魔法少女リリカルなのはZX   作:bmark2

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書き溜めてから一気に投稿しようと思ったんですが、忘れ去られそうなので出来たら投稿するという形にしたいと思います。
なので不定期更新はそのままですが、よろしくお願いします。



第2話 覚悟をきめて

 とりあえず見つかってしまうと色々と面倒になるだろうと予想したヴァンは、なのは達を連れてその場から離れる。誰にも見つからないように警戒しながら歩いていると、ちょうど公園を見つけたのでそこのベンチで話をしようという事になった。

 息を整えながらベンチに座るなのはと、その様子を心配するように声をかけるフェレットの姿を見ながら、ヴァンはこれからどうしようかと考える。

 

 魔力の波長からして念話を飛ばしていたのは十中八九、このフェレットだろう。

 念話の時の焦った様子はもう感じられないので、問題は片付いたとみていいのだろうか?

 まあ、それはいいんだけど──と、ヴァンはベンチに座ってほっと息をついているなのはを横目で見た。

 

 何故彼女があの現場にいたのか。

 

 彼女は魔法とは無縁の生活を送っていたはずだ。それなのにどうして結界内に入ることが出来たのか。

 ヴァンは理由が分からず首を傾げる。

 

「ど、どうしたの?」

「ああ、いや何でもない。ところで、あの念話を送ってきたのは君?」

「はい。僕はユーノ・スクライアと言います。スクライアは部族名で、ユーノが名前です」

「スクライア? 確か、遺跡の発掘なんかの仕事をやってる?」

「知ってるんですか?」

 

 小動物らしいクリクリとした目でヴァンを見つめるユーノ。

 思わず頭に手を乗せて撫でたくなる衝動に駆られるヴァンだったが、何とか抑えて笑顔で答える。

 

「まあ、父さんから聞いたことがある程度だけどね。俺の事はヴァンとでもロックとでも好きな方で呼んでくれ。それより本題に入ろうか」

 

 居住まいを正し、ユーノと向かいあう。

 ユーノも器用に正座のような体勢になってヴァンの顔を見た。

 

「とりあえず、一体何があったんだ?」

「はい、実は──」

 

 それから聞いた話はこういったものだった。

 ユーノ自らが発掘した“ジュエルシード”と呼ばれるロストロギアの搬送中、事故か何らかの人為的災害によってこの地球に散らばってしまった。そのことに責任を感じ、独自にその回収を行う。

 そして今日、暴走状態になったジュエルシードの封印を行ったのだが失敗し重傷を負ったところをなのはと出会い、一命を取り留めた。そして再び襲い掛かってきたジュエルシードに抗うほどの力を失ってしまっていた為、止む無く念話で助けを求めたという。 

 

 ヴァンはそれを聞いて呆れた表情になる。

 責任感が強いなんてもんじゃない。ユーノの仕事は発掘作業であって、その後の管理は別の者の仕事だろう。それを言ってみたのだが、彼は「それでも僕が発掘しなければこんな事には……」と聞く耳を持たない。頭を掻きながらその頑固さに呆れつつ、ヴァンは口を開く。

 

「まぁいいや、俺も手伝わせてもらうぞ」

「えっ、いいんですか?」

「仮にも管理局員だし、困ってる人を放置できないさ。それに……」

 

 先ほどのレプリロイド──ぺガソルタが何故ここにいたのか。今まで様々な次元世界でモデルVに作られたレプリロイドを見てきたが、地球で見たのは今日が初めてだった。

 モデルVの欠片を回収している彼らが、まさか何もない地球に寄り道するとは思えない。そしてそのタイミングで落とされたジュエルシード。関連性がないと考えない方がおかしいだろう。

 

「……? なんですか?」

「いや、なんでもない」

 

 キョトンとした顔をしているユーノにそう言って、ヴァンは話を終わらせる。

 とりあえずは様子見にしておこう。もしかしたら意味なんてないかもしれないし。

 ヴァンがそう楽観的に考えていると、後ろから声がかかった。振り向くとそこには真剣な顔をしたなのはの姿。

 

 ヴァンはなんとなく嫌な予感がしながら、返事を返した。

 

「えっと、どうした?」

「ヴァン君、そのジュエルシードって危険なものなの?」

 

