月明りが照らす森の上で、白と黒の魔導師がぶつかり合っていた。
二人の闘いの衝撃で数本の木は倒れ、大地は抉れている。何も知らない者がこの現場を見たならば、どんな災害が起きたのだと驚愕するだろう。
そんな規模の勝負を繰り広げている二人は、お互いに真剣な表情でしながらデバイスを相手に向けた。そしてそれぞれの杖先から、一筋の閃光が放たれる。
「ディバインシューター、シュート!」
「フォトンランサー!」
桃色と金色の魔力がぶつかり、拮抗し合う。それによってぎしぎしと空気が軋み始め、悲鳴を上げた。やがて耐え切れなくなったのか、魔力同士が反発し大きな爆発を起こす。煙が辺りを覆う中、なのはは息を整える。既になのはは満身創痍で、自身に残っている魔力も少なくなっていた。
────それでも、となのははレイジングハートを持つ手に力を込める。
それでも、負ける訳にはいかない。この勝負に勝って話をする事が出来れば──理由が知ることが出来たなら、彼女とももう闘わずに済むかもしれない。
そしてその理由次第では
その後も二人は幾度となく、それぞれの覚悟を乗せて魔法を放った。
なのはは魔力ダメージでフラフラになりながらもレイジングハートを向け、フェイトも負けじとバルディッシュを構え直す。
「行くよ!」
そう叫び、なのはは周囲にディバインスフィアと呼ばれる砲台を四つ生成する。そしてフェイトに狙いを定め、魔法弾を発射した。魔法弾は変則的な動きをしてフェイトへと飛んでいくが、
「バルディッシュ!」
フェイトもバルディッシュを死神の鎌を彷彿とさせる形態をしたサイズフォームに変えて魔法──アークセイバーを放つ。三日月の形をしたそれは魔法弾を両断しながらなのはに向かって飛んでいく。なのははそれを見て、生半可な防御では意味がないと直感で理解する。そしてほとんど反射に近い速さで、ユーノから教わった魔力によって作られるバリア──プロテクションを展開した。
生来の魔力の多さを利用して出来たそのバリアは堅牢な盾となり、フェイトの魔法に傷一つ付けずになのはを護る。防げた事を喜ぶのも束の間。後ろから殺気を感じ、咄嗟に振り向いてレイジングハートを両手で掲げる。その瞬間、フェイトが振り下ろしたバルディッシュがなのはを襲った。
二人のデバイスがぶつかり合い、火花を散らす。
お互い一歩も譲らない攻防の中、なのはとフェイトの視線が交差した。そして仕切り直しというように二人が同時に距離を取り、再び魔法を放とうとした瞬間──
なのはの上空から、雷と氷が降り注いだ。
「ッ!?」
「……よく避けた……」
運良く気づくことが出来たなのはは咄嗟に加速して攻撃を躱し、空を見上げる。そこには満月を背にしてどこか幻想的な様子を醸し出す謎の少女がいた。その少女は杖を横にして座りながら空を飛び、なのはを見つめている。
その瞳を見た瞬間──なのはは思わず固まった。どこまでも吸い込まれていきそうな緋色の瞳の奥には感情というものがどこにも感じられなかったからだ。そんな瞳に見つめられ、なのはは恐怖が湧き上がるのを禁じ得なかった。
彼女はそんななのはに気にした様子もなく頭部についた二つのビットを空中に浮かばせると、そのビットから氷塊を放ってきた。なのはは震える手に力を入れてプロテクションの魔法を発動させるが、少し受けただけでバリア全体にヒビが入った。
なのはは微塵も手加減などしていない。それにもかかわらず自分の魔法にヒビを入れられて、先ほどの恐怖心が更に大きくなる。その隙に二擊目を喰らってしまいバリアが完全に破壊されるが、なのはは動かない。否、動くことが出来なかった。
棒立ちとなったなのはを、少女は興味なさげに見つつもう一度氷塊を放つ。それでもなのはは動けない。動かなければ死んでしまう──それは分かっているのに、手足は石のように固まったままだ。
迫り来る氷塊が、嫌にゆっくりに見えた。極度の集中がそうさせているのかもしれない。なのはは少々の時間が得られた事に感謝しながら目を閉じた。そして心の中で家族や友人達に謝る。私はここで死んじゃうみたいです──と。
「…………?」
