魔法少女リリカルなのはZX   作:bmark2

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第6話 ある少女の疑問

 その日の夜。

 ヴァンは大人たちに質問──もとい、尋問されていた。

 

「それで、ヴァン君はあの中で誰が好きなのよ~? やっぱり……なのは?」

「はっはっは、ヴァン君分かっているよ。なのはなんだろう?」

「いや、美由希さん、士郎さん? そういう事は無いですよ?」

 

 お酒の入ったコップを煽りながらそう言ってくる二人に、ヴァンは心の奥でため息をついた。

 事の始まりは今から三時間ほど前。旅館の料理を堪能した後、温泉に入りさっぱりして部屋に戻ってきた一行は、すぐさま他の部屋に迷惑にならない程度の宴会を始めたのだ。酒やジュース、そしてつまめる菓子などは既に旅館の売店で買っており、それらが尽きるまでヴァン達は騒いでいた。

 

 そして約一時間前には脱落者が出始めた。それは当然と言うべきか、ヴァンを除く小学生組である。時間も十一時を超えていたので、彼女らにはきつかったのだろう。

 アリサやすずかのあくびが目立つようになり、それに気付いた桃子が就寝を勧め、隣の部屋に敷いてあった布団に入った途端、寝息が聞こえてきた。ヴァンも同じように寝てしまおうと思ったのだが……この通り、高町家の二人に捕まってしまった訳である。

 

 酔っ払いらしく何度も同じ質問をしてくる士郎達。ヴァンは思わず助けを求めるように恭也たちに目を向けるが、しかし恭也は恋人とのイチャイチャに忙しそうで、メイド二人と桃子は何故かいなくなっている。ユーノはなのは達に捕まって一緒に布団に入ってしまった。つまり、この場でヴァンを助けてくれる存在はいないという訳だ。ヴァンは思わず頭を抱える。

 

 そんな時、肩にポンと手を置かれた。そちらに目を向けると、どこか威圧感を発しながら士郎が缶ビールを片手に笑顔を浮かべていた。その額には血管が浮かんでいる。

 

「大丈夫さヴァン君。怒らないから言ってしまいなさい。おこらないから……!」

「士郎さん、その缶置いて! 中身が漏れ始めてるから!」

「ほら、言っちゃいなよ~? なのはなんでしょ~?」

「美由希さん未成年なんですから、お酒飲まない! ってちょっ!?」

 

 士郎の迫力に思わず冷や汗が流しつつ、ヴァンは士郎の手の中でカタカタと揺れる缶ビールをなんとか奪い取り、テーブルに置く。しょんぼりする士郎をよそに、美由希は上気した顔でニヘラ~、と笑いヴァンに近づいてきた。

 そしてヴァンの首に腕を回して体を密着させつつ、頭を撫でてきた。後頭部に感じる柔らかい二つの感触や、鼻腔をくすぐる美由希の香りに思わず固まってしまったヴァンを無視して美由希は耳元で囁く。

 

「言っちゃえば、楽になるよ……?」

「ッうぉぉぉぉ……!」

 

 囁くと同時に、なんと耳に息を吹きかけてきた。そんな経験などまるでないヴァンは、身体を震わせてビクビクッ! と跳ねる。その反応に気を良くした美由希はそのまま唇をヴァンの耳たぶに近づけ──

 

「って、ちょっと待った!」

「むぐっ」

 

 ──ようとした時、なんとか動けるようになったヴァンによって遮られた。不満そうな顔をしている美由希を押し返しつつ、ヴァンは肩で息をしながら二人の顔を半眼で睨む。

 

「……聞きたいんですけど、なんでそんな話になってるんですか?」

「なのはがな……君の話ばかりするんだよ。なんでも一緒にいると楽しいとか」

 

 少し沈んだ様子でそう話す士郎。

 それを聞いてヴァンは思わず口元を引きつらせた。

 

 彼女本人は運動が得意ではないと言っていたのだが、実のところは運動神経はかなりいい。訓練でその片鱗を見せた彼女は、思った以上に自分が動ける事に感動したようだった。

 それからなのはは身体を動かす事に対して抵抗感が無くなったらしく、ヴァンとの訓練では辛い表情と共に笑顔を見せる時もあった。

 

