魔法少女リリカルなのはZX   作:bmark2

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第5話 無限の可能性と信念との出会い

 ヴァンがジルウェの職場に行きたいと頼んでからちょうど一か月が経った。

 

 その間、ソワソワしている所をアリサに指摘されてからかわれたり、アリサが紫色の髪の毛をした女の子とケンカしているのを見かけたり、次の日にはもう一人加えて仲良くなっていたり、何故かヴァンもその子たちと仲良くなったりと色々な事があった。早くも友達の人数が前の世界より増えた事も機嫌がいい原因だ。

 そんなある日の日曜日、ついにこの日が来た。

 

「やってきました研究所!」

「テンション高いな……」

「楽しみにしてたみたいだからねー」

 

 興奮しているヴァンの後ろで両親二人が呆れたように何か言っているが、まるで気にならない。

 今のヴァンは一種のトランス状態になっていると言っても過言ではなかった。

 

 今までヴァンはジルウェたちと魔法の特訓をしてきたが、その中でヴァンが使っていたのは管理局でよく使われる汎用型のストレージデバイスだった。

 しかしジルウェたちは自分専用のデバイスを使っていたのだ。

 ジルウェの使っていた剣型のデバイスや、エールの使っていた銃型のデバイスを見て自分用のデバイスという物に憧れても仕方がないだろう。

 そんな中でデバイスの見本がたくさん置いてある場所に行けるとなれば、ハイテンションになるのは当たり前だ。

 

「どんなのがあるんだろう……ハルバード型とかあるのか?」

「あの子、ほとんどのデバイスが杖の形状をしている事知ってるの?」

「いや、知らないと思う……」

 

 うきうきしているヴァンの後ろで、彼に聞こえぬようこっそりと話し合うジルウェとエールだった。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 そんなこんなで研究所の中に入る。

 中はまるで病院のようになっていて、何人もの白衣を着た人たちがロビーを歩き回っていた。

 

 ヴァンはそれらを眺めながらジルウェたちについていく。

 二人は部隊長と副隊長と言うだけあって、歩いていると様々な人に声をかけられていた。それは目元に大きなクマを作った男だったり、大の男が数人がかりで運びそうな荷物を一人で運ぶ女だったりと個性豊かな人々ばかり。

 そして時々ヴァンもそんな人達に声をかけられたりするので挨拶を返すが、ヴァンとしては早く声をかけないで貰いたいと思っていた。

 どのようなデバイスがあるのか。ヴァンはそれが見たくてここに来たのだ、あまり時間を取られたくないと思うのは当然だろう。

 今も話し込んでいる両親にため息をついていると、久しく会っていなかった友人が廊下を歩いているのが見えた。

 

「おーい、クロノー」

「ん? あ、ヴァンじゃないか!」

 

 ヴァンの声で気づいて振り返りこちらに手を振ってくるのは、クロノ・ハラオウン。

 なんだか前会った時に比べて表情が明るくなっているような気がするが、気のせいだろうか? それに着ている服もなんだかちゃんとした制服のようになっている。

 ヴァンは不思議に思いつつ、なんとなく気になりその事について聞いてみると、彼は胸を張りながら腰に手を当てて得意げな表情を浮かべた。

 

「時空管理局執務官の試験に合格したんだ」

「おお、クロノが頑張ってたやつか」

「そうだ。一度こけてしまったからね、二度も不合格になる訳にはいかないさ」

 

 自慢げにそう言うクロノ。

 いつもはクールぶっている彼がここまで笑顔を浮かべているのも珍しい。

 なんとなく微笑ましいものを感じながら、ヴァンは会ってなかった分色々と話す事にした。

 

 やっと師匠たちから解放されただとか、エイミィがいつもちょっかいをかけてくるので何か仕返ししてやりたいとか、なんだかんだで楽しそうにやっているようで安心した。

 今のヴァンはほとんど6歳の思考に引っ張られている事が多いが、黒田ミナトとしての記憶があるのでクロノを弟として見てしまう。

 クロノとしては逆だろうが。

 

 そんなこんなで結構話し込んでしまった。

 ヴァンはふとここに来た理由を思い出し、ふと後ろを振り向くと両親の姿がなかった。もしかしたら先に行ってしまったのかもしれない。

 その事をクロノに言うと彼は呆れたように眉を上げていた。

 