しかしいつまで経っても衝撃は来なかった。なのははぼんやりと瞼を開くと、発動させたはずのないプロテクションが張られており自分を護ってくれている。呆然と立ち尽くすなのはの視線はゆっくりと左手に──レイジングハートに向けられた。
「レイジングハート……?」
『しっかりしてください。覚悟を決めたのでしょう?』
レイジングハートは「違いますか?」とでも言うように宝玉をキラリと光らせる。その様子に恐怖を張り付かせていたなのはの表情がいくらか和らぐ。
そうだ、私が決めたんだ。
深く息を吸って、同じように吐く。そして少し俯いて自分の愛機に「ありがとう」と呟く。すると嬉しそうに光を返してきた。
確かにあの少女は怖い。それは今も同じだ。それでも、私は決めたんだ。
「──フェイトちゃんとお話するって!」
そうして上げた顔に、先程までの弱さはない。恐怖を乗り越えたなのははレイジングハートを乱入者に向け、声を張る。
「あなたは誰なの!?」
「……わたしの名は……パンドラ……あなたの持ってるジュエルシード……回収する……」
杖から降りてそう言った瞬間、パンドラの身体の色が変わる。白い部分が黄色へと変化し、杖先から電流が流れた。パンドラはそれを掲げると、電気の矢を四本生み出す。
そしてそれらは回転しながらなのはに向かって飛んでくる。なのはが電気の矢を避けている間、パンドラは驚いた表情をしているフェイトに目を向けた。
「……今のうちに逃げなさい……心配しなくても……あなたの母親には渡しておく……」
「で、でもあの子との決着が」
「……あなたの任務は……ジュエルシードを集める事……決着なんて二の次……」
そう告げ、パンドラはもう話す事は無いと言うようにフェイトを視界から外す。
フェイトは唇を噛みながら顔を伏せるが、すぐに表情を戻してアルフを喚んだ。魔法陣から現れたアルフは驚いた顔をしてフェイトに駆け寄る。
「フェイト! どうしたんだい? それにあいつは……?」
「私の目的を知ってたから敵じゃない……はず。今はあの人に任せて戻ろう」
「いいのかい?」
「……私が母さんから頼まれたのはジュエルシードを集める事だから。私のワガママで遅くなるわけにはいかないよ」
アルフの顔を見ずにそう言ったフェイトはなのはに背を向け空を駆ける。言われたアルフは数瞬の間、動くことができなかった。ふと見えてしまったフェイトの手のひらは痛そうなくらいに強く握り締められていたから。それだけで、自分の主人がどれほど悔しいと感じていたのか理解できてしまったから。
しかし、今の自分にはどうする事も出来ない。自分の不甲斐なさに苛立ちながら、アルフはフェイトの後を追った。
一方で、その後ろ姿をなのはも見ていた。
「フェイトちゃん、待っ──」
「……よそ見してる暇……あるの?」
なのはは届かないと分かっていながらどんどん離れていくフェイトに手を伸ばすが、いくつもの電気球がなのはを襲ったことで遮られる。なのはは一つ一つ正確に落としていくが、落とした以上の速さで電気球が生み出され、段々と余裕がなくなっていく。フェイトとの勝負で消費された体力は決して少なくなく、この連戦でなのはの集中力は明らかに落ちていた。
だから後ろから迫るビットに気づくことが出来なかった。
なのはは、放たれた一撃を食らってしまう。それによって防御が剥がれ、残っていた電気球がなのはに追い打ちをかけるように殺到する。
「……ッ!」
「……ジュエルシードを……回収させてもらう……」
なのはの身体は空中から地面に落とされた衝撃と電気球の攻撃で指一つ動かせなくなっていた。悔しそうに歯噛みするなのはの横に立ったパンドラは、ビットをレイジングハートに近づけると何かを起動する。するとビットから光が放たれ、レイジングハートからジュエルシードが一つ抜き出されていく。
「あ……」
「……まず一つ……残りも──」
「なのはぁあああ!」
そんな叫び声と同時に鎖状の魔法がパンドラを襲った。それはパンドラを雁字搦めに拘束すると、地面に縫い付けられ動きを止める。そのうちに倒れていたなのはの近くに来たユーノは、ビットを跳ねのけてなのはに治癒魔法をかけた。
ユーノは足元に魔法陣を生み出すと、その魔法陣をなのはの下に移動させドーム状の結界を作る。中で光がなのはを包み込み、怪我を癒していく。なのはの容体を見たユーノはほんの少しだけ安堵の表情を作った。
