魔法少女リリカルなのはZX   作:bmark2

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第12話 深淵に潜む忍

 魔法陣の光が晴れると、そこは岩に囲まれた、岩盤が剥き出しになっている場所だった。見ると数十メートル先にプレシアがいると思われる城が見える。

 既に局員達が入っているはずなのに、何故その場に転移しないんだ? 脚に魔力を込めて走りつつ、敬語を使うことすら忘れてヴァンが念話でリンディに問う。彼女は今、アースラの艦内でヴァン達のサポートをするために残っていた。

 彼女は少々考えた後、答える。

 

『多分、彼女が転移を妨害しているのでしょう。それでこんなところに出てしまった』

「彼女……プレシアか」

 

 モニターで見えた女の顔を思い出す。

 彼女がアリシアに向けた笑顔は、子供を大切に思っている事がよく分かるほど情愛に溢れた笑顔だった。しかしアルフから話を聞くと、会うたびにフェイトに虐待をしていたという。

 同じ自分の子供なのにどうしてそんな事が出来るのか、それがヴァンには分からなかった。

 

 しかし今頭を悩ませても仕方がない。なんであれ、プレシアを逮捕すれば分かる事だ。

 ヴァンは手に持ったZXセイバーを握り締めつつ歩を進める。

 

 思考を切り替えた時、ふとある事が気になったヴァンは横を見た。そこにいるのは橙色の犬耳少女であるアルフ。彼女はフェイトの使い魔だが、その主人が倒れている時に離れていて心配ではないのだろうか?

 そう思いつつ見ていると、彼女はそんなヴァンの視線に気づき、速度を落とさないまま声をかけてきた。

 

「なんだい?」

「いや……フェイトの事、みてなくていいのか?」

 

 そう言うと彼女は少し息を詰まらせ俯いた。そして肺に溜まった空気を吐き出すように、ゆっくりと溜息をついて前を向く。その顔には、大きな決意と少しばかりの罪悪感が浮かんでいるように見えた。

 

「あの子の事は心配だけど……あのババアを止める方がフェイトの為になるんだ。アイツが捕まればフェイトが虐待されることもなくなるし、フェイトが目を覚ます前に終わらせればあの子に母親が逮捕されるところを見せずに済むからね」

 

 彼女は言いつつ速度を上げる。どうやら話を続けるつもりはないらしい。ヴァンはその後ろ姿を見ながら、その心境は複雑そうだと考える。

 プレシアはアルフにとって、フェイトを傷つける敵でしかない。しかしそれでも、フェイトの母親であることには間違いないのだ。盲信的とも言っていいほど母親に尽くしているフェイトが、家族を失って悲しくならないはずがない。つまりこの作戦が成功してもしなくても、どちらにしたってフェイトが悲しむことには変わりないということだ。

 この作戦が成功すれば、少なくともフェイトが虐待によって傷つく事はなくなるとはいえ、少しでも主人の悲しむ姿が見たくないのだろう。彼女からは、苦痛に満ちた雰囲気が感じられた。

 

「そう、か。なら、早く片付けないとな」

 

 ヴァンは慰めの言葉でもかけようかとも思ったが、それだけに留めておいた。ここまで考えておいてなんだが、これらは全て憶測だ。もしかしたら自分の思い過ごしかもしれないし、彼女もそんな言葉を望んでいないだろう。

 そう考えて発した言葉だったが、どうやらそれで良かったようだ。彼女は少しだけ振り向き、こちらに不敵な笑みを浮かべて頷いてくれた。

 なんとなくほっとしながら、ヴァンは走るスピードを更に上げるのだった。

 

 

 

※※※

 

 

 

 そうしてひび割れた道を進み、ようやく城の前までたどり着いた。そこに待ち構えていたのはヴァン達の背丈よりも数段大きい扉。開ける手間も惜しいと、そのまま扉を蹴破ろうとした時、地響きのような振動がヴァン達を揺らした。

 地震とは無関係なはずの浮かんだこの城で、いったいなんなんだろう? 思わずバランスを崩しそうになりながら、なのははレイジングハートで身体を支えて周りを見渡すが、そこには石でできた柱か目的の扉しかなかった。

 

「な、なに?」

「──ッ! みんな下がれ!」

 

 揺れの不自然さとその原因に気付いたクロノが咄嗟に後ろに飛び、その余裕のない声に他の四人も反射的に下がる。

 その瞬間、扉が弾け飛び破片がヴァン達を襲った。弾丸のような速さで向かってくる破片をなのはの魔法で防ぎつつ、扉があった先を見ると、そこには局員達が倒したはずのロボットが槍を構えて立っていた。

