なのは「少し……頭冷やそうか?」
アリシア「最高に『ハイ!』ってやつだアアアアアアハハハハハハハハハハーッ!」
崩れた壁、割れた床。
瓦礫がそこらじゅうに落ちており、番兵の残骸が無残に散らばっている。
番兵たちを生み出す役割を担っていた小さな赤い宝石は、運悪くなのはのディバインバスターとフェイトの砲撃魔法、サンダースマッシャーに挟まれ、粉々に砕かれてしまっていた。この宝石はもともと時の庭園を動かすための動力源だったようで、番兵たちのエネルギーはあくまでついでだったらしい。
その証拠に破壊された瞬間番兵達は機能を停止し、今まで安定していた床がグラグラと揺れ始めている。今はまだ平気だろうが、時間が経てば崩れてしまうだろうと思われた。
そんな荒れ果てた動力室の中心で、ふたりの魔法少女がお互いのデバイスを向け合い、そして魔法を放っていた。
「やぁああああ!」
「はぁああああ!」
桃色と金色の魔力弾がぶつかって大きな爆発を起こす。
余波が前髪を揺らすがなのははそれに構うことなく、次々に魔法を展開させていく。
なのはの周りを漂うように現れた数え切れないほどの
それらから撃ち出された魔法弾はカクカクと直角的な軌道を描いてフェイトに向かっていった。
「──右、左、後ろ、上、下、斜め、上、右、右、左ッ!」
しかしフェイトは、連続的に襲ってくるそれら全てを最小限の動きで避けていた。その避けるスピードはこれまで以上に速く、もはや残像しか見えない。動きを小さくしているのは体力の消費を抑えるためだろう。
瞬時になのはの背後に回り、その背を切り裂くためバルデッシュを振り落とす。
暴風と共に響き渡るのはバリアジャケットを切り裂いた音ではなく、甲高い金属音。
なのははフェイトの方を見ていない。それは今までフェイトと戦ってきて培った経験から予測した行動だった。きっとフェイトは後ろから攻撃してくると読んでいたなのはは、レイジングハートを背に持っていく事でその攻撃を防いだのだ。
「なっ……」
「今度はこっちの番!」
すぐさま振り向き、なのはは全力で前進する。
これにはフェイトも避けることが出来ない。
何故なら、今フェイトとなのはは向かい合う状態。
既に攻撃を受け流しながら後ろに下がっているので、ここから避けるとなるとほんの少しだけ動きを止めなければならなくなる。
もしこの攻撃がただ速いだけの攻撃だったならば、フェイトも余裕を持って距離を取れただろう。
しかし、彼女が相手にしているのはそんな生易しいモノではなかった。
(速くて……重いッ──!)
ひと振りひと振りの攻撃が致命傷になる。そんなレベルの攻撃だ。
なまじフェイトの速度にギリギリついてこれるだけにタチが悪い。
うまくいけば避けられると思わせる攻撃スピード。しかしもし避けられなかったら、と考えさせられ、デバイスを使って受け流すしかない。
「(初めて会った時とは大違いだ。それでも、負けるわけには──!)」
──そう、負けるわけにはいかない。
しかし、己の中でその言葉が変わっていくのをフェイトは感じていた。
それは初めて感じる感覚だった。
今まで生きてきて、身に覚えのない感情。
ただ、彼女に勝ちたい。
そんな胸の奥から湧き上がる強い感情が、フェイトの心に満ちていく。
「(隙を……隙を見つけれられれば……!)」
考えるのはどうやったら勝てるかということ。
しかしその表情に陰りはなく、小さな笑みが浮かんでいた。
※※※
(やっぱりフェイトちゃんは強い! せめてこっちが主導権を握れてないとダメだ!)