「まったく、君というやつは……」

「仕方ない……クロノ、父さん達がいそうな所って分かる?」

「僕はあまりここについては知らないんだけどね。そこらにいる隊員の人に聞いてみればいいんじゃないか?」

 

 クロノはチラリとヴァンの後ろを見てそう言った。

 釣られて後ろを見ると、一斉に目を逸らす隊員の人たち。

 

「そりゃ管理局で有名な“剣聖”と“銃姫”の息子とあれば有名にもなるさ」

「え、父さんたちそんな恥ずかしい名前あったの?」

「恥ずかしいって君ね……」

 

 思わず苦笑いを浮かべるクロノに、ヴァンは「いやだってさぁ……」と続けて、

 

「もし犯罪者とか取り締まるとき、『剣聖のジルウェ、推参!』とか『銃姫のエール、参上!』とか言う訳だろ? ……あれ、なんかかっこいい」

「共感しちゃうのか!? まぁ……僕もそう思うけどね」

「もしかしてクロノも二つ名みたいなのが欲しいとか?」

「そ、そんな訳……」

「んー、クロノだったら……確かバインド系得意だったよな? 『時空管理局執務官、鎖縛のクロノ! 神妙にお縄につけい!』とかか? 」

「……いいな」

 

 思いのほかツボにハマったらしい。

 顎に手を当てぶつぶつと呟きだすクロノの姿は、はっきり言って怪しかった。

 と、そんなことをしているうちにまた時間が過ぎてしまった。ヴァンは思わず「げっ」と声を出し慌て気味にクロノに声をかける。

 

「という訳でクロノ、俺はもう行くよ」

「ああ、分かった。ここは広いから迷わないでくれよ?」

「大丈夫だって。任せとけ」

 

 苦笑しているクロノに背を向けて、近くの隊員にジルウェたちのいそうなところを聞いてみた。

 その人は考え込むように顎を擦る。何でもジルウェたちは常に同じ場所にいることが少ないらしい。

 

「ジルウェ隊長がいそうなところかぁ……今は発掘されたブツの解析をしてるところだし、第七研究所とかにいるんじゃないかな」

「どこですか、そこ?」

「ほら、あそこを曲がって──」

 

 親切な隊員の人たちに聞きながら、ヴァンは第七研究所と呼ばれる場所に向かう。

 時々道に迷ったりするがそこら辺はご愛嬌だろう。

 そんなこんなでヴァンはなんとか目的の場所に着くことが出来た。

 

「ここに父さんたちがいるのか……とりあえず入ってみよう」

 

 扉を開け中に入ると、そこはなんだかよく分からない機械が大量に置いてある場所で、何人かの研究員と思われる白衣を着た人たちが何かを調べていた。

 彼らはそれに夢中でヴァンが入ってきたことに気付いてないようだ。

 ヴァンはなんとなく気付かれたくないという欲求がムクムクと湧き上がってきたので、こっそりと彼らに近づいていく。

 そっと身を隠し、角から顔だけ出して何を調べているのか覗き見た。

 

「あれは……なんだ?」

 

 筒状のガラスケースの中で浮いている6つのそれは、よく分からないシロモノだった。

 青、紅、緑、濃青、紫、橙とカラフルで、なんだか顔のようにも見える。

 研究員の人々はうんうんと唸りながらそれらを見て何かを話し合い、また唸るという作業を繰り返していた。

 何を話しているのか気になったヴァンは何とか聞いてやろうと聞き耳を立てる。

 

「──り、これはどういった用途で使っていたのか分かりませんね」

「うーむ……途轍もなく強大な魔力を有している事が確認できる事から、何かしらの動力源の元として作られたとも考えられるが魔力を取り出す事が出来ない。いくら魔力が多くてもそれが取り出せなければただの金属片だ」

「何なんでしょうね、いったい……」

「分からん……とにかくロストロギア級のものである事は間違いなさそうだ。それより昼食にしないか?」

「いいですね、そうしましょうか。皆も行こう」

 

 一人の言葉に全員が賛成して、彼らはぞろぞろと部屋を出ていく。

 ヴァンはと言えば、ばれないように隅で身体を縮めていた。最後の一人が部屋を出て行ったのを確認してヴァンは安堵のため息をつく。

 流石に見つかったら何を言われるか分からない。

 

「さーて、これは何なのかなーっと……?」

 

 そして調べていた物を近くで見ようと近づいてみると、その中の青いモノと目があった──気がする。ヴァンは不思議に思いながらそれをもっと間近で見るためにすぐ横にあった台座を寄せて、それに乗った。