 それから考えると、恐らくなのはが言っている“楽しい”とは訓練の事だろう。が、士郎にそんな事は知る由もない。彼はボロボロと滝のように涙を流しながら話を続ける。

 

「蝶よ花よと育ててきた娘の口から男の名前が出てくるのは、なんだかとても複雑なものがあったよ……だから今日、君がどのような人間か見極めさせてもらった」

「いや、だから俺にそんな気は」

「だから後で勝負しようか。勝てたら君を認めよう!」

「聞いちゃいないよ、この人!?」

 

 泣きながら肩を何度も叩いてくる士郎に愕然とする。彼の顔はこれでもかと言う程真っ赤になっていて、おおよそ何を言っても意味がないだろうと予想できた。酔いが酔いが回っているからなのか、いつもの彼なら言わないような事も言っている。

 しかも士郎はいつの間にか、テーブルの上に避難させておいたはずの缶ビールをその手に掴んでおり、それを呷るように一気に傾ける。それによって更に酔いが回り、同じ話を聞かされる……ヴァンは所謂、無限ループというものに嵌まりつつあった。

 

 このままでは朝になってしまう。ヴァンはどうにかこの場から離れられないかと模索するが、今度は正面から美由希に抱き着かれ思考が停止する。息が出来ない事がこれほど嬉しいとは……! と、若干ズレた感想を抱いていると、美由希はゆっくりと身体を移動させて先程と同じようにヴァンの首元に腕を回す。耳元でくすぐるように言葉を発した。

 

「他にも色々聞いてるよ~……ヴァン君、強いんだって?」

「……ッ! いえ、全然ッ!? 強くなんてぇ!?」

「ちょっと後で手合せ願いたいな~なんて……ね?」

 

 酔いのせいか上気した顔を近づけてくる美由希から逃れられず、ヴァンは悶えるしかなかった。普段の美由希ならそんなことは言わないのだが、酒のせいで色々とタガが外れてしまっているからか流し目でそうお願いしてくる。

 ヴァンは段々とぼやけてくる頭を何とか回転させてこの状況を打破できる方法を考えるが、まるで思い浮かばない。まさに絶体絶命だった。

 

「本当にちょっとだけでいいから──」

「美由希、そこまでにしときなさい」

 

 そんな時、暴走した美由希を抑えてくれた人物がいた。首を動かしてみてみると、そこにはビニール袋を持った桃子とメイド二人の姿があった。ヴァンはその三人の姿が女神に見えたという。

 彼女は腕を腰に当て、呆れたように眉を寄せながら「二人共もう寝なさい。ヴァン君も困ってるでしょう?」とため息混じりにそう言った。

 

 高町親子も桃子に言われると諦めざるを得ないのか、二人は息を揃えて「はーい……」と返事をすると、フラフラとした足取りで部屋を出ていった。その付き添いでノエルたちもついていく。やっと解放された、と安堵のため息を吐いたヴァンは、あの状況から救ってくれた桃子に向かって頭を下げた。

 

「桃子さん、ありがとうございます……」

「いえいえ、気にしないで」

 

 ヴァンの言葉に笑ってそう返しながら、桃子はビニール袋から缶ビールやジュースをひとつずつ取り出していく。どうやらいなくなっていたのはこれらを買いに行っていたかららしい。

 今となっては飲む人がいなくなってしまったので、時間が無駄になってしまったが。

 

 桃子はその中にあった炭酸のグレープジュースをヴァンに手渡した。

 

「ほら、美由希とお父さんの相手してて疲れたでしょ? そのご褒美よ」

「桃子さん……」

 

 彼女の優しさに思わず泣きそうになった。ヴァンはありがたくジュースを受け取って飲む。

 

「……っぷはぁ、美味い」

「ふふふ、それなら良かったわ」

 

 桃子も缶ビールを開けるとコクコクと喉を鳴らして飲んだ。しばらくのんびりとした時間が流れていく。時折、学校での様子やなのはと何をして遊んでいるのかなどの話をしているとかなりの時間が経ってしまい、時計の針は既に一時を過ぎていた。

 それに気づいた桃子は缶をビニールに入れるとそっと立ち上がる。

 

