辺り一面が時空の歪みに囲まれた、高次元空間内にある城『時の庭園』の中。
そこでは鞭が皮膚を叩く音と、一人の少女から苦悶の声が発せられていた。
大広間の中心で、魔力によって出来た鎖に繋がれているフェイトは痛みに耐えながら、そっと目を瞑って自分に言い聞かせる。
自分が母さんに叩かれているのは、ジュエルシードをたったの三つしか集められなかったから。協力者の分を合わせても四つだけ。母さんは駄目な私を激励してくれているんだ。だからもっと頑張らなくちゃ──と。
そう考えるフェイトの脳裏に映るのは、自分に優しい笑顔で微笑みかけてくれる母の姿。
それは二人でピクニックに行った時の事。青々と茂った草原でバスケットを傍らに置き、花の冠を作ってくれたのだ。
当時の事を思い出し、フェイトは鞭の痛みも忘れて静かに笑う。
そう、母さんは優しく私の名を呼んで──
『フフ、似合ってるわよ、
────え?
思わずフェイトは目を見開いた。
────違うよ、母さん。私の名前はフェイトだよ?
しかしいくら心の中でそう叫んでも、記憶の中の母は自分をフェイトと呼ぶことはなかった。
代わりに呼ばれるのはアリシアという聞き覚えのない名前。
どうして自分の記憶のはずなのに、知らない人の名前が? どうして母さんは私をアリシアと呼んでいるの?
そんな疑問が浮かんでは消え、フェイトを混乱の渦に巻き込んでいく。
耐え切れなくなり、思わず視線を母親に向けた。
その視線の先には黒いローブに身を包んだ、母親であるプレシア・テスタロッサが鞭を片手にフェイトを見ていた。しかしその目に情愛の色はなく、娘に向けるものとは思えないほど冷たい目だった。
その目を見て、フェイトの心は少しずつ、軋み始める。
「母さんはあなたが行く時に言ったわよね、フェイト? 母さんの夢を叶えるためにはジュエルシードが必要なの。今すぐにでも」
「…………っ!」
プレシアはフェイトの視線も気にせず、思い切り鞭を打ち付けた。それによって大広間に痛々しい音が響き、少女の白い肌に赤い線が出来ていく。
着ていた服も所々が破け、素肌が見えた。その素肌にも、うっすら傷がついている。
血が肌を伝う感触を感じながら、フェイトは悲しげに母親を見つめる。
どうして? 私は母さんの娘なのに。そう叫びたい。しかし、息が喉を通り抜けるだけで何も言えない。魔導師との戦闘、謎の記憶、そして鞭による虐待。それらによって言葉を発する気力すら湧いてこない。
口から出てくるのは、痛みに耐えるくぐもった声だけ。
「うあっ!」
「邪魔をする者がいるならどんな事をしても潰し、そしてジュエルシードを手に入れなさい。分かった?」
「……はい」
息絶え絶えに何とかそう返事をする。そっと母親を見るが、その目に自分は写っていないように思えた。
プレシアはそんなフェイトの様子には気付かず、鞭を杖に戻す。それと同時に縛っていた鎖が消え、フェイトの身体は床に打ち付けられた。プレシアはそれを無表情で見つめながら言葉を続ける。
「行ってきてくれるわね?」
「……はい、行ってきます。母さん」
「しばらく眠るわ。次会うときは母さんを喜ばせてちょうだい」
そう言うと、フェイトに背を向け歩き出した。そしてフェイトは一人、大広間に残される。
「早く……集めないと」
力が無理やり込めたことで震える腕を何とか動かし、立ち上がる。
そうだ、早く残りのジュエルシードを集めなければ。
集めないと、母さんが悲しむから。集めれば、母さんは喜ぶから。集めないと──。
フェイトはおぼつかない足取りで大広間から出る。
自身の傷を厭わずに目的を達成させようとするその姿は、奇しくも彼女の母親と重なっていた。
一方、姿を消したプレシアは、ある場所へ転移していた。
そこはフェイトですら知らない、隠された部屋の一室。薄暗いその部屋には三人の人影があり、体格からして二人は男で、一人は女のようだ。
その内の一人が前に出ると、プレシアに声をかける。その顔は暗闇に隠れて見えなかった。
