────ハラオウン親子に怒られてから十日が経った頃。
その間、ヴァンはなのは達と協力し三つのジュエルシードを集める事ができた。それと今までに集めたものを足すと、計九つのジュエルシードが管理局の手にある。
ジュエルシードの数は全部で二十一個。そして残り十二個の内、六つをフェイトが持っている。なので後は残りの六つを集めてフェイトから回収すれば、今回の事件は終息に向かうだろう。
そして今日、ヴァンはクロノやリンディと共にアースラのモニタールームで状況を確認し合っていた。
「残り六つ……あと少しね」
「地上は探し尽くしたような感じがしますからね。後は海の中……とかもありえるよな、クロノ?」
「ああ。今はエイミィが捜索してくれているから、そんなに時間もかからないで見つかると思う」
椅子に深く腰掛けながら、クロノがそう話す。
エイミィのオペレータとしての腕は確かなので心配する事もないだろう、とヴァンはホッと息を吐く。そしてふと、モニターの中に映る黒い魔導師──フェイトという少女の姿が目に入り、考え込むように腕を組んだ。
その映像には、ヴァンが来る前に始まっていたジュエルシードの暴走体との戦闘が流れている。
フェイトは高速戦闘が得意なのか、紫電を纏いながら暴走体の攻撃のほとんどを躱していた。そして時には斬りかかり、時には魔力弾を放って上手く相手取る。その技術はヴァンから見ても感心する程のものだ。
しかしその中でも特に気になったのは彼女の戦闘技能ではなく、その表情だった。
鬼気迫る、という表現がしっくりくるような形相で、暴走体に向かっている。その顔を見て、思わず眉を寄せた。
十にも満たない子供がしていい顔じゃない。
そう思うと同時に、何が彼女をそこまで必死にさせるのか気になった。
そんな時、ヴァンの目の前に湯呑が差し出された。見るとリンディが笑顔でこちらを見て笑っている。
「はい、これ」
「あ、どうも……」
湯呑を受け取り中身を見てみると、それは真緑色の液体。
この匂いは緑茶だろうか? それにしては甘い匂いも混じっているような……?
とはいえせっかく受け取った好意だ。いただきます。
ヴァンは少し笑顔になりつつ渡された湯呑を傾ける。
口の中に広がったのは、緑茶特有の苦味と……溶けきっていないドロリとした砂糖の塊による甘味だった。それは舌を包むように流れ込み、そのまま喉に侵入する。甘苦い、の次元を明らかに超えていた。
「グフっ、う……」
「どうかしら?」
思わず咳き込んで全てをぶちまけかけるが、そんな事をすれば目の前にいるリンディにかかってしまう。しかも感想を聞きたげに眼を輝かせ、こちらを見ていた。
それだけはする訳にはいかないと、ヴァンは涙目になりつつなんとか耐える。そして十数秒かけて飲み干した。
「……な、ながながに独特な味でずね」
「でしょう? それが美味しいのよねぇ。」
喉に引っかかる感触に耐えながら、なんとかそう返す。リンディはヴァンの言い回しを気にもせず笑顔でお茶を飲んでいた。美味しそうに飲むその様子に唖然としていると、ススっと近づいてきたクロノが耳打ちしてきた。
「(すまない、止めるのが遅かったみたいだ)」
「(まだ喉の奥がつっかえてる気がするぞ……)」
「二人して仲良く何の話をしているのかしら?」
「「なんでもないです、はい」」
思わず背筋を伸ばす二人。
そして苦笑いでなんとか誤魔化そうとしていた時、突然の警報に全員が表情を引き締めた。
「──ッ!? どうしたの!?」
『捜索域にて、大型の魔力を感知! 繰り返す──』
「大型の魔力……ジュエルシードか!」
「エイミィ、状況は!?」
クロノが咄嗟にエイミィに念話を送る。
彼女から帰ってきたのは驚きを多大に含んだ声だった。
『クロノ君! 例の黒い魔導師の子が、海全体に強力な魔法を撃とうとしてる!』
「なんだって!? もしかして、ジュエルシードを暴走させる気か!?」
『多分、そうすることで無理やり位置特定と封印を行うつもりなんだと思う!』
「それにしたってジュエルシードを発動させるには多大な魔力が必要……封印の魔力も考えると、いくら黒い子の魔力が多いからって無茶だわ」
「何がそんなに彼女を……?」
そうして目の前のモニターに映っているのは海上で巨大な魔法陣を展開し、いくつもの魔力スフィアを海に撃ち込んでいるフェイトの姿だった。映像から見える彼女の表情は若干の疲労が伺える。
やはり魔力の消費が激しいのだろう、ジュエルシードの影響で荒れ狂う波を避けつつ封印しようと動き回るフェイトの姿はどこか精彩が欠けていた。