「もうこんな時間ね。ヴァン君が話し上手だからつい聞きこんじゃった」

「いえ、そんなことは……」

「謙遜しなくていいのよ。なんだか大人の人と話している気分だったわ」

 

 その言葉に思わずドキリと心臓が跳ねる。なのはの勘のよさは桃子から来ているのかもしれないな、とふとそう感じた。

 転がっている缶を全てビニールに詰め込むと、彼女は軽く伸びをしてヴァンの方を向いた。そしてヴァンの頭を撫でるとそのまま歩いていく。

 

「私はもう寝るけど、ヴァン君もあまり夜更かししちゃ駄目よ? 明日もあるんだからね」

「はい、分かりました」

 

 そう言って桃子はこの部屋から出て行った。ヴァンはその後も一人で椅子に座りジュースを呷る。ちなみに恭也たちは既にこの場にいない、気づいたらいなくなっていた。

 

『ヴァン、寝ないのかい?』

「いや、寝るよ。これ飲み終えたらね」

 

 モデルXにそう答えると、手に持った缶を一気に傾け胃に流し込むように飲み干す。

 すると喉の奥で炭酸が弾けた。

 

「ッ!? げぇっほ、げほ!」

『炭酸なのにそんな一気に飲むから……』

 

 呆れたように言うモデルXに何も言えず、ヴァンは空き缶を袋に入れる。そして歯を磨いた後、寝室に入るとなのはがユーノを掴んでいた。傍から見ればフェレットを両手で絞め殺そうとしているようにも見える。

 

 固まるヴァンに気付いたなのはは慌ててユーノを下ろし、そんな彼女とは対照的に落ち着いているユーノ。ヴァンはハッと我に返ると何かに納得したように頷き、そっと移動して敷かれていた布団の中に入る。

 何も言わないヴァンに言いようのない不安を感じたのか、なのはは『ヴァ、ヴァン君……?』と控えめに念話を送る。そんな念話に、ヴァンは躊躇いがちにこう返した。

 

『……愛情表現はいいが、ほどほどにな?』

『そ、そんなんじゃないってばー!?』

 

 彼女の言葉を無視してヴァンは毛布に包まる。

 ……なのはとユーノが仲がいいのは知っていたが、まさか首を絞めるほどだったとは。あれが噂に聞く“ヤンデレ”というやつか。

 

 間違った知識が加速して、そんな間違った納得をするヴァンになのはは否定の念話を送る。

 なのは自身にその知識はなかったが、何かを勘違いしているという事は理解できた。これは訂正しなければならない、と説得するために念話を送り続けたのだが……耳に届いたのは、深い眠りに入ったような寝息。

 

 ヴァンの寝つきのよさに驚きつつ、なのはは明日になったら勘違いだと分かってもらおうと、抗議を諦めてユーノと布団に入るのだった。

 

 

 

※※※

 

 

 

 一方その頃。

 海鳴温泉の外にある森の中で、二人の少女が話し合っていた。

 そのうち、金髪の少女──フェイトはふと虚空を眺めて手を握り締める。

 

「あとはジュエルシードが発動するのを待つだけだね、フェイト」

「うん……」

 

 橙色の髪をした女──アルフは、自らの主人にそう声をかける。

 二人はフェイトの母、プレシア・テスタロッサからジュエルシードを集めろという命令を受けていた。どうしてそんなものを集めろというのかアルフには検討もつかなかったが、自分が聞いても答えてくれる訳がないし、それを拒否する事も出来ない。

 しかし、自分の主人であるフェイトがやるというのなら、是非もない。アルフはやる気を見せていた主人に応えるように、自分の調子がいい事をアピールしつつそう話しかけた。

 

 けれどもそんな彼女の気分とは裏腹に、主人からは沈んだ声しか返ってこなかった。

 

「……フェイト?」

「あ、うん。大丈夫だよ、アルフ。今度はちゃんと私の力でジュエルシードを手に入れて見せるから」

 

 フェイトは、使い魔であるアルフに心配をかけまいと力強くそう答える。しかしアルフにはそれが強がりにしか見えなかった。

 母親から頼みという名の命令を受けた時の彼女からは想像できないほど、今のフェイトは落ち込んだ表情をしている。そんな主人の顔を見続けたくなかったアルフは、元気づけるように笑顔を作った。

