魔法少女リリカルなのはZX   作:bmark2

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第14話 衝突

「フェイトちゃん……?」

 

 なのはは背後から歩いてきたその女の子の姿を見て、思わず戸惑いの表情を浮かべた。

 彼女は本来、アースラで寝ているはず。そもそも動けるような状態ではなかったはずだ。

 顔を俯かせ、ゆっくりと歩いてくる今のフェイトは前のような凛々しい雰囲気はない。

 どこか陰鬱とした空気を放ちながら、夢遊病者のようにフラフラと歩いてくる。

 どうしてここにいるのかは分からないが、その動きからして無理をしているのは明らかだった。

 なのはは不安そうな顔を浮かべると、すぐさまフェイトに近寄った。

 

「フェイトちゃん、どうしてここに?」

「…………」

 

 身体には触れず、彼女の隣に立ってそう聞いた。

 しかしフェイトはまるで無視しているかのように、何の反応もせずにそのままなのはの横を通り抜ける。

 ほんの少し呆然とするなのはだったがすぐに顔を振ってフェイトに近づいた。

 

「大丈夫?」

「…………」

 

 再度、声をかけてみる。

 だが結果は最初と同じだった。

 やっぱりまだ調子が悪いんじゃ──そう考え、なのはは手を伸ばす。

 

 しかし。

 

「えッ!?」

 

 その手が触れるか触れないかの距離になった時、なのはは本能的に危険を感じ後ろへ飛び退いた。その時、頬に撫でるような風が吹く。

 見るとフェイトがこちらにバルディッシュを向けていた。

 風は彼女がデバイスを振り抜いた時に起こったものだったのだ。

 

 どうして──思わずそう言いかけた時、フェイトはぼそりと何かを呟いた。

 

「…………ないと」

「え?」

「……いかないと」

 

 なのはの耳に届いたのはそんな言葉。 

 そしてその声は、まるで自分に言い聞かせるような響きを含んでいた。

 何か危ういものを感じたなのははフェイトの顔を覗き見る。

 顔にかかった前髪の隙間から見えたその瞳の奥には、暗い絶望の色が浮かんでいた。

 驚く顔を浮かべるなのはをよそに、フェイトは呟くのを止めない。

 

「私はフェイト……アリシアじゃない……」

「えっ……?」

 

 うわ言のように呟き続けるフェイト。

 そしてなのはがもう一度声をかけようとした瞬間、彼女はキッとなのはを睨みつけ、その感情を爆発させるように大声で吼えた。

 

「母さんに会わないといけないんだ……邪魔を、するなぁ!」

「く、ぅ!」

 

 フェイトは瞬時に魔法を発動し、なのはとの距離を詰める。鎌の形をしたバルディッシュの切っ先はなのはの喉元に喰らい付くように飛び込んでいき──そのまま空を切った。

 なのはは魔法ではなく、その持ち前の反射神経で身体を弓なりにして避けたのだ。

 フェイトは避けられるとは思っていなかったのか、思わずといった様子で眉を寄せる。逆になのははその一撃に手加減が一切なかった事を空気で感じ、驚いたように目を瞠る。

 しかしすぐに真剣な表情になると、仰け反った体勢を瞬時に立て直し、身体を捻ってレイジングハートを振った。

 

 お互いのデバイスがぶつかり合い、魔力の衝撃波が巻き起こる。

 床や壁に亀裂が走り、二人を取り囲んでいた黄金の番兵達は軽々と吹き飛ばされた。

 しかし、そんな哀れなロボット達の姿はなのは達の目には映らない。

 

 衝突する両者の眼差し。

 なのははどこか動揺したように瞳を揺らし、フェイトは怒りをその瞳に纏わせる。

 デバイスを介してぶつかり合う、二人の魔力。周りからはミシミシと軋むような音が響いていた。

 

 やがて二人はほぼ同時に後ろへ飛び、距離を作る。

 構えたまま睨み合っているとなのはの下に念話が届いた。

 

『なのは、平気!?』

『ユーノ君?』

『今、フェイトが上に上がっていったんだ! 明らかに様子がおかしかったから声をかけようとしたら、魔法で攻撃されて……』

 

 どこか慌てたようなユーノの声。

 それを聞いて、なのはは思わず唇を噛んだ。

 

 どうしてそこまで追い詰められているの?

 何が貴女を追い詰めているの?