「良かった、痺れているだけだ──」
「……この程度の拘束で……止めたつもり……?」
その声に安堵の表情を一変させ、驚きの顔をしながらユーノは振り向いた。振り向いた先では、渾身の拘束魔法が腕を広げるというただの力技で破壊されようとしていた。既に鎖にはヒビが入り始めている。
「そんな!?」
「……あなたが万全だったなら……もう少し時間がかかったかもしれないわ……」
割れるような音とともにユーノの魔法が破壊された。そしてゆっくりと二人に近づいてくる。
杖先に電気球を溜め、それをなのはたちの前に放とうとした時、ユーノが防御の魔法を発動するがユーノ自身、これが何の意味もなさないということを直感で理解していた。
「……さようなら……」
巨大な電気球が放たれ、周りの木々を燃やしながら大爆発を起こす。
粉塵があがる中、パンドラは杖を構えたまま無表情で煙の中を見つめた。
「……来たのね……」
「当然だ!」
その声と同時に煙が晴れ、赤い影が飛び出してくる。パンドラはそれの攻撃を杖で受け止めながら、無表情で相手を見た。
「……青のロックマン……いえ、今のあなたは……ロックマン・モデルZXと言った方がいい……?」
そのままセイバーで追撃しようとするヴァンだったが、パンドラがビットから氷を放ったことで距離を取られる。
その隙にパンドラは上空に浮かぶと足元に魔法陣を出現させた。
「……フフフッ……楽しみは後で……」
「待てッ!」
咄嗟にバスターに変えて弾を放つが、パンドラが転移した事によりエネルギー弾は当たらなかった。思わず舌打ちをしそうになるヴァンだったがなのは達の事を思い出し、バスターを降ろす。
「なのは、ユーノ。怪我は?」
「僕は大丈夫。なのはも魔力ダメージと、電撃を食らった痺れくらいしか残ってないよ」
「……ごめん、ヴァン君、ユーノ君。ジュエルシード、一個取られちゃった……」
木に身体を預けた状態で謝るなのはに、ヴァンは首を横に振った。
なのはの戦ったパンドラは、文字通り“格”が違う。こうして生きているだけでも驚嘆ものだ。そう言ってなのはの身体をおぶると、魔法を使って空を飛ぶ。
そのままヴァン達は決して小さくない傷をつくって、宿に戻るのだった。
※※※
そしてそれから数日後。
学校から帰ってきたヴァンは部屋で寝転がりながら、考え事をしていた。
「大丈夫かな、なのは……」
『相当落ち込んでたみたいだからね』
内容はなのはの事。
どうもパンドラにやられたのが相当ショックだったらしい。ヴァンは気にするなと言ったのだが、生返事をするだけで様子は変わらなかった。
「というより、あのパンドラ相手に大きな怪我がないって事だけで凄いと思うんだけどな」
実際にパンドラの実力を見た訳ではないが、プロメテとほぼ同等の力を持っていると考えていいだろう。そのパンドラからの攻撃を大怪我もなく耐えきったというのは十分賞賛に値するものだった。が、それは彼女の気を取り直す元気付けにはならなかった。
それというのも、彼女の落ち込んでいる理由はそれだけではないからだ。
負けた事もそうだが、同じようにジュエルシードを集めている魔導師──フェイトと話が出来なかったことも、なのはの落ち込みに拍車をかけていた。今度こそと張り切っていたからこそ、その反動が大きかったのかもしれない。
ヴァンはあることを思いつき、ベッドから立ち上がる。クローゼットから服を取り出すヴァンにモデルXは首を傾げた。
『どこに行くんだい?』
「とりあえずなのはのところに行ってみるよ。今日は休めとは言っといたけど、なんか無茶しそうだしな」
そう言って軽く身支度を整えると家を出た。既に陽は落ち始め、辺りは暗くなってきている。もう春を迎えたとはいえ四月の空気はまだ寒く、ヴァンは軽く腕を擦った。
「さて、なのはは……ん?」
しばらくビル街を歩いていると、ユーノを肩に乗せたなのはの姿があった。少し走って近づくとあちらも気づいたようで、顔をこちらに向ける。
「今日は休めって言わなかったか?」
「えーっと……にゃはは……」
気まずそうに笑うなのはにヴァンは思わず苦笑した。そして腰に手を当ててため息をつく。