 

「無理はしないでいいんだよ、フェイト。どこの誰かは知らないけど、あいつらが手伝ってくれたおかげでジュエルシードを手に入れることが出来たじゃないか」

「……そうだけど」

 

 しかし、フェイトの表情は明るくならない。

 どうしたものか……と、アルフはフェイトの頭を撫でながら、おおよそ彼女が落ち込んでいる原因を思い出す。

 

 

 

 ──それはつい先週の事。

 

 ジュエルシードを集めることになったフェイトが最初に見つけたのは、猫の願いに反応したものだった。

 その力によって巨大化した猫から目的のモノを取り出すため、フェイトは攻撃魔法──フォトンランサーを猫に放つ。雷を纏った魔力弾は真っ直ぐに猫に向かい、直撃は免れないだろうというのは分かった。

 

 フェイトの予定ではそのままジュエルシードを手に入れ、順調な出だしになるはずだった。

 しかし、ここで予想外の出来事が起こる。フェイト以外にジュエルシードを集めている人間がいたのだ。その子は白いバリアジャケットに身を包んで、フェレットと思われる使い魔を連れていた。フェイトが撃ったフォトンランサーは全てその子によって阻まれ、一撃も猫に当たる事はなかった。

 

「ふう……危なかった」

「よ、よく気付いたね、なのは」

「魔力が来る感じがあったから。ヴァン君との特訓の成果かも」

 

 魔導師がいるとは思っていなかったフェイトだったが、特に気にすることなく近づいていく。あの攻撃を止めたのは素直に感心したが、それだけだと思っていたからだ。

 自分のデバイスであるバルディッシュを鎌の形であるサイズフォームに変えて、フェイトは自慢のスピードを生かしつつ白い魔導師に向かっていく。わざわざ相手の様子を見る時間が勿体無い。フェイトは速攻でケリをつけるべく、バルデッシュを振り抜いた。

 

 驚いた顔をしていた魔導師だったが、すぐに表情を引き締めると杖を構えて飛行魔法を発動させる。空に飛んだ魔導師にサイズフォームの先端に形成した、魔力斬撃用の圧縮魔力の光刃を発射する魔法──アークセイバーを放つ。ブーメランのように回転して飛んで来るそれに、白い魔導師は自身のデバイスを向けていた。

 

 それを見たフェイトは思わず怪訝な表情になる。

 まさか、魔法を使って撃ち落とすつもり? あの魔法には自慢じゃないが、かなりの魔力を込めてある。そう簡単に撃ち落とすなんて事──そんなフェイトの考えは軽く破壊された。

 

「このくらいなら……ディバインシューター、シュート!」

『ディバイン・シューター』

「なっ……!?」

 

 相手の魔導師は五個のスフィアを生み出し、その内の二つでアークセイバーを、何の拮抗もなく撃ち落とした。そのうえ、残りのスフィアから魔力弾を放ち、フェイトを狙う余裕まで見せる。

 逆に驚かされたフェイトも、すぐさま同じようにフォトンランサーで撃ち落とす。追撃が来るかとも思ったが、相手は攻撃できるはずなのにしてこないで、こちらを眺めているだけだった。その事がフェイトのプライドを少し傷つける。

 

 ──舐められている。フェイトはそう感じた。

 

「なんで急にこんなことをするの!?」

「……答えても、多分意味がない」

 

 魔導師の問いには答えず、フェイトはバルディッシュを振り上げながら魔導師に向かって飛び出した。そしてその勢いを殺さぬまま鎌を振り下ろすが、相手はそれをものともせずに軽々と杖で受け止める。そのまま押し退けようと力を込めるも、魔力を使っているのか一向に動かせる気がしない。

 

 自分も魔力を使って強化しているのに、相手を後退させられない。それは自身の魔力より、相手の魔力が多いという事にほかならなかった。

 その事実に、フェイトは思わず強くバルディッシュを握り締めた。

 

「お願い、私の話を聞いて! どうしてジュエルシードを!?」

「……私は、ジュエルシードを集めなければならない。そのためにも、あなたには退いてもらう!」

「つぅっ!」

 