 

 そう問いただしたくなるが、目の前にいるフェイトの顔を見て思い止まる。

 彼女は涙を流していた。彼女自身も気づいていないのか、頬を伝う涙を拭うことなく歯を食いしばってこちらを睨んでいる。

 

「私は……私はなんなんだッ! 私はフェイト・テスタロッサのはずだ! 母さんから貰った、フェイトっていう名前があるはずなんだ! なのに……なのにどうして夢の中の母さんはアリシアと呼ぶ!? どうしてその名前で私に微笑むんだ! どうして、どうしてぇ!」

 

 フェイトは涙を散らしながらそう叫ぶ。

 事情を知らないなのはは思わず戸惑うが、フェイトが苦しんでいることだけは分かった。

 辺りを黄金色の魔力が覆っていく中、なのはは身体から無駄な力を抜いていく。

 

 ──フェイトちゃんを助けたい。

 

 心の底からそう思った。

 どうして彼女がここまで苦しまなきゃいけないのか。

 彼女だって普通の女の子のはずなのに。自分と同じ、小さな女の子のはずなのに。 

 そんな子が涙を流して顔を歪ませる。その姿を、なのははもう見たくはなかった。

 

「今の私に、出来ることは……?」

 

 彼女をこのまま行かせる? そう思ったのは一瞬で、なのははすぐにそれは駄目だと否定する。

 なのはの頭をよぎったのは、満面の笑みを浮かべ時空管理局員に雷を浴びせるアリシアの姿。

 なんとなく、なのははフェイトとアリシアを会わせてはいけないと感じていた。

 どうしてかは分からない。ただ二人が出会った時、きっとフェイトは壊れてしまう。そんな確信があった。

 それゆえに、彼女をこの先に進めるのは却下する。

 

 それなら、このまま言葉をぶつける? 恐らくそれも無駄だ。

 これまでならまだしも、今の彼女は普通の状態ではない。多分、何を言っても聞いてもらえない。

 

 ──なら、話をするにはどうしたらいいのか?

 

『ユーノ君たちは大丈夫なの?』

『うん。ロボット達はあらかた片付けたんだけど、アルフが少し落ち込んでて……』

『そう……分かったよ。後、これから少し集中するから念話を返せないけどよろしくね』

『えっ、なの──』

 

 ユーノとの念話を切り、そっと息を吐き目を閉じる。そして自分にできる唯一の方法が思い浮かび、小さく苦笑いを浮かべた。

 もっといい方法もあるかもしれない。しかし、なのはにはこれ(・・)しか思いつかなかった。

 

「うん、決めたよ」

 

 なのはは静かに目を開き、レイジングハートを構える。

 それを見て、フェイトも同じようにバルディッシュに魔力を込めた。

 

 ──冷静じゃないのは頭に血がのぼっているから。だったら、戦って落ち着かせる!

 

 考えついたのは、そんな乱暴な方法。

 しかしこれでいいとなのはは思った。

 これまでだって、彼女と戦ってきたのだ。自分の想いを教える為に、お互いの意思を伝え合う為に。

 今からやることも同じことだ。

 

 ──それに、思う存分身体を動かせば、頭だってスッキリするよね!

 

 知らずのうちに体育会系のノリになっていることに、なのはは気づいていない。

 彼女の手にあるレイジングハートは呆れたように点滅を繰り返していたが、それにも気づかなかった。

 

「フェイトちゃん」

 

 眼前にいる少女を見つめ、なのはは集中する。

 普段通りならまだしも、こんな状態の彼女に勝つのは難しくない。

 しかしそれでも油断はしない。ただでさえ、彼女の方が経験は上だ。冷静でないだけで簡単に勝てる相手ではないだろう。

 

 魔力を身体全体に巡らせる。

 金色の魔力に対抗するように、桃色の魔力が溢れ出す。

 その大きさは今までの比ではない。優しげな桃色の中には芯の通った力強さがあった。

 驚くフェイトをよそに、なのはは一歩足を前に踏み出した。

 

 そして愛機をフェイトに向けて。

 

 震えるほどに綺麗な顔で微笑んだ。

 

「少し……頭冷やそうか?」

 

 

 ※※※

 

 

「────」

 

 辿りついた先で見たのは壁に叩きつけられ動けなくなっているクロノと、今まさに止めを刺そうとしているアリシアの姿だった。プレシアは気を失っているのか、壁にもたれかかったまま動かない。

 距離はおよそ50メートルほど。モデルZXとなっていたヴァンは倒れているクロノを見て頭の中で“何か”がキレた。銃口を向けると、アリシアはその殺気を察知したのかすぐさまその射線から逃れるように跳ぶ。

 