しかしその一方で、なのはは内心焦っていた。
経験は自分よりあるとしても、頭に血が上っている状態ならそこまで苦戦しないで勝てるとタカをくくっていた事が悪かった。
始まった直後は確かに無駄な動きが目立っていたものの、すぐに冷静さを取り戻したのか逆に今まで以上の強さを発揮したのだ。
一気に決めようと最初に飛ばしすぎて、既に魔力も半分を切っている。
魔法の打ち合いでは不利と判断したなのはは、魔力の消費を抑える意味でもこうしてデバイスをぶつけ合う接近戦に持ち込んだが、それすらも危うかった。
もしあそこでフェイトが後ろから攻撃してくることを予測できていなかったら、既に終わっていただろう。
こっそりと冷や汗をかきながら、それを悟らせる事なくなのはは攻撃に力を入れる。
この状況は奇跡に近い。あのスピードを活かさせないこの理想的な立ち位置を取れた今、ここで決めておかないとジリ貧になってしまう。
そう考えたなのはは器用にデバイスを振り回し、相手の武器を押しのけて勝負を決めようと手数を増やしていく。
一撃。
二撃、三撃。
四撃、五撃、六撃──!
普段の温厚な姿からは考えられないほどの暴力的な連撃。
なのはは攻撃の速度を限界まで速くしようと、レイジングハートを強く引き絞る。
「やあああああ!!」
「んっ! ッくぅ……!」
そのおかげかスピードが少しだけ速くなる。
段々と手応えを感じ始め、なのはは薄く微笑んだ。
──しかし、その代償は小さく、そして大きかった。
「いっ!?」
自身の限界を超えた動きをしたことで、腕に鋭い痛みが走る。だが耐え切れないほどじゃない。痛みもすぐに小さくなった。
だがそのせいでほんの一瞬だけ、なのはの動きが止まってしまう。
それを見逃すフェイトではなかった。
「ッはぁ!」
「あっ!?」
一閃。
ただそれだけで、状況が変わる。
なのはの持っていたレイジングハートを絡め取るようにして、フェイトはデバイスを振った。
落ちていく愛機。思わずそれに手を伸ばしかけるが、目の前に迫ってくるバルディッシュがその行動を許さない。
元々スピードに関しては、完全に相手に軍配が上がる。
受け流すことはできても完璧に避け切れる事は出来ないなのはのバリアジャケットには、少しずつ切り傷ができていった。
「しまっ──」
「これで、どうだ!」
やがて懐に入られ、身動きが取れなくなる。
迫りくるバルディッシュの刃先。まともに喰らえば、一撃で意識を刈り取る必殺の鎌。
それは無慈悲になのはへと襲いかかってきた。
バリアジャケットがあるとはいえ、下手をすれば命さえ奪い取られかねない。
そんな思いが駆け巡り、なのはの本能が死という緊急事態を察知する。
──ドクン、と心臓が波打った。
必死に対処法を考えるが、すぐに出てこない。
このままでは文字通り、瞬きひとつした瞬間に決着がついてしまう。
ここで考えつくことができなければ、フェイトを先に行くことを許してしまう。
──眼が、熱い。まるで身体中全ての血液がそこに集まっているような。
このまま行かせてはいけないという、なのはの懸念は消えていないままだ。
そしてなにより、負けてしまっては自分が許せないし自分を鍛えてくれた
──腕が、足が、身体が急に悲鳴を上げ始めた。全身の筋肉が千切れるんじゃないかというくらいに痛い。
だからこそ、勝ちたい。
だからこそ、負けるわけにはいかない。
思考を巡らせ、頭を回転させる。
──やがて音が消えた。目の前のバルディッシュが、ゆっくりになっていく。
諦めなければ、絶対に浮かぶはず。
「私は……絶対に負けない!」
────その瞬間、なのはの見ている世界から、全ての色が抜け落ちた。
なのはが辿りついた、ひとつの境地。
人間は死の危機に瀕した時、全ての感覚が視覚に集中されることで、見たものを通常の数十倍の速度で処理するようになる。
それによって認識できない速度で移動する物体をコマ送りのように映像化することができ、繰り返すことで動きをゆっくりと見ることができる。一般的に走馬灯と言われるものはこの時に見ることが多い。
色彩が失われるのは“見る”という事に集中されすぎて、色をいらないものと脳が判断してしまうからだ。音がほとんど聞こえなくなるのも、同じ理由である。
極限の集中状態。そして死への危機。
これらふたつが成り立って初めて発生する現象。
しかし、彼女の父や兄はこれを奥義として使用することができた。