 嘘は言わないでね? 言外にそう告げられているような気がして、ヴァンはタラリと冷や汗を流す。なのは自身、ジュエルシードの暴走体と戦っているので、違うとも言えない。ここでなのはが聞いてきたのは質問というより確認だろう。その視線は、今まで見たことがないくらいに鋭かった。

 

 親友とも呼べる程親しい人物にそんな眼を向けられた事がないヴァンは、しどろもどろになりながら思わず本当のことを言ってしまった。

 

「あー……まぁ、危険……かな?」

「やっぱりそうなんだ……」

 

 ヴァンの言葉を聞いたなのはは不安げな表情になってヴァンを見た。

 その顔を見て、失敗した事を理解する。彼女は困っている人を見ると放っておけないような正義感の強い女の子だ。そんな彼女に心配をかけるような事を言えば絶対──

 

「ヴァン君、ジュエルシード集めを手伝わせて欲しいの」

 

 やっぱりか! と口に出して叫ばなかったのを自分で褒めてやりたい。ヴァンは口元をヒクつかせながらそう思った。

 目を見る限り、冗談ではないらしい。これはまずいことになった、と頭を抱える。

 

 彼女にいくら力があるとはいえ、危険が伴う作業になるだろう。そんな事に巻き込んでしまう訳にはいかない。

 ヴァンはなのはの願いを断ろうと口を開き──再び閉じる。なのはの瞳の奥にある覚悟。それは昔、仲間を護ると誓った時の自分にそっくりだった。

 

 それを見てしまったヴァンはどうにも断りにくくなってしまった。なんだか断ってしまえば昔の自分を否定してしまう気がしてならない。

 しかし大切な友達を危険な目にあわせる訳にもいかない。ここは心を鬼にしてきっちりと断っておこう。

 

「あー、なのは? ジュエルシードについては俺が──」

「困ってる子がいるのに、放っておくことなんて出来ないよ」

 

 ヴァンの言葉に被せるようにそう話す彼女の顔には、絶対に引かないと書かれていた。

 

 彼女は一度決めた事に関してはテコでも動かない所がある。言ってしまえばかなりの頑固者なのだ。ヴァンはちらりとなのはを見る。こちらに向ける視線は依然強いままだ。どうにか諦めてもらえないか、とヴァンは密かにため息を吐いた。

 

 確かに、危険だ! と怒鳴りつけ、何が何でも彼女に手伝わせない事が出来れば気が楽だっただろう。しかしそんな事をして諦めるとも思えないし、何より友達であるなのはに嫌われるのが怖かった。

 

「と、とりあえず今日は帰りな。一日考えて、明日になったら教えてくれ」

「……うん」

 

 そんなヴァンが選んだのは、先延ばしという何の問題の解決になっていない方法。

 自分の決断力の無さが嫌になりながら、夜空を見上げる。深い色に包まれた空は、ヴァンの心のように暗かった。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 次の日の朝。

 ヴァンは家で一人、朝食を作っていた。

 

「──っと、後は焼けるのを待てばオッケーか」

『坊やも料理上手くなったわよね』

「まぁほとんど毎日作っていれば上達もするだろ」

 

 その傍らで料理の様子を眺めているのはライブメタル・モデルL。

 ライブメタル達の中で唯一、女性の人格を持つ彼女はなんだかんだでヴァンの近くにいることが多い。

 こうやってヴァンが料理をしている様子をよく見ていたりする。

 

『ワタシも身体があったら手伝ってあげられるけどね』

「料理作れるのか?」

『ほとんど毎日作っているのを見れば覚えもするわよ』

 

 先程のヴァンと同じように言ってクスクスと笑うモデルLに思わず苦笑しながら、ヴァンは丁度焼け終えた料理を皿に乗せる。

 そして用意した朝食をテーブルまで持っていき、手を合わせた。

 

「さて、いただきます」

 

 モデルLに見られながら、ヴァンは一人だけで朝食に手を付ける。

 寂しい事には寂しいが、ライブメタル達がいるので沈むほどではない。

 

『ところで昨日の奴の目的、一体なんだと思う?』

「んー、あのタイミングだとジュエルシードで間違いないだろうな。モデルV回収から路線変更でもしたのかね……」

 

 ヴァンは焼き魚の骨を取りながらモデルLの言葉にそう返した。

 そしてふと、今まで闘ってきたレプリロイド達を思い出し、ため息をつく。

 