ヴァンはだんだんと傷ついていくその姿にどうしてか心の奥がざわつくのを感じながら、クロノにどうするか聞こうとした時、背後のドアが開く音と共になのは達が入ってきた。
なのははモニターに映っているフェイトの姿を見て息を呑む。そしてハッとなりクロノを見て口を開いた。
「あの、私、現場に行きます!」
「その必要はない。放っておけばいずれ自滅を──」
「いや、自滅しないかもしれないぞ」
「なに?」
クロノの言葉を遮り、そうヴァンが呟いた。
怪訝な表情になりながらヴァンを見ると、その視線はモニターのある場所を見ていた。釣られてクロノもその場所に視線を動かすと、何かの影が水面下を移動しているのがうっすらと見えた。
魚にしては大きすぎるし、何よりそれには手足が生えていた。
「あれは……レプリロイド!?」
「ああ。海の中でよく見えないが、水の竜巻を消していってるのは確かだ」
ヴァンはそう言い、クロノに背を向けて転移のためのスペースへ移動する。その様子を見てなのははユーノと頷き合うとヴァンについていく。
クロノは何か言いたげに手を伸ばすが、呆れた表情を浮かべると共に手をおろした。
「と、いう訳で俺は行くよ。レプリロイドの相手は俺の専門だしな」
「私もその手伝いということで!」
「同じく!」
「まったく……ヴァン!」
ため息混じりに名前を呼ばれ、ヴァンはクロノの方を向く。
クロノはどこか心配そうな目をして、
「無茶はするなよ」
「……ああ!」
腕を上げてそう答え転移スペースに入ると、ユーノが転移魔法を発動させる。
それと同時に足元に魔法陣が現れ、ヴァン達を包み込んだ。そして一瞬の閃光を放ち、ヴァン達を海上へと移動させる。
落下していく中でヴァンはライブメタルを、なのははレイジングハートを取り出し同時に構え、叫んだ。
「行くぞ! ロック・オン!」
「レイジングハート、セットアップ!」
※※※
眩い光と共に二人はそれぞれの装備に変身する。
ヴァンは青色の鎧に包まれたロックマン・モデルLXになり、ハルバードを肩に担ぎながら荒れ狂う海を見つめた。そこでは水の竜巻がフェイトを襲っている。
「こりゃすごいな……とりあえず、封印が先決だな。話はそれからだ」
「うん!」
「了解!」
その横で、白と青を基調としたバリアジャケットを身に纏ったなのはが、レイジングハートを片手に力強く頷く。同じようにユーノもマントをたなびかせ、海上を見据えていた。その眼はいつも以上に真剣だ。
そんな時、何かがこちらに近づいてきた。
咄嗟にヴァンがハルバードで応戦しようと構えるが、それをユーノが腕を上げて止める。そして二人の前に出ると魔法を発動させた。その瞬間、空気を震わせる程の衝撃が辺りに広がった。
「フェイトの邪魔を……するなぁ!」
「っく!」
「ユーノ君!?」
突撃してきたフェイトの使い魔をユーノが結界で防御し、動きを止める。拮抗状態になり魔力同士のぶつかり合いによって火花が散った。
「なのは、行って!」
「分かった!」
なのははユーノの言葉に従いフェイトの元へ飛んでいく。その間にヴァンはユーノの横でチャージを開始する。
その視線は、今もなお海上を荒らす竜巻に向けられていた。
「おい、使い魔。そんな事してる暇ないんじゃないか?」
「何を馬鹿なことを──」
「聞いて! まずはジュエルシードを停止させないと、不味い事になる! だから今は協力して!」
そう言ってユーノは防御を解きつつ上空へ移動する。さらに魔法陣を形成すると、その中から淡い緑色をした鎖が飛び出し竜巻に巻きついて動きを止めていく。
その姿を呆然と見ている使い魔に、ヴァンはもう一度声をかけた。
「このままじゃお前のご主人様も危ないぞ?」
「ッ……今回だけだ!」
使い魔は魔法陣を作り出し、ユーノと同じようにオレンジ色の鎖を巻きつける。
ヴァンはフッと笑い、ハルバードを後ろに引いた。チャージを進めるにつれて、ハルバードの周りに冷気が漂い辺りの気温を下げていく。使い魔の狼はヴァンを包む魔力の異質さに思わず息を呑んでいた。
まぁ普通は驚くよな、と苦笑しつつチラリとなのはの方を見ると、そこには巨大な魔法陣を広げレイジングハートを構えているなのはと、バルディッシュを構えたフェイトがいた。
どうやら、なのはは説得に成功したらしい。
「いいところは譲るから、きっちり決めてくれよ──」
チャージが完了する。
ヴァンは最大まで溜めた魔力を開放するように、勢いよくハルバードを振り下ろした!