 自分が意固地になるのを感じつつ、フェイトは少し後ろに下がり、勢いをつけて斬りかかる。流石にそれには耐えきれず、魔導師は後ろに吹き飛ばされた。射撃の腕はいいが近接戦闘は苦手らしい。フェイトは好機と考えて一気に攻めようとバルディッシュを振りかぶる。

 

 しかし相手も考えなしではなかった。

 バリアバーストと呼ばれるプロテクションを爆発させる魔法を使われ、怯んだ隙に一旦距離を置かれてしまったのだ。

 もう一度斬りかかろうとした時、相手の声で思わず立ち止まる。

 

「これだけでも教えて! あなたの名前は!?」

「……フェイト。フェイト・テスタロッサ」

「あの、私は──」

 

「フェイト!」

 

 そんな時、フェイトには及ばないもののある程度の威力を持ったフォトンランサーが相手の魔導師を襲った。不意打ち気味のそれを、白い魔導師は軽々とプロテクションでガードする。

 

「フェイト、大丈夫だったかい!?」

「アルフ……」

 

 フェイトに近づいてきたのは橙色の毛をした狼、使い魔のアルフだった。アルフは主を守るようにフェイトの前に立つ。

 それを見た相手の魔導師の肩に乗っていたフェレットも、戦闘態勢になるかのように毛を逆立てる。悲しげに眉を寄せる魔導師。そしてその肩の上で叫ぶ、その子の使い魔。

 

 一色触発の空気の中、アルフが相手に飛び込もうとしたその瞬間──青い影が白い魔導師を襲った。

 

「我が主の目的のモノを奪おうとする下賤な輩め、我が剣にかかり倒されることを光栄に思え!」

「えっ──くぅ!?」

「なのは!?」

 

 青い影は突風を巻き起こしながら魔導師にぶつかる。

 流石と言うべきか、魔導師はそんな急襲もものともせずに落ち着いてプロテクションを張る。

 

 しかし拮抗したのは一瞬。

 

 プロテクションには一秒も経たずにヒビが入り、そして割れた。

 歯を食いしばるような表情になる魔導師だったが、それでも諦めることはなく。その手に持ったデバイスを振り回し、およそ自分より強いであろう乱入者の猛攻を捌いていた。

 

 その一方で、フェイトとアルフは謎の乱入者を分析する。

 その乱入者は青い鋼鉄に身を包み、四本の魔力刃、そしてクワガタのような鎌が二本生えていた。

 

 もしかしてジュエルシードを狙う敵?

 

 そう考えた時、フェイトの背後から赤い(・・)影が飛び出した。

 それは魔導師と戦っている青とは比べ物にならないほど速く、そして力強い。

 

「ハァ!」

「っきゃあ!?」

 

 そんな攻撃が加われば、一体の攻撃に対して反撃も出来ず、捌く事しか叶わなかった魔導師に防ぎ切れる訳もない。魔導師は新たに加わった赤い影の一撃に吹き飛ばされ、森の奥へと消えていく。

 

 そして先程の戦闘が嘘だったかのような静寂が、フェイトと二体の間に広がった。

 

 フェイトはいつ攻撃されてもいいようにバルデッシュを構えながらも、内心では冷や汗を流していた。それでなくても先程の魔導師との戦いで結構な魔力を消費している。万全な状態で相手取れるかどうかも怪しいのに、疲労した身体でこの二体を相手にするのは辛いものがあった。しかし、愛する母親からの命令。逃げるわけにはいかない。

 

 震える腕に力を込めて、その二体にバルディッシュを向ける。そのまま戦闘に入るかと思いきや、二体は一向に攻撃してこない。思わず怪訝な表情になるフェイトだが、その時、赤い方が喋り出した。

 

「我が主の命令だ。ジュエルシードを持っていくがいい」

「……え?」

「アンタら、いったい何者だい!? いきなり現れて!」

「お前たちは黙って我らに従えばいい。欲しいのだろう、そこのロストロギアが」

 

 赤い方が目を向けたのは、戦いの衝撃で気を失っている巨大化した猫。確かにジュエルシードは欲しいが、その隙に襲ってくるのではないか? そう考えると迂闊に動けなかった。