「ま、過ぎた事はしょうがない。なのははこの後もジュエルシードを探すのか?」
「ううん、流石にもう帰らないとお母さんたちが心配すると思うし……」
『だから僕が残ってもう少し探していくって話してたんだ』
肩に乗ったユーノが念話でそう話す。ヴァンはそれに頷くと、ユーノを自分の肩に移動させてなのはを見た。
「それだったら俺がユーノと探してくるよ。ちょうど暇だったし」
「いいの?」
ヴァンの言葉に申し訳なさそうな顔をするなのは。それを見て安心させるようにヴァンは手を振りながら笑う。
「大丈夫、大丈夫。父さん達は出張でいないし」
「……じゃあ、お願いするね?」
「おう。任せとけ」
そう言うと、なのはは頷きながら背を向けて走り出した。時間もギリギリだったのだろう。
「じゃ、俺達も行きますか」
『そうだね』
ユーノにそう声をかけ、なのはとは逆の方向へ歩き出した。
ほとんど手がかりがないので足を使って探すことになるが時間を気にする必要もない為、ヴァンはゆっくりとした足取りでアスファルトの上を進んでいく。
『今あるジュエルシードの数って何個だっけ?』
『えっと確か……五つだよ』
『残りは十六個か……相手がどれほど集めているのか分からないけど、まだまだ先は遠そうだ』
ビルの合間を抜けて影になっている所を探すがそう簡単には出てこない。
今日の捜索はこれまでにしようかと、ユーノと話し合っていたその時。
──雷鳴が辺りに響いた。それはビル街を駆け巡り、人々の耳を震わせていく。
突然の雷に街の人々はどよめいていた。
そんな中で、ヴァンとユーノは真剣な表情で空を見上げる。
「突然の雷って訳じゃなさそうだな」
「こんな街中で強制発動なんて……結界を張らないと!」
ヴァンの肩から降りたユーノは魔法を発動させ、結界を張る。それと同時になのはに念話を送った。
『なのは、発動したジュエルシードが見える!?』
『ユーノ君? 今レイジングハートで封印しようとしてるとこ!』
『分かった! 今から僕たちもいくからそれまで頑張って!』
ユーノがその小さな身体で細い場所を通って先に行く。ヴァンもそれを追いかけようとした時、ふと背後に巨大な何かが落ちてきたような振動が起こり、思わず膝を着いた。
揺れが収まった後、ヴァンは立ち上がって自らの後方を見る。煙が舞い上がった先に見えたのは、周りのビルに匹敵するほどの大きさがあるレプリロイドだった。
それは槍の先端が両刃の斧になっている武器を両手で持ち、牛のような鼻息を荒くしながらこちらを見ている。
「……ン……モオォ……! お前にぃ……オラ達のぉ……ジャマはさせないど……! この……ミノ・マグナクス……さまがぁ……粉々に……砕いてぇ……ぶっ潰してぇ……えーと……それからぁ……」
「悪いがこっちも急いでるんだ、行くぞ! ロック・オン!」
「……ン……モオオォォォ……!!」
ゆっくりと喋るマグナクスに痺れを切らしたヴァンが、モデルZXに変身しセイバーで斬りかかる。マグナクスは雄叫びを上げると腰を低くして斧をヴァンに向けた。すると青い光球が生まれ、辺りの金属を吸い寄せていく。それの対象はヴァンの身体も例外ではなかった。
「うおっ!?」
「し……ねぇ!」
遅い口調とは裏腹に、全てを叩き潰しそうな勢いで斧を振るってくるマグナクス。なんとか空中で体勢を立て直し、バスターに変えて光球を撃つことでヴァンは難を逃れた。
バスターをマグナクスに向けながら、ヴァンは先程の攻撃を思い出す。吸い寄せられていたのは主にマンホールや工事のために置いてあった鉄筋。そしてよく見ると黒い砂のようなものまで吸い寄せていた。つまり敵の能力は磁力を操るものだろう、と推測する。
「モォオオ!」
「チッ、中々に硬いな……」
肩や足にバスターを当てるも、全て弾かれる。舌打ちをしながら撃っていると突然相手がジャンプした。その落下場所はどう見ても今、自分がいる位置だ。
ヴァンは攻撃を中断し、ダッシュを使って避ける。地面に落ちた衝撃で飛んできたアスファルトの破片をバスターで退けながら、ヴァンはどう攻略しようか考えていた。
そんな時、マグナクスは空中で浮遊すると、両手と両足を切り離す。胴体だけ空中に浮きながら、他の手足はヴァンに迫ってきた。