その奥義の名は“御神流 奥義之歩法 神速”。
本来、御神流の剣士が血反吐を吐くような修行をして得るこの極技を、なのははこともあろうか教わることなく自力で発動させたのだ。
『────』
不思議な世界だ、となのはは思った。
音は聞こえず、色が失われた世界。
士郎と恭也が話しているのをこっそり聞いていた時に知った“神速”の話。
これがそうなのか、と理解すると同時に、ふたりと同じ境地を見れたことを嬉しく思った。
だがそれも一瞬。
すぐに強ばった表情になる。
神速の真髄は、ただ相手の攻撃を見切るのでなく、ゆっくりとした世界の中でその枠から外れるように動く高速移動だ。
人間が無意識のうちにつけているリミッターを強制的に解除すること、いわゆる“火事場の馬鹿力”のようなものを発揮することでそれがようやく可能になる。
つまり、一時的とはいえ限界を超えるのだ。
ただでさえ疲労状態にある今のなのはが使い過ぎれば、すぐにでも動けなくなるだろう。
昔、神速を使ったあと、道場の真ん中で大の字になって動かなくなった恭也の姿を思い出し、なのはは顔を青くした。
『でも、この状態を回避するにはこれしか……!』
方法が他にない以上、使うしか選択肢は残されていない。
それにこの状態が切れた瞬間になのはの負けが決定されている状況なのだ。無理にでも使うしかないだろう。
『こん、のぉおお!』
深海の奥深くでもがくように身体を動かす。
全身を前へ前へと移動させるように足を踏ん張らせ、力を込めていく。
ありえないほどに重たいが、動けないわけじゃない。段々と慣れてきたような気もする。
だってほら、フェイトちゃんの身体がすぐ近くに──。
『……え?』
「ぐっ!?」
色彩が戻ると同時に、目の前が黒く染まる。
続いてガツンッ! と大きな音を立て、額への強い衝撃が襲った。
魔法で衝撃を抑えてあるとはいってもかなりの音だった。なのはは額をさすりつつ明るくなった視界の先を見ると、そこにはプルプルと身体を震えさせ腹を抑えたフェイトがいた。
「……だ、大丈夫?」
「へ、平気……」
思わず戦闘中ということも忘れ、そんな事を聞いてしまう。
フェイトもフェイトで余裕がないのか、普通にそんな返答をしていた。
緊張感が一気に弛緩した空気の中でしっかりとレイジングハートを手元に戻す辺り、なのはも案外ちゃっかりしていた。
「っつ……」
神速を発動していた時間は僅か1秒弱。それにも関わらず、なのはは身体全てが筋肉痛になったような痛みを感じていた。
どうやらこれが慣れない神速を使った代償らしい。
あまり小さくはない障害に、なのはは笑みをこぼした。
──なんか、楽しくなってきちゃったかも。アリサちゃんがやってた、ゲームの“縛りプレイ”みたいだし。
一応命の危険がないこともない戦場の真っ只中にいるにもかかわらず、こういう思考が出来るのはどうなのか。そして更に付け加えるなら、元々は争いを好まないなのはだったが、ジュエルシードの件で力不足を知って本格的に恭也たちの修行を見るようになったり、ヴァンとの訓練で動くことが楽しいと知った結果、高町の血が騒いだのか戦闘狂の気が出るようになってしまった。
これを知った恭也たち家族は嬉しいような悲しいような、なんとも言えない表情を浮かべたという。
しばらくしてフェイトも持ち直し、最初の時のようにお互い向かい合う。
既に空気は元に戻っていた。
「さて、と……じゃあ。続き、始めよっか!」
※※※
その後も勝負は続けられていくと、戦況は変化していった。
類希な戦闘のセンスを持ち、凡人の枠を超えた魔力量を持つなのは。
なのはほどのセンスはないにしても、ほぼ同等の魔力量を持ち、更に経験で勝るフェイト。
元々実力的に拮抗していたのもあってお互いにほとんどの魔法を出し尽くした結果、戦いはデバイスの殴り合いだけになっていた。
二人共残りの魔力は少なくなっており、どうせ当たらない攻撃魔法を使うならその分を移動速度をあげる為に使おうということになったのだ。
そして消費していたのは魔力だけではなく、集中力や体力も削っている。
いくら戦闘に慣れたといってもまだ身体を動かすようになってから数ヶ月も経ってないなのはは、既に息を切らしていた。
段々と押されていくなのはだったが、その顔に苦悶の表情は浮かんでいない。
「流石だね、フェイトちゃん!」
逆に楽しそうに笑うなのはを見たフェイトは戸惑う。
──どうしてそんなに笑っていられるんだろう?