 ──実はヴァンは既に何度もペガソルタのようなレプリロイドと戦闘を重ねている。

 

 アルベルトが暴走したあの日。

 去り際に聞こえた「各世界に散らばったモデルVを集める」という言葉から、管理局が先にモデルVを探し出してしまおうという事になった。

 とは言ったものの、次元世界は数えきれないほどある。その中から探し出すというのは容易な事ではないだろう。

 

 だがここでヴァンの所有しているライブメタル達が役に立った。

 

 どうやらライブメタルは特殊な電波を発しているらしく、モデルVも例外ではない。

 そこでモデルX達を調べることでモデルVを探すことが可能になった。

 しかし相手もその事は分かっているようで、同じようにモデルVを探しだしたのだ。

 その時、アルベルトの作り出したレプリロイドと戦闘になったのだが、結果は惨敗。幸い死者は出なかったものの、ほとんどの管理局員が大怪我を負う事となったのだ。

 

 人手不足が深刻な管理局でこれ以上人員が減らされるのはまずいと唸った結果、ライブメタルの力にはライブメタルだという事でヴァンに白羽の矢が立った。

 ヴァンとしても自分に手伝えることなら、と進んで協力したのはいいのだが如何せん実力が足らなかった。

 それからヴァンの特訓の日々が始まったのだが……これはまた別の話だ。

 

「……よく生き残れたな、俺」

『坊や? どうしたの?』

「いや何でもない。それよりも今回の件だけど」

 

 味噌汁を一口飲んで一息ついた後、ヴァンはモデルLに目を向けた。

 

「なんであのレプリロイドはジュエルシードを狙ったと思う?」

『そうね……ていうか、あなたも予想できてるんでしょ?』

「いやまあ、そうだけど。ほら、別のやつの意見も聞きたいだろ」

『はぁ……まあいいけど』

 

 やれやれとため息をつくモデルLだったが、すっと真剣な声になる。

 

『ワタシが考えるに、奴らの狙いはジュエルシード同士の共鳴から得られる膨大な魔力。そしてそれらを奪うために搬送中の船を襲ったはいいものの、失敗。この地球に落とされてしまった……と言ったところかしらね』

「だいたい俺もそんな感じだ。ただその魔力をどうするつもりなんだ?」

『モデルVの力を蓄えるためでしょうね。回収したモデルVの欠片と組み合わせればかなり危ない事になるわ』

「へぇ……ちなみにモデルL達にその膨大な魔力っていうのを込めたらどうなるんだ?」

『流石に人の出せる魔力までだったら耐えられるでしょうけど……ユーノの坊やから聞いたレベルだと確実に暴走する』

 

 ヴァンの周りをふわふわと浮いてそう答えるモデルL。

 食べ終わった食器を片づけながら、ヴァンは意外そうな顔をする。

 

「そうなのか?」

『ええ。聞いた通りの魔力の量に耐えられるのはモデルVか──あの(・・)ライブメタルだけだと思うわ』

 

 それを聞いたヴァンは、最後のライブメタルの事を思い出した。

 未だ解けないほど厳重にされた封印処理。いったいどんな力を持ったライブメタルなのか──ヴァンには想像もできなかった。

 

『そうそう、坊や。結局、あの女の子の協力を認めるの?』

「……まだ、分からん」

『そう。何にしても、早めに決める事ね』

 

 モデルLの言葉に、ヴァンは重々しく頷いて残りの朝食に手をつけるのだった。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 そして学校へ向かい、いつも通り時間は過ぎていく。

 

 放課後になり普段通りだったら別のところで別れるところを、用があると言ってなのはと共に帰路につくヴァン。

 商店街まで通りかかった時、ふとなのはが話しかけてきた。

 

「ねぇ……ヴァン君」

「どうした?」

「私ね、決めたの。やっぱりユーノ君を手伝う」

 

 並んで歩いているなのはの顔をチラリと覗き見る。前を向いたその顔はとても真剣だ。

 ヴァンはすっと息を吸い、あまり音を出さないように息を吐く。

 

「ユーノはなんて?」

「うん。『昨日頼んでおいてどうかと思うけど、管理局の人がいるならそっちに頼もうと思う』って」

「なるほどな……」

 

 なのはの表情は少し沈んでいた。

 彼女の性格からして、頼られなかったという事が寂しいのだろう。 

 しかしそれも一瞬。また真剣な表情に戻って話を続けた。

 