 ギリギリの高さにある机に上半身を乗せて上を見上げると、そこには横一列に並んだ筒状のガラスケースがあった。その中で目があったような気がするモノに顔を近づける。

 

「んー……なんだこれ? 漬物石?」

『それはひどいと思うな……』

「うおっ!?」

 

 まさか喋るとは思ってなかったヴァンは思わず身体を仰け反らせてしまうが、今の状態は上半身だけがギリギリ乗っている状態である。

 その体勢で身体を仰け反らせてしまったことで、背中を打ち付けてしまった。何とか頭を打たないようにしたが、それでも痛いものは痛い。

 ヴァンは痛む背中を擦りながら声のした方向──と言っても脳内に直接響いた感じなのだが──を向く。

 机の上から落ちてしまったので見えないが、あの青い石が喋ったのだろうか? もう一度台座に乗り、何とか机の上を覗きこむ。

 

「よっ、いしょ、っと。さて、俺に話しかけたのって君?」

『うん、そうだよ。ボクの名前はライブメタル・モデルⅩ』

「へぇ、新しいインテリジェントデバイスなのか?」

『いんてり……? 分かるかい、モデルZ?』

『オレ達を調べていた奴らが持っていた物の事だろう。カードのようなモノから声が聞こえていたからな』

 

 ケースの中で浮いている彼ら? はそう言いながらヴァンを見る。

 

 思わず首を傾げるが、いったいどういう事なんだろうか?

 それに作りかけにしては妙に人間臭いというか……。

 

 ヴァンがそんなことを考えている時、声をかけられた。

 

『ところで、お前の名前は?』

「ん? ああ、俺はヴァン・ロックサイト。ヴァンでもロックでも好きなように呼んでくれ」

『じゃあヴァン。一つ聞かせてくれ。ここはいったいどこだ?』

「へ? ここは時空管理局のどっかだけど……」

 

 ここで作られているのなら情報として入力されているはずじゃないのか?

 ヴァンがそう不思議に思っていると、後ろでドアが開く音が聞こえた。

 ヤバいと慌てるが時すでに遅し。研究員の人が目を丸くしながらこちらを見ていた。

 

「君、いったい何を──」

「すんませんしたッ!」

「ちょっ、待ちたまえ!」

「待たない! じゃあな、モデルX! モデルZ!」

 

 いきなりの事に反応できなかった研究員の脇をすり抜け、全力疾走で部屋を出る。

 魔力で強化したので結構な速度を出しながら走った。後ろで何か言っているようだが、耳をふさいでいたので聞こえなかった。

 

 

 

 

 

「……っとよし、ここまでくれば大丈夫だろ」

 

 ふう、と額の汗を右手で拭いながら周りを見る。どうやら追ってきてはいないらしい。ホッとしながらヴァンは壁に背中を預け、ため息を吐く。そしてふと、もう一度周りを見た。奥まで続く長い廊下。所々にある扉の数々。それらは全て、初めて見るものばかり。

 つまり……迷った。

 ぼんやりとそう認識して、段々と顔が引きつってくる。これはもしかして、お説教コース確定? 間違いなくそうだろう。ヴァンは思わず項垂れながら、とにかく人がいるところを探そうと歩き出す。

 

 しかし歩けど歩けど一向に人に会うことがない。先程までいたロビーには多くの人がいたにもかかわらず、だ。ヴァンは少し不安を感じながら歩を進める。

 ふと、奥にある部屋から怒鳴り合っている声が聞こえた。しかも何か大きな魔力も感じられる。一体なんだろうかとヴァンが近づこうとした、その時──

 

 

 突然その部屋から爆発が起こり、中から二人の管理局員が吹き飛ばされてきた。

 

 

 いきなりの事に悲鳴を上げることも忘れ、ヴァンは頭が真っ白になる。が、飛ばされてきた人がうめき声を上げていたため、慌ててその人に駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!? ──って父さん、母さん!?」

「──……ッ、ヴァン!? ここは危ないから早く逃げなさい!」

「ヴァン! さっきの爆発音で他の局員も駆けつけるはずだ! オレ達が引き付けている間に早く!」

 