 しかしヴァンはそれを許さない。

 逃げる方向を予測し、引き金を連続で引く。

 まるで吸い込まれるように飛んでいくエネルギー弾はアリシアに当たるかと思われたが、彼女は右手から雷の光線を放ち、エネルギー弾を消し飛ばす。

 それどころか、そのままヴァンをも消し炭にしようと右手を薙いだ。

 ガリガリと地面を削りながら近づいてくる電光に、ヴァンはあえて自分から近づいていく。

 そして当たる寸前、ヴァンはバスターを剣の形に変え電光を斬りつける。

 魔力で形成されていたそれは斬り裂かれたことで形を失い、蛍の光のように散り散りに消えていった。

 無防備になるアリシア。それを見逃すヴァンではない。ダッシュを使い、アリシアの眼前へと飛び込んで一切の手加減なくセイバーを斬り上げた。

 

 ──だがしかし、手には手応えはなく、そのまま何もない空間を斬り裂くことになった。

 

「……!?」

「フフッ、惜しかったわね」

 

 目測は間違っていない。確実に捉えていたはず。だがアリシアは、まるで何かに引き寄せられたように後ろに逃げたのだ。

 ヴァンはその動きを知っているような気がしたが、それがなんだか思い出せない。そのもどかしさはヴァンを苛立かせた。

 だが、苛立ってばかりでもいられない。ヴァンはいつ攻撃が来てもいいように注意しながら、クロノの元へ駆け寄り、その身体を診る。

 壁に沈んだ彼は意識を失っているようで、ピクリとも動かずに俯いていた。

 すぐさま応急処置の為にフィジカルヒールと呼ばれる回復魔法を使う。ヴァンにとってこの魔法は得意ではなかったが、気休め程度にはなった。

 ぼんやりと光る魔法がクロノを包むと頭から流れていた血も止まり、外傷もかさぶたくらいにまで治った。しかし骨折は完全に癒えておらず、失った血も元に戻ってはいない。

 

 ヴァンは完全に治せないことを内心で謝りながら、目の前の敵を見据える。

 

 アリシアの姿は映像とは違い、身長が大きくなっていた。そして出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるその身体は、淫靡な空気を放っている。

 更に宝石のように輝いている金色の髪を片方に纏め、馬の尾のようにゆらゆらと揺れている。そしてその整った顔立ちは、どこかフェイトに似ていた。

 

「私の身体をじっと見てどうしたの? もしかしてエッチな妄想でもしちゃったかしら? やぁねぇオトコノコは」

「お前に聞きたいことがある」

「あら無視? それくらいの話には付き合いなさいよ」

 

 親友を傷つけられた怒りを抑え、ヴァンはアリシアにそう言った。

 本当だったらいますぐにでも飛び出したい。しかし、ヴァンは彼女に対して気になることがあった。

 

「で、聞きたいことってなにかしら? もしかしてスリーサイズ? ごめんなさい、この身体になったばかりだからまだ分かって──」

「お前はいったいなんなんだ(・・・・・)?」

 

 彼女からはある“気配”を感じていた。

 それはヴァンが追っているライブメタルの気配だ。

 しかし、なにかがおかしい。アルベルトや剥き出しのモデルVと相対した時とは空気が違っていた。

 いつも感じる、肌を刺すようなモデルVの波導ではない。まるでフィルターが掛かったような、不思議な感覚。

 いったいどういうことなのか──ヴァンは鋭く彼女を睨みつける。

 

「なんのこと?」

「しらばっくれるな。お前からはモデルVの気配を感じる。だが、どうして適合者ではないお前からその気配を感じ取れるんだ?」

「簡単なこと……何故なら私の中にモデルVがあるからよ」

 

 なんの迷いも躊躇いもなく、アリシアはそう言った。

 彼女は妖艶な笑みを浮かべると、自分の腕を撫でるように触っていく。

 

「モデルV……この力のおかげで私はこのアリシアという身体を得る事ができたの」

「……何を言っている?」

「──私はアリシアであってアリシアでない者」

「なに……?」

 

 戸惑うヴァンを尻目に、アリシアは語りだした。

 そして彼女はまるで舞台女優のように大げさに手を広げ、くるくると踊る。

 

「人間だったアリシアは死んでいた。でもモデルVの力で記憶をデータ化し、骨格を機械に変え、そこにアリシアの()を被せて生きる機械として蘇った」

 

 カツカツと音を立て、ゆっくりとプレシアの元に歩いていくアリシア。

 彼女は膝をつき、気を失っているプレシアの顔に手を添えると、慈しむように撫でていく。

 

