魔法少女リリカルなのはZX   作:bmark2

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大変お待たせしました


第13話 意地

「ディバイン、バスター!」

 

 その言葉と同時に放たれる桃色の閃光。それは真っ直ぐに空を翔け数体のロボットを貫いた。鋼鉄の胴体に風穴を開けながら墜ちていくそれをなのはは見届ける事なく上へと進んでいく。

 しかしその先には先程と同じ型、しかも倍の数の甲冑を纏ったロボットが、なのはに向かって魔力を帯びた斧を振りおろそうとしていた。

 

 なのはは眉を寄せつつ、デバイスをロボットに向けた。

 ここで時間を潰してる暇はない。早く駆動炉を封印しヴァン君の手伝いに行かないと。

 その思いがなのはを焦らせた。思わず封印のための魔力を残す事さえ忘れさせるほどに。

 

「ディバイン──」

「なのはっ任せて!」

「少しはこっちの出番も残しておいて欲しいね!」

 

 もう一度ロボットを一掃しようと杖先に魔力を込めたその時、背後から淡い緑色と橙色の鎖が飛び出してきた。

 その鎖はすべてのロボットに絡みつくと、壁と同化してロボット達の動きを止めた。

 振り向くとそこには、魔法陣を足元に浮かべたユーノとアルフが笑みを浮かべて立っている。

 

「なのは、こいつらは僕たちが抑えるから魔力は温存して!」

「……うん、わかった!」

 

 迷ったのは一瞬。

 なのはは全速力で上へと翔け上がる。途中、ロボットに邪魔されそうになるがそれらは全てユーノ達が抑えてくれた。

 

 そしてやっとのことで最上階の前にたどり着いた。ユーノ達はまだ後ろにいるロボットたちの相手をしている。

 扉を破壊し前に進むと、そこには一本のエレベーターがあった。

 直感的にそれが駆動炉へ続くものだと悟り、なのはは歩を進める。しかしその周りにも番人はいた。

 大きさも持っている武器も様々だ。自身の2倍程度のもの、見上げても頭すら見えない程の大きさのもの。そして剣だったり混棒だったり。

 

 それらを見てもなのはが怯む事はなかった。

 それどころか、この程度なら大丈夫、と感じている。

 

 ──うん、あの女の子ほどじゃない。

 

 脳裏に浮かべるのは白い魔女。

 自分もある意味魔女とも呼べる存在だが、あれは桁が違った。

 理不尽と言える、その圧倒的な力。それを肌で感じたなら、この程度のロボットなんて玩具にしか感じない。

 

 なのははレイジングハートを握り締め、その杖先を金色に輝く鎧を纏った機械たちに向ける。

 盾を装備しているものもいるが気にしない。あの薄さなら、例えバリアを張られていても貫ける。

 魔力もユーノ達のおかげで有り余っている。ならここで使わない手はない。

 

 そうしてなのはは足元に魔法陣を浮かび上がらせた。

 桃色の魔力光がバリアジャケットを照らし、魔力の奔流が室内を揺らす。

 

「行くよ!」

 

 ディバインバスター──そう続けようとしたなのはの言葉は、またしても中断されることとなった。

 背後から覚えのある魔力を感じたのだ。

 

 それはここにいるはずのない人物。

 今もアースラで眠っているはずの女の子。

 

 なのはは敵が向かってきているのも構わず、ゆっくりと振り向いた。

 そこにいたのは。

 

「フェイトちゃん……?」

 

 

 

 

 

 

 

「ほらほらお兄さん、そんなんじゃすぐ黒焦げになっちゃうよ!」

「ぐっ──」

 

 快活といった表現がよく似合う、満面の笑顔を浮かべた少女から放たれた一筋の光。

 それは嫌になるほど真っ直ぐに、そして何の躊躇いもなくクロノの心臓を貫こうとしていた。

 クロノは電擊を纏ったその光線を回避することに精一杯で、少女──アリシアの言葉にくぐもった声しか返せない。

 その声を聞いて気を良くしたのか、アリシアは笑顔を深め、攻撃の手を止め振り返る。その先にはどこか顔色を悪くしたプレシアがアリシアに笑顔を返していた。

 

「どう母さま! 私すごい!?」

「ええ、すごいわ。流石は私の娘よ」

「えへへー」

 

 母親からの褒め言葉にアリシアは嬉しそうに笑う。

 そこだけ切り取って見れば、それはそれは穏やかな日常の一ページだっただろう。しかしクロノは穏やかではいられなかった。

 

 今の今まで続いていた攻撃が緩み、少しの休息を得たクロノは地面に降りて構えを解かないまま荒く息をする。

 彼のバリアジャケットはところどころが黒く焦げており、顔からは疲労が垣間見える。ダラリと垂らした片腕の袖の下からは赤い液体が流れ、指先を伝って地面に落ちていく。

 

 腕を振るって血を飛ばし不快感を紛らわしたクロノは、何の屈託のない笑顔を浮かべるアリシアを見て内心で舌打ちをした。

 