なのはとの勝負をしていると余計なことを考えている暇がなかった。それゆえに次第に冷静になってきた頭でフェイトは戦いながらそう思う。
彼女にとって自分は赤の他人のはずだ。それなのに、彼女は話を聞かせてくれと図々しいほどに言ってきた。何度も何度も、こちらがいくら話すことはないと突っぱねても。
そして極めつけに友達になりたいと言ってきた。
最初それを聞いた時、頭が真っ白になったことを覚えている。
フェイトには友達と言える存在はいなかった。アルフはどちらかと言えば姉で、家族のようなものだった。
実際、彼女から友達になりたいと言われたとき、フェイトは心の底では本当に嬉しかったと感じていた。しかし、すぐに無理だと首を振る。
──自分は母さんに縛られている。
それはフェイト自身も分かっていたし、母を愛していたから逃げようとも思わなかった。
それに、彼女には何度も魔法を向けてきた。それこそ大怪我をしてもおかしくはない魔法を数多く放ってきたのだ。
「どうして……」
「え?」
「どうして笑っていられるの? 私はあなたに恨まれても仕方ないのに……」
「……うーん、そうかな?」
だからこそ、分からなかった。
何故そんな笑顔を見せるんだろう? 何故、その笑顔を向けてくれるんだろう?
疑問が段々と大きくなって、フェイトを悩ませる。
「私は! あなたを傷つけようとした!」
「でもそれは私も同じだよ?」
「それでも、最初に攻撃したのは私だ! どうして、あなたは……」
気づけばお互いにデバイスを降ろし、向かい合うように宙を漂っていた。
なのはも最初は驚いた顔をしていたが、すぐに嬉しそうな表情になる。
やっぱり、フェイトちゃんは優しい子なんだ。
なのははフェイトの心の奥に少し触れたような気がして嬉しくなる。
「うーん、理由かー」
正直、なのは自身も何故笑っていたのかと言われるとよく分からなかった。
どうしてかなぁと考えて……ふとその理由を理解した。
そしてそれを話していいか、少しだけ迷う。
でも目の前の泣きそうな女の子を見てその迷いもすぐに消えた。
「……初めてフェイトちゃんを見た時、思ったんだ。ああ、この子は昔の私みたいだって」
ふと思い出すのは過去の自分。
もしあの時、彼女たちと会っていなかったら……そう考えると、震えが止まらなくなる。
「……?」
「にゃはは……実は私、昔に色々あってね」
──それはなのはが小学校に入る前の話。
父の士郎が事故で入院し、その怪我の程度からいってかなりの日数を病院で過ごすことになった。
この時はまだ喫茶店も始めたばかりで忙しく、母の桃子は仕事で家を空けることが多くなった。姉の美由希や兄の恭弥もその手伝いに勤しむことになり、必然的になのはは家に独り残されることになった。
とは言っても桃子は必ず陽が完全に落ちる前には帰ってきてくれるし、上の二人も帰ってすぐになのはに構ってくれる。
普通の子供なら、素直にそれを喜ぶだろう。しかし、なのははその年齢にしては聡かった。
帰ってきて夕飯を作っている時の、妙に疲れきった桃子の横顔。何かを発散するかのように木刀を振るう恭弥の近寄りがたい雰囲気。そんな二人のフォローに必死でぼうっとすることが多くなった美由希。
それらを見たなのはは不意に思った。私が我慢しなくちゃ、と。
彼らはすごく頑張ってくれている。なら私に出来るのは困らせないように我慢する事だ。
なのははそう結論付けた。
そしてなのはは彼らに迷惑をかけないよう、必死に頭を使って動いた。
母親の持っている料理本を読み、自分で料理を作って食べた。兄の鍛錬が終わった後、タオルを持っていった。姉には貯めたお小遣いでチョコレートを買ってあげた。