「それでも手伝うって言ったら、『また昨日みたいなバケモノに襲われることになるんだよ』って。確かに昨日の子は怖かったけど──」

 

 足を止め、なのははヴァンの目を見る。

 その目には決意の光が浮かんでいた。

 

「──私はもうユーノ君と知り合っちゃったし、話も聞いちゃったから。放っておくことなんてできないよ」

 

 そう言ってフワッとした表情で笑う。

 

 なのはの覚悟。

 

 それを見ても、ヴァンは頷くことが出来なかった。何故なら、まだ巻き込んでいいものか悩んでいたからだ。そんなヴァンが最後に、もう一度だけ確認しようと口を開こうとしたその時。

 

 ──身体を魔力の感覚が通り抜けた。

 

「今の感じは……?」

『ユーノ君!』

『うん! ジュエルシードだ!』

 

 なのは達の念話を聞いてヴァンの顔に真剣みが帯びる。ヴァンは昨夜のジュエルシードで出来た怪物を見てはいないが、今朝のモデルLの話を聞いて警戒度を高めていた。

 ヴァンはなのはがついてくることに一瞬だけためらうが、すぐに魔力を感じた方向へ走り出す。

 そして商店街を抜けた先でユーノと合流し、ある場所についた。そこは外れにある神社だ。

 

 境内までの階段を上がっていく。上がっていくごとに大きな獣の鳴き声が聞こえてきた。

 階段を駆け上がりながら速度を落とさずに、ヴァンはユーノに顔を向ける。

 

「ジュエルシードって動物になったりするのか!?」

「多分、この世界の原住生物が間違って発動してしまったんだと思う! かなり強力になってるはずだから気を付けて!」

「了解──って、なんか飛んできた!?」

 

 ヴァンがライブメタルを取り出そうと懐に手を入れた時、何かの影がヴァンに向かって飛んできた。咄嗟に懐にやっていた手を戻し、その何かを受け止める。

 それは所々黒く焦げていて、だいたい抱きかかえられる程度の大きさだった。なんなんだろうかとそれを抱え直すと、手に湿り気を感じた。見ると自分の手は赤く染まっている。ヴァンはハッとなってそれ(・・)が何なのかを確認する。

 

 それは血まみれになった犬だった。

 

 すぐさまユーノが魔法陣を展開して犬を癒してゆく。ヴァンはそれを歯を食いしばって見て、キッと境内を睨んだ。そして足に魔力を込め、階段を駆け上がる。

 なのはは自分のデバイスであるレイジングハートを起動させながら、慌ててそれを追いかけた。そして境内につくと、そこは凄惨な事になっていた。

 神社は半壊し近くの木は燃えている。地面には黒いすすが出来ていた。なのはは顔を顰めながらその光景を見ていると、倒れている女性を見つけた。

 

「ッ大丈夫ですか!?」

「落ち着けなのは。……気を失ってるだけだ、怪我もない」

 

 横から飛び出しその女性に向かうなのはを落ち着かせ、ヴァンは女性の容体を見る。

 隅の方で倒れていたおかげか、その女性は少し汚れていた程度で怪我らしい怪我もなかった。

 どうやら無事らしい、となのははほっと息をつくが、ふと気になる事ができた。

 

 この状況を作った怪物はどこにいるんだろう?

 

 なのはがそう考えた瞬間──上空から高熱を放つ巨大な蝶が現れた。

 炎の羽をはためかせて現れたその蝶は手がついており、広げた手の中にはジュエルシードが浮かんでいる。ヴァンが変身しようとライブメタルを出したとき、そのレプリロイドがヴァン達を指さして笑い始める。

 

「キャハハハッ! お疲れ―、階段上がるの楽しかったー? アンタ達がここまで必死に上がってくるのを見るの、チョー楽しかったんですけど! キャハハ!」 

「……ちょうちょさんが間違ってジュエルシードを発動させちゃったのかな?」

「あんなゲテモノと一緒にしないでくんなーい? こんな石っころで暴走するとかマジうけるんですけどー!」

 

 思わず呟いたなのはの一言に笑いながら答えるそのレプリロイドは、頭についている機械にジュエルシードを入れると両手に炎を生み出した。

 それを見たヴァン達は咄嗟にその場から離れる。その瞬間ヴァン達がいたところに赤い炎がぶつけられ、地面を大きく抉った。

 

