構えていたバスターを下ろしなのはを呼ぶ。

 

「十分間バスター逃げ切り試験は見事合格。と、いう訳で今日の朝練は終了」

「……ありがとうございましたー」

 

 項垂れるなのはに労いの言葉をかけながら、ヴァンは内心驚いていた。ユーノが基礎を教え、ヴァンがそれを実戦形式で教えるという特訓が始まってからはや数日。なのはの今日までの成長ぶりはヴァンが見ても異常と思えるほどだった。

 砂が水を吸い込むように、と表現するのがピッタリに思える。なにせユーノが教えた事、ヴァンが教えた事をすぐに理解し、文句がないほどしっかりと使いこなすのだ。これほどまでに魔法の才能があるとは思わなかった、とヴァンは舌を巻く。

 他にも近接戦闘やバインドを受けた時の為の訓練もしたのだが、それらもメキメキと上達してきている。今のなのはは以前に無理だと考えていたAAAクラスの魔導師クラスに匹敵するのではないだろうか?

 

 というか、こんな短期間でここまで実力つくなのはの才能って……俺でもここまで出来るようになるまで一月はかかったぞ……。

 

 予想以上のなのはの成長、そして自分との才能の差を感じながらしょぼくれていると、

 

「なのは、お疲れ様。はいこれ」

「ユーノ君……ありがとう」

 

 ベンチに座りダラッとしているなのはに、買っておいたスポーツドリンクをユーノが渡していた。それを一気に半分まで飲むと「ぷはぁ!」と口についた水滴を手で拭い、安らいだ表情になる。それを見て悩んでいた自分がバカらしく思えたのか、ヴァンはため息一つ吐いた後、呆れたように笑いながらなのはの隣に座る。

 

「それにしても、なのはも上達したよな。前のジュエルシード見つけた時なんか俺いらなかったろ」

「い、いやー。それほどでもないよ」

「なのは、そう言われると僕は少しへこむかも……」

「ふぇ!? じゃ、じゃあそれほどでもあります!?」

 

 顔に影がかかるのが見えそうなくらい落ち込むユーノの姿を見て、なのはは思わずワタワタと両手を顔の前で振りながら慌てだした。

 事実ユーノがへこむのも仕方がない。それほどまでにすごかったのだ。

 顔を赤くして俯くなのはに笑いかけ、ヴァンは思い出したように「あ」と声を出した。

 

「そうそう。悪いが今日は少しここにいられないんだ」

「どういう事?」

 

 申し訳なさそうな顔をして謝るヴァンになのはは首を傾げる。

 ヴァンは両手を合わせて頭を下げ、理由を話した。

 

「実は別世界に行かないといけなくなった。ちょっと探し物が見つかって」

「探し物? ジュエルシードみたいな?」

「ヴァンも何かを探しているの?」

 

 二人の質問に少し考えて「……まぁ危険な物だ」と言い、ベンチを立つ。

 こればっかりは教えても意味がないだろうし、ある意味ジュエルシードよりも厄介かもしれないからだ。そしてそのままなのはに振り返り、

 

「言っとくけど、ジュエルシードを集めるのはいいがレプリロイドを見たら逃げるんだぞ?」

「大丈夫、今日は少し用事があるからジュエルシード集めはお休みだよ」

「なのはのお父さんが監督しているサッカーチームの応援に行くんだ」

「なるほどね」

 

 それなら彼女たちが危険になることもないだろう。

 ヴァンはそう判断し、二人に笑いながら手を振って、公園から出て行った。

 なのははそれを見送った後「よしっ!」と言いながらベンチを立つ。そして張り切った様子でユーノに目を向けた。

 

「ユーノ君、特訓再開しよう!」

「ええっ!? もう大丈夫なの?」

「うん! ヴァン君にばっかり頼ってちゃいけないもん、私も頑張らなくちゃ! ね、レイジングハート?」

『その通りです』

 

 胸の前で揺れている赤い宝石からそう力強い声が帰ってくる。

 それを聞いてユーノはやれやれと呆れながらも、練習に付き合うのだった。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 なのは達と別れて数時間。

 ヴァンは次元空間航行艦船に乗って別の次元世界に向かっていた。その中のとある一室で目的地に着くまで暇なヴァンは、設置されていたベッドに寝転がりライブメタル達と話していた。

 

「この船がアースラだったらクロノにジュエルシードの事を相談したかったんだけど……」

『他の管理局員の人には話さないのかい?』

「んー……なんていうか、ユーノが今以上に責任感じて潰れそうな気がしてならない」

 