自分の欲求は二の次に、なのはは頑張った。
こうすれば、みんなの負担が減る。こうすれば、みんなの笑顔が増える──。
しかし、結果としてそれは叶わなかった。
確かに負担は減っただろう。だがそれも小さな子供がする程度の手伝いでは、そこまで大きな軽減にはならなかったのだ。
ゆるゆると消えていく笑顔。
空回りをする頑張りに、自然となのは自身も笑みを浮かべることが少なくなる。そして無理やり笑おうとして、失敗することが多くなった。
それは桃子たちの心配の種となり、更に笑顔が消えていく……という負の連鎖になっていった。
「家族と一緒にいて楽しいはずなのに、苦しくて、悲しくて……寂しかった」
「…………」
「でもね」
今にも泣き出しそうな顔をして話していた彼女は、一転して笑顔になる。
「そんな時に出会ったのが、私の今の親友なの」
なのはそっと目を閉じ思いを馳せた。
暗闇の中で浮かんでくるのは昔の出来事。
小学校に入学してしばらく。
この頃はあまり人付き合いが得意ではなかったなのはは、昼休みになるとすぐに学校の裏庭にでて昼食をとっていた。
その日も同じように昼食をとって、いつも通りに教室に戻ろうとした。しかし弁当を膝の上で広げた時、近くで女の子の悲鳴が聞こえたのだ。
裏庭にはほとんど人は通らない。それにも関わらず声が聞こえ、それも悲鳴とあっては尋常なことではないだろう。
なのはは弁当の蓋を閉じ、すぐさま声の聞こえた場所に向かう。すると、そこでは金髪の女の子が紫髪の女の子をいじめていた。
いじめられている女の子は涙目になりながら手を伸ばしている。金髪の女の子はリボンを持った手を、手の届かないように掲げている。
『あれは……バニングスさんと月村さん?』
キラキラと輝く金の髪を両サイドに束ねたその頭と、泣いているもうひとりの顔には見覚えがあった。
確か、ふたりとも同じクラスだったはずだ。確証が持てなかったのは、この頃のなのははまだ他人に興味を持てるほど余裕がなかったからだ。
ともかく、いじめはいけない。
なのはは内心イライラを募らせながら声をかけてそれを止めようと足を踏み出した。
その時、女の子の声が届く。
『返して! かえしてよぉ!』
泣くのを堪えているようだが、その頑張りも虚しく彼女の頬に涙が伝う。
それを見たなのははそのまま駆け出し、アリサを叩いていた。
話を聞く、という選択肢は頭から消えていた。
この時のなのはは家族の問題でストレスが溜まっていた。
元々持ち合わせていた正義感も働き、思わず手が出てしまったのだ。
呆然とこちらを見るアリサ。
しかしすぐにキッとなのはを睨みつけ、そのまま掴みかかった。
『いきなりなにすんのよ!』
『その子、嫌がってたじゃない!』
『私がそれを欲しかったの! 悪い!?』
『悪いに決まってるでしょ!』
悪い、いや悪くない、と言い合い数秒睨み合うと、そこからは取っ組み合いの喧嘩になった。
自身の苛立ちを打ち明けるように、ふたりは手加減せずにぶつかっていく。
叩く、頬をつねる、腕を掴む。
そんな子供のケンカをしばらく続いたのだが、突然それは終わりを告げる。止めたのは泣いていた少女──すずかだった。
『もう止めてぇ!』
『……!』
『……!』
なのはも、そしてアリサも、まさか気の弱そう──実際そうなのだろう、少し身体が震えていた──な少女が大声を上げるとは予想できなかったようで、ふたりとも固まるようにして動きを止めた。
そして止めたすずかも、思った以上に声を出たことに驚いていた。更に止めた後のことを考えていなかったのか、ワタワタと慌て出す。
『あ、あの! その……』
『っぷ』