 ヴァンを置いて先に来てから数十分。会話をしたのはほんの数秒。

 会話といってもクロノが管理局の常套句を叫んでいる途中「敵? なら殺さないとね」といきなり戦闘が始まってしまった程度のものだ。彼女の思考を悟る暇さえない。

 

 それから戦ってきたクロノが最初に感じたのは、薄気味悪さ。その次に恐怖だった。

 

 アリシアから放たれる魔法は魔法と呼べるかどうかも怪しいものだった。

 ただただ純粋に、自身が持っている魔力を相手にぶつけるだけという粗末なもの。その際、電気が生まれるのは彼女に魔力変換資質──魔力を電気や炎に変換するという事を意識せずに行える資質──があるからだろう。

 しかしそれゆえに、その魔力の消費量は魔法を使うものに比べていくらか大きくなる。それもそのはず、魔法とは自身の持っている魔力を操り、目的に沿った使い方をするためのものだ。

 例えるなら、木に切るために筋力は使うが自分の手刀で切ろうとする人間はいないだろう。斧だったりノコギリだったりを使うはずだ。

 

 しかしクロノの視線の先にいる少女はそれを実行していた。

 最初それを見たとき、クロノは勝てると思った。映像で見た魔力を放つ攻撃はかなりの威力を持っていた。つまり魔力の消費もそれだけ大きいだろう。

 長期戦に持ち込めばそのままダウンを狙えるかもしれない。唯一の懸念はプレシアだったが、何故か彼女は一向に攻撃を加えてこなかった。不思議に思ったが好都合だ。上手くいけば数分でカタがつくかもしれない。

 

 そんなクロノの考えが粉々に崩されるのは十分を過ぎたときからだ。

 

 視界を埋め尽くすほどに巨大な光の線。

 並の魔導師ならばその一撃を放っただけで倒れてしまいそうなその攻撃を、あろうことかアリシアは何十発も放ってきた。

 しかもそれら全て撃ってから次弾を放つまでのタイムラグがほとんどない。なのはのディバインバスタークラスの攻撃を連続で放ってくるといえばわかりやすいだろうか。

 

 数発程度なら、クロノも覚悟していただろう。死んでいたはずの人間が生き返る、そんな事ができるならば魔力量を多少多くするなんてことができてもおかしくはないと。

 

 しかしその数が十を超えた時から彼の顔から余裕が消え、二十を超えてから顔が強張り始めた。

 

 そしてかなりの数を撃ったにもかかわらず、未だに笑顔を見せるだけの余裕をアリシアは持っている。

 ドーピングをしたってありえないその魔力量。クロノの背中に冷たいものが走った。

 

 余裕が消えたことにより、彼の思考に焦りが生まれ、それによって身体に傷が増えていく。

 

 さらにクロノは見てしまったのだ。

 笑みを浮かべるアリシアの、その瞳の無機質さを。

 

 笑顔のはずなのに、その眼はまるで笑っていない。

 クロノを見ているはずなのに、その眼には何も映していない。そんな人間らしさの欠片もない瞳を見たクロノは本能的に恐怖を感じた。

 

 何を考えているのか分からない。人間は自分の理解できないモノに対して恐怖を感じる。クロノが感じたのは、まさにそれだった。

 恐怖は身体を鈍らせ、頭の中に囁きを残す。

 

 逃げてしまえ、諦めてしまえ──と。

 

 クロノはほんの数瞬、その声に身をゆだねそうになった。しかしすぐさま身体に喝を入れ、敵を睨みつける。

 小刻みに震える手を握り締め、無理矢理に止める。

 

「……こんなところで、諦める訳にはいかないな」

 

 自分自身に言い聞かせるように、クロノはそう呟いた。

 

 そんな彼の脳裏に映るのは茶色の髪をした年下の少年。

 ライブメタルに選ばれながらその力に驕らず、クロノに頭を下げてまでその途方も無い力の制御を求めた少年。

 

「あいつだったらこの程度の事で諦めたりなんかしないよな……!」

 

 クロノはヴァンが巻き込まれた事件を知っていた。

 その時にかろうじて残っていた監視カメラの映像で見たヴァンは、腹を貫かれながらも決して諦めることはしなかった。

 

 今の自分はどうだ?

 身体を見る。バリアジャケットはススだらけだが、大して大きな怪我はない。せいぜい破壊された壁の破片が当たった程度だ。

 腹に大穴が空いた訳でもない。

 

 ならばまだ自分は戦えるはずだ。

 クロノはデバイスを杖代わりにして立ち上がる。

 そしてそのままデバイスをアリシアに向かって突きつけた。

 

「さて……再開といこうじゃないか」

「大丈夫なの、お兄さん? もう諦めたら?」

「その言葉には、頷けないな」

 

 アリシアは呆れたように溜息をつくと、片手をクロノに向ける。

 次の瞬間、その手から閃光が放たれた。

 

「どうしてそこまで本気になるのかなー?」

「……ッハ、そんなの簡単なことさ!」

 