変則的な動きをして近づいてくる四本の手足に向かってバスターを撃つが、やはりダメージは与えられない。いったいどうしたら──と考えながら撃っていた時、敵の足に当たった弾が跳弾し、唯一攻撃に加わらないで浮いている胴体に当たった。するとほんの少しだけ、手足が動くスピードが遅くなる。
もしかしてと思い、ヴァンがバスターを胴体に向かって撃つと敵はそれを避けた。今までの攻撃は全て防御もしなかったのに、胴体への攻撃だけ避けるとなるとつまり──
「なるほど、胴体を狙えばいい訳か」
「ブモモォ……だからなんだど……そんなことが分かってもぉ……お前はオラにぃ……」
「お前のお喋りにつきあっているヒマはない! 一気に決めさせてもらう!」
そう言ってヴァンは胴体を集中的に攻撃する。マグナクスは両手でガードするが、ヴァンはその合間を撃ってダメージを与えていく。マグナクスの装甲が剥がれ始めた時、急に雄叫びを上げた。
「ンモオオォ! ビームだどー!」
「今度は緑? だが引き寄せられないなら──」
緑色の光球がヴァンの頭上を飛ぶが、特に身体が引っ張られるという事もない。これを好機と見たヴァンは勝負を決めようとマグナクスに近づこうと飛んだ時──地面から巨大な鉄が飛び出てきた。
なんとか身体をひねって躱そうとするが、鉄くずの一つに当たり後ろに吹き飛ばされる。地面を滑りながら上を見ると、緑色の光球に鉄くずが集まり巨大な塊になろうとしていた。それはヴァンの頭上で止まると、力を失ったように真っ直ぐ落ちてくる。
「やられる──かぁ!」
バスターを地面に撃ち、その衝撃でその場から飛び退く。すると一秒もたたない内に、ヴァンのいた場所に鉄塊が落ちてきた。間一髪で抜け出したヴァンはマグナクスの方を向くが、そこにマグナクスの姿はない。いったいどこへ──そう考えた時、月明りに照らされた地面に影が差す。
ハッとなり上を見ると、マグナクスが斧を振り下ろすように落ちてくる。咄嗟にその場から離れるが、マグナクスは鉄塊を叩き割り破片をヴァンに飛ばしてきた。すぐさまビルの壁を蹴って上に逃げると、ヴァンの逃げた場所に破片が飛んでくる。
ヴァンは向かってくる破片を見ながら、垂直に壁を蹴りマグナクスの元へ飛んだ。自身に向かってくる破片を避けマグナクスの胴体まで着くと、バスターの銃口を密接させる。
「ゼロ距離のチャージショット、受けてみろ!」
「ブ、モオオオォ!」
雄叫びを上げるマグナクスの胴体を、チャージショットで撃ち抜いた。
丸い風穴を開けたマグナクスは、ずりずりと後退して空いた穴に手を近づける。
「……オラの……オラの負けなのか……? ……ウソだど……そんなの……ウソだどーーー!」
そしてそう断末魔を上げ、巨大な爆発を起こした。ヴァンは近くにいたため、爆発に巻き込まれ壁に叩き付けられる。
「っぐ! ッてぇ……」
『ヴァン! 大丈夫かい!?』
「ああ、動けないほどじゃない……それより、早くなのはの元へ──」
ヴァンがなのはのいると思われる方向を向いた瞬間──光が迫ってきた。
「な、なんだ!? くッ!」
思わず腕で顔を隠す。しかし一瞬で光は収まり、かわりに膨大な魔力の塊が天空を駆け抜けた。
「あれは……ジュエルシードの暴走……なのか?」
『だろうね。まさかあれほどとは……ヴァン、急ごう!』
「ああ!」
急いでヴァンがビルの合間を抜けていくと、そこにはある方向を眺めているなのはの姿があった。駆け寄るとこちらに気づいたようでなのはがゆっくりと振り向く。
「なのは、無事か?」
「ヴァン君……私は平気だけど、レイジングハートが……」
見ると確かに宝石や柄の部分に大きなヒビが入っていた。ユーノから聞いていた限り、レイジングハートはかなりの出力にも耐えられる性能を持ったデバイスらしいが、これほどまでの損傷を受けたとなると限界以上の力を受けたのだろう。
原因は先程の光景から一つしか考えられない。確認するようにユーノに視線を向けると、深刻そうな顔をして頷いた。ヴァンは思わずため息をつく。
「やっぱりさっきのあれはジュエルシードだったんだな」
「うん、物凄いパワーだった。あの魔導師達に取られちゃったけどね……」