『ふふ、あははは!』
そんな彼女の様子になのはとアリサはケンカしていたことも忘れ、思わず笑ってしまった。
いきなり笑い出したふたりを見てキョトンとした表情をするすずかを見て、更に笑ってしまい……やがてどちらが言うでもなく笑うのを止めて向かい合う。
『その……悪かったわ』
『うん。でもそれはこの子の方に言ってよ。私は気にしてないし』
『あー……うん。あの……ごめんなさい』
そうしてアリサはもじもじと恥ずかしそうにしながら顔を赤くしてすずかに謝った。
すずかは手を顔の前で振りながら「いいよいいよ!」と言ったあと、少しためらうようにどうしてこんなことをしたのかと聞いた。
『それはその……』
『その?』
『と、友達になりたかったからよ!』
『え?』
その言葉になのはとすずかの声が重なった。
アリサは更に言葉を続けていく。
なんでも彼女は本当にすずかと友達になりたかっただけらしい。
素直に声をかけるのもなんだか気恥ずかしい、だが友達の作り方なんて知らない彼女は、意地悪などのちょっかいを仕掛けて接点を持つ、ということしか考えられなかった。
そう言って頭を下げるアリサをすずかは優しげな視線で見つめ、手を差し出した。
『私と、友達になってくれる?』
『え、あ……うん!』
少しだけ呆気に取られた表情になるアリサだったがすぐに笑顔になると、その手を取る。
本当に嬉しいのか、アリサは満面の笑みを浮かべていた。
すずかも友達ができて嬉しいようで、同じように微笑んでいる。
そんな新たな友人関係の誕生を目にしながら手持ち無沙汰にしていたなのはは、もう戻った方がいいかな? 私、なんだか邪魔みたいだし……と踵を返そうとして声をかけられた。
『待って! ……あんたも悪かったわね』
『うん、それはもう大丈夫だよ。友達になれてよかったね』
『ええ。だからあんた……あなたには感謝してるわ。だから、よかったら……』
──友達になってくれない?
それからだ。彼女たちとよく遊ぶようになったのは。
その後、三人で一緒に弁当を食べて。
次の日にはアリサの友達というひとりの男の子も混じえて一緒にいろいろな話をして。
またその次の日には一緒に登下校をするようになって。
気がつけば自分にとって彼女たちは一番の親友と言える存在になっていた。
「みんなといると楽しかった。アリサちゃんは怒りやすいけど実は優しくて、すずかちゃんはいつも笑ってるけど怒ると一番怖くて、ヴァン君はどこか大人っぽいのにいつも眠たそうにしてて……そんなみんなとの一緒にいる時間が楽しかったんだ」
寂しさは完全に消えた訳じゃない。
しかしそれでも、その寂しさは少しずつ埋まっていった。
心の底から笑えるようにもなった。
それからはいいことの連続だった。
父は退院し、母は元気を取り戻し、兄や姉も空気が柔らかくなった。
きっとそれらの幸運は、彼女たちと出会ったからだ。
彼女たちと出会って、笑顔が増えたからだ。
なのははそう信じている。
「と、ここまで長くなったけど……私が笑えるのはフェイトちゃんがいるからなんだ」
「えっ……?」
だからこそ、そんな“輪”の中にフェイトを入れたかった。
彼女が入ればもっと楽しくなる。そして、きっと笑顔も増えるだろう。
そうすれば、彼女も幸せになれるはずだ。
「この戦いが終われば私たちが戦う理由はなくなるでしょ?」
「……うん」
「つまり、私たちが仲良くしても問題ないよね!」
「で、でも私はあなたに攻撃を──」
「アリサちゃんともケンカして仲良くなったし、全然大丈夫!」
得意げにそう言うなのはにフェイトは唖然とした表情になる。
彼女にとって、この勝負はケンカと同じってこと?