「自分の娘にその仕打ちとは……心が痛むということがないのかね?」
「あの子がどうなろうと関係ないわ。それはあなたも同じでしょう?」
「クククッ……違いない」
声の主は愉しそうに笑う。
そんな様子にプレシアは不快感を隠そうとはせずに、顔を顰めさせながら口を開く。
「それよりも……本当に約束を守れるんでしょうね? ──アリシアを生き返らせると」
「信じられないのかね? 君も見ただろう。私が生き物を蘇生させた瞬間を」
「ええ、それは確かに見たわ。心臓も止まり、完全に“死んでいた”モルモットが何事もなかったかのように動いていたのをね」
その時の様子を思い出すようにため息を吐く。
視線を動かすとそこには、フェイトによって多く盛られた餌箱に目もくれず、カゴの中で首を傾げたままこちらを見ているモルモットがいる。
その可愛げのある姿は、誰が見ても死んでいたなんて思いもしないだろう。
「なら君がやることはただ一つ。私のためにジュエルシードを集めるだけだ」
「ええ、分かってる。……あなたがどうして私の目的を知っているか……あなたがどうしてジュエルシードを集めているのか……そんなことはどうでもいいわ。あの子を生き返らせてくれるのなら、アルハザードへ行く意味もない。だけど──」
プレシアはそう言い、男を睨む。
昔、大魔導師と呼ばれたプレシアから放たれた威圧は、常人なら震え上がり動けなくなるほどのものだった。
しかし男は、薄く笑う。脅しをかけたはずなのに、男はまるでそよ風のように受け流していた。プレシアは内心恐ろしく感じながら、それを表に出さずに言葉を続ける。
「もし、あなたが約束を反故にした場合……私はあなたを殺させてもらうわ」
そう言い放ち、プレシアは男に背を向ける。
一瞬痛みに耐えるような表情をしたが、男に悟られる前にこの場から転移し姿を消した。
話す者がいなくなりこの部屋は静寂に包まれる。そんな時、男が呟いた。
「あの執念、狂気……実にいい。娘に再び会うことができるという希望を手に入れたことで、それは更に強くなった……」
男の後ろにいる二人も、同意するように頷いた。男は手で顔を抑え、身体を震えさせる。
その手の下で浮かべていた表情は、笑っていた。
「クククッ……楽しみだ。楽しみだよ! その希望が粉々に打ち砕かれた時! どんな表情を浮かべ、どんな感情を滾らせるのか!」
そして、男の懐が妖しく光る。
その色はドス黒い、まるで
※※※
「……ん?」
学校が終わり家に帰ると、デバイスに連絡が入っていることに気づいた。モニターを操作して画面を開くと、そこには『クロノ・ハラオウン』の文字が書いてあった。
彼から連絡が来るのは久しぶりだったので頬が緩ませるが、クロノからのメールの内容を見て思わず顔を引き締める。
『ヴァン、クロノだ。久しぶり。早速だけど少し話がある。これを見たら連絡して欲しい。それじゃ』
「昨日のあれの事か?」
『それしかないだろうね』
昨日の魔力の爆発を思い出してヴァンは思わず身震いをした。一つだけであれほどの威力なら、もしもっとたくさんのジュエルシードがあったらどうなっていたのだろう? 少なくとも、街は壊滅状態になってしまうかもしれない。そう考えた時、嫌な汗が背中を伝う。
そして思考を振り払うために深呼吸した後、ヴァンはとりあえず返事をしようとパネルを操作した時、大きな魔力の気配を感じた。その直後、なのはから念話が入る。
『ヴァン君! ジュエルシードが!』
『こっちも感じた。すぐ行く!』
返事をする時間も惜しい、とヴァンはデバイスを仕舞って家を飛び出した。脳裏には昨日の爆発がちらつき、自然と足取りが早くなる。
そして海が見える広場に到着すると、そこには木を取り込んだジュエルシードの暴走体が辺りを破壊するように腕を振りまわしていた。
『なのは、レイジングハートは?』
『大丈夫!』
『ヴァン、結界も張っておいたよ!』
『了解だ』
ヴァンは懐からライブメタルを取り出しつつ、暴走体に向かって走る。