 二人は今までに見たことがないほど真剣な表情をしてそう言うと、それぞれのアームドデバイスを構え直し爆発で起きた煙の中へ飛び込んでいく。

 しかし鈍い金属と金属がぶつかり合った音と、二人の叫び声がその場に響き渡ると、さっき以上の勢いで二人が飛ばされ壁に叩きつけられ、地面に倒れた。

 

「痛ッ……くッ! アイツ、ホントにどうしちゃったのよ!?」

「まあ、原因はあのライブメタルだと思うけどね……それにしても、なんてパワーだ……」

 

 二人はなんとか起き上がろうとするが、ダメージが酷いのかすぐに体勢を崩してしまう。

 ヴァンは逃げろと言われながらも、二人を放っておくことが出来ずその場から離れようとしなかった。そんな時、煙の中から一人の男が愉快そうにくつくつと笑いながら現れる。

 

「ククッ、無様だなジルウェ。剣聖とまで言われたお前がここまであっさりとやられるとは」

「くっ、アルベルト! どうしてこんなことを!?」

 

 アルベルトと言うらしい男は白を基調とした黄金のラインの入った鎧を全身に纏い、禍々しいほどの魔力で辺りを揺らしていた。

 その鎧の額、肩、足の甲に橙色の凶悪そうな角がついており、力を誇示するように右手を握り占める。

 ヴァンはその魔力に、そのプレッシャーに……恐怖を感じて動けない。

 

「お前にそれを語る必要はない。お前たちはここで死ぬのだから」

 

 アルベルトがそう言うと、自分の指先をジルウェとエールに向ける。

 そして指先に高密度の魔力が圧縮され始めた。それによって辺りの空気が悲鳴を上げるように哭き、壁や地面も音を立てて崩れていく。

 

「心配せずとも、お前達の子供もすぐに送ってやる」

「くっ……!」

「……ヴァン、逃げろ……ッ!」

 

 二人は倒れたまま、動かない。もしこのままあの攻撃を2人が受けたら、間違いなく死んでしまうだろう。

 そう頭で認識した時──ヴァンは足の底が抜けたような、言いようのない恐怖に包まれる。

 今まで知らなかった親からの愛情。この身体に憑依して初めて受けたそれに、ヴァンは自分が思う以上に心地よさを感じていた。

 

 そしてそれが今、失われようとしている。その事実がヴァンには耐えきれなかった。

 

 ヴァンは心の中で自問する。

 

 ──俺は、このまま二人を置いて逃げていいのか?

 

「そんなの、いいわけないだろッ!」

 

「なッ……ヴァンッ!?」

「アンタ、何やってんの!? 早く逃げなさい!」

「ふん、美しい親子愛じゃあないか。お望み通り、もろとも吹き飛ばしてやろう」

 

 二人の前に出て、ヴァンはジルウェから借りていた汎用型デバイスを展開する。

 そしてその杖先をアルベルトに向けた。

 

 しかしこの2人でさえやられてしまったのに、俺の魔法で守る事が出来るのだろうか?

 

 ヴァンは今更ながらにそう思うが、逃げる事だけはしなかった。もしも2人を見殺しにした時、きっと後悔する。そんな予感がしたからだ。

 決意を固め、ヴァンは魔法を形成する。それは基本的な単発の魔法弾。今まで以上に上手く出来たことに安堵しながら、それをアルベルトに向かって放つ。

 薄い黄色の魔力光をした魔法弾はまっすぐにアルベルトに向かっていく。それに対してアルベルトはニヤリと笑うだけで防御の構えも取らない。その理由はすぐに分かった。

 

 どんなに魔法を放っても、全て跳ね返されてしまう。

 

 それは単純にヴァンの魔法が弱い事もあるし、アルベルトの防御力が高い事も原因だった。ヴァンがいくら魔力を込めたところで、アルベルトにとっては何の脅威にならない。それはさながら、鋼鉄にモデルガンの弾をぶつけているようだった。まるで手応えを感じない。

 

 このままでは何も出来ずに終わってしまう。ヴァンは直感的にそう悟った。

 

「どうする……! どうすればいい……!?」

 

 そうこうしている間にアルベルトの指先に集まる漆黒の魔力球が大きくなっていく。

 何度も何度も、魔力が切れかけるまで魔法を撃つ。しかしまるで意味をなさなかった。ヴァンの焦りは増していく。やがて、ヴァンの心に“諦め”の文字が浮かび始めるが、それを振り切ってデバイスをアルベルトに向けた。

 諦めてしまったら、全てが終わりなんだ。自分で決めたんじゃないか。決して諦めないと。護りたい仲間を、全力で助けると!