 単身でここまで来るほどだ、よほど責任を感じているはず。

 もしここでヴァンが管理局員に事情を話し、全てを管理局員に任せてしまったら「迷惑をかけてしまった」とか言って塞ぎこむかもしれない。

 

 まぁどちらにしてもこれを片付けてからだな──そう考えつつ窓の外を見ると、目的の次元世界が見えた。そこは一面銀世界で、全てが白に染まっていると言っても過言ではなかった。見ているだけで寒く感じてきそうなほどだ。

 ヴァンは軽く伸びをしてベッドから立ち上がり部屋を出る。すると部屋の前にヴァンを呼ぼうとしていたのか、一人の大柄な男がノックをしようとする格好で目を丸くしていた。

 彼──トンという筋骨隆々な男はコホン、と息を整えると、ジェスチャーで“ついてこい”とヴァンに告げてそのまま歩き出したのでヴァンはそれについていく。

 

「モデルVはどこにあったんですか、トンさん」

「ああ、この世界にひとつだけポツンと建てられていた工場の中にライブメタルの反応があったそうだ」

「この世界に人間は?」

「確かめてみたが生体反応は検出できなかった。誰一人としていないだろう。何故工場があるのかは分からんがな」

 

 そんな話をしていると、どうやら司令部についたようだ。扉が開き、中に入ると十数人の人間がカタカタとコンソールを叩いている。その中で階級の高そうな制服を着た一人の女の子がヴァンに気づき、近づいてきた。

 

 ぬいぐるみを胸の前に抱えながら、凛とした表情でそう言う彼女の名前はプレリー・アルエット。彼女はクロノと同じ年齢にも関わらず、ヴァンと同年代にも見える幼げな顔立ちからは想像できないが、なんとこの船──ガーディアンベースの艦長を務めている。

 モデルVの捜索にあたって抜擢されたのが彼女だった。

 

「来たわね、ヴァン。早速だけどミッション内容を説明させてもらうわ。あなたにはここから見えるあの工場の中に潜入し、モデルVの回収もしくは破壊を行ってもらう事になる」

「了解だプレリー。どこから入る?」

「それなんだけど、モデルVの影響か直接内部に転送することが出来ないの。だから工場からだいたい50メートル程離れた位置に転送するから、そこから工場を目指してほしいのよ」

 

 プレリーが近くにいた局員に指示を出すと、目の前にモニターが現れる。

 そこには、雪に埋もれかけている工場が映し出されていた。そして入口付近には、赤いランプを回しながら暴走している警備ロボットがちらほらと見かけられる。どうやらモデルVの影響を受けているようだ。

 

「なるほどな。なにか気を付けることは?」

「そうね……見ての通り、雪で覆われているから足場には気を付けて、ってくらいかしら」

 

 フフフ、と笑いながらそう言うプレリーに苦笑を返しながら、ヴァンは転送装置の中に入る。

 

「それじゃ、行ってくる。モデルVまでのオペレート頼んだ」

「ええ、分かったわ。気を付けて」

 

 プレリーの言葉に頷いて返した瞬間、転送装置が起動し司令部から雪の世界へと景色が変わる。変身していないヴァンの肌に、雪が容赦なく刺すような痛みを与えてきた。

 

「うう、さぶい! ロック・オン!」

 

 ロックマン・モデルZXへと変身することでいくらかの寒さは軽減できたが、それでも少しは冷たく感じる。思わず両腕を擦りながら、工場を目指して走っていく。

 そしてヴァンの存在に気付いた警備ロボットがけたたましい音を鳴らして武器をこちらに向けてきて──。

 

 

 

※※※

 

 

 

 一方その頃。

 なのはの父親のコーチ兼オーナーをしているサッカーチームの応援も終わり、アリサやすずかと翠屋でケーキを堪能した後。

 ユーノと魔法について話している時にそれは起こった。

 

「──ッ! ユーノ君!」

「うん! 行こう!」

 

 ジュエルシードの反応を感じて急いで家を出たなのはは巨大な木が街中に根を張っているのを見て、全貌を見るためにあるビルの屋上へと向かった。

 そこから見えた街の景色は酷い事になっていた。ビルに寄生するかのように巻き付く巨大な根。街のほぼ半分以上がその木の根で覆われており、そこからジュエルシードを探すのはとても困難に思える。そこでなのはがエリアサーチを使う事でジュエルシードの場所が判明したのだが、何かの違和感を感じた。

 