そんなフェイトを尻目になのはは続ける。
「それに、今までこんなに真剣な勝負って初めてだったから私もちょっと楽しくて……」
「…………」
「だけど魔力ももうそんなにないから……フェイトちゃん」
言葉を途切ったなのはの空気が変わる。
それを肌で感じたフェイトはすぐさまバルディッシュを構えた。
なのはは自然な姿勢のまま言う。
「最後の一発勝負、しない?」
そしてゆっくりと、流れるような動作で愛機の先をフェイトに向けた。
その動きの中で赤い宝玉を吊るすようについていた金の装飾は一瞬で分解され、音叉状となった形態になる。
そして今にも羽ばたこうとするように、桃色の翼が大きく広がって現れた。
──レイジングハート・シューティングモード。
それはなのはが持つ最大の魔法を放つために必要なレイジングハートの姿だった。
「ここまではずっと私が喋ってたから、今度はフェイトちゃんの番。でももう時間がないみたいだから……」
視界をずらせば既にボロボロになった動力室が映る。
気をつけて見てみれば、少しずつ部屋が傾いているようにも見えた。
どうやらなのは達が動力源を破壊したことでこの城の制御がおかしくなったらしい。
普通であれば予備動力などが働くのだろうが、一向に直る気配を見せないということはそっちも壊れているということだろう。
そう結論付けたなのはは強気な笑みを浮かべた。
「フェイトちゃんの全部を、私にぶつけて!」
なんの悪意にも染まっていない、綺麗な笑顔。
それを向けられたフェイトは自問する。
──いいんだろうか?
こんな私でも。
こんな不器用な私でも。
──この気持ちを、この想いを、彼女にぶつけていいのだろうか?
迷う気持ちはある。
冷静さを取り戻したとはいえ、今すぐにでも母親のところに向かいたいのは変わっていない。
ここで誘いに乗り、相手が魔力を溜めているところを攻撃すれば終わりだ。
そうすれば、ある程度の魔力を温存できてここを切り抜けられる。
「(だけど……私は──)」
──ここまで想ってくれる彼女を、裏切りたくない。
フェイトは距離を取り、バルデッシュを水平に構える。
瞬間、黄金の鎌は姿を消し、先端がたたまれる。
そしてその杖先をなのはに向けた。
「いくよ……
「ッ! うん!」
ふたりは同時に魔法を発動させる。
それぞれの色を帯びた魔法陣が足元に浮かび上がり、それぞれの杖先には魔力が集まっていく。
レイジングハートの先端には桃色の球体が現れ、大気中の魔力が吸収されていきその身をどんどん大きくしていった。
バルディッシュ全体を纏わせるように、雷が走る。やがてそれは激しさを増していき、極光を生み出していく。
──もう少しだけ待っててね、母さん。
「いくよフェイトちゃん! これが私の! 全力全開!」
「私はこれに、全てを込める……!」
──これが終わったらすぐに行くから。
「スターライト……!」
「サンダー……!」
──だから。
「ブレイカァアアアアアアア!!!」
「レイジィイイイイイイイイ!!!」
──今は……彼女とのケンカを、楽しませて。
明日やろうは馬鹿野郎……まさに格言ですね!(白目)