 

 ──その時、茶色がかったヴァンの瞳が蒼く光り輝く。

 

 そしてその勇気に反応したかのように、ヴァンの隣に青い金属が現れた。

 

『大丈夫。ボクがチカラを貸してあげる……』

 

 そんな声が頭の中で鳴り響くように聞こえ──ヴァンは青い光に包まれる。

 

『適合者確認。R.O.C.K.システム、起動開始』

 

 光が収まった時、ヴァンの身体には変化が起きていた。

 全身を覆う青い鎧とヘルメット。そして特徴的なのが右手にある大きな大砲──エックスバスター。

 更に何故かこの武器の使い方が頭の中に流れ込んできて手に取るように分かる。底をついていた自身の魔力も回復し、その勢いは元々あった魔力量の限界をも超える。身体から溢れ出る力に、ヴァンは思わず目を見開いた。

 

「こ、これは……?」

『ヴァン。今は目の前の敵を! 君のご両親を守るんだ!』

「あ、ああ!」

『モデルZはご両親を!』

『任せておけ』

 

 一緒にいたモデルZがジルウェとエールの元にいくと、円形の結界を作り出す。

 赤いその結界はアルベルトの魔力の余波すら通さない、頑丈なもの。それを見たヴァンは両親の安全を確保できたことから安堵のため息を吐き、そして右腕についた巨大な砲台に目を向ける。

 青い銃身と、その先端に縁取られた金色のリング。銃口にあるのは淡く輝いた桃色の宝石。それは明かりに反射してキラリと光る。

 

 ジルウェとエールはヴァンの姿と、近くで浮かぶモデルZに驚いているようだった。

 ヴァンはそれを横目で見ながら銃身をアルベルトに向け、左手で右手を支える。するとアルベルトが魔力を圧縮したように、ヴァンも銃身の中へ魔力を注いで(チャージして)いく。違うところがあるとすれば、そのチャージ完了までの速さだ。

 未だに魔力を溜めているアルベルトに対し、ヴァンは既にチャージを終えている。

 

「ほお……君もライブメタルの変身機能、R.O.C.Kシステムで変身できる選ばれし者──ロックマンだったようだな。どうだね? 私と来る気はないか?」

「そんなの……こっちから願い下げだ! くらえッ!!」

 

 その言葉と同時に、ヴァンは衝撃で吹き飛びそうになる右腕を必死に抑え、エックスバスターから魔力を解き放つ。

 高密度に圧縮されたそれは空気を巻き込みながら、アルベルトへ向かっていった。魔力という名の砲弾が目の前に迫ってきているというのに、アルベルトは不遜な笑顔を止めることはない。それどころか更に笑みを深めて眺めているだけだった。

 

 やがて魔力弾が命中した事で、爆音を響き煙が舞い上がる。その威力に喜んだのは一瞬。煙が晴れたそこには、無傷で立っているアルベルトの姿があった。唯一与えられたダメージといえば、腕が少し黒く汚れただけ。幸い、凝縮されていた魔力球を撃たせない事には成功したものの、それでも状況は変わっていない。ヴァンは思わず冷や汗を流す。

 アルベルトはといえば、すすで汚れた腕を一瞥すると、つまらなそうに鼻を鳴らす。

 

「フン、この程度か……まあいい。モデルV以外のライブメタルの力を見るいい機会だ。遊んでやる」

「──ッ!」

 

 実力差を感じながら、ヴァンは足に魔力を込めてアルベルトに接近する。アルベルトは後方に下がりながら腕を振るって禍々しい色をした魔力の塊を単発で撃ってくる。が、モデルXの力によって身体能力が上がったのか、いつも以上に軽く感じる身体はそれらを全て避けきることを可能にした。

 

 眉を寄せるアルベルトは手法を変え、まるで嵐のような大量の魔力弾を放ってきた。それらは先程よりも小さいものの、近くの瓦礫を貫く威力を持っていた。それを見たヴァンは思わず足を止め、咄嗟に横の扉にバスターを撃ち込んで飛び込む。その瞬間、ヴァンのいた場所は蜂の巣のようにいくつもの穴があけられた。

 