 その違和感がなんなのか──思わず首を傾げるなのはだったが、それはすぐに分かった。ジュエルシードによって生えてきた木の根がだんだんとしなびてきているのだ。

 木がこんなにも早く枯れていく事なんて、普通はありえない。

 一体どうしたのかと驚いていると、ほんの数十秒でほとんどの根が色を失い、ボロボロになる。

 

「どうなっているの……?」

「分からない。とりあえずジュエルシードを封印しに行こう!」

「う、うん!」

 

 ユーノの言葉に頷いて、空を飛びジュエルシードの元へ向かう。

 結界によって人の姿は見られないはずなのに、ふと視界の隅に何かが映った。なのはは咄嗟にビルの陰に隠れる。

 そしてそっと覗いてみると──そこには、鋼鉄の花が咲いていた。

 

 その花はゆらゆらと揺れながら、目の前に浮かんでいるジュエルシードを撫でる。そしてそれを体内に仕舞うと近くの木の根にそっと触れた。

 蔓のような腕を這わせ、そのレプリロイドは楽しげに笑う。

 

「ジュエルシードが生み出したこの樹木……なかなかいい魔力エネルギーだったわ。アルベルト様から貰えないかしら」

 

 腕を組み悩ましげにそう呟くレプリロイドの視線は、ゆっくりとその傍らに倒れている子供二人に目を向けた。

 この二人の願いが生み出した木は素晴らしい。が、一つだけ欠点がある。

 

「リンカーコアを持たないただの人間はわたしのエネルギーにならないのよねぇ……でも放っておくのも勿体ないし、わたしの子供たちの養分になってもらいましょうか」

 

 レプリロイドは尖った足を子供たちの方向へ進める。そして腕が子供二人に近づき──

 

「──何の用かしら? わたしは今、この子達を養分に変える事に忙しいのだけれど」

「そんな事させないッ! ユーノ君!」

「うん!」

 

 ユーノが呪文を唱えると、子供二人の姿が掻き消える。

 それを見た花のような形をしたレプリロイドはイラついたようにため息を吐く。

 

「結界ね……それで、貴女たちはどうしようというの? まさかこのわたしを倒すつもり?」

「はい! ヴァン君から聞きました……あなた達はジュエルシードを集めて悪い事をするって! だからジュエルシードをこっちに渡して!」

 

 レイジングハートを構えながらそう叫ぶ。ヴァンからは逃げろと言われたけれど、何の関わりのない一般人に手を出そうとしたレプリロイドを、なのはは許す事が出来なかった。

 しかしそのレプリロイドは、なのはをしばらく見ると突然笑い出す。まるで面白いジョークを聞いたというように。

 

「ふふふっ……わたしを倒す? 冗談も程々にしなさい。そんな出来もしない事をするのはエネルギーのムダよ」

「そんなの、やってみなくちゃ分からないよ!」

 

 余裕の表情で言うレプリロイドにそう返すが、まるで聞いていないように笑っている。

 すると彼女は腕をなのはの方に向け、笑い交じりにこう言った。

 

「その考え自体がムダな事だと気づかないなんて愚かね……いいわ、……勿体ないからあなたのそのムダなエネルギー……私、ノービル・マンドラゴがもらってあげる、カラカラに干からびるまで……吸い尽くしてあげるわ!」

「来るよ、ユーノ君!」

「うん!」

 

 ノービルは伸ばした腕からなのはに向かって石のような弾を発射する。

 なのははそれを移動しながら、時に避け、時にレイジングハートで払い落としながら、なんとか攻撃をやり過ごす。なのはに当たらなかった弾はビルの壁や地面に埋まり、見えなくなった。

 

 相手の弾を避けながら、内心なのはは驚いていた。まさか自分がここまで動けるとは思わなかったからだ。

 

 今までなのはの相手はジュエルシードの暴走体という理性を持たないただの獣のようなモノばかりだった。ただ、魔力で力任せに縛り付けて封印するだけでいい。だからヴァン達との特訓の成果を実感するには程遠かった。が、今なのはが闘っている相手は違う。

 

 こちらの動く先を読んでその場所に攻撃を加えてくるほどの知能。ただ攻撃すれば終わりという訳ではない、自分も相手の行動を読んで攻撃しなければ簡単に避けられる。そんな相手と渡り合えている──それだけでなのはは自分が強くなっている事を確信できた。

 

「ディバイン──」

「へぇ、まぁまぁやるようね」

 

 レイジングハートの杖先に桃色の魔力が生み出され大きくなっていく。

 圧倒的な魔力を前にしながらノービルは不敵に笑い、両足を揃え両腕を上にあげ高速で回転しだす。なのははそれを訝しげに見つつ、引き金を引いた。

 