 

「別にその隙を襲う気は毛頭ない。その気になればお前らなど、我ら兄弟の連携で一瞬だ」

「……本当だろうね?」

「くどい。早くしろ、我らの気が変わらんうちにな」

 

 アルフの言葉にそう返す赤い鋼鉄の機械。アルフは相手の様子を窺いながら、フェイトに近づいた。

 

『フェイト、貰っていこう』

『アルフ……分かった』

 

 フェイトはバルディッシュをシーリングフォームに変え、気絶している猫に向ける。そして魔法が放たれた後、ジュエルシードがフェイトの手元にやってきた。

 

「回収完了……アルフ、帰ろう」

「分かったよ」

「それと……あの、ありがとう」

「気にするな。これも我が主からの命令だ」

 

 フリフリと魔力刃の一つを手のように振る姿は、どこかおかしかった。

 警戒を続けつつ、その二体に背を向け戻ろうとした時、ふと後ろから話し声が聞こえた。そっと振り返ると、青がシュンとして顔を俯かせ、赤が怒るように腰に手を当てている。

 

「弟よ、なんだあの体たらくは。お前ならもっと早くケリを付けられたはずだ」

「あ、兄上……」

「相手が何者であれ、油断はするなと言っただろう。直しておけ」

「……はい」

「そう腐るな。お前には期待しているのだ」

「……はい! 兄上!」

 

「…………」

「フェイト?」

 

 アルフの声も耳に入らず、フェイトはその二体を見つめていた。そんな仲良さげに話す二体は、そのまま何処かへ消えていく。

 二体は兄弟なのだろう。その言動から、そうだと予想できた。そしてそんな兄弟の会話を聞いて、フェイトは思わず考えてしまう。自分もあんな風に母さんと喋れたらどれだけ楽しいだろう……と。

 

 しかしそこまで考えてフェイトは首を振る。今は、ジュエルシードを回収する事に専念しないといけない。そっとバルデッシュの中にある青い宝石を眺める。

 母さんがこれを何に使うのかは分からないけど……私は集めろと言われたら、それに従うだけ。そうすれば、母さんは私に笑いかけてくれるはず。

 

 

 

「ふう……」

 

 そこまで思い出してフェイトはため息をついた。

 いったいあの機械は何者だったのか。気にはなるけど、気にしている余裕はない。今はジュエルシードを集めるのが最優先だ。

 今回はあの二体に助けてもらったが……次はアルフと二人で手に入れる。

 

「自分の力でジュエルシードを手に入れられないのは、悔しい……から」

「フェイト……」

 

 元々は自分が母から任された仕事。これをやり遂げればあの人は自分に笑いかけてくれるかもしれない。そう信じてジュエルシードを集めようと決意した。でも、実際はあの二体の力が無かったら手に入れられなかった。

 

 フェイトはそれが悔しかった。

 

 だからこそ、今度はあの二体に力を借りずに集める。そう心に誓いバルディッシュを強く握り締めた。

 

「今日は必ず私の力で手に入れて見せるから。ね?」

「フェイト……分かったよ! ご主人様がそう言うんだったらワタシは精一杯手伝うだけさ!」

 

 アルフは笑顔をフェイトに向ける。感情が乏しくなってきているフェイトがこういう事を考えるだけ、いい方向に進んでるとアルフは感じた。

 そんな時、大きな魔力反応がバルディッシュのセンサーにかかる。

 

「アルフ、行こう」

「了解!」

 

 急いで反応があった場所に向かうと、そこでは既にジュエルシードが発動していた。

 そこは小さな湖で、フェイト達は端から端へ移動するために出来た橋の手すりに座りながら、ジュエルシードを眺める。魔力と共に巨大な光を放つそれは、水面を大きく揺らして轟々と音を立てる。

 

「これがロストロギアのパワー……こんなもの、どうしようっていうのかねぇ」

「分からないけど、私は従うだけだから……封印!」

 

 バルディッシュを向けて魔法を発動させる。

 杖先から光が真っ直ぐに放たれ、ジュエルシードに命中した。すると眩い光を放っていた宝石はゆっくりと光を消していき、最終的にはただの宝石となってバルデッシュに回収された。これで今持っているジュエルシードの数は二つ。