 

 数える事が嫌になってくる程大量にいる、甲冑を纏った鋼鉄の機械。それらは巨大な武器を片手にヴァン達に近づいてくる。地響きの原因は、どうやら彼らのようだ。敵は間を置かずに飛び出してくる。

 

「なのは、ユーノ、アルフ。いまから僕とヴァンで道を開けるから君たちは最上階にある駆動炉へ! こいつらは魔力で動くタイプだろうから、それを封印すればこいつらの動きも止まるかもしれない!」

「うん!」

「分かった!」

「了解!」

 

 その言葉と同時にクロノがデバイスを構える。

 それに続いてヴァンがその横に立つと、クロノは薄く笑った。思わず首を傾げると、彼は杖を振りながら視線を動く機械に向け、

 

「いや昔を思い出してね。よくやっただろ?」

「ああ、そういえば……久しぶりにやるか?」

 

 同じように笑いながら、ヴァンはセイバーを銃の形態に変えてそう聞く。

 その質問にクロノはデバイスを掲げて返事を返し、魔力をその杖先に溜めていく。ヴァンもバスターを向け、魔力を溜める事で銃口に球体が出来上がっていく。

 それが最大まで大きくなった時、クロノの魔力と重なり合う事で、まるで太陽と見紛うほどの光を放つ球が出来上がった。

 

 そして二人は顔を見合わせ頷き合うと、コンマ数秒も差異なく同時にトリガーを引き──その瞬間、光がロボットを包み込み、全てをガラクタに変える。

 光が収まる頃にはそこに機械達の影はなく、その残骸しか残っていない。二人の息が合っているからこそ出来た、強力な合体技だ。

 

「すごい……!」

「それほどでもないさ。さて、いつ増援がくるとも限らない。そっちは頼んだよ!」

 

 驚いた様子のなのは達を残し、クロノとヴァンは先が見えない程の長い廊下を駆けていく。

 道中で襲いかかってくるロボットも二人のコンビネーションで冷静に対処し、先に進む。時には二人の正確な射撃で機械達の眉間を撃ち抜き、時には一方が援護に周りもう一方が斬り捨て、時には何も考えず二人してデバイスやセイバーを振り抜いた。

 その猛攻によってヴァン達がいなくなる頃には、豪華に飾られた西洋風の廊下はヒビとガラクタに塗れた何とも前衛的な姿に変わっていた。

 

 そして突き当たりに見つけた扉を破壊して中に入ると、そこはいくつもの柱に包まれた場所だった。

 その地面は黒く焦げ、ところどころに赤い血のようなものもこびり付いている。それはどこかで見たことのある風景。考える時間は少々、すぐにヴァンは思い出す。

 

「ここは……局員達がやられたところか」

「そうらしい。とりあえず、先に進もう」

 

 見ると玉座の後ろに階段がある。プレシアたちはここに逃げたのだろう。

 そう思い、ヴァンは先を行くクロノに続こうとして──何かが視界の隅で光ったのが見えた。

 

「クロノ!」

「うわっ!?」

 

 クロノを押し倒した瞬間、背後で何かが通り抜ける音が聞こえた。

 見るとそこにはガラスのように透き通った菱形の刃物が突き刺さっていた。その周りは薄く凍りついている。

 

 気配を殺しての攻撃、そして覚えのある魔力。

 ヴァンは瞬時に相手が何者であるかを理解し、そして自分が相手をしなくてはならない事に気付いた。

 

「先に行ってくれ、すぐに追いつく」

「ッ、分かった! やられるなよ!」

「ああ」

 

 クロノもヴァンの様子とその攻撃から理解したようで、悔しそうな顔をしながら階段を下りていく。

 下りる音を背後に聞きながら、ヴァンはバスターを構えた。

 

 十中八九、敵は海上の決戦の時にジュエルシードを奪っていった奴だろう。あれほど気配を絶つことに長けたレプリロイドだ、隙を少しでも見せればすぐにでもやられてしまうはずだ。

 ヴァンはそう考え、意識を周りに集中させていきながらも自分の中で少々の焦りが生まれてきている事に気付いた。

 

 このまま膠着状態が続くのはあまりよろしくない。

 長引けばその分クロノが一人であの二人を相手にすることになる。それだけは避けたかった。

 確かにクロノは強い。アースラ内でも“切り札”と呼ばれる程の戦闘力を持っているし、その実力は自分が一番よく知っている。そんな彼なら大魔導師といえど十分にやりあえるだろう。

 

 しかしアリシアという予想外の敵が追加された以上、安心できない。

 