「バスター!」

 

 なのは自身に宿る膨大な魔力を放つ魔法、ディバインバスターがノービルに向かって放たれ、大きく砂塵が舞い上がる。

 なのはは構えを解かないままいつ攻撃がきても対処できるよう警戒を続け、レイジングハートを強く握り締めた。  

 

「これで倒せたならいいんだけど……まだ、だよね」

「うん。この程度ならあのヴァンが手こずるはずがない」

 

 肩に乗ったユーノも真剣な表情を解かずにそう呟く。

 しかしいつまで経っても何も起こらない。

 

 まさか本当に倒した……?

 

 思わず構えを解きかけた時──レイジングハートが後ろ(・・)にプロテクションを張った。

 その瞬間、爆音が背後で鳴り響く。すぐさま後ろを振り向くと、そこには花の形をした小さい砲台がこちらに銃口を向けている。

 なのははそれに向かってディバインシューターを撃とうとレイジングハートを向けた時、またしても魔力弾が飛んでくる。今度は後ろからだけでなく、四方八方からなのはを墜とそうと魔力のつぶてが襲いかかってきた。

 

「どういうこと!?」

「一体いつこんなに……!?」

「わたしの種の感想は何かあるかしら?」

 

 声の聞こえた方向を向くと、地面から回転しながら出てくるノービルの姿があった。彼女は身体についた土を軽く払うと、腰に手を当てなのは達を眺める。

 

「種……?」

「あっ! もしかして最初に撃ってきたアレの事!?」

「ご名答。よく気が付いたわね、褒めてあげるわ」

 

 パチパチと手を叩いてそう言うノービル。明らかにバカにしている。そう感じたなのはは思わず顔をムッとさせる。そんななのはの顔を見て、ノービルは恍惚とした表情になった。

 

「いいわぁ、その反抗的な表情……その顔が泣き叫ぶ様を見たくなってきたわ」

 

 ノービルが手を振り上げる。すると辺り一面に花の砲台が現れた。それは数を数えるのも嫌になってくるほどの量だ。それら全てが、一斉になのはに狙いを付ける。ノービルは笑みを絶やさず言葉を続ける。

 

「そおら──踊りなさい!」

 

 その声と同時に、全ての砲台から砲撃が放たれる。

 それは云うなれば、魔力の嵐(・・・・)。しかしこの光景はなのはにとって見覚えがあった。しかも、つい最近。それも今朝の出来事。

 

 その瞬間、なのははほぼ無意識のうちに行動を開始させていた。

 

 自身の身体を狙ってくる弾を紙一重で躱し、避けきれない弾は逸らす。さらには弾を狙い撃つ事で相殺させ、余裕があれば砲台を破壊する。

 もはや身体が動きを覚えているような、そんな不思議な感覚の中でなのははレイジングハートを巧みに操っていく。

 そんな彼女の肩に乗っているユーノは戦慄を禁じ得なかった。

 

 なのはに魔法を扱う才能があることは知っていた。けれど、これほどまでだったなんて──!?

 

 まさに魔法において天賦の才に恵まれた、天才児。

 これなら、あのレプリロイドにだって勝てるかもしれない。そう思い始めた。

 

 その一方で、ノービルは苛立っていた。

 自分の思惑では今頃、目の前で飛び交っている少女は地面に墜ち、わたしに踏まれながら悔しげな顔を見せる──そのはずだったのに。

 あの白い魔導師は未だに健在だ。そして一向にやられる気配を感じない。サディストである彼女にとって、自分の思い通りに動かない者がいるというのは許せないことだった。思わず魔力を開放しかけた時、ふとあることを思い出す。そして妖艶に笑い、腕を魔導師に向けた。

 

 ──まぁいいわ。ここまで頑張ったご褒美として、これをご馳走してあげましょう。

 

 そう内心で呟き、腕からあるものを発射する。それはノービルが放ったのは地面から吸い上げ、様々な養分を凝縮した特別な養液で、真っ直ぐに魔導師の元へ向かうと相手は予想通りバリアで受け止めた。するとバリアに当たった養液が飛び散り、ほんの少しだけバリアジャケットに付着する。すると、待機させていたハチ型のメカ二ロイドと呼ばれる機械達が一斉に魔導師に向かっていく。その数は辺り一面を黒で覆うほどだ。

 