 でもまだ全然足りない。フェイトはバルディッシュを下ろしながらため息を吐く。

 

 その時だった。

 

 背後から感じる、大きな気配。それは丁度この前に感じた事があるものだった。

 フェイトは咄嗟にバルディッシュを構えそちらを向く。するとそこには、あの時の魔導師が立っていた。

 

「あらあらあら……忠告は無視かい?」

「……! やっぱり、あの時の!」

 

 人間状態から狼に変わりつつ、アルフは魔導師を睨みつける。相手はそれに怯むことなくデバイスを握り締めた。

 

「フェイト、ワタシがあの使い魔をやるよ。だからフェイトはあの白いのを!」

「分かった」

 

 アルフは一気に駈け出し、フェレットに向かっていく。相手も狙いが分かったようで、使い魔が前に出てきた。

 

「アンタにはワタシの相手をしてもらうよ!」

「望むところだ!」

 

 使い魔同士がぶつかり合う瞬間、二匹を魔法陣が包み込む。どうやら相手の使い魔が移動魔法を発動させたらしい。アルフはそれに飲み込まれ、相手の使い魔と一緒にどこかへ飛ばされた。フェイトはそれを見て感心した。かなり有能な使い魔を連れているな、と。

 しかしその事を言った時、相手は否定した。

 

「ユーノ君は使い魔なんかじゃないよ。私の大切な友達!」

「…………」

 

 フェイトは思わず相手の顔を見た。

 

 

 友達。

 

 

 彼女はそう言った。しかしフェイトはいまいち理解できなかった。それもそのはず、フェイトの周りに友達といえる存在はいなかったのだから。いたのは最愛の母とその使い魔であったリニス、そして自身の使い魔であるアルフだけだった。なら友達とはいったいなんだろう?

 そこまで思考が飛んだ時、フェイトは頭を振って考えるのを止めた。今は目の前の敵が集中しよう、とバルディッシュを向ける。

 

「それで……あなたはどうするの?」

「……話し合いで、何とか出来る事って、ない?」

 

 相手はそんなことを言ってくる。しかしそんなことに意味はないと前に言ったはずだ。なのにどうして何度も言ってくるんだろう?

 

「私はジュエルシードを集める。それはあなたも同じ。なら私たちはそれを賭けて戦うしかない」

「だから! そういうことを簡単に決めつけないために、話し合う事は必要なんだと思う!」

 

 彼女は諦めず、そう訴えてくる。フェイトは顔を伏せて言葉を紡いだ。

 

「話だけじゃ、言葉だけじゃ、何も変わらない……伝わらない!」

「フェイトちゃん!」

 

 叫ぶ魔導師を無視すると、フェイトはバルディッシュをサイズフォームに変え、斬りかかる。相手は顔を悲しみに歪ませながら、デバイスを構えた。

 

「でも!」

「私は……ジュエルシードを集めて……お母さんに笑ってもらうんだ……! 絶対に……!」

「えっ!?」

 

 思わず出てしまったフェイトの言葉に魔導師は驚いた表情をするが、すぐに魔法を発動させる。

 

『プロテクション』

「うう……フェイトちゃん!」

「賭けて。あなたの持つジュエルシードを」

 

 魔法と魔法がぶつかり合い火花が散る中、フェイトは魔導師にそう持ちかける。

 相手はそれに悩むようなそぶりを見せず、こう返してきた。

 

「分かった! でも、私が勝ってもジュエルシードはいらない! 代わりに私の話を聞いて!」

 

 フェイトの眼をまっすぐに見て話す彼女に、思わず揺さぶられる。しかしそれを表に出さないようにしながら、フェイトはいったん距離を置いた。

 

「……分かった。行くよ、バルディッシュ」

『Yes sir!』

「よーっし! 頑張ろう、レイジングハート!」

『all right,master』

 

 フェイトはバルディッシュを構え、魔導師は杖型のデバイスを向ける。

 

 そうして、二人の魔法少女はぶつかり合った──!




少しばかりキャラ崩壊?
でもあの二人ってお酒飲んだらこうなりそうなイメージが……
※12月15日修正

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