 もし、少しでも避けるのが遅れていたら──穴だらけになった未来が浮かぶが、ヴァンは首を振ってその考えを打ち消した。ネガティブになったら勝てるものも勝てない。しっかりしろ、ヴァン・ロックサイト! 自らの“名”を心の内で叫び、ヴァンは壁に背をつけて廊下を覗き込む。そこには明らかにこちらを侮っている表情をしたアルベルトが腕を向けて立っていた。次の瞬間、腕から放たれた魔力弾がヴァンのいる部屋の前に当たり、壁を削る。

 身体を隠し、数回の深呼吸。そしてヴァンは勢いをつけて廊下に飛び込んだ。

 

 アルベルトは先程と同じように魔力弾を乱射してきた。ヴァンは飛び出した勢いで、すぐさま対面の壁に向かってジャンプする。そしてその壁を蹴り、また対面の壁へ。それを繰り返し、アルベルトの元へ移動する。

 残り数メートルといったところで、ヴァンはあえて正面から突っ込んだ。同じように左右へ移動すると読んでいたアルベルトは、反応が遅れ腕を向けるのも間に合わない。

 

「ぬっ──!」  

「これで、どうだ!」

 

 懐まで近づいたヴァンは銃身をアルベルトの顔面に向ける。ここに来るまでに溜めて(チャージして)おいた魔力。それを顔面に、それもゼロ距離で受ければいくらコイツでも耐え切れないはずだ!

 ヴァンは勝利を確信してバスターを放つ。それは見事に直撃し、アルベルトを吹き飛ばす。魔力弾はアルベルトを乗せ、背後の壁へ叩きつけた。

 

 バスターを構えたままの状態でヴァンは倒せたことに安堵しつつ、ため息を吐いた。

 そして表情は段々と笑顔に変わっていく。この手で両親を護れた。モデルXの助力があったからこそ成し得たものだが、それでも嬉しいことには変わりない。ヴァンは両親の方を振り返った。

 二人も安堵の表情を浮かべて、こちらに笑顔を見せていた。それを見たヴァンは一層嬉しくなる。護れてよかっ──

 

「安心するには、まだ早いのではないのかね?」

 

 刹那、何かがヴァンの腹部を通り抜ける。

 その何かはそのままジルウェ達の元へ向かい、結界にブチ当たる。ガリガリと音を立てながら、後方から放たれた魔法が結界を削っていく。それは憎しみを色にしたような、ドス黒い色をしていた。

 ヴァンは両親を護る結界が破壊されていくのを呆然と眺めていた。なにをやっているんだ、早く行かないと。このままじゃ、父さんたちが危ないじゃないか──しかし、足が動かない。そして何故か視界が段々地面に近づいていく。

 

 あれ、おかしいな──?

 

 どさり、と倒れる音が遠く感じる。どうやら自分は倒れてしまったらしい、とどこか人事のように考えていた。起き上がろうにも、指一本動かない。首だけは多少の自由が聞いたのでどうにか動かしてみると、自分の腹部辺りから真っ赤な水たまりができていた。変身も解けてしまっている。そこでようやく、ヴァンは自分が攻撃されたのだと理解した。

 

「全く……自分の脅威に成りうる存在かと思いきや──傷一つ与えられないとは」

 

 ヴァンは閉じそうになる瞼をこじ開け、背後を見た。

 そこには無傷(・・)で立っているアルベルトの姿。あの攻撃で、無傷──!? 驚愕に目を見開くヴァンに、アルベルトは肩を竦めた。

 

 そして手を横に振ると、近くにミッド式ともベルカ式とも違う魔法陣が現れる。

 

「プロメテ。パンドラ」

 

 そしてその魔法陣から二人の男女が現れた。

 男はまるで死神のような鎧を身に纏い、さらに身の丈以上の大きさを持つ鎌を手に持っていた。

 もう一人の女は白と水色を基調とした鎧に、魔導師が使うような杖を身体の周りで浮かせている。

 

 二人は跪き、命令を待つように目を閉じていた。

 アルベルトは邪悪に笑い、二人に命令を下す。

 

「あの二人のリンカーコアを破壊しろ」

「「仰せのままに」」

「ま、て……!」

 

 リンカーコア。それは魔導師にとって“命”とも言える存在だ。リンカーコア無くして魔法は発動できない。もし完全に修復不可能なレベルまでリンカーコアを傷つけた場合──魔導師としての人生を終えることになる。それをさせる訳には、いかない!