そこでようやく暴走体がヴァンの姿に気づき、蔓をムチのように操りヴァンに攻撃を放つ。が、ヴァンはそれを空を飛んで躱し、ライブメタルを構えた。
「ロック・オン!」
身体が光に包まれ、一瞬でロックマン・モデルZXへと変身したヴァンはバスターを暴走体に向けて撃つ。敵に命中するかと思われたエネルギー弾は何かに阻まれ当たることはなかった。眉を寄せてよく見てみると、相手の近くに薄い膜のようなものが張られている。
それが何か予想を立てた時、暴走体が雄叫びを上げながらいくつもの蔓をヴァンに叩きつけようとしてきた。
「バリアーか。なら……ん?」
バリアーを破るため、ヴァンがバスターにチャージを始めた時、ふと視界の隅に金と橙の何かが映る。視線だけ動かしそちらを見てみると、そこにはなのはやユーノが話していた魔導師と思われる人達が立っていた。
ヴァンはその顔を見た時、思わず目を見開いた。
(あの子、確か隣町で──)
『ヴァン、来るよ!』
モデルXの声にハッとなり視線を戻すと、目の前に蔓の鞭が迫ってきている。
それをバックステップで躱し、銃口を敵に合わせ引き金を引いた。
放たれた光弾はまっすぐに暴走体に向かいバリアーとぶつかり合う。火花を散らしながら拮抗しあうが、そのバランスは崩れそうにない。
思いのほか頑張るな……とヴァンがもう一度バスターにチャージをし始めた時、背後から金色の魔力弾が暴走体に向かっていった。それはヴァンの放った魔力弾と合わさり爆発を起こす。その衝撃でバリアーが解けたようで、薄い膜も見えなくなっていた。
その隙を逃さず、ヴァンはもう一度チャージショットを放つ。今度こそ直撃し、暴走体は断末魔の叫びを上げながら光の粒子になって消えていった。
そして完全に消えた時、そこには宙に浮くジュエルシード。
ヴァンはデバイスと同化させたバスターで封印しようと狙いを定めた時、背後から何かが迫ってくる気配を感じた。すぐさまバスターをセイバーに変え、振り向くと同時に斬り上げる。そこには鎌状のデバイスを振り下ろしている金髪の少女──フェイトがいた。
「っ、いきなりだな」
「ジュエルシードに衝撃を与えたらいけないから」
「……そういうことか」
昨日の爆発を思い出しながら納得する。
その姿を見つつ、フェイトは後方に下がった。ヴァンはセイバーを肩に担ぎ、フェイトに話しかける。
「初めまして、だな。俺はヴァン・ロックサイト。なのはの仲間だ」
「……あの白い子」
「そう。あと一応、ジュエルシードはユーノの探し物だ。だからあれは渡してもらう」
そう言うと、相手はデバイスを構えた。
出来れば話し合いでケリをつけたかったが、こうなっては仕方がない。ヴァンは内心で溜息を吐きつつ、真剣な顔になる。
一瞬の静寂。ほぼ同時に飛び出し、お互いの武器を振り上げた。
「はぁああ!」
「ッハァ!」
剣と鎌。二つの武器がぶつかり合う、その瞬間──。
「ストップだ!」
二人の間で閃光が煌めき、一人の少年が現れた。その少年に見覚えがあったヴァンは思わず目を見開く。
少年はヴァンのセイバーをデバイスで受け止め、フェイトのデバイスの柄を左手一つで抑える。そしてフェイトを見た後、視線を移動させヴァンを睨むと口を開いた。
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ! 詳しい話を聞かせてもらおうか……ヴァンもな」
その眼は怒りに燃えていた。いままでクロノにそんな眼で見られた事がなかったヴァンはほんの少しだけ怯む。
そんな様子を横目で見ながら、クロノはフェイトに視線を戻した。
「さて。君、これから話を──」
「フェイトッ!」
その声と一緒に上空から雷を纏った魔力弾が降り注ぐ。虚を突かれたユーノは思わずデバイスを掴んでいた手を離してしまった。その隙にクロノから距離を取ったフェイトは、チラリと浮いているジュエルシードに目がいった。
今なら奪えるかもしれない──!