 クロノは今まで避けてきたそれを、上へと弾く。

 まさか弾かれるとは思っていなかったのか、アリシアはほんの少しばかり驚く表情を見せていた。

 

 そのまま間を与えず反撃に出る。

 足の裏を小さく爆発させ、その反動でクロノは弾丸のように飛び出した。

 

「魔導師の先輩である僕が後輩のあいつに情けない姿を見せるなんて、まっぴらごめんだからね!」

 

 叫びデバイスをアリシアに振り下ろす。

 しかしアリシアは慌てることなくその杖先を片手で(・・・)受け止めた。その手のひらには紫電が散っている。

 

「へぇ、そう。くだらないわね」

「──ッ!?」

 

 急にアリシアの声が変わる。その声は幼女のそれではなく、僅かに大人になった少女の声だった。

 驚くクロノをよそに、アリシアはそのままデバイスを掴み、思い切り引き寄せる。

 

 一気に懐に入られたクロノはほぼ反射的と言っていいくらいの速度で防壁を張った。

 

 その刹那、身体が消し飛ぶのではないかというほどの衝撃がクロノを襲う。

 とんでもない速度で壁に叩きつけられたクロノは、かろうじて引き寄せられた勢いを利用して殴られたのだと理解できた。

 

 パラパラと落ちてくる壁の破片。それらを気にする余裕もなく、クロノは自身の身体の状態を確認する。

 防壁で身体を覆っていたおかげで致命傷は避けられた。

 が、しかし。その怪我は小さいものではなかった。

 

 まず肋骨が折れている。

 少なくとも1、2本では済まされない量だろう。

 それに壁に身体を叩きつけられた時、一緒に頭も打ち付けたのか意識が朦朧としてきている。片目が赤く染まって見える事からどこかで額でも切ったらしい。

 更に飛ばされた力が強すぎて、身体が壁にめり込んでいるのだ。これでは身動きが取れない。

 

「あーあー、諦めておけば良かったのに」

 

 コツ、コツ、と足音が近づいてくるのが分かる。

 歪む視界の中、クロノは音の方向に目を向けた。

 

「……?」

 

 気を失いかけているせいかおぼろげにしか見えないが、それは明らかにおかしかった。

 先程までクロノが戦っていた相手はどう見ても5、6歳ほどの身長、顔立ちをしていた。

 しかし目の前にいる敵はあろうことか自分と同じか、それ以上の身長があるように見える。

 

 クロノの年齢は15歳だが、彼は歳の割りには背が小さい。

 とはいえ小学校低学年ほどの子供に負けるほど小さくはないはずだった。

 

「ま、──────ならこの程度かな。よく頑張ったとは思うよ」

 

 アリシアが何か言っているようだが、クロノはなんと言っているのか理解できなかった。

 まるでエコーがかかったかのように頭の中で反響し、“声”ではなく“音”として耳に入ってきているため、煩わしさしか感じない。

 

「っが、ふッ……!」

 

 喉の奥に引っかかる粘り気を帯びた液体を吐き出す。

 口元が真っ赤に染まるが気にしない。クロノは持ち前の意志の強さで、ぼやけた敵の顔を睨みつけた。 

 

 こいつにはかなわない。

 そう悟りながら、クロノは負けを認めることはなかった。

 

「少しは嬉しそうな顔をしてもいいのに。この私が褒めてるんだから」

 

 少女となったアリシアはそう呆れたように溜息をつく。

 

 ──その右手には膨大な魔力で形成された雷の塊がほとばしっていた。

 

「それじゃあね」

 

 その言葉と同時にアリシアは右手を振り上げる。

 クロノは最後まで目を逸らさない。じっと、相手の顔を睨んでいた。

 

 アリシアはその目をみて動揺することなく、なんの躊躇いもなく振り落とす。

 

 そして煌々と輝くその右手が、クロノの身体を真っ二つに引き裂く────事はなかった。

 

「っち!」

 

 腕をおろしたアリシアは何かに気付いて舌打ちをすると、すぐさま後方へ下がった。

 そしてある方向を睨みつけ、両腕に雷を纏わせる。

 

 クロノは助かったという安堵と同時に疑問が浮かべた。

 どうしてトドメを刺さなかったのだろうか、と。今の状態ではなんの抵抗もできない。

 

 そこまで考えた時、ふと別の魔力を感じた。

 それが誰の魔力か感じ取った時、クロノの顔に笑みが浮かぶ。

 

 ──まったく。来るのが遅いんだよ、君は。

 

 すると身体から一気に力が抜けていくのを感じた。

 どうやら安心感からか、緊張の糸が切れてしまったらしい。

 

 ここはまだ戦場だ。それなのに意識を失うなんて事は許されない。

 しかし一度切れてしまったものを戻すのは不可能だった。緩やかに意識が閉じていく。

 

 ──これはまた、訓練の量を、増やさないとな……。

 

 目の前の景色が白黒になっていく。

 最後にクロノは、魔力の感じる方向に向かって祈った。

 

 ──死ぬなよ、ヴァン……!

 


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