 そしてそのメカニノイド達にはある命令がインプットされている。それは彼女が発射した養液を吸い取ってくるというものだ。それはつまり付着した養液を取り除かない限り、あの魔導師をほぼ永久的に追いかけると云う事。

 しかもそのメカニノイドの大きさは小型犬と同じ程の大きさだ。その大きさの針に刺されればひとたまりもないはず。

 流石に普通の魔導師なら、これだけのハチ達を相手にするのは難しいでしょう──ノービルはほくそ笑みながら、そう考えていた。

 

 しかし。彼女の誤算はもうひとつあった。それはノービルが相手にしているのは普通の魔導師ではないという事。

 

 

「ディバインバスター・フルバースト!」

 

 

 ──その叫びとともに膨大な光の波が煌き、黒い壁を消し飛ばす。

 先程のものとは違い、拡散するように放たれたそれはハチ達を消滅させていく。

 

 そして数十秒も経たないうちに、ノービルが用意しておいたメカニノイド達は全て破壊された。それを見たノービルは、思わず目を見開いた。

 

「こんな事──!?」

 

 ありえない。

 ノービルは余裕のある顔から一変、焦りの混じった表情になる。彼女がジュエルシードの樹木から得た魔力から作り出したハチ達の数は軽く数千を超えていた。

 砲撃魔法が凄くても、機動力の高いハチ型メカニノイドなら翻弄しつつジリジリと体力を削っていけるだろうと考えていたが、それをあんな力技で破るなんて……!

 

 相手の実力を見誤ったことを理解したノービルは顔を顰める。そして相手がこちらに向かってくるのを見て、彼女のイラつきは最高潮に達した。

 魔導師が破壊したメカニノイドや砲台は、彼女がジュエルシードの魔力から作り出したもの。いうなればノービルの子と言っても過言ではないのだ。それを破壊されて、腹が立たないはずがない。

 逆恨みも甚だしい感情を向けながら、ノービルは自身の魔力を解放する。

 

「もういいわ。わたしがあなたを養分に変えてあげる」

 

 駒は役に立たない。もう信じられるのはこの身だけだ。

 ノービルは足を揃え腕を真横に上げると、まるでコマのように高速で回転しだした。更に地面を割りながら、地中へと沈んでいく。

 

 地面に入っていく様を眺めながら、なのはは目を閉じる。そして全神経を集中させ、レイジングハートの杖先に魔力を溜めこみ始める。

 その瞬間、ノービルが背後のビルから飛び出してきた。甲高い回転音を鳴らし、全てを貫かんとなのはの心臓を狙う。

 

「散りなさい!」

 

 ノービルはそこで勝利を確信していた。彼女の脚はどんな岩盤でも突き破れるよう、特別に頑丈に出来ている。そしてこの距離ならば外す事もないし、例え防御されても貫けると信じていたからだ。しかし彼女は見た。魔導師のデバイスの先に、ありえないほどの魔力が集まってきているのを。

 

「ディバイン──」

 

 レイジングハートの杖先に4つの環状魔法陣が取り巻く。その先でだんだんと大きくなっていく桃色の光球。その大きさはノービルを軽く包み込めるほどだった。

 なのははそれをノービルに向けて──トリガーを引いた。

 

「バスタァアアアアア!!」

 

 放たれた桃色の閃光。

 ノービルは迫り来る光に対し、ある感情を抱く。それを認識した時、彼女は思わず叫ぶ。

 

「この、わたしが──!」

 

 恐怖を与え、苦痛の表情をさせる側であるはずのわたしが──!

 しかし、彼女の意識はそこまでだった。何故なら光に巻き込まれたと理解した瞬間、跡形もなく粉砕されたからだ。

 

 そしてその場に残ったのはノービルの体内に保管されていたジュエルシードのみ。なのははそれにレイジングハートを近づけ、回収する。

 ちゃんとレイジングハートに封印されたことを確認したなのはは、ほっと溜息をついた。

 

「ふう……上手くいってよかった……」

 

 正直今でも実感がわかない、と額に垂れた汗を拭いながら彼女はそう感じていた。途中から無意識でやっていたところもある。あと景色が無色に見えたような……?

 

 そんなことを考えていると、ふと視界に入った痩せ細くなっている木の根が完全に消えていく。

 ジュエルシードが封印されたことで維持できる力が無くなったのだろう。消えていく様子を見ながらなのははそのまま空を移動する。

 

 夕暮れに染まっていく空を眺め、グッと拳を握る。

 ──私も、少しは強くなれたかな?

 紅い光に照らされながら、なのははそう考えるのだった。

 




なのはさん強化
※12月2日修正

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