そう考え、自慢のスピードを活かしてジュエルシードに向かっていく。が、しかし。
「ッキャア!」
「フェイトッ!!」
クロノによって放たれた無数の魔力弾によって阻まれる。
攻撃を食らったフェイトは地上に落ちていくが、使い魔であるアルフが背負うことで事なきを得た。クロノはそこで追撃の魔力弾を放とうとした時、横から現れたなのはが立ち塞がる。
クロノを見る目には敵意の色が浮かんでいた。
「待って!」
「君たちは……」
そんななのは達を見て、クロノは少し考えた後デバイスをジュエルシードに向けて封印する。
そして地上に降りるとクロノの横に魔法陣と共に通信が繋がれモニターが開かれた。そこにはリンディがにこやかな笑顔で座っていた。
『お疲れ様、クロノ』
「いえ、艦長。一人逃してしまいました」
『気にしないで。あとちょっと気になる事があるからその子達をアースラへ案内してくれるかしら? ヴァン君もね』
「ははははは……」
視線を向けられたヴァンは乾いた笑みを浮かべるしかない。
そんな中、飛び出してきた状態のなのははキョトンとした顔で首を傾げる。
敵だと思っていた魔導師が味方と普通に談笑しているのだ、無理もない。
「……これって、どういうこと?」
「君たちに話を聞くだけさ。だからついてきて欲しい」
クロノがそう言うと、なのはは分かったような分かってないような顔をして頷いた。
それを見たクロノは足元に意識を集中させ、魔法陣を作る。するとその魔法陣はなのは達を包み込み、輝き始めた。
目の前が光に包まれた瞬間、海が見える公園から薄暗い大きな廊下に景色が変わる。
三人はそのまま歩いていくクロノについていった。そしてある扉に到着すると、その中に入る。
「艦長、来てもらいました」
「お疲れ様。三人とも、こちらに座って」
「艦長。ヴァンと少し話があるのでいいでしょうか?」
「ええ、いいわよ」
クロノはヴァンを睨むと「来い」と言って部屋から出ていった。ヴァンは心配そうな顔をしているなのはやユーノに笑いかけた後、クロノについていく。
リンディの部屋から出てしばらく、誰もいない最初の場所の隅でクロノは立ち止まりヴァンを見た。その顔は怒りの表情になっている。
「で、僕に言う事は?」
「……黙っていてすまなかった」
その瞬間、クロノはヴァンの首元を掴んだ。そして廊下の壁にぶつける様にヴァンの身体を押す。その衝撃で廊下に大きな音が響き渡った。
思わず苦悶の声を出すが、クロノはそんな事お構いなしにヴァンに問い詰める。
「どうして僕を頼らなかった? そんなに僕は頼りないか?」
「そういう訳じゃ──」
「あれはモデルVと違って、少しの衝撃で次元震を起こすような危険なタイプのロストロギアだ。それを君が一人で対処しようなんて考えないでくれ。もう身近な人物がいなくなるのは嫌なんだ……!」
そう言ってクロノは俯きながら手を離す。その身体は少し震えていた。
それを見てちゃんと相談すべきだったと後悔した。
ロストロギアが危険なものだという事は知っていたはずなのに、自分だけで対処出来ると思って何の相談もしなかった。モデルVを対処できていたからと、少し調子に乗っていたかもしれない。
ヴァンはもう一度「すまない」と謝ると、クロノは首を振って顔を上げた。その顔はいつもの凛とした表情に戻っている。
「分かってくれればいい。これからはちゃんと報告してくれ」
「了解」
「それで……だ。次はあの子達の事なんだが」
「ああ、話すよ」
クロノはヴァンにこれまでの経緯を話した。クロノはそれを無言で聞いていたが、話し終わったあと彼はヴァンの頭をデバイスを展開して殴る。
「いってぇええ……」
「君は何をやってるんだ。さっきのことに加えてあまつさえ民間人を巻き込むとは……君は嘱託とはいえ管理局の魔導師だぞ?」
「分かってるさ。でも折れそうになかったし……」
「それでも止めるべきだったんだ。幸い彼女に力があったからよかったものを」
額を抑えながらやれやれと言うようにため息をついて、クロノは半眼でヴァンを見た。その視線を受けたヴァンは気まずげにすっと目を逸らす。
クロノの言う事はもっともだ。本当になのはの事を考えるなら、無理やり止めるべきなのだ。それを自分が傷つきたくないからと受け入れてしまった。
なんかダメダメだなぁ、俺……と、ヴァンは項垂れる。