「だけどモデルVの力は機械のタマシイを操る力……人間だったアリシアを完全に蘇らせることは不可能だった」

「なら、本物のアリシアは──」

「ええ。この世にアリシア・テスタロッサの魂はもうこの世にいない。いるのはこの私だけ。プレシアを騙す為に作られた人工知能……」

 

 金色の髪で光を反射させながら、彼女は歌うように真実を告げていく。

 ヴァンには見えなかったが、プレシアを見る彼女の眼には、嘲笑の色があった。

 

「知っているかしら? プレシア・テスタロッサが今まで頑張ってきたのはアリシアを生き返らせるためなのよ? 滑稽よねぇ……娘が死んで絶望して、フェイトっていう記憶の一部を移した人造生命体まで作ったのにそれは出来損ない。それでも諦めきれずにジュエルシードの力でアルハザードなんていうあるかも分からない場所に行ってで蘇らそうと頑張ってきたのに、結果はこれよ?」

「…………」

 

 ヴァンはセイバーを強く握り締める。

 アリシアの証言から、プレシアがどうしてこんな事件を起こしたのか理解できた。だからといってそれを許せる訳ではないし、許そうとも思わない。フェイトが人造生命体だという事も驚いたが、だからといって虐待をしていい訳じゃない。

 

 でも、とヴァンは考える。

 自分の大切な人間をなくした時、人は冷静でいられないだろうと。

 ヴァンはクロノに視線を動かした。彼はヴァンにとって親友と言っていい。ただでさえ、彼の気を失っている姿を見て冷静さを失いかけたのだ。もし彼が死んだとなったら、ヴァンは自分を抑えられる自信がなかった。

 

 プレシアは親友ではなく、自分の娘を亡くした。

 その悲しみは考えている以上に大きいだろうとヴァンは思った。

 なら、娘を生き返らせようとするのはおかしいことではない……そう考え、首を振る。

 死んでしまった者は戻らない。それが自然の摂理だ。

 

 ──それに、死んだ者が蘇るのを認めるのなら……死ぬぎりぎりまでこの身体の持ち主を案じ、そして自分に託してくれた“彼”がバカみたいじゃないか。

 

 本物のアリシアだって、母親を苦しませてまで蘇りたいとは望んでいないはずだ。

 アリシアの記憶の一部を持つフェイトがあれだけ母親を愛していた。アリシアだって自分の愛した母親を苦しませたりしたくないだろう。推測にしか過ぎないが、そんな確信があった。

 しかし、同じように愛していたプレシアは、もう一度会いたいが故にジュエルシードを集めようとして……最終的にモデルVの力に頼ってしまった。

 

 ──事故さえ起きなかったら……って考えるのは、無駄なんだろうな。

 

 全ての始まりはエネルギー駆動炉の暴走事故。

 それがプレシアの人生を変えてしまったのだ。ある意味、彼女も被害者だと言えるかもしれない。

 だからといって同情はしない。プレシアは人を傷つけたのだから。

 

 そんなことを考えるヴァンに構うことなく、彼女は言葉を続けていく。

 

「まぁ彼女が哀れだったおかげで私が生まれた訳だし、感謝はしてるわ。アナタにも会えたしね?」

「俺に会えて、なにかいいことでも?」

 

 アリシアはそれには答えない。

 振り向き真っ直ぐにこちらを見据え、ただ笑みを深くするだけだった。

 

 そうして彼女は立ち上がり、胸の前に手を伸ばす。

 すると黒いオーラが手の内から現れ、彼女に纏わりついた。

 半透明のそれは全身を這いずり回るように動き、その存在感を大きくしていく。

 

 ──やがてそれは漆黒のドレスとなり、アリシアを包み込んだ。

 

「私は適合者じゃないから、ロックオンは出来ないんだけど……それでも、その力を使う事はできるの。どうしてだか分かる?」

「…………」

「フフッ、黙り込んじゃって……。特別に教えてあげる。私の身体にはモデルVが埋め込まれてるの。だからこんなこともできる」

 

 右手を横に掲げた瞬間、彼女の手のひらから紫電が迸り、細く鋭利な何かを形作っていく。

 電光が煌めかせ出来上がったのは、雷を纏った菱形の槍(・・・・・・・・・)

 同じように左手を掲げると、今度はどこからともなく冷気が発生し彼女の手を覆っていった。

 地面を凍らせながら現れたそれは、巨大な氷のブレード(・・・・・・・・・)

 

 そのふたつの形状は、ヴァンにとって見覚えがあった。

 

「イケニエとなったレプリロイドのタマシイを操る……それがモデルVの能力、トランスオン」

「トランスオン……」

「今、私が見せているものは不完全だけどね」

 