なのはがレイジングハートをスタンバイモードに戻すのを見ながら、ユーノは言葉を続けた。
「ここまでの破損だと、普通のデバイスなら自動修復機能をフルで稼働させてもかなりの時間がかかるけど……レイジングハートなら明日の夕方には直ってると思う」
「そうか……」
修復不可のレベルまで行っていないことが分かると、ヴァンはほっと息をつく。そして安心したせいか、マグナクスの爆発の時に打ち付けた背中が痛み始めた。
思わず顔を顰めるヴァンの表情が気になったのか、なのはが首を傾げて声をかけてくる。
「ヴァン君、どうしたの?」
「え? ああいや、さっき少し背中やっちゃってな」
「そういうことは早く言ってよ!?」
ヴァンが苦笑いを浮かべながらそう言うと、ユーノがすぐさま魔法を発動させてヴァンの傷を癒していく。痛みが引いていく早さに驚きつつ、ヴァンは頭を掻いた。
「いや、明日になれば治るかなぁ……と」
「見たけど結構ひどい傷だよ!? 普通は治らないからね!」
「あ、ああ」
その雰囲気に気圧され、ヴァンは思わず頷いた。ユーノは「まったく……」と不満を口にしながらヴァンの治療を続ける。その様子を横目で見ながらヴァンは気づかれないようにそっとため息をついた。
ヴァンの身体は一部が機械になっている。そのため他人と傷の治る早さが違うのだ。だからこの程度の怪我ならば、嘘ではなく明日の朝には治っているのだが……自分が機械人間である事を言う必要もないと思ったため、素直に治療を受けておくことにした。
「……ん?」
その時ふと、レイジングハートを手のひらの上に置いたなのはに違和感を感じた。
つい数時間前までの彼女はあまり浮かない顔をしていたはずなのに、今はほんの少しだけすっきりしたというか──にこやかな表情になっている気がする。それがなんとなく気になって、ヴァンはなのはに声をかけた。
「なのは、なんか妙にすっきりした顔してるけどなんかあったのか?」
「えっ?」
ヴァンがそう尋ねると、なのはは自分の顔をグニグニと揉む。その行動から見て自分がどんな表情をしていたのか分かっていないようだった。そして苦笑しながら、彼女は頷きこちらを見る。
「うん。今日はフェイトちゃんに自己紹介できたから」
「……それだけ?」
思わず聞き返すと、彼女は嬉しそうに首を縦に降った。詳しく聞くが本当に自己紹介しかしなかったらしい。
「やっと前進できたから。ちょっと顔がにやけちゃってるかも」
「そうか……。なのは、少し聞きたかったんだけどさ」
ヴァンの言葉に、なのはは首を傾げる。それを見ながらヴァンは言葉を続けた。
「どうしてそんなにあの子と話をしようとするんだ?」
それは前々から気になっていた事──何故そこまで必死になって話をしようとするのか。ヴァンはこれを機に聞いてみることにした。なのははヴァンの言葉に頷いて少しばかり顔を俯かせる。どうやら、言葉を選んでいるようだった。
待つことしばらく。
なのはは顔を上げ、空を見上げた。
「……最初はね? ただ気になるだけだったの。どうしてあんなに寂しい目をしてるのか」
目を伏せてそう呟く。その様子からは悲しげな雰囲気が漂っていた。
「だけど、あの子と戦って、実力を出し合って……あの子の思いを感じたの。それは、どこか昔の私と同じで……」
そこまで言うと、彼女は首を振って言葉を途切れさせた。そして決意に満ちた目でヴァンと視線を合わせる。
「それでさっきあの子に……フェイトちゃんと少し話が出来た時、思ったんだ。────あの子と友達になりたいって」
笑顔でそう話すなのはにヴァンは少々呆気にとられた後、思わずといった感じで笑みを浮かべた。なるほど、なのはらしいな──ヴァンはそう感じながら、なのはに笑いかける。
「そっか。なら俺は、できる限り邪魔が入らないようにレプリロイド達の相手をしておくよ」
「そうしてくれると助かるかも」
「お、言うねー」
なのはの肩を軽く小突き、ヴァンは自宅の方向に足を向ける。そしてゆっくりとした足取りで歩き出した──と思ったら急に走り出した。
「ヴァン! まだ治療は終わってないよ!」
「いやもう十分! じゃなー!」
「あははははは……」
※11月22日、少し修正