 

 ヴァンは力を振り絞り、立ち上がる。腹部から血を流し、足もガクガクと震えさせながら、ヴァンはモデルXを構える。半ば意識を失いながら、ヴァンは思いだけで立っていた。

 しかし、そんなヴァンなど見えていないかのように、プロメテと呼ばれた男はヴァンの横を通り抜けていく。そしてパンドラと呼ばれた少女が横を通り過ぎた時──ヴァンは壁へ叩きつけられた。

 

「ッがァ──……!」

「……邪魔……」

 

 壁に叩きつけられ、だらりと座り込むヴァンに冷たい視線を向け、パンドラはジルウェ達に向かっていく。

 先についていたプロメテはつまらなそうに鼻を鳴らし、手に持っていた巨大な鎌を結界へ振り下ろす。結界はまるで紙切れのようにあっさりと切り裂かれ、それを保っていたモデルZはヴァンの元まで斬り飛ばされる。

 つまらねぇなぁ──ぼそりと呟かれたプロメテの言葉を聞いている者はパンドラ以外いなかった。その呟きをあえて無視したパンドラは、頭部についた二つのビット(・・・)をジルウェ達の心臓あたりに飛ばす。

 

 苦しむジルウェ達からそれぞれの魔力光と同じ色をしたリンカーコアが抜き取られ、プロメテによって呆気無く破壊される。その瞬間、ジルウェとエールは意識を失った。

 それを冷めた視線で眺めていたプロメテは、鎌を肩に乗せながらアルベルトに問うた。これからどうするんだ? と。

 

「……ワタシが……殺す……?」

「いや、少し試したいことがある」

 

 杖を手にそう言うパンドラを制止し、アルベルトは腕を前に出す。するとアルベルトの周りにまた魔法陣が出現し、その中から人型の機械が現れた。

 その機械は両腕に剣と銃をつけており、まるでゾンビのような動きをしながらヴァンとジルウェたちに近づいてくる。

 

「ふむ、なるほど。レプリロイド精製とは、中々に面白い能力だ。さて、そろそろ抜け出そうではないか。パンドラ」

「……転送準備……完了……」

「ならば行こう。後は私の野望を達成させるため、各世界に散らばったモデルVを集めるだけだ」

 

 三人の足元に魔法陣が生まれる。

 ヴァンはそれを眺めることしか出来なかった。頭や腹部から血を流しすぎて、何も考えられない。

 

「さよならだ、青のロックマン。もう会う事もないだろう」

 

 アルベルトがこの場から消える直前、奴の仲間の1人──プロメテと言われていた男が、ぼそりと何かを呟いた。

 

「──モデルX……伝説の英雄も器がそれでは形無しか」

 

 それだけ言うと三人はこの場から姿を消した。

 すると奴らの周りにいた機械たちがジルウェとエールに近づいていく。

 

 機械たちはヴァンにも近づいてきた。その腕に付いた凶器を左右に振り、幽鬼のようにフラフラと。

 ヴァンは顔を俯かせながら、自分自身の力の無さを嘆いた。もっと自分に力があれば、もっと自分に技量があればと。

 今更嘆いても、状況は変わらない。それでも、諦める訳にはいかない。

 

「どう……すれば……」

『ヴァン……一つだけ、方法がある』

「……それ、は?」

『二つのライブメタルのチカラを合わせれば、お前をもう一度変身させられるかもしれない。だが……お前の身体がオレ達のチカラに耐えられるかどうかは……保証できん』

 

 ヴァンの周りを浮かびながら、モデルXとモデルZはそう言った。

 それを聞いて、ヴァンは思わず微笑んだ。そんな答えは既に決まっている。

 壁に手をついて立ち上がる。その拍子に腹や頭から血が吹き出すが、構わない。この手で二人を護れるのなら!

 

「モデルX、モデルZ。俺に、力を……もっと力を……俺に、2人を守れる闘う力を──俺が守りたいモノを守れるだけの力を!」

 

 守られるだけなんて、嫌なんだ。

 俺を守るために命を張ってくれる人たちを、死なせたくないんだよ!

 

 そんなヴァンの決意を受け取ってくれたのか、二つのライブメタルが光を放ちだす。

 浮いているそれらを手に取ると、爆発的な光が辺りを照らす。

 

「うぉおおおおおお!」

 

 

 

 その時、青と紅の光がヴァンを包み込んだ!

 

 

 

『『適合者確認。R.O.C.K.システム、起動開始!』』

 




とりあえずプロローグはここまで。
※11月25日少し修正

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