 映像で見た限りでは、彼女の実力の全てを見切る事はできなかった。だが大勢の局員達を一瞬で沈黙させる程の威力の魔法を使えることから、下手すればクロノと同等──もしくはそれ以上の可能性がある。

 それが分かってしまったからにはここで時間をかける訳にはいかない。

 一度、頭の中をリセットする。ゆっくりと真っ白になっていく思考が、どこか心地良い。次第に焦りも消え、更に集中を深める事が出来た。

 

 ザリ──……と、自分が鳴らしたすり足の音がとても遠くに聞こえる。それと対照的に、心臓の鼓動が耳の奥でドクドクと鳴り響き頭を揺らす。 

 

 そしてその先に見えたのは、虚空の中で微かに揺らぐ何か。

 

「──そこだッ!」

 

 すぐさまヴァンはその場所へ魔力弾を撃ち込む。

 真っ直ぐに飛んでいったそれが目標地点へぶつかる瞬間、そこから水色の装甲を身に纏ったレプリロイドが現れた。敵はそのまま空中を漂うようにゆらゆらと動きながら、ヴァンの前へと降り立った。その視線には、ヴァンへの称賛の色が浮かんでいた。

 

「よくぞ某の居場所を見破った。差し支えなければどう見破ったかをご教授してもらいたいところだが」

「簡単なことだ。お前は気配を消しすぎたのさ」

 

 何もない空間にも小さいながら気配がある。例えていうなら、空中に漂うホコリのようなものだろうか。完璧に気配を消すと、そこだけ気配を感じなさすぎて違和感を感じさせてしまう。

 確かにそこまで気配を消せるだけ感嘆モノだ。しかし更に上を行くなら、気配と同化して自分のモノとして馴染ませる(・・・・・)事が出来る。敵レプリロイドはそこまでの域に達していなかったため、こうして見つける事が出来たのだ。

 

「なるほど。気配を馴染ませる……か。大変勉強になった。感謝しよう」

「ま、俺も受け売りなんだけどな。見つけられたのも運が良かったし」

「ほう。某もその御仁に会ってみたいものだ」

 

 そう言った途端、レプリロイドから殺気が放たれる。

 それを肌に受けながら、ヴァンは紫色のライブメタルを取り出した。鈍い輝きを放つ金属片は、ヴァンの魔力に呼応して、薄暗い光を放つ。

 

「なら会わせてやるさ──ロック・オン!」

 

 その言葉とともにヴァンの身体が闇に包まれる。

 闇が晴れ、現れたのは漆黒の忍だった。顔の上半分を隠す白い仮面とは対照的に、暗い色合いに染まった鎧。そして首元ではためく赤い二枚のスカーフ。

 

 その手にこれと言った武器はない。ただ、それだけで侮るほど、レプリロイドも馬鹿ではなかった。逆に警戒度を強め、一挙一足を観察するように相手を見つめる。

 そしてヴァンが動こうと脚に魔力を込めた時、船のアンカーにも似た両腕を振り上げ、冷気を辺りに撒き散らした。

 

「某の名はテック・クラーケン! 貴様への敬意を、この氷の刃でその身に切り刻んでくれよう!」

 

 叫んだ瞬間、クラーケンは空気をなぎ倒すかのように腕を振るう。それによって薄紫色をした菱形の刃が飛んでくる。

 ヴァンは残像を残しながら右へ左へと避けながら、右腕を左肩付近まで引き絞った。するとヴァンの籠手全体が水色に輝いた。

 

「くらえ!」

 

 そしてクラーケンと同じように思い切り右腕を振るう。

 と、水色をしたカーブの軌跡を描いたその光から、薄透明のクナイが空気を切り裂きながら飛び出した。それは範囲は広くないものの、一点に向かって数十もの数を持って飛んでいく。

 

 クラーケンはこのクナイをどう対処してくるか。ヴァンは右手にクナイを作り出し、追撃を重ねようと狙いを定めながら相手の次の行動を予測する。先程のように氷の刃を出して迎撃する? それともまた暗闇を作り出して隠れるか?