「キャハハッ! 流石に避けるよねー」

「アルベルトの仲間か」

「そうそう! アタシはアルベルト様に作られたレプリロイド、ソル・ティターニャンってゆーの! よろしくー!」

 

 そう言った途端、ソルから感じる魔力が大きくなる。

 それを見たヴァンはライブメタルを握り締めつつ、なのはに声をかけた。

 

「なのは。これからの戦いを見ていてくれ」

「え?」

「なのはが手伝おうとしている事がどういういうものなのか、分かるから」

 

 蝶型のレプリロイドを睨みつけながら、ヴァンはそう告げた。その眼は今まで見たことがないくらい冷たく──そして鋭い。

 

「何その顔、チョーむかつくー。まぁアタシが痛めつけたあの毛玉がぶつかった時の顔はサイコーだったけどね! キャハハ!」

「……やっぱり、あの犬をあんなにしたのはお前か」

「この状況だったらアタシしかいなくなーい? アンタバッカじゃなーい?」

 

 とことんバカにした声で笑うソル。

 ヴァンはそれを無視して、低い声で訪ねた。

 

「なんでジュエルシードを集めてる?」

「アルベルト様の目に留まったからだし! でもそれ積んだ船アタシらが襲う前に襲われてやんの! だからこんなヘンピなトコまで来なくちゃいけなくてもうほんと最悪なんですけどー」

「……?」

 

 その言葉に、ヴァンは訝しげにソルを見た。

 彼女の話だとジュエルシードを積んだ船はアルベルト達が襲ったわけではないらしい。そうなるともう一組、ジュエルシードを狙う輩が出てきてもおかしくない。

 

 もしそうなった場合、ジュエルシードの回収はきつくなりそうだな──と、ここまで考えてヴァンはスッと思考を落ち着かせる。ここまではただの予想だ。本当に敵が現れると決まった訳じゃない。ヴァンは思考を切り替えソルを見る。

 

「ところで、それを俺に教えてよかったのか?」

「別にいいしー。だってアンタ、ここで真っ黒なケシズミになっちゃうんだからカンケ―ないじゃん! キャハハ!」

「そいつはお断りさせてもらおうか。ロック・オン!」

 

 相手が戦闘態勢になったのを見て、ヴァンもモデルXとモデルZを構え変身する。

 現れた紅色の戦士に臆する様子もなく、ソルは笑う。まるでおかしいというように。

 

「キャハハハ! アンタ、このアタシに勝つつもり? ウケるー!」

 

 そう言いながら両手を前に突きだし、魔力を大量の炎に変えてヴァンに放ってくる。

 自身に向かってくるそれらを、ヴァンはセイバーで逸らし、避けつつ、斬り落とす。やがて攻撃の手が止んだ時、ヴァンはこれを好機と見て斬りかかった。

 

 空を飛んでいるソルに刀身が触れるかという瞬間──ソルの姿が陽炎のように消える。

 

 一瞬で背後に現れた彼女はヴァンに向かって再度炎を放つが、ヴァンもそう簡単にはやられない。剣を逆手に持ち替えて斬り上げる事によって難なく攻撃を掻き消すとヴァンは間髪いれずにZXセイバーをバスターに変え、狙いを定めて撃つ。

 が、相手は背中の炎を上手く放射し全てを紙一重で避けていく。しかも避けながらこちらに攻撃することも忘れない。ヴァンは思わず舌打ちをした。

 

 どうやら相手はペガソルタと同じく高機動型でありながら、中距離攻撃を操るらしい。これではカウンターを狙うこともままならないだろう。

 一体どうしたものか──そう考えた時、相手は攻撃の手を変えてきた。

 彼女は自身の背中についた炎に手を添えると、そこから丸いリングを取り出す。するとリングの側面に炎のブレードが現れ、それを投げつけてきた。

 

 ブーメランのように回転しながら飛んでくるそれは追尾機能があるようで、執拗にヴァンを追いかけてくる。

 撃ち落とそうとバスターを構えるヴァンだったが、ブーメランに気を取られすぎて背後から近づいてきているソルに気がつかず、炎弾を食らってしまう。

 

「ぐっ──!」

「ほらほら、もっとアタシを楽しませてよ!」

 

 地面に叩き付けられ思わず息が詰まる。

 すぐさま体勢を整えソルを見るが、息は荒い。なかなか相手に攻撃が与えられず、ヴァンの心に焦りが生まれ始める。

 

 こうもこちらの攻撃が当たらないのには理由があった。

 もしも相手が空を飛ばず地上で戦うようなスタイルで同じような攻撃方法だったなら、持ち前の能力を生かしてさほど時間もかからずに倒せただろう。

 

 では何故攻撃すら与えられないのか?