「凍れ!!」
そして現れたのは巨大な龍。
赤い瞳を輝かせながら、龍は顎を大きく開き竜巻に喰らい付いた。
──その瞬間、全てを凍らせる。
綺麗な氷像となった竜巻を見つつ、ヴァンはハルバードを肩に担いで息を吐いた。
「よし、後はレプリロイドを──うわ!?」
そうしてヴァンが海の中にいるレプリロイドを探そうとした時、大きな爆音と共に魔力の波が押し寄せてきた。
思わず顔を両腕で覆うがそれ自体に対した威力はなく、ただの攻撃の余波のようだった。その発信源を見てみると、なのはとフェイトがそれぞれのデバイスを構えている。
……やっぱり、あの二人が撃ったのか?
ヴァンはタラリと汗を流しながら、ぼそりと呟く。
「……なんだ、あの威力?」
『坊や、彼女達を怒らせたらダメよ? 下手すれば消し炭じゃ済まないわ』
モデルLのその言葉を聞いて、桃色の閃光が目一杯に迫ってくる映像が浮かぶ。思わず震え上がりながら、ヴァンは安心した表情を浮かべているユーノ達のところへ向かった。
こちらに気づいたユーノは青い顔をしているヴァンに首を傾げ、近くにいた使い魔はこちらを見ようとせずそっぽを向いていた。その姿に少しだけ撫でたくなりつつ、ヴァンは気を取り直して声をかける。
「お疲れ、ユーノ。そっちの使い魔もな」
「……フン。たまたま利害が一致しただけさね」
その言い草に思わず苦笑していると、ふとなのは達の姿が目に入った。丁度彼女達の声も聞こえる位置にいて、何の話をしているのかも聞き取れた。
「────私、フェイトちゃんと友達になりたいの」
「……あの子」
「まぁ、あいつはそういう奴だからな。多分、友達になるまで諦めないぞ?」
使い魔はなのはの言葉に絶句していた。
それもそうだろう、本来彼女達は敵同士なのだから。それでもなのはは友達になりたいと願った。
「素直に尊敬するよ、ああいうところは」
決して諦めない不屈の心。それはヴァンが前の世界で一番欲しかった心だった。それを持っているなのはに対して面と向かって言った事はないが、ヴァンは密かに憧れていた。
そんな尊敬の眼差しをなのはに向けていると、ふと横から黒い邪念を感じた。ゾクリとしながらゆっくりとそちらを見ると、ユーノがじっとこちらを見ていた。
「ヴァン……もしかして」
「な、なんでしょう?」
「君、なのはの事をどう──」
その瞬間、ヴァンとユーノに念話が入ってくる。それはエイミィの焦ったような声だった。
『ヴァン君、ユーノ君、なのはちゃん! 今すぐそこから──』
言い終わる前に、辺りに閃光が走る。
ハッとして上を見ると、そこには紫電が空を駆け巡り、同時に巨大な魔力が放たれているのが分かった。その直撃場所に気づいたヴァンは即座にモデルHを取り出し、ロックマン・モデルHXに変身するとその場所へ瞬時に飛ぶ。
──直後、稲妻が降り注いだ。
「ぐ、ああああッ!」
「ヴァンく──きゃあああ!?」
「うああああ!?」
膨大な魔力の塊となった雷が海に落ち、大きな波を作り出す。それはなのはやユーノを巻き込みながら広がっていった。
その雷に直撃したヴァンはダブルセイバーを交差させた防御の構えをしたまま動かない。否、動けなかった。モデルHXがいくら雷を纏うからといって、雷の攻撃を完全に無効化できる訳ではない。ヴァンは予想以上のダメージに動くことさえままならなかった。
「く、う……ぶ、無事か?」
「……なんで」
「なのはの友達って事は、友達の友達、つまり友達だ。友達なら守って当然だ」
「よく、分からない」
「ああ、俺もこんがらがってきた」
ヴァンはそう言って無理やり笑い、魔法の放たれた場所──つまり空を見据える。既に動ける程度までには回復した。そして考えるのは攻撃を仕掛けてきた相手のこと。十中八九、アルベルト達だろう。
どうして仲間であるフェイトを攻撃したのかは知らないが……気に入らない。ダブルセイバーを持つ手に思わず力が入る。
「ッ、今はジュエルシードだ。なのは、無事か?」
「な、なんとか……」
「よし、じゃあ早速回収を──」
そう言って周りを見渡すが、ジュエルシードの影も形もない。
先程まであった場所にもなかった。
「一体どこに……」
「探し物はこれか?」
背後から聞こえた声にダブルセイバーを構えながら振り向く。