 そう考えていたヴァンだったがその予想は裏切られることになる。

 

「……踊れ!」

 

 クラーケンは額に魔力を込めると、そこから翡翠色の光弾を数発撃ちだしてきた。

 結構な威力があるのか、ヴァンの投げたクナイは全て撃ち落とされ、ヴァンの元へと飛んでくる。しかしスピードはそれほどではない。弾道を予測し、弾のあいだをかいくぐって地面を蹴る。

 クナイを逆手に持ち、クラーケンに斬りかかり──そして後ろから来る威圧感に気付いた。ほとんど反射的に身体をひねる。その刹那、背中をなぞるように光弾が駆けた。

 

「これはさっきの……跳ね返ってきたのか!?」

「そぉら……攻撃はそれだけではないぞ!」

 

 更に残りの光弾がヴァンを狙う。よく見ると、それらは頭、心臓、肩といった人体の急所に向かって飛んできていた。こっちが避けることも想定して撃ってきたのか!? その先読みの能力と正確さに、思わずヴァンは舌打ちする。

 そして咄嗟に魔力で足場を作り、それを蹴って避ける。しかしその行動は一歩遅かった。頭を狙っていた光弾は動いたことによって当たる位置がズレ、腹部に向かい、そしてその腹に大きな穴を開ける。

 

 攻撃を受けた体勢のまま、ぐらり、と前のめりに空から落ちていく。

 そのままヴァンは頭から落下し──霧のように霧散した。

 

「ほう、幻影か」

「シャドウダッシュ……なかなか疲れるんだぜ、これ……」

 

 クラーケンが振り向くと、そこには息を切らしたヴァンの姿があった。

 右手で汗を拭いているところを見ると、先程の回避技を使うのにかなりの魔力を消費することが理解できた。

 これを好機と見たクラーケンはすぐさま攻撃を仕掛ける。

 

「そのまま死の淵へと送ってやる! 轟けッ!」

 

 放つのは一番最初に見せた菱形の刃。しかし先程と圧倒的に違うのはその量だった。

 空中を覆うそれらは、クラーケンが腕を振るった事で一斉に飛び出し、ヴァンを串刺しにせんと向かっていく。

 ヴァンは焦った表情になると、魔力を開放した。それによってヴァンを包み込むように黒い球体が出来上がる。クラーケンが放った刃はそれによって全て阻まれ、地面に落ちて消えていく……が、クラーケンの心の中で落胆することはなかった。

 

「それが最後のあがき……というわけか」

「ハァ、ハァ、ハァ……!」

 

 攻撃が終わると、まるで風船が割れるかのような音を立ててバリアが剥がれた。

 その中にいたヴァンの顔には先程より疲労の色が濃くなっていた。これ以上長引かせるのも酷か──そう考えたクラーケンは勝負を決めるため動き出す。

 

「貴様は十分に頑張った。これで終わりにしよう」

 

 クラーケンの両腕に魔力が集まっていく。

 そして凍てつく程の冷たさを持った塊を4つ生み出すと、それを宙に浮かばせた。拳程度の大きさしかない氷塊に魔力が込められるが、それが巨大になることはなかった。しかしその分、凝縮され強度を増していた。

 クラーケンは指揮者のように腕を動かす。すると氷塊は形を変えていく。それはさながら氷の投槍(アイスジャベリン)と言うべきモノ。切っ先はヴァンに向けられ、今にも飛び出しそうだった。

 

「さらばだ、ロックマン……凍てつけ!」

 

 その瞬間、銃弾のようにアイスジャベリンが発射された。

 疲労状態にあるヴァンにこれを避ける術はない。あるのは“死”という未来だけだ。

 

 ──なかなか骨のある男だったがな。

 

 クラーケンは心の底からそう思った。それと同時に、自分を作った男と大違いだ、とも感じていた。

 自分を作った男……アルベルト。確かに自らの心に一本譲れない“何か”を持っているということだけはそっくりだ。しかしそれでもクラーケンはアルベルトが気に食わなかった。作られたからにはその人物を主として忠誠を誓うのが筋。生まれてからそう考えていたクラーケンだったが、どうしても忠義を尽くす事が出来なかった。

 あの男がやった所業についてだってそうだ。あのような非人道的な行為を見て、誰が忠義を尽くせようか。忠誠を誓いたいと思えない主に仕える、それがクラーケンはただただ不快だった。

 

 そう考えていると、大きな破壊音が響き渡る。

 その音を聞いて、クラーケンは鋼鉄の肌があわだったような気がした。そしてすぐさま警戒体勢を強める。

 突然のクラーケンの行動。彼の不可解な行動には理由があった。

 

 ──おかしい……どうして肌を切り裂く音がしなかった?