 

 それは相手が空を飛んでいる事が原因だった。

 ヴァンは飛行の魔法が得意ではない。というより、試験に合格できる最低限の飛行能力しか持ち合わせていないのだ。今までヴァンが闘ってきたレプリロイド達もそれほど飛行能力が高い相手もおらず、高くてもカウンターで決められたため、少し飛べる程度で問題なかった。

 

 そして空を飛ぶ練習の時間を、ライブメタルをより上手く使うための練習の時間にあててしまい使用した時間もあまりない。まわりに壁など高い建造物でもあれば壁を蹴って移動し斬るという変則的な攻撃が出来るのだが、生憎とここは神社。高いものは鳥居くらいしかない。

 

 どうすれば──ヴァンが奥歯を噛みしめた時、懐に仕舞ってあった一つのライブメタルがヴァンに声をかけた。 

 

『ヴァン、ここはオレを使え』

「モデルH? ──そうか!」

 

 モデルHの能力を思い出し、ヴァンの顔に笑みが浮かぶ。

 そしてモデルHを手に取り、持った手を前に突き出して魔力を込める。それによってライブメタルから緑の光が放たれ始めた。

 

「ロック・オン!」

 

 そして一瞬の閃光。

 光が収まった時、そこには翠緑の戦士が立っていた。

 全身を緑の鎧で包み、頭部には赤色のクリスタルが後頭部まで続くヘルメット。

 さらに特徴的なのはヘルメットと背中についた、四本二対のスラスター。

 ロックマン・モデルHXとなったヴァンは専用武器である二本の剣、ダブルセイバーを構えてソルを見据える。

 

「さぁ、仕切り直しだ」

「キャハハ! なに言ってんの? 赤から緑に変わっただけじゃーん!」

 

 ソルはそう言うと先程と同じように炎の刃を生み出して放ってくる。

 それらが来るのを確認した後、ヴァンはスッと目を閉じ、心を落ち着かせていた。

 

「ほら、消えてなくなっちゃえ!」

「ヴァン君!」

 

 笑っているソルの声も聞こえない。なのはの叫ぶ声も聞こえない。

 この時、ヴァンの心は静かな水面のように穏やかになっていた。

 

 刃がヴァンに襲い掛かろうとした、その瞬間──ヴァンの姿が残像と共に消える。

 

 突然消えたヴァンに、ソルは驚きの表情を浮かべた。

 彼女はすぐさま周りを見渡すが、その姿は見当たらない。

 

 一体どこに!?

 

 その時、ソルの背中に衝撃が走る。

 見ると何かで斬られたような傷があった。それによって背中についたブースターが破壊され、機動力が大幅に失われる。

 やられた事にイラついたソルは手当たり次第に炎を撒き散らすが、一向に当たらない。それどころか、自分についた傷が増えていく。

 それはまるでかまいたちの中にいるような────

 

 背後に気配を感じ、ソルはその場所へ炎を撃ち込む。直撃したのか、黒煙が舞い上がった。

 

 ざまぁみろ──そう叫ぼうとした瞬間、煙は掻き消え、ヘルメットと背中のスラスターから魔力を吹きだしながら二刀を構えるヴァンが現れた。

 

「ふう、上手くいったか。久しぶりにこのモデルに変身したから少し不安だったんだ」

『心配するな。制御の方はオレが手伝ってやる。だからお前はアイツを倒す事に専念しろ』

 

 淡々とそう言うモデルHにヴァンは思わず首を傾げる。

 いつもクールで斜に構えている彼が、なんだかいつもと様子が違うように思えたのだ。

 

「……なんか怒ってる?」

『怒ってなどいない。──ただ、人間や動物などの生き物を守るために生まれ、存在するはずのレプリロイドがこうして自然を破壊し、生き物を傷つけている事に許せんだけだ』

「それを怒ってるって言うんじゃ……っと!」

 