そこには水色の装甲をしたレプリロイドが、自身の周りに六つのジュエルシードを浮かべながらこちらを見ていた。ヴァンはセイバーを相手に向けつつ、思わず背筋に冷や汗を掻く。
「まるで気配を感じられなかった……!?」
「それは至極当然の事。某は暗殺専門のレプリロイド。貴様程度に悟られるほどの雑魚ではない」
そう言うとレプリロイドはジュエルシードを体内に回収し、墨のようなモヤを空中に漂わせた。そしてその中に入ると段々と気配が薄れていく。
このまま行かせてしまえば、計十二個のジュエルシードがアルベルトの手に渡る事になる。それだけは避けなければならない。
「某の任務は完了した。さらばだ、ロックマン」
「ま、待て! っく……!」
「ヴァン、無茶しちゃダメだ!」
追いかけようとした時、身体全体に激痛が走り思わず足が止まる。それでも動こうとするが、逆に膝をついてしまった。どうやら思った以上にダメージを受けていたらしい、とヴァンは内心で悪態を付いた。
何とか動けるようになる頃には既に敵の姿はなかった。悔しげに唇を噛み締めるヴァンだが、過ぎてしまった事を後悔しても仕方がない、と自身を落ち着かせるため深呼吸を数回重ねる。そしてこれからの事を考えるためにフェイト達の方へ向いた。
「さて、お前達はどうするんだ?」
「当然逃げさせて──」
使い魔が目くらましのために魔法を使おうとした瞬間、使い魔とフェイトの身体にバインドが絡まった。それは何重にもまとわりつき、万全の状態ならまだしも疲労状態のフェイトには絶対に解けない強度を持っていた。
「そうはいかない。あの時には聞けなかった話を聞かせてもらおうか」
「くっ……」
「油断した……!」
足掻くように身体を揺らす一人と一匹だったが、バインドには何の影響もない。それが分かると肩を落として大人しくなる。
そしてそのバインドを張った張本人──クロノはヴァンに近づくと、頭を軽くデバイスで叩いた。
「いて」
「無茶をするなと言っただろう、まったく……」
それだけ言うとクロノはどこかに念話を送るように虚空を眺める。
しばらくし、話は終わったようでクロノがこちらを向いた。
「さて、アースラに戻ろう。君たちも、ついてきてもらうからな」
「…………」
無言のフェイトとその使い魔にため息を付きながら、クロノは魔法を発動させる。
そしてヴァン達はアースラへと帰還したのだった。
※※※
「どうやら、君の手駒が捕まってしまったようだな」
「くっ……あの役立たずの人形めが……!」
水晶の形をしたモニターを眺めながら、プレシアは机に両手を叩きつける。その顔には怒りの表情が張り付いていた。それもそのはず、本来プレシア勢がジュエルシードを集め、男に渡す。それがプレシアの願望を叶えるための条件だった。なのに結果としては、こちらが集めた数と男の勢力が集めた数は半々。これでこちらの要望を叶えてくれるとは考えにくい。
そしてさらに難しいのは既に管理局に封印されているジュエルシードだ。これを集めるには文字通り、死ぬ気で行かなければいけない。既に身体が病魔に犯されているプレシアにとって、それは不可能に限りなく近い。
「どうすれば……!」
「ふむ……十二個か」
プレシアが頭を回転させていた時、ふと男がそう声を漏らす。
その声にプレシアは思考を中断させ、男の方を向いた。
「いいだろう。お前の願い、叶えてやろう」
「ほ、本当に……?」
男の言葉に思わず声が震える。
本来だったら破綻していたこの取引。それをこの男は妥協してくれるというのだろうか?
「ああ、本当だとも。ジュエルシードがそれだけでも十分に機能するからな」
男はそう言ってプレシアに手を差し伸べる。
慈愛に満ちた眼を向けながら。
「さぁ、遺体を見せてくれたまえ。そうすれば、君の娘は再び元気な姿を見せてくれるだろう」
「あ……あぁ……」
プレシアは涙した。
ようやく、ようやく願いが叶うと。彼女は頬を涙で濡らしながら男の手を取る。
そしてプレシアは娘の遺体を保存してある場所まで一目散に駆けた。娘に会える、その盲目的なまでの愛は彼女本来の警戒心を極限まで薄れさせていた。
男は駆けていくプレシアの背中を眺める。
その顔には先程までの慈愛に満ちた表情はなく、欲望に塗れ悪意の詰まった笑顔しかなかった。
「ククク、クヒャッハ……おっと」
大声で笑いそうになるのをなんとか抑える。
しかし男の顔から、笑顔が剥がれる事はなかった……。