 ヴァンは唐突に、先程の光景を思い出した。

 アリシアに避けられた、完全に捉えていたはずの一撃。

 

 ──まるで何かに引き寄せられた(・・・・・・・)ように──

 

「そうか、さっきのはあのデカい牛の……」

「そうよ。よく気がついたわね」

 

 あの動きも、ヴァンが以前に遭遇したレプリロイドの能力だったのだ。

 敵の手札の多さを考え、ヴァンは思わずタラリと汗が背中を伝う。こっちは持ってるすべてのライブメタルを合わせても6つ。しかし相手は確実にそれ以上の能力を持っているだろう。

 どう対処すべきか……そう考えるヴァンを見ながら、腕のそれらを消しつつ、彼女は言う。

 

「モデルVの力は素晴らしいわ。成長も進化も、タマシイを操るこの力があれば思うがまま……まさにこの世の頂点に立つべき力、全てを支配する力!」

 

 頬を紅潮させ、陶酔したように彼女は叫ぶ。

 その姿はまるで、宗教を盲信している人間のようだった。

 

「アナタもそう思うでしょう?」

 

 当然、という風にアリシアはヴァンに同調を求めた。

 その眼は首を横に振るわけがないと信じきっている。

 

 だが、ヴァンが伝える言葉はひとつしかなかった。

 

「思わないな……その力は人を狂わせる。そんな力は、あってはならない」

 

 そう言うとアリシアは動きを止めた。

 そして目を細め、じっとこちらを見てくる。しかしその視線を受けてもヴァンの考えは変わらない。

 

 モデルVを手にする前までは、アルベルトもただ研究熱心な管理局員だった。

 そして偶然モデルVを拾ってしまったあの日記の研究員も狂う寸前にまで陥り、最終的には自害した。

 プレシアも死者蘇生という餌に釣られ、歪んだ“アリシアではない者”が生まれてしまった。

 そんなものが素晴らしいと思えるはずがない。

 

 静かに怒りを募らせていくヴァンだったが、次のアリシアの言葉に思わず思考が止まる。

 

「フ、フ、フフ、人ならざる者が何を言っているのかしらねぇ」

「なに……?」

 

 意図せず怪訝な表情になった。

 人ならざる者。つまりヴァンがヒューマノイドであることを知っているということだ。

 ヴァンは人ではないと言われたことには気にしていない。

 確かにその通りだし、この身体は“彼”が生きていた証でもあると考えているからだ。

 

 それよりも気になったのは、どうしてアリシアが正体を知っているのか、ということだった。

 ヴァンは自分の身体のことを人に話したことは一度もない。

 しかし、ひとつだけ知られてしまう可能性があるのを思い出す。それはヴァンが拾われた時に行われた身体検査のデータだ。それがあり、ヒューマノイドについて知る者がいれば、すぐにヴァンがただの人間ではないことに気付くだろう。

 

 そう考えているとアリシアの様子がおかしいことに気付いた。

 顔を俯かせて魔力を放ち、地面に大きな魔力の池を作り出している。そしてゆっくりとその範囲を広げていた。

 フ、フ、フ、と肩を震わせて笑う姿にヴァンは生理的な嫌悪を抱いた。

 

「アナタは私と同じだから、共感してくれると思ったのに……所詮、モデルVの劣化コピーの適合者なのかしら」

「さっきから重要そうなことを言ってくれるが、お前のご主人に怒られないのか?」

「ええ、いいのよ……どうせアナタはここで死ぬのだからぁ!」

 

 瞬間、溢れ出た魔力の池から、一本の剣が飛び出した。

 アリシアの身長の4倍はあろうかという全長、そして明らかに持つようにできていない柄。

 それは彼女の手元に行くことなく5つに分解されると、アリシアの周りを漂い徐々に近づいていく。

 

「これが、モデルVの力! アーッハッハッハッハ!」

 

 甲高い音と共にアリシアの足、胴、肩に装着されると、それは巨大な鎧となった。

 鎧の縁を黄金に染め上げ、真っ白の装甲が禍々しく輝く。

 そして残った剥き出しの頭部を、オレンジ色の突起物が包み込んだ。

 赤に縁どられた黒いマントをはためかせ、アリシアは叫ぶ。

 

『アナタはもう逃げられないわ! この私が教えてあげるッ! アナタのような劣化コピーの鉄くずに、逃げ場なんかないという事を!』

「さらさら逃げる気はない……いくぞッ!」

 

 ──最後の戦いが、今始まった。

 




大変遅れてしまって申し訳ない……

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