その反応に更にため息をついたクロノは、デバイスを待機状態に戻しながら話を続けた。
「まぁいい、過ぎてしまった事を言ってもしょうがないからね。それよりもアルベルトが新たなロストロギアを狙っているという事が問題だ」
「ああ。ジュエルシードの魔力でモデルVを強化するのが目的なんじゃないかっていうのが俺の予想なんだけど……」
「僕もそれだと思う。ただ、本当にそれだけなのか……?」
「え?」
考え込んでいるクロノにヴァンがどういうことかと聞こうとした時、こちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。そちらを向くと、なのはと見知らぬ少年がこちらに手を振りながら歩いてきた。一応手を振り返し、なのはの隣にいる少年を見る。
身長はだいたいなのはと同じくらい。薄い山吹色の髪の毛に、濃いエメラルドグリーンの瞳が特徴的だ。しかし、初めて会うはずなのにどこかで見た気がするのは自分の思い違いだろうか? ヴァンは失礼だと思いつつ、その少年の顔をよく見た。そしてふと脳裏に浮かんだのは、いつもなのはの肩に乗っているフェレット。
「……ユーノ?」
「うん、そうだよ」
「ヴァン君、知ってたの!?」
確認するとユーノだった。驚くなのはをヴァンは不思議そうな顔で眺める。
「人間態を見るのは初めてだったけどな」
「っていう事は、ユーノ君が人間だったのは知ってたんだ……」
「あれ、最初の時に言わなかったか? ユーノが発掘の仕事してるって」
「フェレットさんの大群が山を掘ってるイメージだったよ……」
ガクリと肩を落とすなのはに思わず苦笑いをしてしまった。いくらなんでもそれはメルヘンすぎる考えだろう。
そんななのはをよそに、ヴァンはユーノに話しかけた。
「それで、リンディさんからはなんて?」
「うん……これからの事は時空管理局が全権を持つけど、今日は帰ってゆっくり考えてから話をしようって」
真剣な表情でそう話すユーノ、そしてその隣で同じように真剣にこちらを見つめるなのは。ジュエルシード集めを諦めるという考えはまるで無いように見えた。
クロノがそんな二人に何か言いたげな表情を浮かべるが結局は何も言わず、そのまま足元に魔法陣を発生させてなのは達を見た。
「送っていこう。元の場所でいいね?」
「あ、はい……」
「ヴァンはどうする?」
「俺は──」
「ちょっと待ってくれるかしら?」
そんな時、後ろから声がかかる。全員が振り向くとそこには、こちらに走ってきているリンディの姿があった。彼女はヴァンの近くまで来るとその肩に手を乗せニッコリと笑う。
「この子にちょーっと用があるから貴方達は先に帰ってくれるかしら?」
「……? はい」
「じゃあ転送するよ」
二人が転移するのを確認した後、ヴァンはリンディに向き直る。何の話だろうか? と彼女の顔を眺めていると、彼女は笑いながらヴァンの額に思いっきりの力を込めたデコピンを放ってきた。
魔力も込められていたのか、結構痛い。咄嗟のことにヴァンは放心状態になりながらリンディを見る。彼女はほんの少し申し訳なさそうな顔をしながら理由を話しだした。
「一応これで今回のミスはチャラって事よ」
「あー……はい。分かりました」
その言葉にヴァンは何も言わず頷いた。本来、事件があってそれを上に報告しないまま事件に関わるのは局員としてあってはならないだろう。
今回は良かったものの、もしこのまま一人で対処しきれないところまで来ていたら罰はこんなに小さいものじゃなかったはずだ。ヴァンは素直にリンディに頭を下げる。
「すいませんでした」
「いいのよ。ヴァン君はモデルVの方でも頑張っている事だし、次は失敗しないようにすればいいだけだしね」
彼女はそう言って笑うとこちらに背を向けて歩いていく。そして思い出したように顔だけ振り返ると、優しげな表情で手を振りながら口を開いた。
「たまには遊びにくるのよ? クロノだって寂しいって言ってたんだから」
「か、母さん!?」
「あら、クロノ? ここでは“艦長”でしょ?」
リンディは楽しそうに笑いながら廊下を曲がる。その姿が見えなくなった時、二人して肩を落とす。なんとなく、リンディには一生勝てない気がした。
「……すごい人だな、いろいろと」
「ああ、本当に……」
そして顔を見合わせると、魂が抜けるようなくらい深いため息をついたのだった。
※12月19日修正