 呆れるように笑っていると、炎の塊がいくつか飛んできたのでそれらを避ける。

 見ると肩を震わせこちらをキッと睨みつけるソルの姿があった。

 

「なんなの? ホント訳わかんない!」

「どうやらご立腹のようだ。さっさと決めるぞ」

『ああ』

「そのよゆーの顔、チョーむかつく!」

 

 ソルは無茶苦茶に炎の塊や炎の刃を撃ってくる。しかしモデルHXの飛行能力の前では形無しだった。迫りくる攻撃のことごとくをスラスターを操作して躱し、一瞬でソルに近づいた。そして彼女の懐まで近づくと、ヴァンは怒涛のごとく剣を振る。

 

 一つ一つに重さはないものの、代わりに速さに重点を置いたその攻撃は、ソルの身体を刻んでいく。一撃、ニ撃、そして三撃と斬った時、セイバーから斬撃が生まれソルの身体を貫いた。

 

 もはやボロボロとなったソルはせめてもの抵抗か、一気に後退すると両手を上にあげる。

 するとその両手の上に小さな火の玉が出来るが一瞬で大きくなり──まるで太陽のように熱を放ち始める。

 

「いっくよ!」

「これでラストだ」

 

 それを見てヴァンも勝負を決めるべくセイバーを下に構えながら魔力を集める。

 大気中に漂う魔力をセイバーに込めながら、ソルに狙いを定めた。

 

「燃えちゃえ!」

 

 ヴァンに迫りくる巨大な太陽。

 しかし彼は、それを不敵な笑みで見返した。

 

「プラズマ──」

 

 セイバーから紫電が走る。

 それはだんだんと強くなっていき、さらに風も纏われ始めた。

 そしてそれらが最大まで大きくなった時──セイバーを斬り上げる!

 

「サイクロンッ!」

 

 斬り上げられたセイバーから、雷を纏った暴風が吹き荒れる。

 それは螺旋を描いてソルに向かい、太陽を貫いて相手を巻き込んでいく。

 ソルは何とか逃れようと炎を放つが風の牢から出ることは叶わず、逆に風と雷の暴力にさらされた。

 

「な、んでアタシこんな奴に──! チョー……サイ……テー……キャ、アアアアア!」

 

 ソルは断末魔を上げながら爆散し、ジュエルシードがヴァンの元に届く。

 ヴァンはそれを直接触れないようにデバイスに封印すると、ゆっくりと地面に降りた。

 

 そして呆然としているなのはの前に立ち、声をかける。

 

「ジュエルシードを集めるっていうのはこういう事があるって訳だ。これを見ても、なのはは手伝う気になるか?」

「…………」

 

 彼女からの返事はない。

 それを見たヴァンはまぁそうなるだろうな、と頭を掻いた。

 普通、目の前で想像を絶する戦闘が行われれば尻込みするに決まってる。だが、これで彼女も諦めてくれるだろう。

 

 そんな時、なのはが顔を上げるのが見えた。

 

 ──彼女の表情は多分、心苦しいような、負い目を感じるような、そんな顔なんだろうな。

 

 ヴァンはそう予想しながら、彼女の顔を見る。しかし、そこにはヴァンの予想したものとは違った──凛とした表情を浮かべているなのはの姿があった。

 その表情に思わずヴァンはたじろいだ。どうしてこんな顔を? と思っていると、なのはが口を開く。

 

「うん。私、手伝うよ」

 

 その言葉に、冗談の色は無かった。彼女は言葉を続ける。

 

「確かに、さっきのロボットさんは怖かったけど……私は手伝わないで、ヴァン君達が傷つく方がもっと怖いから」

 

 なのははそう言った後、彼女はちょっと申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

 

「今の私じゃ全然力になれないと思うけど──」

「なら、俺が鍛えるよ」

 

 ヴァンの言葉に、なのははパッと顔を上げる。その顔は「いいの?」と聞いているようだった。

 

 ヴァンはそれにしっかりと頷いて返す。それほどの覚悟を持っているなら、もう言う事はない。

 これから自分に出来ることは、彼女が戦えるようになるまで鍛えてやる事だ。

 

 それまでは、しっかりと自分がジュエルシードを集めよう。

 

「よし、じゃあ明日から早速特訓だな」

「おー!」

 




※11月27日修正

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