 

 そう、彼の聴覚機関には刃が肉にめり込むような音が聞こえなかった。レプリロイドは耳がいい。だからこそ、少しの音でも拾えるはずなのだ。

 思わず着弾地点をじっと見る。未だに煙が舞い上がり、中が見えない。

 

 そして煙が晴れてきた時、2つの十字手裏剣がクラーケンに襲いかかってきた。

 

「そんなもの、某に躱せぬとでもッ──!?」

 

 迫り来る魔力でできた十字手裏剣。手裏剣はよくある手のひら程度の大きさではなく、一抱えはありそうな大きさを持っていた。その刃が突き刺されば大ダメージは免れないだろう。

 それがもう目の前に近づいているにもかかわらず、クラーケンは動かなかった。

 

 否、動けなかったのだ。

 

 そのまま手裏剣はクラーケンの両腕を刈り取り後方へ飛んでいく。

 大きな音を立て地面にぶつかり大破する腕。それを見た後、クラーケンは首だけ動かし後ろを振り返った。

 そこには無表情を浮かべるヴァンの姿があった。その手にはクナイが握られており、その刀身は自らの腹部を貫いていた。

 

「……まさか、全てが虚構だったとはな」

「ああ。なかなかの名演技だったろ?」

「はっ、違いない……某は見事に引っかかってしまった」

 

 つまり、全てはヴァンの演技だったのだ。

 シャドウダッシュの後の疲労、そしてバリアを張った後の疲れた表情、全て。

 

「は……某はまだまだだったようだ……願わくば、この失敗を糧にしたかったが……それも叶うまい」

 

 自分からエネルギーが失われていくのが分かる。

 これが死。クラーケンはそれを理解しながらも、恐怖を感じていなかった。

 

 狂った? 違う。諦め? 違う。どれでもないその感情は──。

 

「ああ、そうか……某は……」

 

 その感情がなんなのか。それが分かったクラーケンの顔には満足げな表情が浮かんでいた。

 同時にクラーケンは後悔も出てきた。それはもう、叶えられない願い。

 

「……貴様、名をなんという……?」

「……ヴァン。ヴァン・ロックサイトだ」

 

 その名を心に刻み込む。

 残り十数秒の命だが、そうしたいと思ったのだ。もう既に身体は動かない。しかし最期にこれだけは伝えたい。クラーケンは残った力を振り絞り、言った。

 

「貴様のような男に、主として忠誠を……誓い、たかっ……た……」

 

 そしてクラーケンの目から光が失われる。

 ヴァンはそっと地面に降り、彼の身体をゆっくりと横たわらせた。

 

「……お前と一緒に戦いたかったよ」

『この男、殺すには惜しかったが……これも運命か』

 

 モデルPがそう呟く。

 ヴァンはそれに頷きながら、立ち上がる。その視線の先には、クロノが降りていった階段があった。

 

「進もう。クロノの元へ急ぐんだ!」

 

 

※※

 

 

「う、ん……」

 

 何やら遠くで騒々しい音が聞こえて、フェイトは目を覚ます。その時、自分の身体に白い毛布と掛け布団がかけられている事に気付いた。

 一体ここはどこだろう? そう思い立ち上がって視線を動かすと、自分の周りには多くの機械が置いてあった。その機械にはなんとなく見覚えがある。確か医療系に使われていたものだ。

 つまりここは医務室? どうしてこんなところに……と、そんな時、近くのテーブルにバルディッシュが置いてある事に気付いた。すぐさま手にとって確認。どうやら異常はないようだ。

 ほっと安心すると、その横に手紙が置いてあった。中を見てみると、どうやらアルフが書いたらしい。その内容は驚くべきものだった。

 

「母さんを……逮捕……?」

 

 思わず崩れ落ちそうになる。

 原因はひとつしか考えられない。ジュエルシード集め。それがいけなかったというのだろうか?

 とにかく今は母さんの元へ向かわないと。そう決めてバルディッシュを起動させようとして──ふと頭によぎる映像。

 

 ──アリシア──用済みよ──人形(フェイト)──

 

「ッハァ! ……ハァ、ハァ」

 

 気がつけば地面に手をついていた。夢というにはリアル過ぎる映像。

 もしかしてこれは夢なんかじゃなく──そこまで考えてフェイトは首を振った。違う、そんなことない。私はプレシア・テスタロッサの娘、フェイト・テスタロッサ。決して、アリシアじゃない……!

 そう思いながら、自らの中にできた疑問が膨れ上がっていくのをフェイトは感じずにはいられなかった。

 

 もしかしたら本当に私は娘じゃない──?

 

 とにかく母さんに会わなきゃ。会って、そんなことないって、言ってもらえば私は安心出来る。

 フェイトはバルディッシュを起動させ、転移魔法を発動させる。そして魔法陣はフェイトを包み込み、光とともに消え去った。

 

 

 ────フェイトが転移したその直後。

 机の上に置いてあった手紙はゆらゆらと空中を漂う。

 

 そして手紙自体が幻であったかのように……それは消えた。

 

「さて、仕上げに入ろうか……クックック……」


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